路地裏なのです
翌日。
なんとも気恥ずかしい気持ちで朝食の席についたウイングだったが、アリアの態度が普段どおりだったのも手伝って、「昨日はごめんなのです……」「もう、気にしてないですよ。それより、今日はどこから行きましょうか?」の会話だけで、落ち着いた雰囲気になっていた。
ちなみに、昨日の内に宿側からの謝罪は済んでいる。
どうやら、給水魔導器は老朽化が進んでいたらしく、宿の使用人のひとりが間違えて堰を全て閉じてしまったことに端を発する事件だったらしい。
本来ならば堰を閉じたところで、水が噴出するだけだが、運悪く老朽化していた魔導器に逆流、魔法陣に水が入ったことで魔法回路が壊れたらしい。
謝罪内容はひとメグリの間、夕食をただで提供するということで、アリアは逆に喜んでいた。
朝食の後、二人は買い物に出掛ける。
「じゃあ、まずは冒険者用の背負い袋ですね。冒険者の店に行きましょう」
アリアの言う『冒険者の店』とは、冒険者ギルドの向かいに建っている店で、冒険用の様々な物を取り扱っている店だ。
キャンプ用品、保存食、背負い袋などの他に専門店ほどではないが、武器、防具、薬なども扱っている。
ウイングの感覚で言えば、ゲーム内の『どうぐ屋』といった感じだろうか。
「背負い袋は一番大きいのにするです!」
「一番大きいのは荷運び専門の人が使う物ですよ?あまり大きいと動きの邪魔にもなりますし、ウイングならもうひと回り小さくてもいいと思いますけど?」
「そうなのです?じゃあ、ポケットがいっぱいがいいです!」
ウイングとアリアがきゃいきゃいと騒ぎながら、必要なものを物色していると、四十絡みの大柄な女性店員がのしのしとやって来て、ウイングにひとつの背負い袋を見せてくる。
「あ、ヤオーエさん!」
「おお!これはいいものです!」
見せられた背負い袋はたくさんのポケットと剣などを吊るせる帯、矢筒までがセットになっており、さらには一部のポケットは取り外して小さな袋としても使えるという多機能な物だった。
すっかり気にいったウイングはその多機能ぶりを確かめてご満悦だ。
「アリア、心配したじゃないか……」
ヤオーエと呼ばれた女性店員はまるで母親のように、アリアを抱き締める。
「ごめんなさい……」
「無事に戻って良かったよ……」
ヤオーエは身体に似合わず優しい声をしていた。
「アリアの知り合いです?」
「ヤオーエさん。ウォダツさんの奥さんなの」
「おお!大将の!……よろしくなのです。ウイングです!」
ウイングの質問にアリアは答えると、ウイングの手にある背負い袋をマジマジと見つめる。
店には出ていない品に見える。
そもそも、『冒険者の店』は初心者御用達の店である。
中級者、上級者はこの店に消耗品以外を求めていない。
つまり、単純で、安くて、使い易い商品が求められているので、店の性格からいって多機能背負い袋は上級者向けという感じでそぐわない品なのだ。
「あの……ヤオーエさん、これって……?」
「うちの人が昔、使ってた中古品だよ。この子が騎士土竜を倒したって子だろ?ウォダツから聞いたよ」
「え?あ、はい、そうです……けど……」
「アリアとパーティーを組んだんだろ?なら、しっかり働いて貰わなきゃならないからね!それに男は好きだろ、こういうゴチャゴチャしたの」
「確かに男の子って好きですよね、無駄にゴチャゴチャしたの……」
「多機能なのです」という言葉が挟まれた気がするが気のせいだろう。
ウイングを置き去りにアリアとヤオーエの間で勝手に話が進んでいく。
たまらずウイングが声を掛ける。
「売ってくれるです?」
ウイングの言葉にヤオーエがニカッと笑う。
「三百ルーンでどうだい?」
ウイングは即決する。
魔物の革を素材に使っているらしき背負い袋は頑丈だが、柔らかそうで、マチも申し分ないくらい広い。なにより多機能性にメロメロだ。
普通に買えば、十ジンはするだろう。
「買うです!」
「そんな、申し訳ないです!」
アリアにもその価値は分かる。
ウォダツとヤオーエは、その昔、冒険者として名を馳せた二人だ。そんなウォダツが使っていたとなれば、二人にとって思い出の品でもあるだろう。
アリアは、駆け出しの自分達が使うには分不相応だと、そう考えた。
だが、ヤオーエはゴツイ肉体とは裏腹に、柔らかい笑みを浮かべて、アリアを留める。
「いいんだよ、家に置いておいても邪魔になるだけだし、あんたらに使って貰った方が嬉しいのさ!」
「でも……」
「いいんだ……アリアはうちらの娘みたいなもんだ。
その娘が初めてパーティーを組んだ門出だ。
少しくらいのサービスはしてやるさ!」
「おお!アリアのおかげで安くこれを買えるですね!」
「そうさ、だから頼んだよ」
「頼まれたです!」
ウイングは自分の胸を叩いて、応じる。
「ヤオーエさん、ありがとうございます……」
アリアは瞳を潤ませて、感無量という表情だ。
「ほらほら、金はあるんだ、他にも揃えなくちゃならないもんがあるんだろう?
たくさん買っていってくんな!」
ヤオーエなりの照れ隠しだろうか。そう言ってヤオーエは二人の背中を押すように叩いた。
それから、野営の道具やロープ、冒険の基本装備となるようなものを揃えていく。
そうして、結構な量の品を買って、ヤオーエにたくさん感謝の言葉を捧げて店を出た。
「次は服が欲しいのです」
ウイングの希望で服を買う。
アリアは昨晩チラと見たウイングの衣装から、高級な服を買うのかと思ったが、ウイングが欲しがるのは、普通に町行く人が身に付けるような物だった。しかし、量は多い。
「もっと高級な服を選ぶかと思ってました……」
「冒険に出るのに、高い服はいらないのです!
あ、でも、せっかくなら宿で情報を仕入れる用にひと揃えくらいは買っておくです!」
アリアはウイングの言葉に、意外なものを感じつつも、高級服飾店に案内する。
「こっちを抜けていくと近道ですよ!」
大通りから外れて、人気の少ない路地を指す。
町の中心、貴族や大店の商人などの富裕層が住む地区の外れを目指す。 歩いて行くと、路地の片隅から、男が三人現れる。
全員が思い思いの鎧に身を包み武装している。
三人はニヤニヤ笑いながら横に広がって、腕を組んでいるが、あからさまに通行の邪魔をしている。
「悪いな、ここから先は通行止めなんだよ……」
ウイングが思念で波動の精霊ラッシュのソナーを使うと、隠れていた他の人間が後ろの通りも塞ごうと待ち構えているのが分かる。
アリアはウイングの手を引くように退る。
「ウイング、別の道で行きましょう……」
「後ろにもいるですよ」
「え?」
「それよりも、こういう場合、ぶちのめしても問題ないですかね?」
緊張感のない声で聞くウイングに、アリアは正面の三人に怯えながらも、「難しいんじゃないでしょうか……」と呟く。
「問題ないならいいのです」
一歩、ウイングが前に出る。
「おいおい、まさかやる気か?」
「ちょっとその金袋の中身を置いていけば、許してやるつもりだったんだがなあ?」
「騎士土竜が一人で倒せる訳ねえだろ?大口叩くと不幸になるって、先輩が教えてやらなきゃな!」
三人は組んでいた腕を解いて、だらりと下げる。
「素手でいいです?」
「怪我で済ませてやろうっていう温情だよ……」
三人はゆっくりと距離を詰めてくる。
「じゃあ、僕もそうするです」
ウイングは中央の一人に言うが早いか、飛び蹴りを食らわせる。
「ごはっ!」「なっ!」「てめえっ!」
反動で宙返りすると、左右から来る二人の拳をしゃがんで避ける。
「アリア!後ろ来るです!」
宙返りの時に見えた後ろの状況をアリアに注意させる。
「え!?きゃっ!」
後ろから来るのは二人、掴み掛ってこようとする一人を狭い路地の壁にぶつかりそうになりながら避けると、拳を構えてもう一人に対峙する。
その間にウイングは左手側にいた一人の顎先にパンチを掠めるように放つと、右手側の一人に後ろから羽交い締めにされる。
「今だ!」
右手側の羽交い締め男が、左手側の男に声を掛ける。
だが、左手側の男はウイングに殴り掛るでもなく、そのまま頽れる。
「脳が揺れてるから、無理なのです」
ウイングが力任せにお辞儀する。
「う、うわあぁぁっ!」
羽交い締め男は身体を浮かせて勢いで地面にグシャリと落ちる。
横向きに落ちた羽交い締め男の首筋をウイングは足で踏む。
少し力を入れただけで、羽交い締め男は動けなくなる。
「動いたら、折るです」
ウイングの膂力で踏まれているのだ、動きたくても動けない。
ウイングがアリアの方に目をやる。
アリアは二人を相手にどうにか逃げ回っている状態だ。
「大丈夫です?」
ウイングはアリアに声を掛ける。
「た、助けて下さい!」
「頑張るです!」
助ける気はないようだ。
アリアは壁を背に二人と対峙している。
一人の拳をどうにか捌く、ともう一人が蹴りを出す。
それを何とか躱したとこで、拳を捌かれた男が後ろから抱き着いてくる。
「きゃーっ!」
「おし、よくやった!」
蹴りを躱された男が舌なめずりをして近づく。
「踵で足の甲を踏んずけてやるです」
ウイングのアドバイスに従って、アリアが抱き着いている男の足の甲を、思いきり踏み抜く。
「ぐおっ……!」
男は鍛えられない急所を突かれて、腕が緩む。
アリアは暴れて、たまたま頭が男の鼻を潰した。
男はもんどり打って倒れてしまう。
「おお!うまいです!」
ウイングが喝采を送る。
改めてアリアが拳を構える。
「さあ、二対一ですよ!まだ、やりますか!」
アリアが強気に出ると、残った男は腰の剣を抜いた。
「ふざけんな!もう勘弁しねえぞ!」
「アリアに任せようと思ってたですけど、剣を抜くなら別なのです……」
ウイングが踏みつけていた男から足をどけると、立ち上がろうとする男を見ないで、後ろ足で蹴りつける。
男は蛙が跳んだようにひっくり返って、のびてしまう。
「ひっ!」
剣を抜いた男はそれを見て、力の差を見抜いたようだ。
途端に弱気になる。
だが、ウイングは一足でアリアを越えて、男まで近づくと剣を持つ手首を乱暴に握り締める。
「あがががが……」
握られただけなのに、その握力の強さで剣を持っていられない。
「僕たちが素材を持ち込んだことで、先輩方に目をつけられるとは思ってたです。
まあ、僕もうかつだったのは認めるです。
でも、舐められたら冒険者稼業はやっていけないです!」
相変わらず、昨日冒険者になって、まだ一度も依頼を受けていないウイングの言葉には説得力がない。
だが、それとは関係なくウイングは決め顔の真っ最中である。
尤も、それを見るべき男は折れそうな自分の手首に意識を集中していて、ウイングの決め顔など見ていない。
アリアなどは苦い顔をしている。
「まあ、見せしめにはちょうどいいです」
言ってウイングは男の手首を一度、ぎゅっと強く握ってから離してやる。
悲痛な叫びを上げた男は自分の手首の無事を確かめると、その手首にはウイングの手の形に内出血していた。
「次はそれじゃ済まないです……」
ウイングが人の悪い笑みを浮かべる。
「ひいぃぃぃっ!化け物ー!」
男は仲間を見捨てて、落とした剣さえ拾わずに逃げていった。
「あの、ウイング……逃がしちゃって良かったんですか?」
「あいつの手首を見れば、同じようなことを考えてる輩は寄って来なくなると思ったですけど、不味かったですかね?」
「まあ、そうかも知れませんね……」
「アリアは身体を動かす訓練とかはやってないですか?」
「先生がいる訳でもないんで、自己流ですかね……」
「じゃあ、魔法と一緒にそっちの訓練もやるです」
「え、いいんですか?」
アリアが顔を輝かせる。
「パーティーとして強くならなきゃですから、厳しくいくのです!」
「お、お手柔らかに……」
ウイングがはりきった顔を見せるので、アリアは少しだけ早まったかもしれないと思った。
それから、高級服飾店で服を見て、アリアが瞳を輝かせながらも、断腸の思いで我慢しようとして、それを見たウイングが必要経費だからと金を払ってくれそうになったので、そこで甘える訳には行かないと結局買ってしまったり、昼ご飯にアリアお勧めの屋台を紹介して、アリアは本当に美味しいものを知ってるですと妙に感心されたりして、ようやく最後の店に来た。
そこは防具店だ。
アリアの革鎧はまだまだ使える品だが、討伐系依頼を受けるには、不安が残る。
そこで、防御力を上げるために防具が欲しい。
手甲や足甲を買って足りない部分の防御力を増すべきか、革鎧を下取りに出して、魔物系素材の軽くて丈夫なものにすべきか、悩む。
値段で言えば魔物系素材の鎧は高い。だが、今の革鎧よりも断然防御力は高くなる。
しかし、今まで剥き出しだった部分を覆えるのは魅力的だ。
今回の魔物の吹き溜まりを抜けた時だって、怪我のほとんどは鎧がない部分だったのだ。
どちらかなら買える。しかし、両方買うのは今後を考えると躊躇われる。
どうするか、と既に随分長い間悩んでいる。
その間にウイングがどうしていたかと言えば、店の店主が奥でやっている鎧の作成作業をひたすら見ていたのだ。
それも、アリアが延々悩んでいる間にいつのまにか店主に手ほどきを受けている。
「おう、筋がいいな……だが、そこはもう少し強く叩くんだ……そうそう、この魔物の皮はしっかり叩いた部分は後で乾燥させると硬くなる、繋ぎ目は緩く、大事な部分はより強く叩いておきゃあ、大事な命を守ってくれるんだ!」
「おお!この点々に貼付けた緩衝材は針穴になるですか!」
「乾燥前に穴を空けると、後で皹になるからな……なるべく叩かず柔らかくしとくんだ……」
アリアがいっそウイングに決めてもらおうかと、ウイングを見れば、作業場に入ってしまっている。
「ちょっ……ウイング!何してるんですか!」
「何って、鎧を作ってるです!」
「ご迷惑になるじゃないですか!」
「いやいや、すまねえな嬢ちゃん。あんまり興味深く見てるもんだからよ、ちょっとやらせちまった……だが、迷惑どころか大助かりだ。こいつは筋がいい。弟子に欲しいくらいだ!」
「弟子は無理ですけど、たまに手伝いに来たいです!」
「おう、お前なら歓迎してやる!」
「おう、やったのです!」
すっかり店主と意気投合していた。
「それで嬢ちゃんは悩んでるみたいだけどな、悪いことは言わねえから、魔物系素材の胸当てにしときな。後は腕に巻き付ける丸盾でカバーするんだ。
怪我は治るが命は治らねえからな……」
その店主はアリアを見るとアドバイスをくれる。
作業をしながらもちゃんと見ていたようだ。
「ちなみに予算はどれくらいだ?」
「一応、革鎧の下取り込みで七十ジンくらいで考えてるんですけど……」
「んじゃ、こいつと……こいつで七十ジンでどうだ?」
店主がひょいひょいと選んだのは、白に金の縁取りがされた、肩当付きの胸当てと表面に金属を張り付けた複合素材の丸盾だ。
二つ合わせて九十ジンは下らない。
アリアは盾を持ってみる。思っていたよりも軽い。
「どっちも対呪コーティングしてあるからな、魔物が使う初級魔法程度なら威力半減ってとこだ」
アリアは耐久性ばかり考えて、魔法対策には目が向いていなかった。
胸当ては覆う面積が少ないので言われるまで考えに入れていなかったのだ。
アリアが目からウロコといった顔で店主を見ている。
「ゴツイ鎧ばかり見ていたろ?それも軽さが売りのやつばかり。
ありゃ大盾持ちが前衛特化で敵を引きつける用の鎧だが、嬢ちゃんはそういうタイプに見えねえしな……」
「そうなんですか?」
「やりたいことで、鎧も色々変わってくるからな。
ただ頑丈でゴツきゃいいってもんでもねえ。
避けずに全部受け止める気なら、全身鎧で頑丈な物。
前衛の攻撃要員ならある程度の頑丈さと動きやすさを両立したもの。
後衛なら射角を取るのに動き回るから、最低限の防御力でいい。
前衛・後衛どっちもやるなら動きやすくて邪魔にならないが敵の攻撃を受ける中心くらいは守った方がいい。
んで、不安な場合は丸盾くらい付けて、防御に幅を持たせる訳よ!」
「し、知りませんでした……。
でも、こんなに安くしてもらっていいんでしょうか?」
「こいつに色々手伝って貰ったからな、手間賃代わりにサービスだよ」
アリアは店主に感謝して感謝して、言われた通りに買った。
鎧にも用途別で色々あるとは知らなかった。
ウイングにもしっかり感謝の意を述べた。
ウイングも、背負い袋でサービスを受けているので、お互い様だと答えた。
そうして、それぞれに有意義な買い物をして、二人はホクホク顔で帰路につくのだった。




