九十四話 海賊討伐1
何度もアレクへと頭を下げながら詰め所へ向けて駆けて行くリコを後ろから見ながら、よく転ばないなと思うアレクであった。夫の突然の行動に唖然としていたリコの奥さんと娘へ簡単に事情を説明すると、こちらからも頭を下げられて再びアレクは困る羽目になる。
「という訳で、リコさんと一緒に王都へと向かいたいのだけど……」
アレクは今、ミリアや他のチームメンバーの前で昨晩の事を説明した。海賊の情報を海軍に渡した事は、話がややこしくなるので言わずにリコ達の王都行きの護衛をしたいのだとだけ告げる。
「話はわかったわ。じゃあ交渉は私がすればいいのね?」
冒険者の経験を持つミリアはこの手の交渉ごとに長けているので、リコとの交渉はお願いすることにした。勉強のために一連のやりとりはアレク達も見させて貰う事になる。
リコが詰め所から戻ってくると、旅立つ為の準備で一気に慌ただしくなる。まずは港に停泊させている沈没寸前の貿易船の処分をすることになったが、幸いにも推進装置などは無事であるので街の造船職人に買い取って貰う事になった。しかし、船体の方は損傷が酷いため廃材にするしかなく、二束三文でしか売れなかったようだ。例え満足な状態であったとしても、血痕が大量に残り曰く付きの船に買い手は付かなかったであろうが。
無事だった荷物は昨日からアレクのマジックバッグに入れてあるので、そのまま王都へ着くまで預かる事になる。目録を作りリコにも間違いない事を確認して貰い、王都に到着した際に渡す予定だ。
船の処分が終わり、亡くなった船員や丁稚の埋葬が終わる頃には大分日が傾いてしまっていた。エリシオールにもう一泊しようかという案も出たのだが、あまり遅れるとミリアが他の生徒と随伴しダンジョンへ潜る予定の日にぶつかってしまうため、少しでも距離を稼ぐ必要があった。
「四時間程移動した場所に小さな漁村があるから、そこまで移動しておきましょう」
海へとやって来たときとは若干道が異なるが、明日の朝にエリシオールから出発するよりは今後の旅程が楽になる筈だというミリアの意見にアレク達は出立を決めた。日が落ちてしまうまでに漁村へと辿り着きたいなとアレクは考えながら、エリシオールを出たのであった。
アレク達が街を出ようとする丁度その頃、海軍でも海賊討伐の為の準備に奔走していた。
「偵察隊の報告が来次第、直ぐに出られるように準備しておけ!」
そう声を張り上げて部下に指示を出しているのは四十代半ばのメゼルという男だ。このエリシオールに常駐している軍の中でもベテランの一人であり、階級は小隊長である。本来、これだけ海域を騒がせた海賊討伐であれば、もっと上の人間が指揮を執るべきなのであるが、アレクよりもたらされた情報に対して上層部が否定的な立場を取ったのだ。
「そんな不確かな情報で我々が動くまでもない。どうしてもと言うならお前が指揮を執れ」
メゼルはアレクから直に報告を受けた隊長格の兵士だった。当然、リコの船の消火作業の指揮も執っていたし、アレクの魔法使いとしての能力を目の当たりにした一人であった。そんな少年からもたらされた情報を、上司は一顧だにしなかった。
(ちっ! 親の七光りで部隊長になっただけの若造が)
メゼルは言葉には出さずに愚痴をこぼす。上司である男の親が王都の貴族だとかで、経験も積まずに部隊長の席に着いた男だった。現場を知らず、こちらから何かを上申しても無視される。その癖、上へはおべっかを使いまくっているともっぱらの噂だ。
「これ以上被害が広がる前に叩かなければならんのだ……」
そう呟きながら出撃の準備をしていたメゼルの下へ偵察隊からの報告が入った。どうやら少年が想像していた通り、入り江に海底洞窟が存在していたようだ。船が一艘停泊していたらしく、人数は十五名程という報告がもたらされた。
「よし! 第一分隊から三分隊の三十人で海底洞窟内の海賊を制圧。四分隊は海賊船の拿捕だ。俺と残った十五名は船で入り江を封鎖する。急げ!」
メゼルの指揮の下、小隊のメンバー五十五名が一斉に船に乗り込み港を出た。相手はたったの十五名との報告であったし、メゼルの部下のみで制圧が可能と思われる。
制圧は速やかに行われた。魔法使いが水中での呼吸が可能となる《ウォーターブレス》を兵士に掛けると、タイミングを合わせて一気に水中洞窟の中へと侵攻した。海賊も即座に気付き応戦してきたが、唯一の出入り口であった場所を軍に押さえられてしまえば抵抗も長く続かなかった。突入開始から僅か三十分で海賊はおよそ半数が死亡。メゼル配下の者は五名が重軽傷を負った程度での快勝であった。
「生き残りの海賊はしっかりと縛っておけ。四分隊と魔法使いは拿捕した船の仕組みを調べろ。動かせるようならこのまま港へ持って帰るぞ」
制圧の報告を聞き洞窟内へとやってきたメゼルは上機嫌だった。怪我をした部下も同行して貰った神官の手で治療可能な程度であったし、何よりこれで海賊の被害が減ると思うと、街の住民の喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。
その時、洞窟内に鈍い音が響いた。何事かと周囲を見渡すも、洞窟内には特に異常は見当たらない。だとすれば外に待機している自分達の船で何かあったのだろうかと数名の部下を連れて一旦洞窟から外へと向かった。
「なっ!?」
水中洞窟から外へと出たメゼルが見たのは、火の手が上がっている自分の船であった。沈む程ではないが、航行できるかどうかの微妙なダメージを負っている。
「何があった!」
メゼルが水面に浮かびながら叫ぶと、船に居た部下の一人がメゼルに気付き叫んで状況を伝えた。
「海賊船がもう一隻いたようです! 当船に魔法攻撃を放つと北東へと向かいました!」
部下の報告にメゼルは驚愕し、次いで激しく後悔した。
(海賊は二隻だったのか! 洞窟内の人数が少ない事に疑問を持つべきであった)
もしも、偵察を丸一昼夜行ったのであれば判明していたであろう。海賊の拠点を見つけた事に浮かれ、可能性に気づけなかった自分の不甲斐なさに憤りすら覚える。しかし、今たらればを論じても既に遅く、今は速やかに逃げた海賊船を追う必要があった。
「お前達は船を修理しろ! 航行が可能になれば良い。私は一旦洞窟内に戻り拿捕した海賊船を動かして追う」
メゼルは船に居る部下へと指示を飛ばし、再び水中洞窟へととって返す。とは言え、直ぐに海賊船が動かせる訳でもなく、追うには時間が掛かる。何処まで逃げるかが不明な以上、国外へと出られでもしたなら追撃は不可能になるだろう。
生き残っていた海賊を尋問するなどして、船の動かし方や逃げた海賊の人数などを聞き出したメゼルが水中洞窟を出たのは、海賊が逃げてから六時間が経過してからであった。




