知らせなのです
あっという間に時は進み、季節はメブキ(春)の半ば頃となった。
ウイングたちは未だ大きく動くことのない戦場で、時に岩場に、時に森に、時に山に登り、時に丘を隠れ蓑にするように、小まめに野営地を移して逃げ回りながら、ひたすら小競り合いを続けていた。
サヴァルマーナたちが隠れ潜んでいた洞窟も、ついに二十マワリ(日)前についに見つかってしまい、慌てて逃げ出す形となった。
それからウイングとサヴァルマーナは細かく連携を取りながら、あちらこちらと逃げ回り、『デルズランド軍』を釘付けにしていた。
プリンドロンたちは未だにサヴァルマーナに従軍している。
ウイングは『蒼翼騎士団』の指揮があるため、悔し気な顔を残して戻っていったが、二マワリに一度は顔を出して、新しい仮設工房を作っていくので、プリンドロンたちの仕事は順調に進んでいた。
『デルズランド軍』も、正面から当たれば簡単に撃破できる程度の少数しかいない『蒼翼騎士団』や『戦槌戦士団』など無視して、重要拠点を占領するなり、死魂族の本陣を目指すなりすればいいのだが、どちらの軍からも戦術級魔法の洗礼を受けているため、危険度から言って無視できないのだ。
サヴァルマーナとワルトメルガの見立てでは、防備を固めているところから、そもそも大きく動くつもりがなく、何やら機を窺っているのではないか。という結論に達している。
それが不気味に沈黙を保ち続けている『バウルード帝国軍』との連携にあるのではないか。という憶測はあるが、その真意がどこにあるのかは分からない部分だった。
全体として見れば、時間稼ぎ作戦は成功しているといってよかった。
ただし、それもその機が来るまではだったが。
それは最初、価値を見出され優秀な伝令役として真価を発揮するようになった羽妖精のトルミンによってもたらされた。
サヴァルマーナとの連携についての伝令は、ウイングが直接出向くので必要ないため、トルミンはルクトレイアの元へと飛んだ。
こちら側の戦況を伝え、ルクトレイア側の連携の進捗を確かめるための伝令だ。
だが、それは無駄足に終わった。
限界まで魔法力を駆使して、最速で戻ったトルミンはその手に恐ろしい凶報を携えていた。
息も絶え絶えにトルミンが伝えたのは、
「は、反乱です!テセラスタ・フォーネル・ヴェルドレッド・アスタローテが突如、『皇龍騎士団』と共に魔王城に出現、反旗を翻して魔王城を取り囲んだそうですっ!」
「えっ……!?」
「何だとっ!?」
「どういうことだ?」
いち早く反応を返したのは、歴戦の将ワルトメルガだ。
「情報は死魂族の本陣に駆け込んだ九層の使者からだそうですっ!既に十五マワリほど前の話だそうです」
「ウ、ウイング様、急ぎサヴァルマーナ様と協議致しませんと……」
「あ……う……はいなのです……」
トノルジンバが問答無用とばかりに、ウイングを連れ出す。
動揺が激しいウイングにとりあえず何でもいいから当面の目的をと考えたのだろう。もちろん、常に場所を変えて逃げ回る作戦の性質上、サヴァルマーナに連絡がいっていないだろうという目算もある。
トノルジンバはワルトメルガに、後は頼むと目配せする。
ワルトメルガも分かっているのか、心配するなと目配せを返した。
ウイングはトノルジンバと騎竜に乗って駆けた。
騎竜は悪路でも、ものともしないで走る。
まだ日の高い内にサヴァルマーナたちの野営地へと着いた。
「兄様!サヴァル兄様、大変です!」
ウイングが騎竜から飛ぶように降りるとサヴァルマーナがいる天幕に飛び込む。
サヴァルマーナは護衛のインゼム、幹部のカタコブ、ドングリメ等と作戦会議をしていたようだ。
「ウイング!まずは落ち着きなさい!
報せがあるなら、分かるように伝えなさい!」
サヴァルマーナは少し強めの口調で窘めると、水入れからコップに注いで、ウイングに渡してやる。
それをひと息に飲み干して、落ち着こうと試みながらも、焦りで言葉が滑り出る。
「……ぷはっ。と、父様が……その、テセラスタが魔王城を取り囲んだって報せがあったのです!」
「テセラスタ……そうか……奴もまた……」
サヴァルマーナの瞳は焦燥と暗い怒りで細められ、牙がギリリと鳴った。
ウイングが不安から、サヴァルマーナに話しかけようとしたその時に、サヴァルマーナは唐突に剣を抜いた。
そして、その剣をインゼムの首筋に当てる。
「話せ!もう猶予はなくなった……」
「サ、サヴァルマーナ様っ!?」
「にっ、兄様……!」
インゼムは柱に身を押し付けられて、生きることを諦めたように目を閉じた。
「ダメですっ!インゼムは何も知らないって言ってたです!
なんで信じてあげないですか!」
「うるさいっ!こいつは知っている!知っていて我らに見逃されているからと、それに甘えてきた!
だが、もう終わりだ、インゼム!お前の心が魔界に住む仲間に、家族に傾く時を待つつもりだったが、もう待てない!
何も話さないなら、ここで切り捨てて、後顧の憂いを絶つ!」
「な、なんの話ですか……」
「まだシラを切るつもりか……戦った形跡もないテセラスタが消え、魔王城に牙を剥く、そもそも、魔王候補たちがこの戦に駆り出されることもそうだ。援軍を渋っていたジーガンがテセラスタを披露目した途端に掌を返した。それに、元はと言えば、人間が攻めて来たこと自体がお前らからの情報漏洩の結果だ。すべてがお前らに都合の良い魔王を立てることに繋がると言うのなら……」
「兄様……インゼムは今まで一緒に戦った仲間ですっ!」
完全に蚊帳の外なトノルジンバは状況が理解の外にあると動けず、カタコブもドングリメもサヴァルマーナを信頼しているからこそ動かなかった。
インゼムは薄らと目を開く、そしてウイングを見た。
それから、哀しそうに笑った。
「はは……ウイング坊ちゃんはなんで信じてくれるんですかね……こんなに怪しい奴なのに……」
「えっ……」
「サヴァルマーナ様もサヴァルマーナ様ですよ……疑っているなら、最初から拷問でも何でもしてくれりゃ良かったんだ……」
「なんだと……」
「家族がね……地上にいるんですよ。
あいつらの恩恵のために俺は裏切れない。
ジーガン様が死ねと仰れば死ぬ。残された家族のことは任されてくださいますからね。
なのに、あんまりにもあんたらは甘過ぎますよ……そもそも、ウイング坊ちゃんは俺なんか助けるべきじゃなかった。
護衛が任務の中で死ぬのは当たり前なんですから、捨てておけば良かったんです。
なのに、ペラペラと秘密を教えて危険を増やし、サヴァルマーナ様も俺があの時、寝たフリしてたの分かってたでしょうが……魔王族ったって、殺せるんですよ。首と胴体が離れたら死ぬんですから、傍に置いておいたらダメですよ……そんな甘いことしてるから、出し抜かれるんです。
そんな甘い考え、王族の考え方じゃないですよ。庶民と同じですよ。でも、そんなあんたら見てると、家族のこと思い出しちまう……地上に行ってよろしくやってる家族。もう会えないんですよ……だから、俺は俺として『地上恩恵派』としてやれることをやる。
俺たちは緩やかな繋がりしか持ってないんですよ。
俺はジーガン様に誘って頂いたから、ジーガン様の命令は聞きますけどね、他に誰がそうなのか、なんて知らないんです。
だから、魔王様にバレずにやってこられた、一人、二人と倒れたところで、横の繋がりがないから正体不明のままなんです。
俺が言えるのはこのくらいのことですよ……」
「じゃあ、インゼムもジーガンも『地上恩恵派』なのですか?」
人は見たいことを見る、信じたいことを信じる。人間とたいして思考の変わらない魔族もまた、見て、信じてしまう。
それは、元々が人間としての思考を残すウイングには、より顕著に表れていても仕方のないことなのかもしれない。
「『地上恩恵派』?なんだ、それは……?」
「それよりも、テセラスタだ!奴は違うとでも言うのか!」
トノルジンバの疑問を無視して、サヴァルマーナが問う。
「違うとは、言ってませんよ。
知らないと言ったんです。ただ……テセラスタを魔王候補として、その後見に乗り出してるのはジーガン様です。
そうだとしても、俺は驚きませんよ」
「くっ……」
「インゼムは……インゼムはなんで教えてくれたですか?」
「さて?
自分の息子と……ウイング坊ちゃんを重ねたから……ですかね?
それにね、テセラスタがそうだとして、その情報が一層まで来たってことは、俺は多分、用済みなんでね……あんたらは腹いせに俺を殺して逃げるでしょ。
なら、少しくらい肩入れしてもいいかと思ったんですよ。
ジーガン様もわざわざ俺の家族を殺しに行かせるほど暇じゃなくなるでしょうしね……」
「逃げる?」
「そうですよ。王位の簒奪者が次にすることと言ったら、相場は決まっている。粛清ですよ」
「ま、まだ、分からないです!父は強いです!叔父の近衛騎士団もあります!極北旅団だって……」
「ウイング!」
「だって!」
「確かに、父はお強い方だ。だから、私が確かめてくる。
お前は私の代わりに『戦槌戦士団』と『蒼翼騎士団』を率いて戦線を維持してくれ……」
「でも!」
「大丈夫だ。私は『転移門』の使い方を知っている。お前はまだ教わっていないし、許可もない。
私の翼なら、まだ間に合うはずだ!
お前は急ぎ、このことをワルトメルガ殿に伝えてくれ。
トノルジンバ殿、すまないが少し残って頂きたい。
我らの用兵と引継ぎがある……」
「は?はい……」
ぐずるウイングを急かすようにサヴァルマーナは背中を押す。
ウイングはそれでも振り返り、自分も行きたいと言いたかった。だが、誰かが将として残らねばならないのも分かる。
それがルクトレイアに後方の纏めを願った自分の仕事だということも。
ウイングは渋々ながらも承諾するしかなかった。
サヴァルマーナはウイングが飛び立ち、離れるまでを見送った。
そこにインゼムがやってきて、膝をつくと頭を差し出す。
「……どうぞ」
「こんな終わり方は不本意だよ」
「あの洞窟の中で終わっていれば、マシだったんですけどね……」
「どうせ、お前は用済みで行くところもないんだろう?」
「はい……ジーガン様も裏切ってしまいましたからね……」
「……なら、どうせ終わりなんだ。地上でも目指してみたらどうだ?」
「はあっ?」
「お前への罰だよ。すべてを諦めてるお前を斬っても腹いせにはならない。なら、捨てた命で地上を目指せ。
人間に見つかって死ぬか、ジーガンの追っ手に掛かって死ぬか、それは知らない。
だが、地上へ行くという希望を持って、途中で死んでくれ……それくらいなら、多少はせいせいする」
「……いいんですか?」
「何がだ?足掻いて、足掻いて、それでも足りなくて死ぬ。
それくらいが丁度いい落とし所だ。それに、私がお前を斬ると、ウイングは悲しむだろうからな……」
「はっ……全身全霊で足掻いて、死にます!」
インゼムは立ち上がると走り出した。足掻いて、足掻いて、足掻き続けるために。
「ふん、最後の最後だけ、部下らしい返事が聞けたな……」
それから、天幕の中から事の始終を見届けていたトノルジンバと部下たちにいくつか指示を出すと、サヴァルマーナはその竜のような皮膜の翼を開いた。
向かうは死魂族の本陣。死霊城。
そこに九層へと向かう『転移門』がある。




