二十七話 放課後のひと時.
ガルハートとの模擬戦が終わり、皆ヘトヘトになりながら寮へと戻った。
自分の部屋へと戻るまでにフィアとエレンの部屋のお風呂に水を張るのを忘れない。この二か月は連日の模擬戦で魔力の残量が少ないのでアレクが行っていたのだ。
「へー、ここが寮の中か。俺入るの初めてなんだよな」
アレクの背後からそう声を掛けて来たのはランバートだ。
彼は王都に家族と住んでいるので普段は家に戻るのだが、今日はアレクの部屋へと遊びに来ていた。
アレクも模擬戦で汗をかいているので風呂に入りたいのだが、自分一人が入ってランバートを待たせる訳にもいかない。
「ランバート君は着替え持ってきてる? なら風呂にも入っていきなよ」
「お、いいのか? いやー汗が気になってたから助かるぜ」
アレクの厚意に素直に甘え、ランバートは部屋に入ると早速沸かしてくれた風呂へと飛び込んだ。事前にアンへは念を送っており、アインはベッドの下へと避難しているしアンは姿を消している。
(そう言えば、この世界に生まれてから誰かを部屋に招待した事って無かったな)
生まれた村は家族と住んでいて誰かを家に呼ぶことも無かったし、王都へ来てからは親しい友達と呼べる者など居なかった。
そう考えてみると、ランバートはこの世界で出来た初めての友達と言えるのかもしれないとアレクは考える。
(まあ、相手は騎士団長の息子で貴族だけどね)
ランバートは王都の騎士団長オルグ・セグロア子爵の息子で貴族である。本当ならアレクのような平民が普通に話しかけるような身分では無い。
しかし、幸いな事にクラスの皆は気にする事無く平等に接してくれるので助かっている。
「そういや、アレクに聞きたいことがあったんだが」
風呂から上がったランバートは、十三歳にしては逞しい体を拭きながらアレクへと問いかける。自分よりも一回り以上大きなランバートの体に、流石鍛えてるなぁと思いながら冷蔵庫の魔道具から冷えた果実水を取り出す。
「今日も模擬戦で攻撃魔法を使っていなかったけど、なんでだ?」
アレクから果実水を受け取ったランバートは一息に飲み切ると、そうアレクに尋ねた。頼むから下着一枚で牛乳を飲むかのような格好は止めて欲しいなと思う。
「まず服を着ようよ。僕が攻撃魔法を使わない理由はね、先生達に止められてるからだよ」
「ん? ああ、攻撃魔法の最初の頃の授業でお前がやらかした、アレか」
アレクの言葉にランバートは服を着ながら会話を続ける。アレクが授業で攻撃魔法を初めて習った際に起きた事故が原因なのだと聞いて納得するように頷く。
――事の発端は二週間前に遡る。魔法の実技を習うためにグラウンドにアレク達は居た。
今まで理論や魔力量を上げるだけの授業ばかりだったので皆やる気であふれていた。
生徒達がグラウンドに集まっている前に立ち、ミリアが口を開いた。
「さて、今日から簡単な攻撃魔法を実際に撃って貰います。生活魔法と同様に明確なイメージと古代語、そして相応の魔力によって発動します。ですが、これは人に被害を及ぼす魔法であるという事を忘れないように。建物へと撃てば被害を及ぼしますし、人へ向ければ殺傷してしまいます」
そう言うとミリアは、二十メートル程先に設置してある金属製の案山子に向かって片手を伸ばす。
「我、願うは敵を貫く一条の火――《ファイアアロー》」
すると、ミリアの掌から炎が現れ案山子へと飛んで行く。確かに見た目が火で出来た矢だ。
ファイアアローは案山子に命中すると四散し消えた。あとには拳大の焦げ跡が付いており、ミリアを見ていた生徒達から歓声が上がる。
「これが火属性の基本魔法、《ファイアアロー》です。唱えた古代語を覚えましたか? 今見せた魔法のイメージをしっかり覚えていてください。では五人ずつ横並びで案山子に向けて練習して」
ミリアの号令に従い、生徒達は順に案山子へ向かい魔法を唱えてゆく。
一度で発動する者も居れば不発でなかなか発動出来ない生徒も居て資質が問われるのだと分かる。
そんな中、祖父に導師を持つエレンは最も威力があり、発動もスムーズだった。ミリアの放ったものと同じくらいの威力があり、ミリアからも褒められていた。
そして順番がアレクへと回ってくる。
アレクもミリアやエレンのように一発で決めてやろうと気合いを入れる。初めて使う攻撃魔法という事もあってアレクの気持ちも昂って来る。イメージは案山子を燃やし尽くす程の灼熱の炎! とアレクは魔力を込めて古代語を唱えた。
「《ファイアアロー》!」
何時ものように詠唱破棄で発した古代語を鍵にアレクの掌に魔力が集まる。だが、他の生徒が見せたような赤茶けた火と違って、そこにあるのは《ライト》のような白く眩い光だった。
それに気付いたミリアが普段の無表情な顔から一転して焦りを浮かべた表情に変わる。
「アレク! 魔法を止めてっ!」
ミリアの叫び声が聞こえたアレクだったが、そもそも魔法を中断する方法を習っていないので止めようがない。そうこうしている内にアレクの魔法が案山子へと飛んで行き、まるで目潰しの《フラッシュ》のような輝きに、その場に居た生徒が目をつぶった。
次の瞬間、案山子へと命中した火矢は激しく燃え上がる。
光が消え、生徒達は恐る恐る目を開いた。誰もが声も無く光の消えた方へ目を向けると、そこには金属を融解させながら煙を上げている案山子があった。
どうやら魔力を込めすぎて、熱量が異常だったようだ。
普通の火属性の魔法では決してこうはならない。通常の火矢が1000℃に対して、アレクの撃った魔法は金属を融解させる事と色から考えると3000℃を超えていたのではないだろうか。
案山子を見て満足していたアレクは肩を叩かれ顔を向ける。
そこには笑顔を張り付かせたミリアが立っていてアレクへ一言告げた。
「アレク君。今の時間が終わったら職員室に来なさい」
アレクは何が悪かったのかわからなかったが、ミリアの笑顔が怖くて黙って頷いた――。
「あー、あれが原因か。確かに模擬戦で使われたくは無い」
「あの後大変だったんだよ……。ミリア先生には魔法制御について二時間も補習させられるし。攻撃魔法の授業はみんなから離されて別だし」
ランバートが遠い目をしてあの出来事を思い起こしていると、アレクも冷蔵庫から果実水を取り出し一口飲みながら愚痴を呟く。
結果としてアレクのみ魔法の加減について強制的に習わされたのは記憶に新しい。どこか二人とも疲れた表情で椅子に座った。
「エレンには攻撃魔法は任せるって言ってあるから。僕は阻害系の魔法のみ使うつもりだよ。あれから加減も覚えたから使うには問題無いと思うんだけどね」
「ま、ガルハート先生もアレクの魔法は受けたくないって愚痴ってたからな。ダンジョン入るまでは止めといてくれ」
こうしてランバートと話は弾み、日が暮れるまで他愛のない話題で盛り上がった。
ランバートの家での出来事や、フィアやエレンの話題なども上がった。日が落ちるとランバートは帰って行った。
ランバートが帰った部屋でアレクは一人正座をさせられていた。魔法の授業での失敗をアンに黙っていたのが先ほどの会話で知られてしまったのだ。
『いいですか、お父様! 自重という言葉を知ってください。何ですか鉄をも溶かす《ファイアアロー》って。あれですか? 中二病ですか? 痛い人なんですか?』
散々アンに注意され、アレクは項垂れて言われるままとなった。
下手にアレクの記憶や知識がある所為で、向こうの世界の単語を使ってくる。結局、風呂にも入れずアンから解放されたのは深夜を過ぎてからだった。
中二病扱いされ、すっかり疲れ切ったアレクはベッドで自己嫌悪に陥りながら寝るのだった。




