七十五話 招待状
合宿を終え王都へと戻ってから月日は流れ、季節は冬へと移り変わる。とは言ってもこの地方は暖かく雪が降ることは無い。変化といえば気温が僅かに下がったかというくらいしか違いは無い。
カストゥールの引き起こした事件の余波は学園内に少なくない影響を及ぼした。
一つは、合宿前にアレクが学園長であるシルフィードに匿名で渡した、教員の買収に対する調査と処分が行われた事である。
カストゥールによって日常的に行われていたクラスメイトに対する抑圧や、模擬戦などでの八百長行為を担任が見て見ぬふりをしていた証拠となった。
当の教師によれば、侯爵家としての権力に逆らえなかったという言い分のようだがシルフィードにその言い訳は通じなかった。何しろ学園長は公爵位であり、きちんと相談をしていればシルフィードによって対処出来たからである。
また、買収されていたという言葉の通り多額の金品をカストゥールから受け取っていたのも事実であり、Bクラスの担任とCクラスの担任は責任を問われて懲戒免職となった。
そのほかには、カストゥールの取り巻きだった者達への処分が行われた事があげられるだろう。
合宿の野営地からカストゥールが抜け出すことを補佐し、犯罪へと間接的に関わったとして、三ヶ月の停学が言い渡された。
停学を受けた事によって進級が出来なくなり、彼らは必然的に留年することとなった。これは貴族として致命的な汚点であり、そのまま自主退学した者も居た。中には廃嫡となった生徒も出たそうである。
他の生徒達はと言えば、普段と変わらない生活を送っていた。中でもカストゥールと取り巻きが抜けたBクラスのメンバーは生き生きとしているらしい。
二ヶ月もするとカストゥールの事件については話題に上らなくなった。ヴィーチェルやアイーダに関しても特に変な噂が立つことも無く、いずれ忘却の彼方へと押しやられるのだろう。
アレクはと言えば、表面上いつもと変わらない日々を送っていた。変化があったとすれば、眷属であるツヴァイとドライの能力が格段に上がった事だろう。
エルフの子供を誘拐した男との戦闘経験を得て、以前とは桁違いの動きを見せるようになっていた。深夜に行っているダンジョン探索においてもその効果は大きく、四層までの敵に対してツヴァイとドライの二人だけで対処できる程になっていた。
そんなアレクが頭を悩ませているのはツヴァイとドライの能力限界についてである。戦闘経験を積ませる事で成長出来る事が分かったのだが、身につけた技量に《スケルトン》という身体がついて行けなかったのである。
その事が分かったのは、ツヴァイから受けた報告からだ。
「もう少し動けるかと思うときに身体がついて行かない事がありますな」
どうやら技術に身体がついてこれず、制限がかかっているようであった。例えるなら体に錘をつけて動いているような感じだろうか。
問題の解決には二人の身体を作り直す必要があった。だが、単純に召喚し直せば良い訳でも無い。
無から新たに眷属を生み出す時はその個体に宿る知能や性格についてイメージする事が出来た。だが、今存在する眷属を別な存在に作り替える事が出来るのだろうかとアレクは悩んでいた。
「宿った意思をそのままに別な個体に変化させる事が出来るか実験してみないとね」
いきなりツヴァイ達で実験する訳にもいかないため、アレクは時間を見ては眷属のタイプを変える実験を行うことになる。
新たな身体を用意するもう一つの理由がある。それは、他人の目から見てツヴァイとドライの見た目は恐怖を呼び起こすものだからだ。流石に骸骨姿となると誰かに見られた際に一切の誤魔化しが効かない。せめてシェイドのような人間が変装しているのではないかと思える程度には見た目を変えておきたいと感じていた。
そんな話をしていると、珍しくアンも同意して意見を言った。
「その際には私にも新しい身体が欲しいです。霊体というのは便利ですが買い物などには行けませんから」
アンはアレクの身の回りの世話もしてくれている。だが、何かを動かす際に魔力を使って操るので、非常に効率が悪く、且つ細かな作業には向いていない。結果として縫い物や長時間の作業となるとアレクが自分で行っているのだが、アンとしてはそういった雑用も自分でしたいという思いがあるようだ。
「わかったよ。やることは多いな、使い魔の開発に眷属の変化。ダンジョンの最下層へと到達と……」
アレクはぶつぶつと呟きながらダンジョンの五層へと狩り場を移していった。
眷属達からの話では無いが、アレクも一つの問題を抱えていた。それは、あの合宿中に起きた二つの事件の日、最後には魔力が枯渇しかけて身動きが取れなくなった事だ。
現時点で生徒の中では圧倒的に魔力は多い。それでもああいった想定外の状況下で魔力が足りなくなる事が分かった。
「少しでもやり方が違っていたならヴィーチェル達を救い出せなかったかもな……」
力を得てどこか満足していた自分が居たのは確かだった。それでも、これからの人生において後悔しないように更に力をつけなくてはいけないとアレクは強く誓うのだった。
そんなある日、アレクはミリアと共に学園長であるシルフィードの呼び出しを受けて、学園長室へとやってきていた。ここへ訪れるのは入学試験の日にカストゥールとの間に問題を起こし、説教を受けた時以来である。
「よく来たわね。さあ、座って頂戴」
学園長のシルフィードは非常に機嫌が良いようで、にこにこと笑顔で二人に座るよう勧めた。
入学試験での怒った顔や、入学式での凛とした表情しか見たことが無かったアレクは、初めて見る表情に驚きを隠せなかった。
「学長、私たちを呼ばれたのはどういったご用件からでしょうか?」
横のミリアはといえば、普段から学園長と顔を会わせているので特に驚くこともく用件を尋ねた。そんなミリアにシルフィードは一通の書状を二人に読めるようにテーブルの上へと広げた。
「二ヶ月前の合宿で、族長の系譜にあたるミントちゃんとその友達を救ってくれたでしょう? それに対してユグドラルから正式に感謝状が届いたの」
そう言われ目の前にある書状に目を通すと、長ったらしい挨拶の文面の後に、こう書かれていた。
『貴国にある学園に所属するミリア・ナックス殿とアレク殿に最大の感謝と、その礼として我がユグドラルへ招待するものである』
シルフィードとしても、長年祖国を離れているとはいえ自らの国と、そこに住む同族の事を大切に思っており、二人が同族を救うために尽力した事をとても喜んでいた。
「それに、あの国が他国の人間――それも王族以外を招待するのは滅多に無いことよ。当学園からそんな人が出たことは大変喜ばしいことです」
どうやら、ミント達を救い出すことを手伝った礼として、国賓扱いで二人を招待したいと使者が言ったのだとシルフィードは告げた。
「国賓ですか? ミリア先生ならともかく僕は平民ですし、それほど感謝されるような事はしていないんですけど」
何となく面倒な事になりそうだと感じたアレクだった。その予感はあたっていて、既にこの件は国王の耳にも入っており、行くとすればゼファール国からの正式な使者としての役割を担うことにもなるのだ。
だが、そんな思いはシルフィードの次の言葉によって完全に消し去られる事となる。
「あら、あちらはアレク君には是非とも来てほしいと言っていたそうよ? ミリアに着いていっただけだと聞いていたけれど、きっと彼らの目には若くして勇敢に立ち向かった少年に見えたのでしょう。誇りに思っていいと思うわ」
学園長の言葉に、アレクは冷や汗が止まらなかった。アレクとミリアは、眷属などの情報を秘匿するためにかなり事実とは異なる内容の報告書を提出していた。もしも、エルフ達が事実を国などに喋ってしまっていれば嘘の報告をしたと罰せられてしまう。きちんと口止めをお願いしていたが、どうやら眷属については話さないでいてくれたようだ。
こうしてアレクはミリアと共にエルフの国であるユグドラルへと向かう事となった。




