鬼姫なのです
ルクトレイア・エリュセイグド・ヴォラウディーグ・サタンロード・ルーシュフエル。
ウイングにとっては、生きている中で二番目に上の兄姉になる。サヴァルマーナは兄姉の中で一番上である。
木の扉を開けて入ってきたのは、エリュセイグドの子らしく、二ミョーンに少し足りないくらいの大きさだ。
ウイングは一ミョーンと五十五ミョン(一メートル五十五センチ)なので、見上げる形になる。
艶のある藍色の髪は背中までのストレートで母譲りの巻き角がある。
怜悧な瞳は澄んだ蒼で、高い鼻梁に紅の唇。
美人と呼んで差し支えない。
しかし、その雰囲気から美形と呼ぶのが適当だろう。
その美形な姉は背に巨剣を負っている。
その装飾を見れば儀礼剣にも見えるが、ルクトレイアがギリギリ背負える大きさでは、巨人族用に見える。
「じい、久しいな……。ウイングもよく訪ねてくれた」
途端、美形な姉が微笑むとなんとも柔らかな、母そっくりな顔になる。
ウイングは一瞬で緊張が解けてしまう。
「お久しぶりですな。ルクトレイア様」
「初めましてです。お姉様。ウイングなのです」
二人を見て、ルクトレイアはさらに目を細める。
「バールムンクもお役に立てているようですな。喜ばしいことです」
「ああ、さすがじいの見立てだ。私にぴったりだよ、この剣は……」
言って、軽々と剣を抜いて見せる。
狭い屋内だと言うのに、その取り回しは危なげがない。
いかにその剣と共に生きてきたか分かるような動きだった。
そのまま剣を壁に立掛けると、ルクトレイアは対面に座る。
その所作は豪快だが、決して悪いものではない。
要点を抑えた動きで、ある種洗練された王者の動きといった風情だった。
ルクトレイアは嬉しそうにウイングを見つめる。
「ウイングとは、一度会ったことがあるんだが、お前がもっと小さい時だからな、覚えていないだろう……」
「もしかして、御披露目会の時でしょうか……?」
「ああ、まさか覚えているのか?」
「よ、よく分からないですが、初めて見る多種族に囲まれて、楽しかったです」
「はははっ、ウイングは大物だな。
それで、本題に入ろうか……確か、ウイングは東の外れ辺りを守護する役割だとサヴァルマーナからは聞いていたが?」
「はい、そのサヴァルマーナ兄様をお助けしたくて来たのです」
「ほう……」
途端にルクトレイアの顔が冷たくなる。
「自分の持ち場を放棄してまでか?」
それは叱責するような強さを持っていた。
だが、ウイングは萎縮しそうになる心に鞭を入れて答える。
「それは、ソーバルディーさんが請け負ってくれました。
『黄泉の塔』はソーバルディーさんと僕らで、その機能を取り戻したので、死魂族で取り囲んで兵糧攻めにするそうです」
「それで、さらなる武功を上げようとこちらへやってきたとでもいうのか?」
「えっ!?」
姉の言葉の意味が分からず、思わずウイングは声が出てしまう。
「ふんっ……確かにサヴァルマーナが伝説とまで言われる『魔法石級』の魔法への親和性を隠していたことが明るみに出たことによって、次代の魔王の呼び声はあいつに集まった。
だが、それもこの戦で強さの証明ができなければ、宝の持ち腐れにしかならぬ。
だからこそ、あいつが躍起になって武功を立てようと動くのは分かる。
兵が低能なゴブリン共では、防衛戦で武功を立てるには不向きだしな……。
だが、我らはそれぞれに魔王候補者として内外に強さを見せつけてやらねばならぬ身。
サヴァルマーナに擦り寄って、御機嫌取りもいいが、お前には矜持はないのか?」
ウイングは瞬間的に、意味が理解できず、目を白黒させてしまう。
だが、ゆっくり噛み砕いて言葉を吟味すれば、次第に怒りが湧いてくる。
ゴブリンを低能と呼ばれたこともそうだし、兄であるサヴァルマーナをあいつ呼ばわりされたこともそうだ。
御機嫌取り?
サヴァル兄様は、この一層を守るために、そして『地上恩恵派』の目を自分に惹き付けるために動いてくれているのに、それを馬鹿にしたような言葉を吐く。
「何も知らないくせに……何も知らないくせに勝手なことを言って欲しくないですっ!」
「何っ!?」
「ウイング様!?
ルクトレイア様、ウイング様は純粋にご兄弟の身を案じたからこそ……」
慌ててトノルジンバが仲裁に入ろうとするが、椅子を蹴立ててバールムンクに手を伸ばしたルクトレイアは止まらない。
「黙れ、じい!
姉である私に、舐めた口を叩く。
これは、身体に教えてやるしかない!」
「姉様は一層を守るより、武功を立てることが大事だとでも言うですか!
ゴブリンたちが力の弱い個体だからと馬鹿にするですか?
何故、サヴァル兄様が力を隠して生きて来たのか、その意味も考えないですか!」
「な、なんたる侮辱……。
私が馬鹿だとでも言うつもりか。
表に出ろ!その根性を叩き直してやる!」
ルクトレイアはウイングに剣を向ける。
それを受けてウイングも立ち上がる。
「おやめ下さい!ご姉弟ではないですか!」
「五月蝿い!ここは魔鬼族の守護する陣地、ならば対立は力で制してみよ!」
「ぐぅ……」と呻いて、トノルジンバは言葉を出せなくなる。
ルクトレイアの気性を知り、魔鬼族が力ある者が正しいとする気風を知るからこそ、止められないことを痛感したためだ。
「来い!私に勝てたら、舐めた口も許してやる!」
「僕が勝ったら過ちを認めてくれるですか!」
「はっ!私は魔鬼族の中で鬼姫と呼ばれている。魔王族の私がだ。この意味が分かる頃には、そんな舐めた口も叩けなくなるわ!」
ルクトレイアに続いて、ウイングが外に出る。
トノルジンバがウイングを引き止めようとするが、頭に血が昇ったウイングは静止を振り切って行ってしまう。
「ウイング様、冷静に……ルクトレイア様はレンバート殿が認めるほどの剣の才をお持ちの方。負ければ、サヴァルマーナ様を助けに行くことも叶わなくなるかもしれません……それは、ウイング様のお望みではないでしょう……」
ウイングは聞かなかった。代わりにトノルジンバに頼む。
「姉様は魔鬼族の考え方に傾倒しているようなので、強い者の言葉しか聞いてくれないと思うです。
それに、僕だって怒っているです!やりすぎたらリーな……じゃなくて、サブナクの力を貸して欲しいです」
すると、トノルジンバが腰に差した魔剣サブナクが歓喜に震えたように鞘を鳴らした。
「なっ!は、はぁ……」
トノルジンバがそれに驚いて、諦めたように返事を返す。
どちらが勝つにしろ、生命の魔剣サブナクの出番がありそうだと、嘆息混じりの返事だった。
村の中央、広場になっている所にルクトレイアとウイングが対峙する。
手の空いた魔鬼族の兵士たちとトノルジンバが遠巻きに囲むように見守っている。
魔鬼族の兵士たちは、自分たちの鬼姫様が弟を叩きのめすところを娯楽代わりに、ニヤニヤとしている。
ルクトレイアは手にした巨剣バールムンクを片手で軽々とウイングに向けている。
対するウイングは無手だ。
「どうした?剣を抜く間くらいは待ってやるぞ……」
「姉様には力の差を見せつけないといけないようなので、本気を出すです!」
「ああ、それが魔鬼族流というものだ。
勝てたなら、お前の言うことを聞いてやってもいい。勝てるなら、なっ!」
ルクトレイアの怒りは憤怒を越えたのか、バールムンクを両手で構え直す。
しかし、言葉は冷気を帯びたように淡々としていた。
憤怒を越えて、逆に冷静になったのだろう。
「死んだら許せよ……我が糧を与える。顕現せよ、バールムンク!」
その言葉と同時に、ルクトレイアから魔法の糧が巨剣へと流れる。
すると、巨剣はムクムクと大きさを増し、あっという間に倍ほどの大きさになる。
刃は長さも太さも倍。柄は太さはそのままに長さが倍。
槍より長い刃先を、ルクトレイアは身体全体を使って振り回して見せる。
それは、大きさ故に取り回しは大変そうだが、ルクトレイアの膂力に掛かれば、片手で振るう時よりも剣先は鋭く速い。
ウイングも思念でサアラを呼ぶ。
ウイングの手のひらに赤い焔が灯ったと見ると、それは燃え上がって一振りの剣になる。
「精霊剣……」
誰ともなく、そんな呟きが漏れる。
トノルジンバはルクトレイアがバールムンクを昔と比べるまでもなく完全に操る様に驚愕していたら、ウイングが精霊剣を持つことに更なる驚愕をして、まさに空いた口が塞がらないという顔をしていた。




