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九十八話 帰還

「――。――ク! アレク起きてちょうだい」


 自分を呼ぶ声によって、強制的に眠りから起こされる。目を開いたアレクは声の主であるミリアを一瞥すると、周囲を見渡す。未だ暗いところを見ると寝てからあまり時間は経っていないようだ。


「あれからどれくらい経ちました? 何か起きたんですか?」


 眠い目を擦りながらミリアに訪ねる。眠そうなアレクの様子に申し訳なさそうにしながらミリアが起こした理由を告げた。


「さっき、エリシオールから海軍の船がやってきたわ。この村を襲った海賊は想像通り海軍が討伐しようとした海賊の一味だったらしいわ。それで、討伐したアレク君に話を聞きたいって空き家の前まで来たようなのよ」


「ああ。そう言う事ですか。それじゃあ朝まで待ってて貰うわけにはいかないですね」


 ミリアの説明を受けアレクは立ち上がって服の乱れを直す。エリシオールの海軍であれば、そちらもアレクが関わっているのでいずれにしろ話さなければならないだろう。


「お待たせしました」

「君は……確かアレク君だったか」


 アレクが空き家の表へと向かうと、そこに居たのはエリシオールでアレクと話をした隊長であった。


「村の者に話を聞いて、まさかとは思ったが。やはり君だったか」


 海軍の小隊長であるメゼルは、そう呟くと苦笑した。今アレクはミリアを伴って軍艦の中の一室へとやって来ていた。執務室のような机と椅子。そこへ腰掛けたメゼルと向かい合うように用意された椅子へミリアとアレクは座っている。


 村にある一室で話し合ってもよかったのだが、何処から周囲に話が聞かれるかわからないので機密性に優れたこの場で話をする流れとなった。

 ミリアだけを伴っている理由は、未成年であるアレクの保護者としてだ。フィアも来たがっていたが危険がある訳でも無いと説得し、遠慮して貰ったのだ。


「さて。まずは海賊を倒してくれた事に感謝しよう」


 メゼルはそう言ってアレク達に頭を下げた。


「まさか海賊の半数が海底洞窟の外に居ると思わなかった。その油断から逃走を許してしまった。もし君たちがこの村に居なければ海賊による犠牲者を増やし、そのまま逃げられてしまっただろう」


 メゼルは激しく反省していた。アレクから持ち込まれた情報のみを頼りに、拙速な行動してしまった。本来であれば自らの手の者を用い偵察を繰り返し、海賊の人数や行動パターンを調査して一網打尽に出来るタイミングで強襲すべきだったのだ。

 今まで掴めなかった海賊の足取りが分かった事と、これ以上の被害を生み出さないようにとの焦りから起きてしまった失態である。


(もしかすれば、あの無能な若造の上司に苛立っていたのも判断を鈍らせた要因かもな)


 もしアレク達がこの村に居なかったなら。海賊が別の漁村を襲っていたなら、もっと大きな被害が出ただろう。メゼルは目の前の少年には悪いと思いつつ、この巡り合わせに感謝していた。

 メゼルの言葉を聞いてアレクは謝罪を受け入れた。


「謝罪はわかりました。僕達は偶然この村に立ち寄っただけです。例え海賊でなく盗賊が襲ってきたのだとしても力の限り戦ったでしょう」


 アレクとしては自らの能力を隠すため、最低限の情報しか海軍に渡していなかったという負い目があった。

 海賊船が二艘あったことも、人数もある程度把握していた自分にとって、その情報を渡さなかった事が今の事態を招いた気がしてならなかった。

 アレクとメゼルのやり取りを聞いていたミリアは、会話の流れからある程度の事情を理解した。


(アレクくんの持つ《眷属》で海賊の調査をしたのね。それでその情報を隠しつつ海軍に情報を流したと……)


 アレクが隠さず情報を渡していれば、確かにメゼルはもっと上手く行動出来ただろう。しかし、あの能力を公にするかと問われればミリアとしても隠しただろう。

 結果として、多少の不手際は目立つが海賊の一味を捕らえられたのだから十分な成果に思えた。


「メゼル様。差し出がましいですが、結果として海賊を捕らえることが出来たのですから良いではありませんか。最善の手でなかったと悔やんでおられるのでしたら、次に生かせば宜しいかと」


 ミリアの率直な意見にメゼルは一瞬目を見開いたが、直ぐに口元を綻ばせて苦笑した。


「ははっ。仰る通りですな。以後、より一層精進しましょう。さて、本題だが海賊討伐の立役者としてアレク君達の事は軍本部に報告するつもりだ。情報提供と合わせて報酬を約束しよう」


 情報提供に対しては商人であるリコの荷物を返す事で報酬が決まっている。だが、村を襲った海賊を討伐したことも合わせてアレク本人に報酬が無いとなると問題である。


「具体的な内容については海賊の持っていた略奪品を鑑定してからだが……。村を襲った海賊船に積まれていた荷物の半分が妥当だと思うがどうだね?」


「半分ですか!?」


 アレクとしては半分は多すぎるというつもりで驚いたのだが、メゼルは逆の意味に聞こえたらしく申し訳なさそうに口を開いた。


「確かに冒険者が盗賊や海賊を討伐した場合は全額が冒険者の物になる事は知っている。だが、今回亡くなった兵士への見舞金や村が受けた損害の補填を考えると半分で勘弁して欲しいのだよ」


 メゼルの言葉にアレクはミリアの方を向く。ミリアはアレクの視線に気付くと頷いた。


「確かに冒険者が討伐した場合、所有していた略奪品は討伐した冒険者の物になるわ。そこから被害に遭った人が買い戻したいとなった場合はギルドを通して交渉の場につくことになるの」


 ミリアの説明にアレクは黙って頷くだけだ。困惑しているアレクに、ミリアは話を続ける。


「とは言え、アレク君は冒険者ではなく未成年で学園の生徒だからギルドのルールは適用されないわ。話し合いで双方が納得するように決めるしか無いわね」


 アレクは悩んだ。言われた通り半分で手を打つことが損をするか否かが判断出来ないのだ。

 結局、ミリアに頼み込み交渉をして貰うことにした。この旅行中の保護者はミリアであり、ランバートやエレン達も巻き込まれている。彼らも含めて、提示された報酬が妥当かどうか判断して貰う事になった。

 結果として、商人のリコが奪われた荷物の他に船内にある略奪品の六割がアレク達への報酬となった。

 メゼルには伝えていないが、海賊を倒したのはアレク一人でありミリア達は村民の避難に協力しただけである。アレクが五割で残ったミリアやフィア達四人で一割である。

 実際にどれだけの額になるか現時点では不明だが、ある程度の額は見込めるだろう。

 こうして海賊は海軍の手に引き渡された。村を襲った船の中にリコが言っていた絹が積まれていた為、これだけは先に受け取ることにしリコへと手渡した。


「おお……これは確かに私の荷だった絹だ。ありがとう! これでなんとかなる」


 リコは涙を流して感謝し、その家族も口々にアレク達へ礼を言ってくる。

 今すぐとはいかないが、半月も経たないうちにリコの本来の積み荷だった分は王都へ送られてくるだろう。また、アレク達に渡される予定の報酬の内、現金化が難しい物については現物で送られてくる手筈になっている。その品を売りさばくこともリコにお願いした。


「任せてくれ! 王都には知り合いの商人も居る。責任を持って売却するよ」


 二つ返事で請け負ったリコを見て、アレクは嬉しくなった。船から救出してからで一番活力のある表情だったからだ。

 海賊騒ぎで犠牲になった人はたくさんいるだろう。当然全ての人を救うことは出来ない。

 だが、自分の手の届く範囲だけでも救えた人が居た事にアレクは強い喜びを感じていた。家族で抱き合って涙を流しているリコを見ながら、アレクはもっと多くの人を救えるように頑張らなければと思うのだった。


 予定より二日遅れとなったが、アレク達はその後何事も無く王都まで戻ることが出来た。

 ミリアは旅の途中で起きた事を学園に報告すべく、帰って直ぐに学園へと戻っていった。ランバートやエレンは海賊討伐で役に立たなかった事を暫く悔やんでいたが、ミリアに避難に協力しただけでも十分立派だと説得され報酬を受け取る事を受け入れた。

 フィアは旅の間でアレクとの関係が一歩前進した事で若干浮かれ気味だ。きっと後でエレンに根掘り葉掘り問い詰められることになるのだろう。





 アレクはと言えば、リコ達を連れて『シルフの気紛れ亭』へとやって来ていた。理由は帰る途中でランバートが口にした『ハンバーグ』なる食材に、リコが強い興味を持ったからだ。王都の中でもハンバーグを出す店はシルフの気紛れ亭のみで、どうせなら宿もそこにしようという話の流れになったのだった。


「ミミルさん! お客さんを連れてきましたよ」


 店の入り口をくぐるとアレクは食堂に居たミミルへ声を掛けた。


「あ! アレク君無事に帰ってきたのね。お客さんはそちらの四名ね? 部屋は空いてるから直ぐに案内するわ」


 二週間ぶりに会ったミミルだが、相変わらず元気そのものだった。声を聞いて奥からティルゾも出てきてアレクが無事に帰ってきた事を喜んでくれた。

 リコ達の案内をミミルに任せ、アレクは厨房へと移ると早速ティルゾと調理を開始した。ティルゾがハンバーグを焼き上げるまでにデザートを作り上げる。

 部屋で一息ついたのだろう。少し経ってからリコ達は下へ降りてきた。時間が中途半端な為、食堂には客はまばらで空いていたので、リコと一緒にアレクも席へと座ると共に食事を取ることにした。


「うまい! これは共和国でも食べたことの無い味だ」


 一口ハンバーグを食べた瞬間、リコは驚嘆の声を上げた。リコの妻も子供達もその美味しさに舌鼓を打ちながら久しぶりとなるしっかりとした食事を取る。アレクも一口食べると、以前よりも味が良くなっていた。


「ティルゾさん。お肉変えました?」

「お、わかるかい? 様々な肉を比べてみて三種類くらいを混ぜてみたんだ」


 アレクの言葉にティルゾが自信たっぷりの笑顔で応えた。どうやら合い挽き肉という発想に一人で行き着いたらしい。アレクは感心しながらハンバーグを平らげた。

 こうして、ハンバーグを気に入ったリコ達はこのままシルフの気紛れ亭へ逗留することになった。半月が過ぎ、海軍からの荷馬車が届くとリコは知り合いの商人に頼み王都で商売を始めた。


 アレク達への報酬となる物も送られてきており、明細では貨幣で金貨五枚。その他に品物で酒や魔法具などが数十点にもなった。

 同封されていた手紙には「エリシオールでの換金は難しいので、そちらで処理して欲しい」と書かれて居た。また、アレク達が王都へと向かっている間の出来事が書かれていた。


「そっか。メゼルさん昇進したんだ。おめでとうございます」


 メゼルからの手紙には、海賊討伐の功績が認められ部隊長に昇進した事が書かれていた。

 アレクは知らない事だが、元の部隊長の職務怠慢と軍費の使い込みが発覚したため更迭。部下と住民の信頼の厚かったメゼルが今回の海賊討伐の功績と合わせて抜擢されたのだ。

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