二十六話 骨狼の名付けと模擬戦.
授業が終わり、自室へと戻ったアレクは浮かれていた。
試験にも合格し、知り合いの三人とチームを組むことが出来た事が嬉しくて、つい鼻歌を口ずさんでいた。そんなアレクを不思議そうに見上げるボーンウルフと、少し不機嫌そうなレイスのアンが見つめていた。
「お父様、ダンジョンなんて危険な所に行くにしてはずいぶん嬉しそうですね」
アンから発せられたのはずいぶんと険のある言葉だった。アレクは首を傾げて何か機嫌を損ねるような事があったかと暫し考えた。
「アン、なんか機嫌悪い?」
「お父様の眷属たる私やボーンウルフがおりますのに、ダンジョンへは連れて行って下さいませんの?」
どうやらアンは、自分たちが戦力に数えられておらず留守番をさせられるのが不服なようだった。アンはアレクへと詰め寄ると鬱積した日々の不満をぶつけるように一気に捲し立てた。
「私は攻撃にはお役に立ちませんけれど、偵察にて敵が来るかを調べる事は出来ます。ボーンウルフに至ってはお父様に剣を向ける敵を打ち倒すのが本来の役目です。それなのに、やっている事と言えば愛玩犬のような扱いばかり! そもそも名すら付けて貰えないと彼は日々嘆いております」
いくら顔が可愛くとも、半透明のレイスが怒った形相で迫ってくると流石に怖い。アレクは後ずさりながらボーンウルフへと顔を巡らす。
「あー、そう言えば名前も付けて無かったよね。名前欲しい?」
アレクがボーンウルフにそう尋ねると、短い尻尾をブンブンと振り回して肯定の意を示している。アレクとも簡単な意思の疎通は出来るのだが、どうやらアンとは同じ眷属として完全に会話が出来ているらしかった。
主たるアレクに名前を付けて欲しいと願う事も出来ず、アンに愚痴をこぼしていたのだろう。いじらしくて涙がでる。
「そうだな、お前は今日からアインだ」
アレクが告げるとボーンウルフ改めアインは嬉しそうにアレクの足元へ体を擦りつける。骨なので肋骨がゴリゴリと脛にぶつかって痛いのだが、空気を読んで口に出さない。
アインとはドイツ語で一の事なのだが、初めての眷属という事でそう名付けた。
じゃあアンはツヴァイじゃないのかと言うと、見た目で名付けてしまったので既に統一性は無い。
(名前に困ったらこの続きで名付けて行こう)
そんなアレクの内心など知らないアインは満足した風に足から離れると、ベッドに横たわった。これで問題は解決と思ってアレクが気を緩めると、アンは机をぺしぺしと叩きながら話を戻した。
「お父様、何も話は終わっておりませんよ? ダンジョンにご学友とはいえ未熟な生徒のみで潜るくらいならば私とアインを連れて行って下さい」
「そう言えば、そんな話だったね」
話が終わった気分だったアレクは冷や汗を掻きながらそっと目を逸らした。
だが、アンは更に言い募る。
「他のご学友がおられるのですから、当然私は姿を常に消します。お父様たちが気付かない敵をお知らせするくらいに留めるつもりです。アインも普段はバッグに入っていて、お父様に危険が生じた時のみお手伝いするに留めます。ですから、是非お供させてください」
そう言ってアンは深々と頭を下げる。
いくら死なない身体とは言え、主が危険に晒されるかもしれない時に、のほほんと部屋で待っているなど眷属の矜持が許せないのだ。
暫くそのままの姿勢で居たアンに、アレクは声を掛けて頭を上げさせる。
やはり無理なのかと悲しげな顔をするアンにアレクは諦めたように告げた。
「わかったよ。二人をダンジョンに連れて行く。だけど、随行する教師や神官がアンに気付くかもしれない。完全に気配を消せるように今から練習しておいて」
「ありがとうございます」
アレクの言葉にアンは満面の笑みを浮かべながら手を胸の前で握りしめた。
アレクは頷くとアンとアインを伴って行くことを約束する。最悪はあの三人にアンとアインの存在がばれてしまうだろうアレクは考えていた。しかし、いつかは知られてしまう可能性はあるのだと自分に言い聞かせる。
(こんな特殊な加護だと知ったら皆どんな顔をするのかな)
もしかすると怖がり、自分から離れて行ってしまうかもなとアレクは自嘲する。けれど、付き合いが長くなれば何れ自分の異常性に気付かれる。結局は遅いか早いかなのだ。
そんな事を考えていると、先ほどまでの浮かれた気分は何処かへ消えてしまった。アレクは風呂に入るとアンに告げると水を張りに浴室へと向かう。
十日後からのダンジョンが楽しみでもあり、同時に不安でもある。今は考えないようにしようと、魔道具へ魔力を通しお湯を沸かすのだった。
翌日、チームとして訓練をすることになったアレク達は各々の武器を持ちガルハートと対峙していた。
ランバートは片手剣と小型の盾を持ち、フィアは軽めの曲刀と短剣の二刀流という出で立ちだ。
エレンは三十cm程のワンドと小さな円形の盾を装備し、アレクは両手で扱う杖を持っている。
実は、エレンはアレクより更に格闘術に向いていなかった。小さな頃から導師である祖父に魔法の手ほどきは受けていたものの、武器の扱いに関しては全く触れずに育った。
その弊害か、この二か月の授業で全くといって良い程武器が扱えず、ガルハートに守りに専念しろと言われ小型の盾のみ装備することとなった。
結果として、前衛にランバートとフィアが、後衛にアレクとエレンという配置になった。アレクは前衛を抜けた魔物がエレンに辿り着かないように守る役割もあるのだ。
そんなアレク達と向かい合いながらガルハートは配置や各自の役割を指導してゆく。
「ランバートは敵を真正面から受け止めろ、フィアはその左右から各個撃破。エレンとアレクは魔法攻撃を主体としてランバートが食い止めている奴を確実に仕留めろ」
そう言ってガルハートを仮想的とした模擬戦が行われる。
実際の敵は一体ではなく複数居るのだから実戦で想定通りに行くとは限らないが、基本の動作を体に覚えこませるように繰り返し体を動かしていく。
「我、願うは敵を貫く一条の火――《ファイアアロー》!」
ガルハートを足止めしようと必死に食らいつくランバートの頭上を抜けてエレンの《ファイアアロー》がガルハートへと飛んで行く。だがガルハートは剣を一振りするだけで、当然のように打ち消してしまう。
「《クァグマイア》、《アースバインド》!」
ガルハートの意識がエレンのファイアアローへと向いた瞬間にアレクがガルハートの足元に泥の沼を発生させる。足場が不安定になり体勢が崩れたところへ間髪いれずに束縛系のアースバインドの魔法を唱る。
泥沼となったガルハートの足元から、土で出来たロープのような物が足へと絡まる。回避力が落ちたガルハートに向かってフィアとランバートがすかさず攻撃を仕掛けた。
「ふんっ!」
しかし、ガルハートが一言気合いの声を入れ地面を踏みしめると《アースバインド》が千切れ飛ぶ。そして自由になった身体であっさりとランバートとフィアの攻撃を躱してしまった。
「うそでしょ、あのタイミングで避けるなんて……」
その動きをみたエレンが呆然と呟く。声に出さなくてもアレクも他の二人も同じ気持ちだった。かなり絶妙なタイミングで入った束縛系の魔法を気合いのみで解かれるとは思ってなかった。
そんな四人を見て、ガルハートは口角を上げ笑みを浮かべる。
「ふふ、今のは結構いい連携だったな。俺じゃなかったら一撃貰ってたレベルだ」
ガルハートは落ち込むアレク達を慰めながら、実際ダンジョンの二層くらいまでならこいつらで十分クリア出来そうだと感じていた。
(最後の連携はちょっぴり危なかったな)
内心でそう思いながらも、表面上は余裕の笑みを浮かべながら生徒達に指導していく。
流石のガルハートも、あの《アースバインド》が決まれば続く攻撃を避けることは難しくなる。教師としての威厳を保つため、少しだけ本気を出して魔法を解いてしまったのだ。
僅か十三歳でこれだけの実力なのだ、これからが楽しみだと心底思いながら別な生徒の指導へと気持ちを切り替えた。




