アビーバと町の裏なのです
お待たせ致しました。
今話には主人公達の出番がありません……。
お前もか、お前もウジウジするのがデフォなのか、アビーバ……。
子爵の執務室を辞して、あてがわれた部屋に戻ろうとして、呼び止められる。
そのまま連れて行かれるのは伯爵にあてがわれた部屋だ。
伯爵は部屋に入って扉を閉めるなり、振り返りざまに握った拳をアビーバに振るった。
「このバカ者がっ!なんたる失態!なんたる愚か!なんたる……なんたる……っ」
アビーバは殴られて地面に転び、それに馬乗りになって伯爵は更なる拳を振るう。
伯爵は汗まみれになって、振るう拳が自身の汗とアビーバの鼻血でヌメってダメージにもならなくなるまで腕を振るうと、ようやく殴るのを止める。
それから、馬乗りのままアビーバの胸倉を掴んで憎々しげに言う。
「ゼェ……ゼェ……お、お前は……ゼェ……勘当だ……」
「ぜひゅっ、ぜひゅっ……ぢ、ぢぢうぇ……」
「お前が好き勝手動くのを許したのは……ゼェ……私の領地に……恩恵が……ゼェ……あったからだ……それを……それをぉぉぉ……」
腕を振り上げる力がもうないのか、伯爵は掴んだ胸倉をガクガクと揺する。
「もうじわげ……ありまぜん……」
アビーバは泣きながら、上手く動かせない口でモゴモゴと謝罪を口にする。
伯爵は血走った目でアビーバを睨みつける。
「ゼハッ……い、いいか……お前とは父でもなければ、子でもない……ゼェ……ゼェ……しかし、最後のチャンスを与えてやる……あの冒険者だ……私を馬鹿にしたアイツらがシューティのために働いているなど、我慢がならん!
アイツらとお前のせいで、出るはずの金も出なくなった……シューティめ、誰のおかげで爵位が得られたと思っているんだ……。
お前がやるんだ!上手くやれたら家に戻してやる……それまでは……帰ってくるな……いいな!
私のためになることをしろ!この溜飲を下げる成果を持ってこい!でなければ、お前はこのまま野垂れ死にだ!
分かったか!」
伯爵は決して、具体的な話をしなかった。
アビーバもそれくらい分かっている。
貴族として生まれて、貴族として生きてきたのだ。
今さらソレを捨てて生きるなど無理な話だ。
「わ、わがりまじだ……」
こうして、その日の内にアビーバは勘当された。
供の者もなく、たった一人、ひっそりとシューティ子爵の館を後にした。
「伯爵様……お気持ちは分かりますが何も勘当までされるとは……」
「いえ、この国の貴族が馬鹿な真似をしたことが法王様に伝わるようなことがあればこの国が侮られる可能性もありますからな、些細なことでも締めて掛からねばなりません」
「ですが、ご子息のことではないですか……」
「いえ、アレはもう息子ではありません!あんな女にうつつを抜かして局面を見誤るような者など、どうなろうが構わぬというものです……」
伯爵は鼻息も荒くそう子爵に告げるが、それならば美人冒険者の酌ひとつで我を失った貴方も私も同罪なのでは?と思った子爵としてはそれ以上、何も言うことはできないのだった。
一方のアビーバは荒れていた。
アビーバは顔を腫らしたまま、館を出て、不貞腐れて馬を進める。
それから憂晴らしとばかりに娼館へと向かう。
無茶苦茶になるまで女を抱けば、多少は気が晴れるのではないかと思ったのだ。
馬番に馬を預けて、荒々しく娼館の扉を開ける。
ざっと見回して、指を突きつける。
「お前とお前、それからお前もだ!」
そうして三人を指名すると二階の客室に行こうとしたところで、厳つい男に呼び止められる。
「旦那〜、すいやせんが先に金をお願いできますかね?」
今までアビーバは娼館で金を払ったことなどない。
それは、お付きの商人だったり小姓がする仕事だったからだ。
それに気付いてアビーバは懐から金袋を出す。
「おお、すまんな……いくらだ?」
「へい、あの三人で四十五ジンでさ……」
アビーバは一ジン硬貨を出して言う。
「これで、足りるか?」
厳つい男は笑いながらも顔を少し引き攣らせる。
「こりゃ手厳しい……これがあと四十四枚必要ですぜ」
貴族風の出で立ちだから貴族だろうと見て、少し高く見積もったのは確かだが、普通に考えても三人で三十五ジン取る上玉ばかりだ。
値切られるならある程度は譲歩してやってもいいと厳つい男は考えていた。
「なに?そんなに掛かるのか?」
アビーバの袋には三十ジンと少ししかない。
元々、女を手玉に取る用の金で、多少良い目を見させてやるために持っている金だ。
だが、不用意に発した言葉に厳つい男が反応した。
「ちょいと失礼……ああ、これじゃあ二人ですな……」
厳つい男がアビーバの金袋を奪って、中を確認する。
「なっ……」
アビーバにとってこの金が全財産だ。
これを使い切ったら手持ちの金はなくなる。
慌てて厳つい男から金袋を取り返す。
「なら、その一枚で抱ける女を用意しろ!」
途端、厳つい男の眦が上がる。
「おい、ウチはこれでも高級娼館で通してるんだ!こんなもんじゃ、宿代にもならねーんだよ!馬鹿にしてんのか?」
「なんだと?客に向かってその態度はなんだ!」
「はあ?金を払ってから客面しろや!
ボコボコの顔しやがって!供の者も連れてねえ、本当にお貴族様なんですかねえ?」
「ぐっ……俺は……シミュレー伯……くそうっ……」
そこで厳つい男はピンと来た。
どうやら貴族とは名ばかりで、どうにでもなる相手なのではないだろうか?と思ったのだ。
「はっ!出せねえなら帰りやがれ!」
渡された一ジンをポイと捨てる。
「な、何するんだ!」
アビーバが捨てられた一ジンを拾おうと追いかける。
その一ジンは丁度、扉の近くに転がり、それを拾おうと屈んだアビーバは厳つい男によって、扉の外に蹴り出される。
「貴様!俺が誰だか知らないのか!?」
「貧乏人の顔なんか覚える訳ねーだろが!アホか!
女を抱きたきゃ、服でもなんでも売ってきな!
一人抱くのもウチじゃ、最低十ジンだ!
出すもん出してから偉そうな口叩きやがれってんだ!」
アビーバは怒り狂って、厳つい男に詰め寄ろうとしたところで扉がピシャリと閉められる。
「不敬罪だ!貴様ら全員、不敬罪で打ち首にしてやる!」
アビーバは扉を叩く。だが、どれだけ叩いても扉は開かない。こじ開けようとしても、鍵を掛けたらしく開かない。
散々喚きちらし、扉を叩き疲れて、アビーバはヨロヨロと馬小屋に行く。
「くそっ!馬番!俺の馬だ!」
叫べば、馬番がニヤニヤと笑いながら寄ってくる。
「主からのお達しで、馬は迷惑料としていただくとのことです……」
「何っ?何を馬鹿なことを!いいから早く俺の馬を連れて来い!」
「主からはまだごねるようなら、少し痛い目にあって貰ってお引き取りいただけと言われております。へぇ……」
言って馬番は丁寧に頭を下げる。
逆にその馬番の丁寧さがアビーバの癇に障る。
「ふざけるな!」
アビーバの振るう拳を馬番がヒョイと躱して、それから腹に一発入れてやる。
「おやおや、こんな馬番にも暴力を振るわれるなどと……こりゃ、わたくしめにも迷惑料が必要です……なっ!」
それから、アビーバは馬番にボコボコにされる。
懐の金袋を無理やり取り上げられて、「返せ!」と縋りつけば、また殴る蹴るだ。
「やめろ!やめてくれ!……悪かった……俺が悪かったから……」
アビーバは泣きながら謝った。
それを聞いて、馬番は暴力を止めた。
「けっ!分かったら、とっとこ帰れ!もう二度と来るんじゃねーぞ!」
最後に一発蹴り出されて、アビーバは惨めに地面に這いつくばった。
「チクショウ……チクショウ……」
アビーバは這いずるように娼館から遠ざかる。
勘当されてその日の夜にはもうズタボロだった。
翌日、メブキの季節とはいえ、まだ寒い風に嬲られて、アビーバはどことも知れぬ路地裏で目を覚ます。
まだ、身体は痛む。
顔は熱を持ったように熱い。
金がない。
馬もない。
鎧も武器も何もない。
何故ならアビーバの鎧は『魔導兵器』であって、剣は『魔導兵器』の巨剣なのだ。
服を売ろうにも馬番によって散々ボコボコにされたのであちこち破れてしまっている。
腹が減って、崩れるように地面に寝込む。
チャリ……と音がする。
それはネックレスの音だ。
そうだ、まだこれがあったと思い出す。
父から贈られた家紋入りのネックレス。
確か、成人祝いに貰ったものだ。
アビーバはそれを売って金を作る。家紋入りではそのまま売れないと安く買い叩かれた。
それから安い酒場で飯を食う。
何も知らないアビーバに酒場の主人が硬貨の価値を教えてくれた。
服を買う。誰が着ていたのか分からない中古の服だ。
だが、服屋の店主は安い宿を教えて、その場で傷薬を分けてくれた。
また飯を食う。安宿に泊まる。
ひとつの部屋に五人も六人も泊まる部屋だ。
冒険者ばかりのようで、こういうところは初めてだと言うと皆が優しく接してくれた。
アビーバは初めて尽くしの体験に戸惑うばかりだ。
尊大な口調や態度が他人を怒らせることを知った。
飯を食い、安宿に泊まり、初めての出来事に心を踊らせる。
そうして、アビーバは人としての大事ななにかを急速に、真綿が吸い込む水のように吸収していった。
………………などと言うことはない。
アビーバの性根は腐っている。
貴族の子息とは言え、五男である。伯爵位を継げるなどとは最初から思っていない。
だから、伯爵の傍で従順な息子でいるよりも、若い時から積極的に他国に赴き、父の役に立つ息子としての地位を固めてきたのだ。
だが、その外交手腕が優れていたという訳ではない。
単純に国々を巡る者などそれこそ冒険者みたいなものだ。
だから、他国に行けば珍しがられるのだ。
文化が違うのだからと多少の傲慢さもグアーメではそういうものかと異国では見られる。
その事に気付くことなくアビーバは自分の外交手腕だと信じているが、確かにそれで伯爵領が潤ったのだから、自分は貴族でいていいのだと思っていたのだ。
平民が貴族に気をきかせるのは当たり前で、アビーバが感謝の言葉を述べるのは処世術だ。
硬貨の価値を教えた酒場の主人、傷薬を分けてくれた服屋の店主、なにくれとなく世話を焼いてくれる冒険者たち……この辺りの人間は貴族への礼儀を知っているという程度の認識で、それ以外はただ無知で愚かな恥知らずな平民という認識である。
かといって、それに腹を立てるアビーバではない。
平民とはそんなものだと思っているのだから。
ただし、娼館のやつらはいつか復讐してやろうと考えてはいた。
だが、それも自分が貴族に返り咲いてからの話だ。
そのためには、父である伯爵の溜飲を下げさせる何かが必要だ。
父の怒り、それはシューティ子爵に向いている。
金を出さなかったからだ。
それの元凶となったのが『白夜の蒼炎』という冒険者。
また、それは自分の因縁でもある。
くそガキと村娘、ウイングとアリアのことをこう認識していた。
それから、売女。ミルキルのことだ。
最低でもその三人は始末をつける必要がある。
もっと早くに気付いていれば……そう思わなくもない。
魔物狩りで冒険者を見た時には、それごくそガキと村娘だなどと認識すらしていなかった。
屈辱を与えられた相手だが、その時は他に気になるものが出来て意識の外に追いやることに成功したのだ。
アビーバは町に表の顔と裏の顔があることを知っている。
裏の顔、つまり悪徳をなす者たち。
彼らを使い、邪魔者を始末させればいいと考える。
アビーバは夜の繁華街を歩く。そうして、とある酒場をようやく見つける。
前回、シューティの町に来て、くそガキと村娘のせいで気が晴れなかった時、伯爵領から連れて来ていた御用商人ジングがこっそりと案内してくれた裏側への入り口。
それこそがアビーバの気になるものだった。
その時は地下闘技場で魔物に食われる人間ショーなるものを見て無聊を慰めた。それが最高に楽しかったのだ。
だが、町の裏側というのはそれだけではない。裏側と呼ばれる以上、暗殺の請負いをするような奴らもいるだろうというのがアビーバの読みだった。
「アビーバ・シミュレーだ。頼みがあって来た……」
こういう酒場では一度でも利用経験があれば、裏に入るのは容易い。
だが、伯爵に殴られ、馬番に殴られ、顔が判別できないため疑われる。
「シミュレー様は記憶させて頂いてますが、本当にシミュレー様でしょうか?」
女性の給仕が笑顔のまま答える。
「ちっ……今日は一人で来たんだ。ネムリの頃に家の御用商人ジングと一緒に来ただろうが!
この店は一度入れば、後はフリーで入れるんじゃなかったのか?」
「確かにその通りでございます……失礼致しました……こちらへどうぞ……」
女性の給仕はジングの名前が出たことで、いざとなったらジングに責任を取らせればいいと判断した。
そうして、酒場の奥、個室に通される。
女性の給仕はそのまま酒を持ってきて、横に立った。
「それで、本日のお求めは何でしょう?」
「暗殺者を雇いたい」
アビーバは単刀直入に言った。この個室に踏み込んだ時点で不穏当な言葉などないのだ。
金さえあれば何を言っても許される。
「お相手は?もちろん、受ける受けないは別として、秘密が漏れることは御座いません」
「冒険者を三人。白夜の……なんと言ったか……」
「まさか『白夜の蒼炎』で御座いますか?」
「ああ、それだ!そのパーティーの唯一の男と赤い服でブラウンの髪の村娘みたいな女と褐色肌の布地が少ない服を着てるやつだ。」
「それは難しい案件ですね……『白夜の蒼炎』はこの町でも五本の指に入るパーティーです。
かなりお高くなりますよ?」
女性の給仕は迷う。寝込みを襲うのなら誰が相手でも関係ないが、トップパーティーに近い冒険者となれば、気配察知などに長けた者も多い。
しかし、全ては金次第でもある。
「……金は後から払う……」
「今はそのような冗談は必要ありませんわ、アビーバ様……」
女性の給仕はアビーバの焦りを見て取ったが、そこには触れずわざと明るく進める。
「アビーバ様は、シミュレー伯爵のご子息であらせられる……そのような方が仰られる冗談にしてはあまり面白くありませんね……」
町の情報は町の裏側に集まる。
アビーバの出自も押さえてある。
だから、女性の給仕はわざと知っているぞと忠告代わりにアビーバの出自を告げた。
「だ、大丈夫だ……アテはある……しかも、確実な話だ……」
アビーバはわかり易く動揺したが、ここぐらいしか頼れそうな場所がない。
どうにか話を進めねばと粘った。
「はあ……困りましたね……お力になりたいのは山々ですが……何か事情でもおありでしたら、聞かせて頂けませんか?
事情によってはお力になれるかもしれません」
女性の給仕は金の匂いを敏感に感じ取っていた。
だからこそ、その場で話を終わりにせず続きを促したのだ。
これでも女性の給仕はこの町の裏の世界を取り仕切る三つの勢力のひとつに所属する幹部だ。
金が無いところから金を生み出すのも仕事だ。
「あ、ああ……そうか……」
アビーバは給仕の甘言に乗って、全てを話す。
伯爵から勘当を言い渡されたこと、何故そのようなことになったのか、金が無いこと、だが、三人を殺せれば勘当を解いて貰えること等だ。
女性の給仕は悲痛そうな顔でその話を聞きながら、腹の底で笑った。
アビーバは状況が読めていない。伯爵の示した通り、三人を殺せば、勘当が解けるなど、そんなはずはない。
伯爵はおそらく、全てをアビーバのせいにして事が済んだらアビーバも殺すつもりなのだろう。その為に先に勘当を言い渡した。
伯爵家とは関係がない者としたのだ。
当然、疑惑は残るだろう。しかし、証拠がなければ疑惑程度、どうとでもなるという伯爵の算段が見えてくる。
ならば、旨みを吸えるだけ吸わなければ損だ。
「では、こういう形ならいかがでしょう……?」
女性の給仕はアビーバに提案する。
「アビーバ様はこの町にいらした時、ハスタ王国の『魔導兵器』を持ち込んでいらっしゃいましたよね?」
「ん?あ、ああ……だが、アレはハスタ王国からの借り物で俺の一存でどうにか出来る物ではない……それよりもお前たちの力であの冒険者たちを始末してくれさえすれば、俺は貴族に返り咲いて、金などいくらでも払ってやれるようになるんだ!」
アビーバの主張をバカの戯言と聞き流して、女性の給仕は説得に掛かる。
「確かあの『魔導兵器』はシミュレー伯爵ではなく、アビーバ様がお借りになったものと記憶しております。
違いましたかしら?」
「そんなことまで知っているのか……。
確かに、俺が借り受けた物だが、アレは子爵の館に置いてきてしまった……」
アビーバは驚きと共に、その言葉を肯定する。
確かにハスタの副将軍は、アビーバを気に入ったから貸してやると言ったのだ。
樹海に隣接する領地の貴族として、民の安寧のためにも魔物を駆逐してやらなければならないと力説したのが心を打ったとして。
「ならば、取りに戻ればいいのではありませんか?」
「そ、そういう訳にいくものか。
アレは伯爵領の最高戦力だ。
アレがなくなれば他領から侮られる。それに何度も言うがアレは借り物で……」
アビーバが言葉を重ねようとするのを、女性の給仕は微笑みながら、そっとアビーバの唇に指を当てて止める。
「……借りたのはアビーバ様で、今の所有権はアビーバ様にあります。それに何もアレをどこかに売り飛ばそうなどと言う話では御座いませんよ。
そうですね……二、三マワリだけお貸し頂ければいいのです。
その後はきっとお返し致します。
私共の中には非常に優秀な魔導具職人がおりますから、少しだけ中を見るだけです。
それに、あの『魔導兵器』はいつか返さねばならない物。
でしたら、私共の力で作り上げた『魔導兵器』をその後にアビーバ様に差し上げることもできます。
そうなれば、伯爵様の元で返り咲いたアビーバ様の地位も安泰。
もしかしたら、アビーバ様が次代の伯爵様かもしれませんわね……」
女性の給仕は思ってもいないことを並べ立てる。
それも、アビーバが窮していると見て、噛んで含めるように、優しく甘く毒を吐く。
「俺が……兄上たちを差し置いて、伯爵……」
「ええ、伯爵領のための『魔導兵器』、アビーバ様のための『魔導兵器』。
それがあれば、誰も異を唱えることなどできませんわ……。
各国が総力を上げて開発している『魔導兵器』の中、ハスタ王国に続いてアビーバ様が『魔導兵器』の開発に成功したとなれば、歴史に名を刻むことも夢ではないのではありませんか?」
「歴史に……?」
アビーバは女性の給仕の甘言にクルクルと踊る。
まるで、チョロインのような惑わされっぷりだ。
「一時的に勘当されたとは言え、『魔導兵器』の所有権はアビーバ様に御座います。
それを我らに少しの間、お貸し下さるだけで、冒険者は死に、アビーバ伯爵様が歴史に名を残すことになるのです。
いかがでしょうか?」
「そう、だな……元はと言えば俺が、家名など関係なしに借り受けた『魔導兵器』だ。
二、三マワリ程度ですぐに戻せば大した問題にもならないだろうし……だが、お前たちはその技術を売るのだろう?そうなれば他国が先に作ってしまうかも知れないんじゃないか……?」
アビーバは自分の輝かしい未来に付く染みを恐れた。
だが、アビーバ伯爵という言葉は気持ちいい。
どうせなら高く売ってやろうと思ったのだ。
「いえ、それはありません。
アビーバ様がそこまでの事を我らのような下賎の輩に施して頂けるのなら、売るのはアビーバ様が伯爵となられてから、歴史に名を刻んでからに致します。
それでも充分に我らは儲けられると踏んでおりますし、そこまで恩知らずでは御座いませんから、安心なさって下さいませ……」
「なんだ……市井にも話せば分かる者がいるのだな……まだまだ俺も勉強が足りんということか……ははっ……はははっ……」
アビーバが高笑いしようとした瞬間、女性の給仕はピシャリと言い放つ。
「ですが、そのためにはアビーバ様にも多少の労苦を味わって頂かなければなりません」
「何っ!?」
「『魔導兵器』は大きさから考えても、手の者が運び出すのはまず不可能です……ですが、『魔導兵器』が自分から動くのならば別です。
勝手に動いて、樹海の中に消えてしまえば……」
「追える者など、まずいないということか……」
「子爵の館に入り込みやすく、『魔導兵器』を自在に動かせる者となると、こればかりはアビーバ様にお願い申し上げるしかないのです……」
「う、む……確かに……」
「子爵の館さえ、出て頂ければ、後の誘導はこちらでやります……お願いできませんでしょうか?」
女性の給仕は頭を下げる。
アビーバは頭の中で、借りるだけ、借りるだけ、元々の所有権は自分にあるのだから大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
何しろ、女性の給仕が語る夢物語は耳に心地よく、それしかないのだと思わせるのだ。
また、トントン拍子に運ぶ話が、自分が上手くやれるかどうかに掛かっているというのもアビーバを惑わせる。
これが、全て自分の関わりがないところで運ぶ話なら、アビーバも後から冷静になったかもしれない。
だが、アビーバは既にどのように『魔導兵器』を運んでくるか、という事を考え始めていた。
「……分かった。では、それはこちらでやろう!」
「ありがとうございます……アビーバ伯爵様」
女性の給仕によるダメ押しのおべっかに、アビーバは上機嫌になるのだった。




