古代の記憶なのです
「……お前は一人だろうか?誰か倒れている者はいるか?
安心していい……これ以上の犠牲は求めない。
もし、ここに至るまでに仲間が犠牲になっていたとしたら、それはとても痛ましいことだ。
だが、魂は輪廻の輪に乗って、いつかまた出会える。
これは科学的に実証された事実だ。悲しむことではない……」
老人は言葉を続ける。
霊的因子がどうの、魂魄回転率がどうのと難しい話が続くが、どうやら科学的に実証された事実とやらの説明らしいが、ウイングとアキラにはひとつも響いて来ない。
「これって映像だよね?」
「SFなんかでよく見る立体映像メールって感じなのです……」
二人が話している間も老人は熱を持って話していたが、途中で我に帰ったのか、咳払いをひとつ。
「……ゴホンっ!すまない……少し興奮したようだ……。
私は遠い未来にまだ人類が望まれる未来に到達していない場合を考えてこのメッセージを遺している……」
「望まれる未来?」
「この剣と魔法の世界がそうだとは考えにくいですね……」
二人はそれぞれに頭を捻る。
老人はそれから身振り手振りを交えて話し始める。
「望まれる未来……人間の使命と言ってもいい……それを説明するには少しばかり荒唐無稽な話をしなければならない……。
ソレを何と呼べばいいのか……異星人、異界人、高次元存在……それとも人類を作った祖……いや、端的に言えば『神』なのだろう……神話が、科学のその先が、物理学の先端が、ひいては人の心が、ソレを実証した。
もし分からなければ、この部屋の奥に私の講義を記した記録メディアが……いや、どれくらい先の時代になるか分からんからな……とにかく、『神』だ」
老人は勝手にそう帰結すると、手を伸ばして何処からともなく現れたマグカップに口をつけて、喉を潤す。
それから、おもむろにまた口を開いた。
「『神』が望む未来を示す。
ソレが我ら人類の元となる種を見つけたのは、偶然なのか奇跡なのかは分からない。
ただ、ソレが望んだのは並び立つ者の存在だった……。
つまり、人類は『神』になるために作られたのだ!
……そう言うと、素晴らしいことに聞こえるがな……要は寂しがり屋が仲間を作ろうとして失敗しただけの話だ。
もうソレの存在は感じ取れん。
どこかへ消えたのか、眠ったのか……ただ、簡単に消えるとも思えん。
儂は残った科学技術と儂の知識の全てを持って道を示すだけじゃ……後はお前に託す……」
老人の表情からは諦観のようなものが見えた。
「さて、どこから説明したものか……今、お前は剥き出しの魂に薄い殻が一枚だけあるような状態になっている。
それが神に近づく一歩だと思ってくれていい。
お前は神力を使ったはずだ。それもまた一歩である。
儂が示せるのはそれが全てだ。
ここからは死にゆく老人の戯言だと思って、我慢して聞いて欲しい……。
今までの歴史だ。
死にゆく人類の戯言だがな……。
後の世ではこの時代を何と呼ぶだろうか?
神の居た時代、神居とでも名付けるか。
カムイ時代は物理的な進化の時代だ。
『神』の望みとは真逆に進んだ時代とも言える。
物理的な充足を求め、争い、それが急速な進化を促し、人は進歩してきた。
西暦と呼ばれる年号を使っている頃が最も神に近付けた最後の時代だ。
宇宙にロマンを求め、精神性を高めることで魂の位階を上げることが自然に出来た時代……だが、人は愚かだった。
宇宙の全てを理解すると『神』が遠い、あまりにも遠い存在だと気付いたのだ。
三次元世界から抜け出し、新たな次元に踏み出すことを恐れた。
宙歴と呼ばれる年号の頃、新たなる発見があった。
それが魂の実証だ。
まさしく『神』の御業に手を出した。
そして、輪廻転生というシステムを物理的アプローチで弄るようになる……愚かにもだ……。
遥か昔から人は理解していたはずなのだ……世界は閉じていると。
それは三次元世界すらも輪廻の輪の中なのだと、宇宙と呼ばれるものが、メビウスの輪をなぞり続ける世界なのだということの実証に他ならなかった……。
自らの尾を噛むウロボロスというやつだ。
世界は時というレールを進み、いつか元に戻る。
儂という存在も無限の時の彼方にもう一度生まれ、同じような時間を生きて、同じようにお前に後を託すのだろう。
いつか、イレギュラーが起きて、高次元存在が生まれるまで……。
『神』はその外に居る。
儂はそれを知った時、二つのモノを作った。
輪廻の輪を乱す『魂魄移行システム』と神に対抗する『マイクロナビゲーションシステム』だ。
儂が愚かだった……世界が閉じているのだと発表したがために、人は絶望した。
絶望した人類はイレギュラーを起こすべく、総人類改造計画なるモノを打ち出した。所謂、天使化というやつだ。
人類は『神』に近付くために、昔の神話を持ち出して、翼を付け、頭に輪を乗せ、物理的な寿命を無くそうとした。
だから『神』は我らを失敗作だと判断したのだろう……。
天変地異が巻き起こり、まさしく神話の再現が起きた。
津波が大地を押し流し、嵐が大気をかき乱し、山は炎を噴き上げ、大地が隆起と陥没を繰り返した。
天使たちは地中に擬似的な地上を作り、そこに移り住むしかなかった。
だが、地下は地獄だった。
いや、人が天使化した人類が地獄に変えたのだ。
擬似太陽の光の中では、人は生きて行けぬ。だが、寿命を放棄したために死ぬことすら出来ぬ。
享楽と退廃が大勢を占め、少ない物資が争いを助長した……。
それでも生きようとした儂らは、空中に新たな地上を作った。
だが、地に足のつかぬ生活も同じことだ。
天使は天界に住むものだという神話は、儂らの愚かさが生み出した遠い過去の記憶の残滓だったのかもしれんと、今頃になって気付くことになるとは、やはり旧人類というのは愚かなのかも知れぬ……。
そう、旧人類なのだ。
ようやく地上に生きる大地を見つけた時、そこには新たな人類が生み出されていた。
それが今の人類というやつだ。
お前はどちらだろうか?
新人類から魂の位階を上げた者か?それとも『魂魄移行システム』によって西暦の時代から来た者か?
後者ならば儂としても喜ばしいことではあるが、どちらでも構わぬ。
そうじゃ!『マイクロナビゲーションシステム』は順調だろうか?
略して『マナ』と呼ばれるモノだ。
もし、西暦の時代から来た者ならばこう言えば分かるか?
『マナ』とはナノマシンよりも小さな自己成長型自律自動分岐ロボットだ。
儂が天界にて作ったモノだが、『マナ』は成長すれば『精霊』『大精霊』果ては『母精霊』となって世界の運行を助けるシステムになる様作ってある。
そして、最も重要なのは『マナ』が『神』へと至る道を探すためにあるということだ。
成長し進化した『マナ』はいつかお前に語り掛けるだろう。
儂の助言のその先を『マナ』が知り、お前を導くはずだ。
もし、お前が『神』と同じ次元に至る気があるのなら、『マナ』の導きに従うといい。
そして、『神』の話し相手になってやるでも、『神』を殴りつけにいくでも、好きにするといい……」
言って、老人は疲れたという風にひとつ息を吐き出した。
「えっと……つまり世界は何度も繰り返してるってことですかね?」
「このお爺さんの話が本当なら、そういうことだよね……そして、誰かが『神』にならなきゃ世界は終らない……今の世界が何度目なのか知らないけど、運命ってのは、お爺さんの言うイレギュラーが起こらない限り変わらないってことじゃないかな……」
ウイングが何とも言えない表情で理解に努めようとしている横で、アキラは苦々しい顔をしていた。
それに気付いたウイングがアキラに話し掛けようとした時、老人がさらに続ける。
「それから……『魂魄移行システム』についても説明するべきかも知れんな。
地上は旧人類を拒んだ。
新人類より、優れた知性、早急な進化の可能性を持つ旧人類……今では天使と呼ばれるようになった我らは地上に一定数を越えることで『神』の定めたリセットが掛かるようになってしまった。
あくまでも地上は新人類の物で、我らは地上に暮らすことは適わなくなった。
だが、新人類の進化は遅い……早過ぎた旧人類と比べて、あまりにも遅かった……。
永い、永い時の中では、天界もまた地獄と化す恐れがあった。
儂らは天使化することで寿命を放棄することに成功したが、狭い天界では生殖能力を極限まで制限するしかなかった。
そこで天使と新人類で新しい子を成す『ネフィリム計画』というのが持ち上がったが、これは失敗だった。
ネフィリムの子らは天使を凌ぐ知性と力を持ち、新人類を駆逐し始めた。
悲しい事件だ。
『神』は『原初の魔物』を生み出し、ネフィリムの子らを次元の狭間へと追いやった。
そして、生み出された『原初の魔物』から、様々な生物が生まれた。
儂らはこれを『魔物』と定義した。
まだ、研究段階ではあるが、『原初の魔物』は旧人類への監視役で、そこから生まれた『魔物』は新人類を進化に導くための起爆剤のような役割なのではないかと予想している。
旧人類が戦争を糧に進化した歴史がある故にな……。
そして、『魂魄移行システム』が生まれた。儂一人の功績という訳でもない。
旧人類が最も『神』に近付いた西暦時代の魂魄を召喚、違和感なく新人類の魂と混ぜ合わせるためにな……。
今のところは問題なく稼働している。
『神』の禁忌にも触れた様子はない。
ただ、ひとつ問題があるとするなら、肉体は再現できないということだ。
魂魄を受け入れる肉体はこちらで用意するしかない。
ただし、新人類の肉体では旧人類の魂魄を受け止めきれない。
だが、天使、つまり旧人類の肉体ならばそれが可能だという実験結果が出ている……。
元となる天使の魂魄は消失することになるが、『神』に近付いた魂魄と新人類の間に成した子は位階が上がりやすく、『神』になれる可能性がある。
これが我ら旧人類の『神』への奉仕であり、反逆なのだ。
失敗作だと断じて地上を追われた我らが、いつか『神』に並ぶ者を作り出す。
お前がそうならば喜ばしいとは、そういう意味だ。
だが、『神』になれとは言わない。
もうすぐ儂は死ぬ。
天使の中でも、考え方が違う者たちがいる。
そいつらに殺されるだろうからな。もちろん、簡単に殺されるつもりはないし、抗い続けるがな。
結果を見ることは適わないが、いつか必ず結果は出る。
この呪われて祝福された輪廻の輪から抜け出す者は現れる。
それが儂の……Dr加茂主の生きた証になる!」
老人、Dr加茂主は何かから解き放たれたような顔をしたかと思うと、すぐに苦悩するような顔をして、それから爛々とした目をして笑い始める。
「くくっ……くくくっ……神よ!これが試練かっ!
我ら旧人類を見限ったのか!見捨てたのか!
だが、旧人類の叡智こそがお前に並ぶ者を作り出すのだ!
これがお前が全知でも全能でもない証拠だ!
……っ!?」
泣き笑いの情緒不安定な老人は、さらなる高みを見つめて叫んだと思うと、何かに気付いたのか左に目をやる。
それから、慌てたようにローブを脱ぎ捨てる。
頭には光る輪が浮かび、背中から白い翼を拡げる。
そのまま、焦ったように右に移動すると画面の範囲から消えた。
暫くガタガタと何かする音が聞こえたと思うと、画面左端から数条の火線が横切った。
右端からも火線が伸びる。
それから、画面左端から天使が現れる。手には剣が握られているが、天使がそれを左に向けると、剣の先端から火線が迸った。と、そこで唐突にホログラムは消えた。
同時に光の奔流も収まり、ウイングとアキラは元の姿でそこに立っていた。
目の前にはただの水晶玉が転がっている。
二人の周りには、気を失っている仲間たちが倒れていた。
「…………。」
「…………。」
無言だった。
ウイングもアキラも暫くは何も言えずに、転がっている水晶玉を眺めていた。
先に口を開いたのは、ウイングだった。
「あ、の……今のは秘密に、しておくべきだと思う……です……」
どうにかそれだけ言った。
「あ、ああ……」
アキラは蒼い顔でそれだけ答えた。
ウイングには幾つかアキラに聞かねばならないことがあったが、アキラの顔色を見て、今はするべきではないと判断した。
ウイングは手近にいたモーリーに駆け寄ると状態を確かめる。
どうやら気を失っているだけのようでホッとする。
軽く頬を叩いて、目覚めを促すと、すぐに気がついた。
「……大丈夫です?」
「……あ……ウイング……あの影は……?」
モーリーが呆然としたまま聞くのに、ウイングは良く分からないという顔をする。
「影?なんのことです?」
「……夢……かしら……」
「なんだか強烈な光があって、皆倒れてたみたいです」
嘘をついた。だが、内容を話せる訳がない。
全員倒れていて、たまたまいち早く気がついたということにしておく。
「……そう……皆は……?」
言われてウイングは辺りを見回す。
マルガレーテやアリアなどが目覚めたのか、頭を振って動き出していた。
しかし、ライアスは重症を負っている。
「ライアスがやばそうなのです!」
ウイングはモーリーの上体を起こしてやると、ライアスの容態を見に行く。
ライアスは意識を失いながらも、腹に刺さった剣を身体で留めようと素手で押さえつけたままの格好になっていた。
息はあるようだった。
急いでライアスの刺さった剣を抜いて、治癒魔法をかけねばと剣に手を掛けるが、ライアスの身体が強ばっているらしく中々抜けない。
アリアも慌てて手伝って、ようやく剣を抜くとすぐ様魔剣を抜いてライアスに向ける。
橙色の光がライアスを包む。
焦って無詠唱でライアスの傷を塞いだため、アリアが目を丸くしてウイングを見ていた。
光魔法の魔導器付きの魔剣という設定無視な行動だが、アリアは一人納得したような顔をすると、視線をライアスを案じる方向に向けた。
「……ぐ……うぅ……」
ライアスが目を開く。
「あ、気が付いたです?」
ライアスは自身の身体が感じる光魔法の温かさに、強ばった身体が緩んでいくのを感じながら、ウイングを見た。
「お前が……助けてくれたのか……」
「あ、アキラと二人で何とかあの『水晶の騎士』は倒したです……」
少しライアスに苦手意識を感じるウイングは見当違いの答えを返す。
だが、ライアスはそれに肯いてから、改めてウイングに聞く。
「この光魔法の魔導器は?」
「あの……内緒にしてたのは、ごめんなさいなのです……でも……」
「いや、いい。
冒険者ならば当然だ……それよりも、助かった……貴重な物を……済まない……」
「あ、えと、大丈夫なのです。でも、これのことは内緒にしておいて欲しいのです……」
「……だが……いや、分かった……秘密は守る……」
「あ、もちろん、これは功績に加算しなくていいですから……」
ウイングは秘密さえ守られれば充分と、ついそんなことを言った。
ライアスは少し考えてから言う。
「……そうだな。これは個人的な借りひとつにしておいてくれ。
必ず返す」
「分かったです」
傷が完全に塞がる頃には、全員の意識が戻ったようだった。
結果的に全員が生きていた。
ミルキルもムースも限界近くまで魔法力を消費して、全員の大きな傷を治したため、フラフラしていた。
この二人の治癒魔法も全員が秘密にすることとして、言質を取ってある。
暫く休んでいると、グラディス老と『深緑の狼』の残り半分も合流して、遺跡に挑んだ全員が集合した。
ウイングがアキラと『水晶の騎士』を倒した話をして、その時に水晶玉が割れたという事を説明すると、グラディス老は膝をついて「……おお……おぉ……おお……いや、仕方ないことじゃ……仕方ないことじゃが……仕方ないことじゃ……」と無理矢理自分を納得させた。
それから、ここが祭壇だと確認すると、全員で野営地へと戻るのだった。




