九十五話 海賊討伐2
エリシオールを出発したアレク達がハルメルという名の小さな漁村に着いたのは、太陽が完全に沈もうかという時間だった。夜になる前に辿り着いた事に安堵の息を吐いたアレクだったが、いざ宿を取ろうと訪ねたところ、宿の主人に生憎と満室だと告げられてしまう。
「何処か雨風のしのげそうな場所ないですかね?」
「うーむ……村はずれに一件空き家がある。そこなら村長に言えば借りられるかもしれん」
自分達だけならまだしも、リコやその家族に野宿はさせたくはないと考えたアレクは、宿の主人から空き家の情報を得ることが出来た。早速村長の家を訪ね、空き家を使わせて欲しいと頼んでみると、宿に泊まるよりは格段に安い金額で借りることが出来た。
「これは、空き家っていうよりも廃屋よね……」
村から離れ、小高い丘の上にあるという村長から教えられた場所へと向かった一行が目にしたのは、人が住まなくなって大分経つであろう家――廃屋だった。廃屋の前に辿り着いたエレンが家を一瞥した瞬間に、ぼそっとそんなことを呟いたのも仕方の無い事であろう。
あちこちに蜘蛛の巣が張り巡らされた状態で、とてもではないが一晩泊まることすら遠慮したい程である。
「軽く掃除をしちゃいます。リコさん達は少し離れててくださいね」
フィアとランバートに廃屋の窓を開けて貰い、アレクやミリアといった魔法使い勢が魔法で室内の埃などを吹き飛ばす。風によって巻き上げられた埃が勢いよく窓から噴き出てゆく。何度か繰り返すと、床や梁に積もっていた埃や、蜘蛛の巣などは綺麗さっぱりと無くなっていた。
「これは凄い。アレク君もだが、お二人もかなりの腕を持った魔法使いなのですね」
リコが感心しながらミリアやエレンに賛辞を送る。王立学園の教師であるミリアや、学年で一位、二位を争う程の実力を持つエレンにとって、家屋に影響の出ないように調整する程度の魔法制御はお手の物である。しかし、それは二人の力量が高いのであって、市井の魔法使いが出来るかと言えば否なのだ。
少なくとも、リコが今まで見てきた魔法使いにはこれだけの術士は居なかった。魔法使いが突風を作り出した場合、それは全くの無害な程度のそよ風か全てを吹き飛ばす程の暴風かのいずれかであった。
「ひとまず、これで寝るだけなら可能でしょう。遅くなったけれど、夕食の準備をしますね」
アレクはそう言って、マジックバッグから様々な食材を取り出す。
鍋を火に掛け野菜のスープを作りながら、熱した鉄板でハンバーグを焼いていく。リコ達は初めて見たハンバーグに興味をもったようだ。焼く前のハンバーグは見た目がピンクであり、ぶよぶよとしている。子供達はその見た目に若干ひいていたが、いざ焼き上がって一口食べると大喜びで頬張っていた。
疲れていたのだろう、リコの一家は食事を取ると眠くなったようだ。自分達は気にせず寝るように勧めると、四人は奥の部屋で川の字になり横になる。それほど経たずに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「さて、僕達も横になろうか」
食事の片付けを終えたアレクは、自分達も寝る為に毛布を敷き始めた。村はずれの為、村に常駐している兵士の見回りの範囲からは外れている。交代で見張りをしなければならず、順番を決めて交代で眠りにつくことになった。
最初に見張りに付いたのはアレクとフィア。エリシオールでの一件以降二人きりになるのはこれが初めてだった。互いに意識してしまい、ぎこちない雰囲気の中、月夜が映る夜の海を二人で静かに眺める。
(海賊討伐は上手くいったかな?)
海を眺めていたアレクの脳裏に浮かんだのは、エリシオールで今頃行われているであろう海賊討伐の事だ。潜水艇を持つ海賊ではあるが、奇襲ならば海軍のほうが圧倒的に有利だろうとアレクは感じていた。成功していれば既に制圧した頃だろう。話を聞いてくれたメゼルという隊長であれば、油断せず事に当たってくれると信じていた。
だからこそ、海面に影が走った時アレクは自分の目を疑った。月の光を反射していた海面に不自然な波紋が立ち、小型の船舶が海中から徐々に姿を現してゆく。
(潜水艇! だとすれば、あれは海賊で間違いない筈。海軍の手から逃げ延びたのか)
アレクが考えている間にも、船は静かにハルメル村へと向かって進んでいく。
「アレクくん。どうしたの?」
様子がおかしい事に気付いたフィアが心配そうにアレクを見上げる。そんなフィアの瞳に映るのは険しい表情をしながら海を睨み付けているアレクの横顔だった。アレクの見ている方向へと顔を巡らしたフィアは、そこで初めて黒い船影に気付いた。
「こんな深夜に船? というよりも、いつの間にあんな村の近くに……さっきまで見当たらなかったのに」
「今海中から現れたんだ。リコさんの船を襲った海賊の可能性が高い。フィアはミリア先生達を起こしておいて。僕は村の衛兵に念のため知らせに行ってくる」
アレクの言葉に頷くと、気をつけてと言葉を残し家の中へと向かうフィア。それを横目に村へと駆け出す。
『アン! 先行して船の様子を確認。人数と戦力がどの程度か調べて!』
『畏まりました』
走りながらアンへと指示を飛ばし、己へと魔法で強化を施す。
「《クイック》!」
俊敏性を上げる強化魔法によって走る速度が上がる。こうしている間にも船は桟橋へと近づいており、もう少しで接舷しそうだ。遠目に、桟橋にいた二人の兵士が船に向けて篝火を向けているのが見える。
しかし次の瞬間、立っていた兵士が何かに貫かれその場に崩れ落ちていった。恐らく矢か何かで射貫かれたのだろう。警告が間に合わなかった事にアレクは唇を強く噛むことしか出来ない。それを見て声を上げようとしたもう一人の兵士も同様に、射貫かれて海へと転落していく。
『お父様。海賊で間違いありません。人数は十名程です』
アンからの念話が届き、海賊の人数を知らせてくれた。当初アンから聞いていた隠れ家に居る海賊は二十五人程だった。だとすれば、半数以上は海軍の手で捕らえられた可能性は高い。
(だとすれば、偶々隠れ家から離れて居たのか? 逃げ出すにしては中途半端過ぎる人数だし)
海賊が十人足らずだとしても、村に居る兵士は僅か十名程だ。そのうち二名は既に倒されてしまっており、このままでは村人に被害が出るのは確実である。しかも今は深夜に近い時間であり、村人や兵士は寝静まっている。
(どうする……村人に海賊の襲来を知らせるのが先か)
アレクは空に向けて腕を伸ばし、魔法を発動させる。
「《エクスプロージョン》!」
アレクが放った魔法は、直径三十センチメートルほどの火の玉となり十メートル程の高さへと達すると轟音を立てて爆発を起こした。魔力を多めに注いだ火球は、音を村全体に響かせる事に成功し、その音に驚いた村人が驚いて家から飛び出しているのが見える。
当然、その音に驚いたのは海賊達もだった。寝込みを襲うつもりだったのだろう、桟橋には七つの人影が呆然と立ち尽くしていた。




