プリンの夜なのです
「プリンたちにはこのままサヴァル兄様のところまで行って欲しいです」
そんな言葉に従い、プリンドロンたちは日が落ちる直前になんとかサヴァルマーナ率いる『戦槌戦士団』が隠れ潜む洞窟近くまで来ることができた。
「君がプリンドロンくんかな?」
『戦槌戦士団』のゴブリンに案内されて、洞窟の入口まで来たところで、ウイングに声を掛けられたかと思ってしまう。
藍色の髪、後ろに伸びる漆黒の艶やかな角、優しげだが鋭さを兼ねた赤い瞳はその整った面立ちの中でも、一際目を惹く。ウイングをもっと知性的で大人っぽくしたら、兄であるこのサヴァルマーナの顔に、野生味とさらに年輪を加えたら父である魔王エリュセイグドの顔になるだろう。
見下ろしているはずなのに、見上げる気分になってしまう風格を持つウイングくんのお兄さんというのが、プリンドロンの感じた印象だ。
「は、初めましてっ!ウ、ウイング様麾下、『蒼翼騎士団』所属、プリンドロンです!」
慌てて普段使わない敬礼をする。ゴバニアン、シメオーヌ、カタオオキバも同様に敬礼した。
「君がゴバニアンくんで、君がシメオーヌくん。それから……すまない、ウイングから聞いてないんだが、君は?」
「カタオオキバです!ここにいる兄貴分に付いてきた魔王城下の街の者ですっ!」
ゴバニアンとシメオーヌは名前を知られていることに驚きながらも喜びを隠せないという顔で、カタオオキバは緊張して所属は所属でも街の悪ガキとしての所属を名乗ってしまう。
それをサヴァルマーナは優しく見つめて、微笑む。
「ウイングは父のことが好き過ぎて、すぐ真似したがるからね。みんなあの子の悪戯に付き合わされて大変かもしれないけど、仲良くしてやって欲しい」
ウイングの悪戯好きは確かにそうだが、プリンドロンもゴバニアンもシメオーヌも悪戯好きなので何とも言えない。
唯一、カタオオキバはウイングが街に来る時間が取れなくなってから悪ガキ仲間に入ったので、大将として毅然と振る舞うウイング様というイメージが拭えず、逆にウイングに親しみを感じたくらいだ。
「もちろんです。ウイング様の友と言うには至らない点ばかりですけど、僕たち皆、ウイング様が大好きですから!」
全員が口々に似たような事を言って肯定する。
「でも、ウイング様はよく『父のようにはならないです』って言います。
皆、ウイング様が魔王様を大好きだって知ってるんですけどね」
「そうそう。そのことを指摘するとガチ辛根性焼きの刑なんで、誰もいいませんけど」
プリンドロンの言葉にゴバニアンが付け足す。
「ああ、ボッドルウィン酒場の?」
「サヴァルマーナ様もご存知なんですか?」
「ああ、私も幼少期は常連だったからね!ピリ辛くらいが食べやすくて好みだったけどね」
「それが普通ですよ」
全員で笑う。暫くそうして、友達と友達の兄という会話をしていたが、プリンドロンは本題に入ることにした。
「それで……僕が呼ばれた理由なんですが……」
「ああ、すまない。なかなか年の差もあってウイングの話を聞く時間もなかったものだから、つい興味を惹かれてしまったよ……」
そう言ってサヴァルマーナは片目を閉じて照れ隠しをしてから、本題に入る。
「見ての通り、私たちの装備はろくに手入れもされていない状態で、実用に耐える品とは言えないものが大半なんだ。
名工の弟子として鍛えられた君の力を借りたいと思って来て貰ったんだ」
薄灯りの洞窟内を見れば、負傷者だらけで、剣は錆が浮いているような物が大半、鎧も大きさが合っていなかったり、欠けやへこみが目立つ。
「僕の腕はまだまだ未熟で、とても満足して頂けるものではないと思います。それでも、ウイング様が名工の弟子なんて紹介してくれた大役です。力の限りやらせていただきたいと思います」
「ありがたい。今日の逃走劇も装備の充実を狙って、人間から武装の強奪を狙ったものだったんだけどね。どうにもならなくて苦肉の策だったんだが、あわや全滅かと焦ったよ。
君たちが窮地を救ってくれたんだろう……本当に助かったよ。ありがとう」
「いえ、俺達はたまたま発見できただけで、援軍に駆けつけたのはウイング様ですから……」
ゴバニアンが申し訳なさそうにしている。
「いや、あの時、敵を引きつけてくれたのは君たちだった。下手をすれば本当に全滅の可能性もあった。
謙遜する必要はない。ここにいる誰もが君たちに感謝しているんだ」
ゴブリンたちの瞳が一斉にプリンドロンたちに向けられる。
歴戦の猛者の風格漂うゴブリンたちに見られると、視線だけで竦み上がるようなものを感じてしまうが、中から一人が立ち上がって寄ってくると、
「だずがっだ。感謝しでる。ありがどう……」
言葉少なに感謝の意を伝えてくる。
それから、カタオオキバに目を向ける。
「お前、言葉遣いうまい。勇気もある。入りだくなっだら『戦槌戦士団』に来い。カタコブの名前出しだら入れるようにしどく」
ゴブリンにとってはエリート中のエリート『戦槌戦士団』に誘われた。
カタオオキバにとってこれ以上の賛辞はなかった。
しかし、自分はウイングの兄貴についていこうと決めた身。
「み、身に余る光栄です!でも、自分は『蒼翼騎士団』……いえ、兄貴たちについていきたいですから!」
それは『蒼翼騎士団』という枠組みを超えて、ウイングたち兄貴分に心酔している言葉だった。
「特急便お待たせなのです!」
場違いな大声で洞窟の外から響いたのはウイングの声だった。
自分の身長くらいある大荷物を横に置いて、腰に二振りの剣を差している。
大荷物はプリンドロンの手入れ道具で、二振りの剣の片方はトノルジンバから借りてきた魔剣サブナクだった。
最初はトノルジンバにも来て貰おうと思っていたウイングだが、話をしたら、自分よりもウイング様が使った方がいいだろうからと、『蒼翼騎士団』のまとめを引き受けて、サブナクだけ貸してくれたのだ。
肩には羽妖精のトルミンが乗っている。
そのトルミンが洞窟から出てきたプリンドロンたちに手を振っていた。
「ウイング様っ!」
確かに、必要なものを届けるから一度野営地に向かうと言って別れたのだが、まさかプリンドロンたちとほぼ変わらない速さで来るとは思わなかった。
「さてと、プリンのお店を開くです!」
楽しそうに言ってからウイングが勝手に持ってきたプリンドロンの荷物を取り出していく。
「サヴァル兄様はトノルジンバからサブナクを借りてきたので、重症者の治療をお願いするのです。プリンはここに座って、皆の装備の手入れ。ゴバニアンとシメオーヌは僕とプリンの補佐。カタオオキバは動ける皆に一列に並ぶように言って回るです。トルミンは担当者に話を聞いて、必要な補給物資を野営地に伝令するです」
言われて、全員の理解がようやく追いつくと動き出す。
ウイングは適当に呪文を呟いて、風避けの壁を建てると、炉と水場を設える。
「えっと……」
驚いたのはプリンドロンだ。風避けの壁の内部は完全に魔王城、城下町の父の仕事場を再現した作りになっていた。
確かにウイングが何度か仕事場に顔を出したことはある。
しかし、まさかこんなにしっかり覚えていたとは思いもよらなかったのだ。
「足りない物とか言って欲しいです」
ウイングがプリンドロンに聞くが、プリンドロンは焦るばかりだ。
「あの、さすがに剣を打つとかは無理だからね……」
このままでは全員分の新しい剣を!などと言われそうな気がして、釘を刺しておく。
「もちろんです。やって欲しいのは補修と整備です。普段、プリンが皆にやってあげてる範囲でいいのです」
ウイングは良く見ていた。一層に来てからというもの、就寝前にプリンドロンが善意で仲間たちの装備の手入れを引き受けていたのを知っている。
もちろん『蒼翼騎士団』全員分とはいかないので、自分でできる分は自分でやるのが当たり前だが、プリンドロンのおかげでナマクラ寸前の剣が何本も助かっている。
物資補給の目処が立たない戦場では、簡単な補修もできないことがままあるが、それを陰ながら補ってくれていたのがプリンドロンなのだ。
そのことは上層部、といってもトノルジンバやワルトメルガだが、彼らも知っていて好意的に見ていた。
また、トノルジンバは剣伯爵の異名を取る好事家で、ワルトメルガは自分でも剣を造ってしまう程の剣好きだ。
その二人に認められるのはこの上ない名誉だろう。
つまり、ウイングは鼻高々で兄にプリンドロンを売り込んだのだ。
入れ込み方が違う。
「最初の一人を呼ぶのです。カタオオキバ、頼むです」
言ってウイングに頼まれたカタオオキバが最初の一人目となるゴブリンを連れてくる。
プリンドロンは思わず目を見開いた。
大量生産品だろう剣と槍、身体に無理やり合わせた鎧はぶかぶかで動く度に擦れるのか、腹の辺りで赤く血が滲んでいる。
槍の穂先は欠けて、剣は歪みが見て分かるほど、これでは鞘から抜けなくなるのも時間の問題だろうと思われる。
それほどの激戦をここまでどうにかこなしてきた、ということなのだろう。
プリンドロンは、これは本腰を入れねばならないと喉を鳴らす。
ウイングにそっと耳打ちをする。
「補修……というか修理するには剣を叩かないとダメそうなんだけど、音を抑える魔法とか使えるかな?」
「もちろんなのです。風と波動の精霊を使えば完全に音漏れしない空間ができるです。何グミョーン(キロメートル)範囲くらいで作るですか?」
「えっ!?いや、この工房だけでいいんだけど……」
やる気満々のウイングには少し物足りないらしく、「そうですか……」と言って、早速半径十ミョーンほどに遮音結界を張ったらしい。
「あ、ありがとう……」
「何でも言って下さいなのです、親方!」
ウイングは弟子プレイを始めてしまう。
「や、やめてよ!いや、やめて下さい、ウイング様!」
プリンドロンは悲鳴を上げるが、ウイングは楽しそうに笑うだけだった。
こうなってはウイングの悪ノリは止められないと知っているので、諦めて仕事に掛かることにするプリンドロンだった。
「シメオーヌは何か紐の代わりになるものを集めてきて。
それから、ゴバニアンは僕のやり方を見て、覚えて。
次からは鎧は二人に任せるから」
言ってプリンドロンはゴブリンの鎧を借り受けると、自分の荷物に手を伸ばす。
そこにウイングが機械出しの看護師のようにさっと木槌を渡す。
つっこんだら負けだ!
プリンドロンは自分に言い聞かせて、それを受け取る。
パーツ毎にばらして、歪みを叩いて直す、擦れる部分は丸みをつけるように叩いていく、それから手を伸ばすとウイングがすかさず革紐を渡してくる。
余りにもタイミングが完璧なので、チラと窺えば、ウイングのドヤ顔があるので、冷静に見なかったことにする。
一部のパーツをわざと抜いて、動きやすくしてやる。
革紐で抜いたパーツ以外を組み上げれば、完成だ。
「おお!動きやすくなっだ!」
「防御力は減ってしまうと思いますけど……」
プリンドロンは不安に思いながらも、ゴブリンの反応を伺う。
「こっちの方が、よけられる。俺だぢ、身体脆い。攻撃喰らわないの大事!」
ホッと胸を撫で下ろす。
ゴバニアンたちに説明して、彼らが理解を示したら、次は槍に取り掛かる。
穂先が欠けた槍は、どうしようかと思案する。
すかさずウイングが炉に火を入れる。それも、ただの火ではない。ただの火に見えるが、焔の精霊サアラだ。
工房代わりの壁で覆っただけの敷地は、一気に熱が上がる。
炉は大地の精霊アースが作った特別製だ。超高温でも融けたりしない。
またまた、プリンドロンは強靭な精神力を発揮して、耐熱手袋をつけると、諦めたように穂先を炉にくべる。
あっという間に金属の色が真っ赤になる。
ウイングから金槌を受け取ると折り込んで叩いて整形していく。
穂先は短くなったが、それは仕方がない。
巨人族の腕力で叩けば、整形もかなり早い。
水に入れて冷まし、炉にくべて熱し、叩いて整形を数度繰り返すと終わる。
穂先を研磨しようとすると、ウイングが渡してきたのは地摺りミミズの肝だ。
「えっ?」
「これがいいです」
「分かるの?」
「マナが教えてくれるです」
五体の精霊を使役するウイングの言うことだ。
分かるのかもしれないと、プリンドロンは言われるままに地摺りミミズの肝を使うことにする。
炉から離れて、仮設工房の隣の部屋へ。
確かに、父の工房には磨き用の部屋があるので、そこを再現しているならあってもおかしくないが、そのウイングの規格外っぷりにプリンドロンは未だに慣れない。
「水瓶は作ってないので、これで代用するです」
頭から魔法の水が落ちて来る。無詠唱魔法だ。
土壁で再現した工房も適当に呪文風の言葉を並べてはいたものの無詠唱、音漏れを防ぐ結界も無詠唱、炉に火を入れるのも無詠唱、水を被せるのも無詠唱……プリンドロンは言葉もない。
四属性、結界に波動の精霊とやらを使っているので五属性もの魔法を全て無詠唱で使いこなし、結界も炉も維持したまま、魔王様の息子で、魔法の天才で、たった一人で援軍もできる強者で、でもこんな自分に友達として接してくれて、あまつさえ今は助手の真似事を嬉々としてやっている。
これ、なんて生き物?といった気分になる。
しかし、ウイングの楽しそうな顔を見てしまうと、まあいいかと思えてしまうから不思議だ。
たぶん、ウイングくんはお兄さんを信頼している。 だから、こんなに自由に振る舞っているんだろうなあと思うと、もう少し自重した方がいいとも言えず、僕がしっかり周囲に目を配らなくちゃ!と想いを新たにするのだった。
そうして、槍も剣も満足とはいかないまでも補修を終わらせるとゴブリンに返した。
「凄い!貰った時より良くなっだ!」
ゴブリンはそんなことを言った。
「ふっふっふっ……ウチの親方の腕はこの世で二番なのです!
親方の親方はもっと凄いので、九層に来た時はぜひ買い求めるといいのです!」
「親方より凄い……それ、もの凄い!給料貯めて、いつか絶対買いに行く!」
「ウイングくんっ!?」
何故かプリンドロンの実家の売込みを始めるウイングであった。
そして、プリンドロンの名は『戦槌戦士団』の中で親方として売れる第一歩でもあった。
そうして、次々に仮設工房にゴブリンがやってくる。
全員、装備の程度は似たり寄ったりだ。
プリンドロンとしては、信頼性があるとしても、ウイングの規格外っぷりはあまり見せるものではないと思っているので、二人目からは工房の外で装備を見せて貰うようにした。
それから中で仕事が始まる。
工房内は、プリンドロン、ウイング、ゴバニアン、シメオーヌの四人だけなので気安い言葉も使える。
段々と全員が楽しくなってきて、夜が空けるまで仕事を続けた。おそらく、疲れと寝ていないのとで、ハイテンションになってしまった結果だが、それでも補修ができたのは十数人程度にしかならない。
朝方、サヴァルマーナがやってきて、ウイングと翌日以降の話をして、当面は『戦槌戦士団』と『蒼翼騎士団』で時間を稼ぎつつ、戦力の充実を図ることになった。
つまり、プリンドロンたちの仮設工房はこのまま続行になったのだ。
鬼姫ルクトレイアが後方で他の魔王候補たちと連携する動きを見せつつあることで、時間稼ぎにも意味が出てきたこととなる。
だが、話が終わった頃にはプリンドロンは泥のような微睡みに片足を突っ込んでいて。
これから忙しくなるということだけが、分かった程度の話だった。
魔界の武器について。
大量生産品の剣。
一番質が悪い。
一点物の剣。
鍛冶屋で売ってるのはこれ。
特殊な金属の剣。
マジックシルバーだのオリハルコンだのアダマンタイトだの、合金や魔法金属なんかもこのランク。プリンドロンの実家で扱ってるのは、これクラス。でも、所詮は合金。
魔導剣。
人間界で作られる簡易魔法剣。魔法陣にマナを閉じ込め、単一の命令式がセットされている。魔界だと滅多に手に入らない。
魔導機剣。
人間界で作られる擬似魔剣。魔法陣にマナを閉じ込め、複数の命令式がセットされているが扱いが非常に難しい。人間界でもまだバランス調整が上手くいっていない。
唯一、バランス調整に成功し、集大成として生み出されたのが魔導兵器。いわゆるロボット兵器。自律行動はできないのでパワーアシストのみ。
テセラスタが使ったのはこれ。
魔剣。
魔導陣にマナを閉じ込め、かなり臨機応変に魔法のアシスト機能を持たせた剣。ごく稀にマナの上位存在である精霊を閉じ込めたものなどもあるが、1桁は強さの格が違う。
国宝級。
精霊剣。
精霊そのものが剣になったもの。神話に語られたりする。
その他。
生命剣。
生物が剣の姿をとったもの。または生命を剣にしたもの。
リビングソードや虫剣、インテリジェンスソードなども生命剣と呼ばれたりする。
神剣。
神力の塊が剣の姿をとったもの。または神力を纏わせた剣。
魔王族や魔性族の角の力がこれに該当する。人間界で言うと勇者の剣もそういう類の物と見られる。
おそらく最高クラス。
魔物剣。
知性なき魔物の骨や牙、角、爪などを素材に作られた剣。
特殊な力を持つものもある。
ランクは様々ある。
人間界では魔族の素材から作られた物もこう呼ばれる。




