ミルキルの潜入捜査なのです
今回の『紅蓮の獅子』の悪事を暴いて然るべき罰を受けさせよう作戦には、普段から冒険者の父であり母であるギルドの重鎮ウォダツとその妻ヤオーエが関わっている。
その二人から特に可愛がられているアリアが巻き込むことを決めたのだ。
というか、その二人くらいしか頼める相手がいなかったとも言える。
ムースの話もした。
ムースも周りに押されてついに決心したのである。
ヤオーエなどは、ムースの話だけでも『紅蓮の獅子』から冒険者資格を取り上げるべきという話があったが、如何せんもう何年も前の話である。
現役ギルド職員、ウォダツとしては現在のトップパーティー『紅蓮の獅子』を犯罪者とするには、明確な証拠が必要だと考えたのである。
シューティの町の冒険者ギルドトップパーティーが犯罪者だったとなれば、ギルドとしては軽々に動けない事柄である。
他の町のギルドとのパワーバランス、町中でのパワーバランス、そういったことにも目を向けなければならない。
故に今作戦において、ギルドは基本ノータッチ、証拠が出た場合のみギルドが動くことになっている。
しかし、ウォダツは個人でギルド内の情報を渡すと決めた。
それも、ドーパンの依頼内容についてのみという限定的なものだ。
もし何もなかった場合、ウォダツはギルドに居られなくなる。
だが、それでも協力を申し出てくれたのだ。
ウォダツとしても新人冒険者が『紅蓮の獅子』に入って依頼を受けると辞めていくという現状を訝しく感じていたのだ。
だから、今回の話は渡りに船だったと言える。
ただし、もしアリアとウイングの二人だけだったら決して今作戦を許さなかっただろう。
そこは今まで実績を積み重ねてきた『白夜の華』が勝ち取った信頼である。
そうして、モーリーがウォダツの前に姿を現すと、ウォダツは他のギルド職員に買取現場を任せて、職員棟に行き、魔物の血臭をぷんぷんさせながら、半ば強引に情報を取ってきた。
そうして、買取現場のベンチに腰掛けて待つモーリーに目配せすると大きな声で他の職員に話し掛ける。
「おい!今の巨頭蛙の卵の相場は幾らだ?」
「えーと……確か一ミョーン〈メートル〉で三百ルーンくらい、じゃなかったでしたか?」
「バカたれ!小卵で二百八十、中卵で三百十、大卵なら三百五十だ!そろそろ季節だから入荷があるかもしれんだろ!そんぐらい覚えとけ!」
「へい!おやっさん!」
どうやら職員はウォダツの弟子らしい。いきなりまだ来ていない巨頭蛙の卵の相場を聞かれてあたふたしている。
モーリーはウォダツに頷くと、パーティーに戻っていった。
夜、ミルキルは黒い外套を羽織って『涼風亭』を出ていく。
濃いめの化粧に貴族の下女が着るようなメイド服を着ている。
彼女が向かうのは繁華街の裏通りで、夜、女性が一人で歩くにはかなり勇気がいる道である。
「お嬢ちゃん、悪いことは言わないから帰りな!ここらの男は見境ないのばっかりだよ!」
娼婦らしき女が声を掛けてくる。
ミルキルはそれに答えず、そそくさと一軒の酒場に入る。
娼婦は鼻を鳴らして、それから先程のことなど忘れたように仕事に戻った。
その酒場は店内が薄暗く、いかにも危なげな男が数人たむろしている。
「ほう、これは立派な貴族様の使用人の方がこんな店になんの用かね?」
店員でもない男が絡んでくる。
ミルキルは小声で「ちっ、めんどくせーな……」と呟いてから、怯えたような声色を作って答える。
「はい、このお店で御主人様の大好物を買って来るよう承ったものですから……」
「へぇ……大好物ねえ……俺が奢ってやるから、一杯飲んでけよ……」
ニヤニヤ笑いながら男がミルキルの肩に手を回す。
「おやめください……こちらにはフォンサンウォッカを買いに来ただけですから……」
ミルキルはわざと店員に聞こえるように言う。
すると店員はグラスを磨く手を止めて。
「ウチじゃあ、フォンサンウォッカなんて高級品、扱ってないよ……」
「じゃあ、ミルクを下さい!」
ミルキルが返す。すると店員は男に「おい、ウチの客だ」と言って男を下がらせる。
どうやらミルキルが仕入れた裏の情報は正しかったらしい。
それから、店員はミルキルが近づくのを待ってさらに続ける。
「ウチのミルクは客に出してねえんだ。俺のを分けてやるから、こっち来な!」
言って、店員は別室に案内する。
「一杯、百十二ルーンだが、何杯欲しいんだ?」
「とりあえず三杯、気に入ったら定期的に三十杯と言えと……」
ミルキルは主人である貴族からの言付けを思い出すように言い、それを店員は値踏みするように視線を送ってくる。
「大口だな……今、手元にそんなにねえんだ……ちと親父に確認してみる。少し待ってくれ」
言って店員はグラスにミルクを注いでミルキルの前に置く。
「これはただのミルクだ。サービスだよ。飲みながら待っててくれ」
優しげに笑うと店員は入って来たのと逆側の扉を開けて出ていく。
どうやら店員はミルキルの言を信じたようだ。
だが、ミルキルは素早く扉に張り付いて音を聞く。
靴音がして、別の扉を叩く音、くぐもった声がして、扉の開閉音。
そこまで聴いてから、ミルキルはゆっくりとドアノブを回す。
慎重に扉を開けて、持ってきたハンカチを畳んで扉の下部にドアストッパー代わりに噛ませると、開閉音がした辺りのドアに目星をつけて聞き耳を立てる。
「……ちょうど今日、取ってくるように依頼したところだ。
十二マワリもあれば届く。
その客には三つの金で五つ渡してやれ、それで十五マワリ後に次が用意出来ると伝えろ……」
その声はドーパンのものだ。
ミルキルは確信する。
「へい、分かりました」
男が動く気配がする。
ミルキルは慌てて来た道を戻ると、用意されていたミルクを手で引っ掛けて下に落とす。
それから振り返り様、土下座する格好になって、ドアストッパーにしていたハンカチを引き抜いて、その零れたミルクを拭き取っていく。
グラスの割れる音に気付いた店員が扉を開ける。
店員とミルキルの目が合う。
ミルキルは慌てて立ち上がると、店員の元に駆け寄って頭を下げる。その際、扉の隙間からドーパンを確認するのを忘れない。
「申し訳ございません……外の物音に驚いてグラスを落としてしまいまして……」
男は急いでドーパンの部屋から出ると、ミルキルを優しく押しやる。
「ああ、気にしないで下さい。いいんですよ……わたしがやりますから……」
店員はタオルとバケツを用意する。
その間にミルキルはそっとハンカチに含ませたミルクを自分のスカートに掛けておく。
「あ、お洋服も濡れてしまっているじゃないですか!」
「あ……まあ、どうしましょう……」
ミルキルは濡れたハンカチとスカートを見比べる。
「お拭き致しますね……」
店員は布地越しにミルキルの脚線を堪能する。
「早く洗わないと染みになってしまうわ……」
堪能し終わった店員が頭を上げると、自分のスカートを覗き込むミルキルの胸元が丸見えになっている。
それに鼻の下を伸ばす店員には、先程の不自然だったような気がしたミルキルの挙動など頭から吹っ飛んでしまっていた。
それから改めて取り引きを終えて、ミルキルはにこやかに去っていく。
店員もにこやかにそれを見送った。
『涼風亭』に戻ったミルキルは報告をする。
「……んで、これが証拠の『ホワイトアウト』な」
皆の前に出したのは五粒の白い丸薬だ。
「ミントタブレットみたいなのです……」
ウイングの前世知識で良く食べていた丸薬にそっくりだった。
「これ一粒で三時間くらいは極楽だってさ……」
「ぞっとしない話だな……」
ミルキルの言葉にマルガレーテが肩を竦める。
「さて、あたしはもう寝るね!
明日は早いんだろ?」
ミルキルは立ち上がると、外套を脱ぎ捨て、その下のメイド服に手を掛けると一気に捲り上げ、
「あ、ちょっ、待っ……」
慌ててウイングが後ろを向くがミルキルは笑って、
「うひひ、えっちな想像でもしたのか、ウイング?」
ミルキルがメイド服を脱ぎ捨てると、下はいつもの格好だった。
「ごめんな、いつも通りの格好で!」
にはは、と高笑いを上げつつ、ミルキルは変装に使った服を引っ掴んで部屋を出ていく。
ウイングは恥ずかしさに顔を真っ赤に染めていた。
マルガレーテは咳払いをひとつ。空気を変える。
「よし、明日は予定通り、ウイングとモーリーが先行で頼む。
解散!」
全員が解散していく。
どうやら、ウイングの部屋に集まっていたらしい。
一人残されたウイングは、剣を磨く。
「サアラ、タマから何か報告はあるです?」
ぽつり呟くと、ウイングの前に焔の精霊、巫女服姿の稲荷の使いのような人間の三分の一程度の大きさのモノが現れる。
タマというのはアリアの契約している水の精霊である。
ウイングとアリア、二人で作った精霊で、アリアは自分達の子供として可愛がっている。
「精神的な負荷は高いものの、魂の器に大きな乱れはないとのことです」
基本的に精霊達は人間と見ている世界が違う。
人間を人間として認識はしていない。
あくまでも魂の器として認識しているのだ。
故に細かい機微などは推し量りようもないが、精神的な乱れや肉体的な不調を魂の器の乱れとして感じ取ることはできる。
それを利用して、ウイングはアリアのことを定期的にチェックしている。
何か大きな問題が起きれば、タマからサアラへ、サアラからウイングへと伝わるようになっている。
もちろん、アリアも了承済みである。
「大きな問題がなければいいのです。
でも、まだ定期的なチェックは続けて欲しいです」
「はい、我が主様の御心のままに……」
言ってサアラは消えていく。
ウイングは、ありがとうなのですと労いの言葉を掛けてから休む。
ベッドではなく、ベッドの脇の暗がりに片膝を立てて座る。
長年、これを続けてきたせいで安心できる相手が見張りをしてくれる時でもないと、ベッドでは寝られない。
代わりにベッドに横たわるのは精巧なウイング人形である。
この習慣は師であるレンバート先生の教えによるもので、最近では冒険に出ている時の方がちゃんと睡眠を取れるくらいだ。
そうして、朝が来る前に起き出すと装備を整えて部屋を出る。
厨房に寄ってお弁当を貰ってロビーに行くと、モーリーが待っていた。
「おはようなのです、モーリー」
「おはよう、ウイング、準備はできて?」
「大丈夫なのです」
「そう、じゃあ行きましょう」
モーリーは暗い緑のケープを羽織っている。
いつもの黒地に赤があしらわれたゴスロリドレスはケープの下に隠れている。
ウイングも黒縁メガネに黒ローブで頭までフードを被っている。
一応、二人とも普段と違う格好で変装しているつもりらしい。
正面から見ればすぐバレるだろうが、ぱっと見ならすぐにはそうとは知れない程度だが、朝の南の大門は混雑しているので充分だろう。
そうして二人は『涼風亭』を後にした。




