六十一話 シェイドvsガイウス
シェイドは驚き、混乱していた。主から授かった知識ではミリアのような高位の魔法使いしか自分達眷属の気配は気付けない筈だった。しかし、目の前に居る男は離れた場所に居たであろう自分の気配に気付き、こうしてやって来たのだと悟る。隣の部屋にずっと居たカストゥールが気づきもしない事で、油断していたとシェイドは奥歯をかみしめた。
次の瞬間には、誰何の声もなくガイアスがシェイドへと斬りかかる。相手は近衛騎士団長であり、シェイドには躱す術も無い。ガイアスの持つ片手剣はシェイドの腕と脚を切り落とした。
未だに混乱していたカストゥールの目の前では、理解出来ない状況が繰り広げられていた。突然父親が部屋へと侵入してきたかと思えば、蹴破られた執務室には見た覚えの無い真っ黒い人間が居たのだ。この部屋には明かり取り用の小さな窓しか無く、例え子供であっても侵入出来ない筈だった。
次に驚いたのは、父親が侵入者に放った剣戟とその結果である。父であるガイアスは一瞬で侵入者に四連撃を繰り出した。殺すことを目的とせず、反撃と逃走を防ぐ為に両手首と脚の腱を狙ったそれは、近衛騎士としての癖だったのだろう。
その剣は確かに侵入者の手首と足首を切断した――筈だった。しかし、侵入者の手と足は先程と変わらず繋がっていた。
「馬鹿な!」
思わず叫んでしまったカストゥールと、言葉にはしていないもののガイアスの気持ちは一緒だった。確かに手応えとしては異質だったが、違うこと無く目の前にいるモノの手足を切断した手応えはあったのだ。
「貴様、何者だ?」
ガイアスの問いに、シェイドは応えず沈黙を続ける。明かり取り用の窓に背を向けてガイアス達と相対するように移動しつつ、どうすべきか思案する。逃げるには簡単で、背にある小さな窓に開けた小さな隙間から逃れれば良いだけだ。しかし、手にもった証拠の紙を主の下へと届ける為には隙間が小さすぎる。
(コノママ、オイテイケバ、ショウコヲケサレウル、カ)
手順としては手に持った証拠となる紙を一旦体内へと取り込み、机上にある置物を小窓に投げガラスを破ってそこから証拠と共に外へと逃れるだけである。途中で幾度か斬られるだろうが、不死族であり身体が粒子の自分が死ぬことは決して有り得ないのだとシェイドは冷静に考える。
シェイドが机上に置かれた書類へと視線を向けると、それが何なのか気付いたカストゥールが金切り声を上げる。
「貴様! それは……! 誰の差し金だっ!」
突然上がった息子の怒声に、ガイアスの意識が僅かにシェイドから逸れた。その瞬間を見逃すこと無くシェイドは置物を小窓に投げつけ、同時に書類を体内へと取り込む。
ガイアスとしても侵入者が小窓から逃げる可能性は考えていた。だが、どう考えても握り拳大の小窓から逃げ出せるとは思えなかったのだ。そんなガイアスの目の前で侵入者は姿を崩し、まるでスライムのように流動して壁を張っていく。
「ちっ!」
小さく舌打ちをして剣で斬りかかるものの、先程と同様全く効果が無かった。既に半分ほど窓から出ていってしまった相手を横目に、ガイアスは机上にあった分厚い本を剣先に突き刺し、それで小窓を塞いだ。
行き場を失い、制御から切り離されたシェイドの身体が地面へと散らばる。同時に体内に残っていた書類の一部がガイアスの目に触れる。
そこに書かれていたのは、一人の少女の経歴だった。息子がどこかの令嬢に興味を持ったのかと思ったガイアスだったが、その名に見覚えがあった。
(ヴィーチェル・ラテンナ嬢。第三王子の許嫁の経歴を何故トゥールが?)
小窓に目をやると、室内に残っていた砂のような粒子が隙間から外へと抜けようとしている光景が見えた。
「トゥール、小さな小瓶でいいからすぐにこの砂のような物を詰めて蓋をしろ」
ガイアスの声に反応し、カストゥールは部屋にあった小さな瓶にシェイドの一部を詰めていく。その作業に紛れて、床に落ちていたヴィーチェルに関する書類を隠蔽しようと懐に入れていたが、ガイアスはそれを敢えて見逃した。既にヴィーチェルの事を息子が調べていた事は分かっているのだから、ガイアスとしては調べるには十分な証拠だった。
(俺の考えすぎであれば良いのだが。しかし、万が一にも王族の許嫁に害意を持っているのだとすれば見逃す事は出来ん)
ガイアスは今日何度目かの溜息を吐いた。
アレクの下へと戻ったシェイドは、主に起きた事を説明すると共に手にした証拠を提出していた。
万が一にも追跡されてはと、真っ直ぐ学園の寮へと戻らず一晩あちこちを経由して戻って来た。既に本体へと戻らなかった身体の一部に関しては制御を切り離した。そうでなければ本体へ戻ろうとする粒子の動きで自身の居場所を知られると思ったからである。
始めはガイアスに気配を察知されたという話を聞き驚いたアレクだったが、追跡の心配は無いようだと知ると安堵し、シェイドへ魔力を補充しながら報告を聞いていた。
「だとするとガルハート先生とかにも気付かれる可能性があったんだね。それが分かった事も成果の一つだね」
シェイドの持ち帰った書類を順に読みながら、学園の規約に反しているかどうかを判断していく。
「それにしても、ヴィーチェル・ラテンナって同じA組に居たよね?」
シェイドが持ち帰れなかった書類に関しても、シェイドは一度目を通していたため概要は覚えていた。聞かされた名に、アレクは同級生に同じ名があったことを直ぐに思い出した。
アレクはヴィーチェルと接点はあまりない。勿論同じクラスであるので時折話をすることはあるが、伯爵位である事と、おっとりした性格をしている事くらいしか記憶に無かった。当然、第三王子の許嫁である事は他の貴族であれば知っているだろうが、平民であるアレクが知るわけが無い。
「僕以外にも何か因縁があるのかもね。合宿中は彼女にも気を配っておかないとなぁ」
面倒事が増えそうだとアレクは頭を抱える。
結果として、この日シェイドが持ち帰った書類の中で、三つほど学園の規約に反する物があった。それ以外にも学園外で行われた違法行為に関する証拠もあったので、カストゥールが何かをしてきても封じ込めるだけの証拠にはなるだろうとアレクは考えた。
「あとは、この証拠を僕が調べたと知られないように学園長に教えるには、どうしたらいいかな」
このまま提出しては、侯爵家へ忍び込んだのがアレクの手による物だと知らせるようなものである。良い手段を思いつかず、アレクは書類をどう扱うべきか頭を悩ませるのであった。




