六十二話 企み.
期間が空いているのに、この短さ……申し訳ない
「何だ、何なんだよ。あの化け物は!」
カストゥールは己の部屋で恐怖と苛立ちを隠さずに叫ぶ。
今まで見たとこも無い、人外の化け物に自室へと侵入されたのだ。それは剣も効かず、身体を砂のように変化させて逃げていった。正体の分からない相手に、恐怖を覚えるのは当たり前の事だ。
「誰かが俺を狙っているのか? それとも、あの計画に気付かれた?」
カストゥールは爪を噛みながら小さく呟く。彼の部屋から盗られたのは、街のならず者や学園の一部の教師と交わした契約書などだった。
一年ほど前から、彼はある目的のために動いてきた。それは明日から始まる合宿中に成就する筈なのだ。今さら取りやめるつもりは彼には無かった。
「大丈夫だ……教師と交わした契約書を見られても大して罰せられる事は無い。街の奴らは……事が済んだら消すしかないか」
思い詰めたように呟くカストゥールは気付かなかった。彼を監視する眼に――。
◆
結局、アレクの考えがまとまらない内に合宿へと出発する日を迎えた。
昨日、フィアにヴィーチェルについて尋ねたところ、第三王子の許嫁である事が分かった。今まで会話に出したことの無い名前をアレクが尋ねたことによって、フィアからあらぬ疑いを向けられてしまった。
その第三王子だが、現在十五歳で許嫁のヴィーチェルとは一歳差。学園を卒業し成人すれば晴れて婚姻を結ぶ事になっているようだ。
「問題は、なんで第三王子の許嫁をカストゥールが調べていたか、なんだよなぁ」
いくら考えても本人でも無ければ理由など分かるはずも無い。あれ以降、ボレッテン侯爵の配下が周囲を警戒している所為でシェイドを張り付けておくことが出来ず、仕方が無いので取り巻きの方を探らせている。
そのカストゥールだが、聞いた話では酷く怯えている様子なのだという。取り巻きに対しても急に怒鳴るなど、情緒が不安定になっているようだ。自らの部屋に正体不明の何かが居たのだから当然ではある。
アレクが入手した証書は、学園の教師への買収行為を証明する物だった。もう一方は、街のごろつきとの間に交わされた証書と、ヴィーチェルに関する事だが、目的や関連性が不明のままである。
ひとまず、学園長の部屋にシェイドを忍び込ませ、カストゥールが教員との間に交わした証書は机の上に置かせた。生徒が教員を買収していたとなれば、少なくとも停学くらいの処分は下されるだろう。教員に関しては学園長次第だが、最悪は首を切られるかもしれない。
「アレク、そろそろ出発だってよ。早く行こうぜ」
考えにふけっていたアレクに、ランバートが声を掛ける。どうやら移動用の馬車が人数分揃ったらしい。
今回の合宿に参加するのは、アレク達一年生が百名と、教員や護衛の騎士が十五名となる。護衛の中には先日紹介されたシェーヌの姿も見受けられた。これだけの人数を運ぶのだから、馬車の数は一台や二台では全く足りず、十人乗りの大型幌馬車を用いても十台にも及んだ。
因みに御者は騎士と教員が交代で行うようで、北にあるクイヌの街まで三日かけて移動し、そこから先は徒歩での移動となる。
クイヌの街までは特段何も無く到着し、アレク達は痛くなった尻をさすりながら馬車から降りる。
ここから国境付近までは街道を使わず、林や森の中を魔物に警戒をしつつ進まなくてはいけない。つまり、合宿は今からが本番なのである。
翌日、早朝よりアレク達は北へと向けて出発した。
アレクの居るAクラスが東側となり、それから西側へと少し離れてCクラス、次いでB、D、Eクラスと横並びに進む。もしも、一クラスで対処出来ない数の魔物が現れた場合、その隣のクラスが応援へと駆けつける手筈になっている。もっとも、それを指揮するのがカストゥールなのでアレクにとっては全く安心出来ないのだが。
行進しながらも、アレクはカストゥールの屋敷で手に入れた証書の事を考えていた。
(買収されていた教師はBクラスとCクラスの担任だった。その状態でこの並びっていうのは偶然か、それとも意図してそうなっているんだろうか?)
中隊長であるカストゥールの居るBクラスが中央に居るのは当然として、Aクラスの横がCクラスなのは別段おかしくは無い。ただ、買収されている教師がその二クラスだというのは、偶然にしては何処か変だと感じていた。
とはいえ、警戒する以外アレクに取れる選択肢は無い。これだけ周囲の目があると、シェイドやアンを出せば気付かれるかもしれない懸念から出せずにいた。
アレク達が森を進んで二日が過ぎた。
相変わらずカストゥールに動きは無く、今日を無事に過ごせば折り返しとなる。
散発的に現れる弱い魔物を倒すだけの状況に、初日に持っていた緊張感は大分薄れてしまっていた。何せこちらは二十人もの人数で行動しているので、多少魔物が出てきても脅威とならないのだ。
「ダンジョンに比べると温すぎるね」
そんな会話すら周りの生徒から聞こえてくる。そんな声にミリアの叱責が飛ぶ。
「この周辺の魔物を討伐する事は、三国を跨いで交易してくれる商人達にとって助けとなるわ。それに、周囲の街や村の生活を守ることに繋がるのだからしっかりして」
その言葉に文句を言っていた生徒達がばつの悪そうな表情をする。
出現する魔物が弱い所為で、この地域へは冒険者は少ない。居ても駆け出しの、魔法も武技も扱うことの出来ない初心者くらいだろう。だからこそ、年に一度行われる学園の合宿が周辺地域の安全に繋がっているのである。
太陽が西に傾いたという頃、突如何者かの襲撃を受けた。
いきなり飛んできた矢が前を進んでいた生徒達の足下へと突き刺さる。
「うわっ!」
突然のことに、狙われた生徒は悲鳴をあげ飛び退いた。元より威嚇のためだったのだろう、最初の攻撃による怪我人は居ないようだ。
「何者だ!」
小隊長の役であるニコルが襲撃者に対して誰何する。すると、木陰から一人の男が姿を見せた。現れた男は特徴のある長い耳を持ち、長い金髪と整った顔立ち――エルフだった。




