六十三話 vsエルフ
生徒達の前に立つエルフからは、隠しきれない怒気を感じる。理由は分からないが完全に敵対する意思を持っているようだ。そのことを感じ取ったミリアが慌てて前へと出る。
「まって頂戴! 私たちにはエルフ族に敵対されるような事はしてないわ!」
そう言い放ち、エルフの男に対し武器を降ろすよう説得を試みる。しかし、男は怒りの所為で聞く耳を持たない。
「姑息な人間どもめ! 今すぐにミント様と子供達を返せ。さもなくば見せしめに一人ずつ射るぞ」
どうやらアレク達は何かの犯人と間違えられているようだ。
(エルフの子供が人攫いにあったのか? だけど、こっちが子供ばかりなのは見て判るだろうに。怒りのあまり人間って一括りになってるのかな)
少しでも冷静に相手の男が自分達を見てくれさえすれば、人攫いをするようには見えないだろう。だが、エルフの男にとって自分の子らを攫った者と同族であるアレク達は憎しみの対象となってしまっているようだ。
ゼファール国では隣国であるユグドラルとラムサーフ公国に対して善隣政策をとっている。西が帝国との小競り合いが続き、東は未開の地、南が海と三方向を塞がられている国としては、北方にあるこの二国と良好な関係を築くことは万が一の際に重要だからである。
特に、学園長であるシルフィードがエルフである事が大きい。彼女を見れば、エルフが優秀な魔法使いである事が分かる。魔法の扱いが上手く精霊を召喚して使役する。加えて森で生活する彼らは総じて弓の名手である。
彼らを味方につける事は、帝国に対しての抑えにもなっている。そんな相手に対して、ゼファール国として敵対するような事はあってならないのだ。
「周囲を囲まれているな」
同行していた騎士の一人が小さく呟く。成る程とアレクは納得した。大半が子供だとしても、武装した人間二十人に対し、エルフが一人で襲いかかって来る筈が無い。よく見れば木の陰や太い枝の上などにエルフの姿を見る事が出来る。
そんな事を考えているアレクを余所に、ミリアとエルフの話が進んでいた。エルフの主張は『人間がユグドラルで子供を攫った。我々は子等を取り戻すと共に誘拐した犯人への制裁を行う』というものだった。
(激情から理性が働いてないのか。ひとまずは今の状況を収めて冷静になって貰わないと)
こちらの行動は四方から監視されているだろう。自分達が何か行動を起こせば即座に矢が撃ち込まれる事は簡単に予想できる。
(取りあえず、僕達だと知られないように無力化するしかないな)
まずは自分達の身の安全を確保しておきたいとアレクは考える。だが、だからといって相手を傷つけては後の交渉に差し支える。出来れば無傷で無力化したいところだ。
「あの、ちょっといいですか?」
アレクは生徒達の集団から外に出て、ミリアの近くまで進む。その行動にエルフ達の視線が集まるのを感じる。
「アレク下がりなさい」
ミリアがアレクへと視線を向け告げる。だが、その口調は強くない。ミリアとしても目の前のエルフが全く交渉出来ない状態である事に困り果てていた。この雰囲気に変化をもたらしたアレクに少しだけ感謝していた。
「そちらの状況と、感情は理解出来ます。だけど、僕達が無関係である場合、貴方たちは犯人を逃してしまう確率が上がってしまいますよね?」
そう言ってアレクは自分の持っていた杖を傍らに放り投げる。そして手を僅かに上に上げ、敵対の意思が無い事を示す。
突如として前に出てきた少年の一連の行動に、エルフから動揺する気配が漏れる。アレクは更にエルフ達の気を惹くために喋り続けた。
「僕らは数日前に南にあるクイヌの街から北上してきました。クイヌの街を知ってますか? 僕達はゼファールの王都にある学園の生徒で――」
アレクの口は止まらない。生まれ変わってからこれだけ喋ったのは始めてではないかと自分でも思うほど次々と言葉を紡ぐ。時折相手に問いかけるようなやりとりをしながら二十秒、三十秒と時間を稼ぐ。しかし、一分を過ぎた頃になっていい加減このやり取りに苛立ちを募らせた男がアレクに怒鳴った。
「黙れ! さっきからどうでも良いことをべらべらと。貴様らが我々の子供達を攫った人間と同族だと言うだけで許しがたいのだ! いい加減黙らんとその口を射貫くぞ」
エルフの男はそう言うと、仲間に脅しに何本か矢を射らせようと合図を送る。
「む?」
だが、周囲に居るはずの仲間から矢が放たれる事は無かった。この時になって、始めて仲間達の異変に気がついた。
「やっと気付かれましたか? 貴方のお仲間は少しお疲れのようなので休んで貰っています」
その言葉に、エルフの男は改めて目の前の少年へと目をやった。
「ばかな……森でエルフ六人を相手に? それも音も無く倒したのいうのか」
そんな事は有り得ないと男は首を横に振る。しかし、何時まで経っても仲間からの攻撃は始まらず、動く気配すら無い。
「ああ。勘違いしないで下さい。さっきミリア先生が仰っていたように敵対する意思はありません。ですので動けないように拘束しているだけです」
「そんな、皆狩人を生業にしていた者達だぞ。それが周囲に知らせることも出来ずに無力化されたと言うのか!」
男の目には、目の前の少年が得体の知れない存在に見えた。有り得ないという思いと、現実を認めざるを得ないという感情に男は心をかき乱される。
「さて、こういう事はしたく無いんですが、僕としてもクラスの皆が危険に晒されているのは見過ごせなかったので。もう一度、対話をしませんか? こちらの言い分も聞いてくれるなら、お仲間は五体満足なままお返ししますよ?」
獲物を狩る事を生業としてきた男にとって、狩る者と狩られる者が逆転した瞬間だった。自分が矢を射れば目の前の少年くらいは殺せるだろう。しかし、そのような行動を取ってしまえば自分を含めた仲間の命が失われるという事実に、男は身動き出来ず頷くしか出来なかった。
その後、教師や騎士によって運ばれて来たエルフは、黒い包帯のような物で口を塞がれ手足を縛られた状態で運ばれて来た。そう、これらの事を行ったのは眷属であるシェイドの手によってであった。
元々、エルフ達は生徒達と騎士や教師の動向に細心の注意を払っていた。子供達を取り返さなければならないという使命感と、人間が何か行動を起こしたならば即座に矢を射るつもりで集中していたのだ。
結果として、自分の背後――それも頭上から襲われるのは予想できなかった。
勿論、彼らも狩人である。物音や気配を感じる事が出来た筈であった。それを誤魔化したのはアレクが止むこと無く喋り続けた会話と、周囲に充満していた魔力の所為だった。アレクは自分に注目を浴びせながら、僅かに魔力を放出し続けていたのだ。シェイドやアンから放たれる微量の魔力が、気配として察知されるのはミリアやボレッテン侯爵に察知された事から可能性があった。
だからこそ、自分に注目させながら魔力を周囲に放つ事でエルフ達の感覚を鈍らせたのだ。勿論、確証があった訳では無いので失敗する可能性の方が高かった。成功した事で一番安心していたのは実はアレクのほうだった。




