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輪廻転SHOW!魔王の息子  作者: 月のそうま
20/151

本戦の日なのです

 朝、空高く竜人(ドラコニア)の雄叫びと息吹(ブレス)が舞い上がる。

 本戦開幕の合図なのだ。


 貴族たちパーティーの参加者たちはいち早く歓声を上げる。

 一般客の入場はもう少し後になる。


 本戦出場者の簡単な紹介や、今回の主旨説明などが行われている。


 そんな中、象頭鶏とさかの魔性族ジーガンが、ウイングたち魔王城に住む面々が集まる場所へとやってくる。


「おはようございます、皆様」


「おお、ジーガンか。

 最後の出場枠はどうなった?」


 魔王エリュセイグドが挨拶もそこそこに聞く。


「はい。そのことなのですが……。

 実はまだ決まっておりませんので、少し相談がございまして……」


 ジーガンは揉み手をするように魔王にすり寄っていく。


「おお、何かあったか?」


「いえ、問題というよりは提案でございまして……。

 今回は魔王様の剣がいかに素晴らしいかを知らしめる催し。

 せっかくでしたら、ウイング様が出場なさるのはどうかと思いまして……」


 ジーガンは人懐っこい笑顔を浮かべてウイングを見る。

 だが、よくよく見ればその笑顔の裏側に探りを入れるような雰囲気がある。

 ウイングはどぎまぎしてしまう。

 もしかして、ジーガンが『地上恩恵派』の者という可能性はないだろうか?と疑う。

 そして、同じ疑問を抱いたであろう者がもうひとり。

 レンバート先生である。


「おや?出場枠がひとつ空いているとは、どういうことですかな?」


「おお、これはレンバート先生。

 お久しぶりに御座います。

 実は……」


 それから、何故、出場枠が空いているのかジーガンが説明する。

 それを聞いたレンバート先生は目を細めてニンマリ笑う。


「ふむ……そういうことでしたら、私を出させて頂く訳には参りませんかな?

 これでも、ウイング坊ちゃんに剣を教える身ですから、まだ技の未熟なウイング坊ちゃんよりは、観客を沸かせることができると思いますぞ。

 それに、武器ならば先代魔王ヴォラウディーグ様より賜った『魔扇・深奥カルマ』があります。

 いかがですかな?」


 ジーガンは必死に言い訳を考えているように見えるが、発言する前に魔王とその息子、サヴァルマーナが割り込む。


「おお!それは面白いな!

 ウイングが出るというのも魅力的だが、レンバートの力が見られるというのも捨てがたい……」


「ええ、レンバート先生が『魔扇・深奥カルマ』で参戦とは、過去を知る者たちにとって、非常に盛り上がる展開になりそうですね。

 ウイングの力も見てみたいというのはありますが、ウイングは未だ修行中の身、然るべき準備が整ってから御披露目するのが筋というものでしょう」


 ジーガンは目を白黒させながら、展開についてくる。


「そそそ、そうですな……レンバート先生ならば、文句のつけようもございません。

 では、そうさせていただきましょう……」


 ウイングがレンバート先生とサヴァルマーナを見ると、二人はそっと目配せしてきた。


 申し訳ないと思いながらも、ありがたくその案に乗らせてもらう。


 ジーガンはウイングに未練がましい目を向けながらも、平身低頭して去った。


「では、少し失礼して、武器を取って参りましょう」


 レンバート先生も魔王に頭を下げて、場を辞する。


 会場では風魔法で声を拡大したジーガンが急遽、参戦が決定したレンバートのことを説明していた。

 貴族向けの説明が終わると、一般客を入れ始める。

 メイドのディサドラが露出度高めの服を着て、ジーガンと交代すると一般客向けの説明を始めた。


 夜魔族で竜翼に尖った耳、褐色の肌は羞恥のためかさらに色を濃くしているディサドラはメイド服で普段は隠れているが、なかなかに扇情的なボディラインをしている。

 慣れていないのか、多少たどたどしいながらも一生懸命に説明する姿は観客にウケている。


「では、これよりトーナメント本戦、スタートです」


 ワッ!と歓声が上がる。

 ついに本戦が開始されたのだった。


 一回戦第一試合。

 鬼王シュズクラキ対予選突破者・虫人(インセクトニア)の戦いが始まる。


 虫人(インセクトニア)は特殊な剣を使っていた。

 種別的には魔物の剣と呼ばれる物だが、刃蟻(エッジアント)という足が刃のように平たく鋭い魔物を生きたまま六匹ほど連ねて使っているのだ。

 刃蟻(エッジアント)虫人(インセクトニア)の出す特殊な信号で統制されているらしく、縦に並んで繋がれば剣に、バラして個別に飛びかからせることもでき、蟻酸を吐かせて敵を溶かすという技もあった。

 予選では他の参加者に埋もれて目立たなかったが、鬼王シュズクラキと一対一で戦う姿は異色どころの話ではない。


 だが、シュズクラキの魔斧・業火灼滅と打ち合う姿は立派なものだった。

 魔斧・業火灼滅は戦斧(ウォーアクス)と呼ばれる両側に巨大な刃を持つ戦闘用の斧で、そのひと振りで巨大な岩すら両断するだろう力がある。

 しかし、刃蟻の剣はその魔斧の一撃を受け流し、時には真っ向から受け止めてみせる。


 観客たちからは、魔斧の一撃を流し、止めるたびに感嘆の声が上がるが、その声が一瞬で静まり返る。


「燃えろ!我が魔斧よ!」


 鬼王シュズクラキが声を上げると、魔斧から炎が吹き上がる。

 ひと振りすると、ボボボッと炎が鳴る。

 受け止めるべく刃蟻の剣を構えた虫人(インセクトニア)は、音も無く剣と腕を両断されていた。


 進行役のディサドラが鬼王の勝利を告げると、少し遅れて場内が、ドッと湧いた。


 鬼王は一礼して舞台を降りる。

 その姿は気負うでもなく、疲れを見せるでもなく、ただただ雄大で、ウイングは感心するばかりだった。



 一回戦第二試合。

 サヴァルマーナ対予選突破者・魔性族のチャクラム使いは、簡単に決着がついた。

 兄は『双剣・強打』と名付けた火のマナが舞う剣を持ち、チャクラム使いに対峙する。

 チャクラム使いが使う戦輪(チャクラム)は刃の付いた輪っかを投げて戦う。

 開始早々、呪文を唱え始めたサヴァルマーナを戦輪が襲うが、サヴァルマーナは呪文を止めることなく冷静に戦輪を捌いていく。

 戦輪は投げても風の魔法の力で自動的にチャクラム使いの手元に戻るが、それも呪文が完成するまでの間だけの話だった。

 サヴァルマーナの剣が熱を帯びて赤熱していく。

 戦輪がチャクラム使いの両手から投擲され、同時に頭と足を狙う。

 サヴァルマーナが赤熱した剣で二つの戦輪を直線で結ぶように弾くと、剣から熱波が飛ぶ。

 チャクラム使いは、その熱波を浴びて「ぎゃうっ!」と叫びを上げると、身体に焼けた鉄棒を押し当てられたような痕を残して倒れた。

 ほんの一足でチャクラム使いの元まで行ったサヴァルマーナは、剣を喉元に突きつけ降参を促す。

 それで終わりだった。


 洗練された剣捌きというのは優雅な舞を見ているような気分にさせられる。

 サヴァルマーナの剣技はまさにそれだった。

 観客の女性たちから黄色い声が上がる。


「ほう、なかなかやるじゃねえか!

 サヴァルマーナの奴、元々綺麗な剣捌きだったが、腕を上げたな!」


「ええ、女性からの人気も高いようで何よりですわね!」


 魔王である父が嬉しそうに母と話していた。


 ウイングの目から見ても、兄とチャクラム使いの実力は明白だったので、安心して見ていられる戦いだった。


 一回戦第三試合は近衛騎士団長の魔王族、バルディラントと予選突破者の戦いで、こちらも前評判通りにバルディラントが勝ち上がる。


 バルディラントは静動使い分ける剣技で、危なげがない。

 もし、兄であるエリュセイグドより先に生まれ、魔王の資質を全て持っていたなら、彼が魔王になっていただろうと貴族たちが噂しているのをウイングは聞いた。


 次は一回戦第四試合で、ウイングの姉リオラディッタ対真紅の騎士テセラスタの戦いだ。


 リオラディッタは戦い易く、短めのスカートの下にショートパンツ、上は戦闘用のジャケットで、身体の要所を守る簡易鎧(ポイントガード・アーマー)を纏っていた。


 ウイングは姉を素直に、格好いいと賞賛する。

 姉はウイングから貰った剣『ウイング・ソード』を肩に担ぐようにして舞台に上がるべく階段に片足を掛ける。


「姉様!」


 姉の相手は、金剛の鱗持つ(ドラゴン)ゴドラ(ドム)を殺した魔王族、テセラスタである。

 姉の力を信じているウイングだったが、不安になり声を掛けた。

 だが、姉は不敵に微笑む。


「大丈夫よ、ウイング。

 貴方から貰った、このウイング・ソードの力……きっちり証明して見せるわ!」


 言って、瞳に力を込めて敵を見据える。

 テセラスタは真紅の兜の面覆いを閉じていて、表情を窺うことができない。

 腕も、だらりと垂らされている。


 リオラディッタが舞台に上がり、担いだ細剣をテセラスタに向ける。

 鞘は最初から付けていない。


「ふふっ……新参の魔王候補の力、わたくしが見定めさせていただきましてよ」


 テセラスタは何も答えず、やはり腕も下げたままだ。

 その武器である不思議な形状をした槍も持っているものの、だらりとぶら下がっているという表現がしっくりくる。


「構えませんの?」


 リオラディッタが聞く。

 テセラスタは構えない。


 リオラディッタはイラついたように細剣の構えを揺らして待っているが、一向に槍が持ち上げられる気配はない。


 ディサドラがじれたように「始めますよ……」と声を掛け、手を上に挙げる。


「もう……始めっ!」


 掛け声と共に腕を振り下ろす。


 リオラディッタは「容赦しませんわよ!」と声を掛けて、一気に間合いを詰めるべく駆け出す。

 リオラディッタの間合いに入った刹那、細剣が唸りを上げて突き入れられる。

 充分にスピードに乗った突きだ。


 真紅の騎士は、まるで自然体のまま、ゆらゆらと突きを避ける。


「この、バカにしてぇ!」


 ただでさえイラついていたリオラディッタの剣閃が、怒りを載せて激しくなる。

 三連、五連の突きを難なくかわしていくテセラスタだったが、次第に舞台の端に追い詰められていくのに気付いているのだろうか?とウイングは見守りながら思う。

 姉は一見、敵意を剥き出しにしているように見えて、その実、計画的に動いているのが分かる。


 真紅の騎士が舞台の端、これ以上後退できない位置まで来ると、リオラディッタの剣閃がさらに鋭く激しくなる。

 それまで突き主体だった攻撃が急に変化して斬りに変わる。

 その急激な変化についていけなかったのか、ウイング・ソードが真紅の騎士の兜を斜め下から直撃する。


 金属同士を打ちつける激しい音がなり、それまで息を呑んで見ていた会場全体が「おおっ……!」とどよめきの声を上げる。


 真紅の兜が弧を描くように飛んで、場外に落ちる。


「もう逃げ場がないわよ……」


 姉が肉食獣のように獰猛な笑みを向ける。

 対するテセラスタは多少の緊張感を持った顔で姉を見ていた。


「なかなか凛々しいじゃないか……惚れてしまいそうだよ……」


 表情を緩めてテセラスタが見つめる。

 瞬間、姉が激昂する。


「おのれ!愚弄するかっ!」


 真っ直ぐテセラスタの喉元に向かい突き出される剣はまさに紫電の速度で持って粉砕せんと迫る。

 その時を待っていたとでもいうのか、テセラスタの槍が剣を払うように振るわれる。

 無造作な動きだ。


 全ての資質を持たぬとはいえ、リオラディッタは魔王族だ。

 その腕を全力で振るえば、いかな同じ魔王族であろうと、簡単に振り払えるものではない。

 誰もがそう思い、テセラスタの舐めた態度を笑おうとした。

 が、そうはならなかった。

 無造作に動かした片手の槍はリオラディッタの剣を簡単に弾き返す。


 その隙を縫うように、スルリと体を入れ替えたテセラスタはようやく槍を構える。


「後ろだよ」


 声を掛けて、慌ててリオラディッタが向き直るのを待ち、テセラスタが槍を突き入れる。

 一瞬で形勢が逆転する。

 槍の間合いは遠い。

 だが、その距離でもあからさまにリオラディッタより早い突きが真正面から迫る。


 リオラディッタはその槍を体を逸らしつつ、剣で受け流して、すんでのところで回避する。

 リオラディッタの全身を冷や汗が流れる。

 速いっ!

 テセラスタの声がなければ、リオラディッタは反応すらできずに串刺しになっていただろう。

 テセラスタとの技量差を身に染みる程に感じていた。


 テセラスタは最初の一撃こそ構えを取って放ったものの、アレは挨拶代わりの一撃のようなものだ。

 アレにまともに対応できない時点で、底は割れてしまった。

 ならば、せいぜい楽しませてもらって、自分の力をアピールする場に利用するしかないと考える。

 相手は魔王の娘、家格としては申し分ない。

 完全に叩きのめして、自分に逆らえないようにしてやろうかと嗜虐心を起こす。


 構えるテセラスタ。

 挑むリオラディッタ。


 リオラディッタは力の差を感じてなお、心は折れない。

 力も速さも適わないのならば、技で挑む、と決めて剣を振るう。

 あくまでも、相手に自由に槍を振るわせないようにする牽制の剣だ。

 その間に素早く呪文を唱える。


「リオラディッタがマナに願う!

 集いて我が剣に氷雪の力を!

 我は……っ!」


 テセラスタが槍の穂先で突き入れ、それを剣で軌道を逸らす。

 すぐさま、槍が回り石突きがリオラディッタを打つ。

 顔面にそれを食らったリオラディッタは吹き飛びそうになるのをなんとか堪えて、反撃の剣で横薙ぎに振るう。


 軽くバックステップして、テセラスタが距離を開ける。


 それを追うようにリオラディッタは剣を振るいながら、呪文を再開する。


「我は傲慢の宝石(スペルビア・ジュエル)

 静止氷剣(フリージングブレイド)!」


 リオラディッタの愛剣ウイング・ソードが冷気を宿す。

 剣から立ち昇る冷気は周囲の空気をたちまち凍らせて、キンとした空気を作る。


「行くわよ……」


 リオラディッタが自分を奮い立たせるように呟いて、剣激を浴びせる。

 槍で防いだテセラスタは感心したように目を見開いた。


「ほう……これは……っ」


 槍を伝わった冷気がテセラスタの手に伝わり、その手を凍らせていく。

 テセラスタは大きく槍振るって、リオラディッタを下がらせる。


「おお!姫君の魔法は強力じゃのぅ!」


 百腕巨人(ヘカトンケイレス)の名工ギャリンファロンが嬉しそうに声を上げる。


「だが、相性がいいとは言えぬようだの」


 鬼王シュズクラキが言うと同じ頃、舞台上のテセラスタも呟いていた。


「炎陣、始動……」


 テセラスタの持つ槍の穂先、その後ろには四筒の異物が付いている。

 その四筒が一斉に、ドッドッと脈打つ鼓動のような音を上げて、炎を吹き出す。


「直進、収束……」


 テセラスタの声に併せて、傘のように開いていた四筒が纏まり、テセラスタの凍った手を炙る。


 リオラディッタは昨日見たその魔法機関の働きを思い出して、身構える。


「解放、槍舞連動……」


 テセラスタが槍を引けば、四筒は傘状に開いて炎を弱める。


「少しだけ見せてやろう……」


 テセラスタは観客席に戻ったサヴァルマーナに意識を向け、笑む。

 それに気付いたリオラディッタがきつく唇を噛み締めた。


「今の相手はわたくしでしてよ!」


「ああ、来い。

 ついでに見せてやる」


 薄ら笑いでテセラスタがリオラディッタを見る。


「くっ、あああああぁああッ!」


 気合いと共にリオラディッタが跳ぶ。

 だが、渾身の飛び込み突きもテセラスタの槍に簡単に弾かれる。

 しかし、リオラディッタは連撃を繰り出して、槍と剣を打ち合わせるのが目的なので構わず向かっていく。

 リオラディッタは剣に魔法力をありったけ注ぐようにしながら、剣を振るう。

 斬り、弾き、突き、いなし、斬り、かわし、斬り、止め、突き、弾き……。

 次第にテセラスタの槍のあちこちに染みが浮かぶ。

 剣と合わせた場所に氷の魔力が染みているのだ。

 テセラスタの指先が鈍ってくるまで続ける。

 四筒から吹き出す炎でリオラディッタの試みはなかなか上手くいかないが、それでも少しずつ魔力が沈殿していっている。

 あと、十合、二十合、リオラディッタは勝てるまで続けるつもりだ。


 テセラスタは理解している。

 リオラディッタの剣は自分が思うより確かに魔力効率が良いようだが、自分の槍は魔槍だ。

 魔力効率など比べるまでもない。

 この姫君は宝石(ジュエル)級の魂の器を自慢にしているようだが、何も宝石(ジュエル)級なのは姫君だけではない。

 いつまでも美しい顔が怒りに歪むのを愛でていたいとは思うが、先を考えれば得策ではない。

 少し惜しいと思いながら、テセラスタは手数を倍に増やす。

 弾いて、一発、避けて、一撃、いなして、一閃……。


 次第にリオラディッタの皮膚が裂け、肉が抉れ、内出血で青い腫れができていく。


 だが、リオラディッタは止めない。

 魔法力は剣に注いでいるため、魔王の再生がほぼ始まらない状態だが、それにも構わず剣を振るう。

 リオラディッタは気付いていない。

 既に自分の剣は先ほどの三分の一ほどのスピードになっていることに。

 テセラスタは遊んでいるのだ。

 六倍の手数で、わざと鎧に剣を掠らせたり、打ち損じを演じたりして、リオラディッタを打ちのめしている。



 ウイングはそれを呆然と眺めていた。

 あの強くて自信に溢れた姉が、ああまで一方的にやられてしまうものなのかと驚愕を隠せない。

 正直、姉とテセラスタならば、テセラスタの方が全体的に上だろうと見ていた。

 だが、それもここまで一方的になるとは思ってもいなかった。


「おい、あれじゃ、なぶり殺しじゃないか……。

 なんとかならんのか!』


 剣伯爵トノルジンバが憤りを口にする。


「ルールが悪かったようで……直接魔法攻撃アリならば、もう少し戦えたでしょうな。グエっ……」


 トノルジンバの後ろに控える、使い手ジャセルジュが魔剣サブナクに手を置いて言うのを、振り向いたトノルジンバが揺さぶる。


「だから、それがなんとかならんかと言っておるんじゃ!」


「生きて戻れば、この剣をお使いになれ……んばんばんば……」


「おお、それじゃ!

 さすがジャセルジュ!

 ……どうか、ご無事で姫様」


 トノルジンバはジャセルジュが全てを言う前に、その肩を揺さぶってジャセルジュを誉めると、そのままジャセルジュに向けて祈りを捧げ始める。

 ちなみに、祈るべき姫様は後ろだ。


「ふん、やはり気に入らん戦い方だの……」


 鬼王シュズクラキが鼻を鳴らす。


 ガタリ、父である魔王が立ち上がろうと椅子を鳴らしたところをサヴァルマーナが止める。


「くっ……」


 悔しさを顔に滲ませて父が息子を見る。


「ご自重下さい。

 魔王、様っ……」


 その息子は唇から血を滲ませて耐えていた。

 だが、その瞳は今にも憎悪で狂うのではないかというほどに燃えたぎっていた。


 この場にいる全員が理解はしているのだ。

 死の可能性と、例えそうなったとしても止めることは許されない誇りを賭けた戦いなのだと。


 近衛騎士団長バルディラントが席を離れて、主催者であるジーガンに抗議している。

 だが、ジーガンも困ったような顔をするばかりで、どうにもできない。


 何故ならば、リオラディッタは戦う意志を捨てていないからだ。


 リオラディッタはまさに満身創痍だが、その瞳の光は失われずにテセラスタを睨み付けようとしている。

 片目は腫れてしまって、それすらも困難な様子ではある。


「姉様!剣を捨てるです!姉様!」


 ウイングが舞台の脇まで行って、姉を呼ぶ。

 その声が届いたのか、姉が見える片目をウイングに向ける。

 声が届いたと見たウイングはさらに叫ぶ。


「剣を捨てるですっ!

 命を賭ける必要なんてないですっ!」


 リオラディッタはウイングを見て頷く。

 ホッと息を吐くウイング。

 だが、姉は力を失いつつある手に、最後の力と魔法力を込めると、よろける足に踏ん張りを利かせる。


「おい、俺の妻になるなら命は助けてやるが、どうだ?」


 そろそろ限界が近いと見たテセラスタが、囁くように言う。

 だが、リオラディッタは醜悪なものを見たという顔で眉をひそめた後、冷たい瞳でテセラスタを見る。


「ちっ……その目は気に入らんな。

 殺すぞ……」


 併せてテセラスタの目も色をなくしていく。

 それまで振り回していた槍を腰溜めに構えると静かに力を溜める。


 ウイングの元に武器を提げたレンバート先生がやってくる。


「ウイング坊ちゃん。

 これは誇りを賭けた戦い。

 邪魔をしてはなりませぬ!」


 そう言って、ウイングを連れ戻すフリをして、耳元で囁く。


「このまま気絶してしまいなさい……アレを使ってテセラスタの凶行を止めるのです……」


 レンバート先生の言う『アレ』とは、ジャック・オー・ランタンのことだ。

 普段、無闇に使うと勘が鈍るという理由から、使うなと言われているが、特別にお許しが出た。


 ウイングが小さく頷いて思念を精霊たちに送る。

 レンバート先生は小さく「殺さないように……」と言った。

 ウイングは声を限りに叫ぶ。


「やめてぇぇええッ!」


 そのまま、ガクリと気を失った。


 演習場の端、梢に隠れた一角にジャック・オー・ランタンが現れる。


 風の精霊ジーンが「行っきますよー!」とかけ声を思念で送ってくる。

 ジャック・オー・ランタンが地を蹴る。

 木々を揺らして、ジャック・オー・ランタンが掻き消えるように飛んだ。


 リオラディッタは雄叫びを上げる。


「あああああぁあああああああぁああッ!!」


 踏み込む。


 最後の力を振り絞った突き。

 今まで注ぎ込まれた魔法力がそれに応えるように氷の刀身を伸ばしていく。

 奇跡の無詠唱魔法だった。


「全速、突進」


 テセラスタが呟く。


 剣と槍が交差するように伸びる。

 先に身体に触れた方が命を落とす。

 そういう攻撃だった。


 ガキンッ!


 固い音がして、剣と槍が弾かれる。

 当然、弾いたのはジャック・オー・ランタンだ。

 飛び込みざま、大鎌を下から上へ掬い上げるように振るったのだ。


「な、何者だアイツは!」


 ジーガンが叫ぶ。


「アイツは……!」


 魔王が呟く。


 弾かれたリオラディッタの剣は、握力が足りず、くるくると宙を舞い場外に突き立った。


「貴様!何者だっ!」


 言うが早いか、テセラスタの槍が突如現れた乱入者に突き入れられる。


 ジャック・オー・ランタンは焔の精霊サアラの化身した精霊の大鎌でそれをいなす。


「全速、槍舞連動」


 テセラスタの槍がスピードを上げる。

 だが、ジャック・オー・ランタンの大鎌はそれを全て迎撃してみせる。


 埒があかないと見たテセラスタは次の攻撃に移る。


光閃放(コウセンホウ)闇智身砕流(アンチミサイル)、解放」


 槍の穂先に光を溜め、石突きに闇が集う。

 テセラスタが突き出した槍の先から、光が飛ぶ。

 何故だか反応が遅れたジャック・オー・ランタンの肩を光が貫く。

 ジャック・オー・ランタンの身体は大地の精霊アースが作った土人形だ。

 本来なら痛みは無い。

 だが、感覚を司る波動の精霊ラッシュは衝撃としてウイングの魂に感覚を伝える。


 ジャック・オー・ランタンはテセラスタを倒すつもりはない。

 あくまでも迎撃に止める。

 怒りはある。

 だが、ジャック・オー・ランタンが戦うのは筋が違うと考えている。



 観客がざわつく。

 いち早く動いたのはレンバート先生だ。


「おのれ!名誉ある戦いを邪魔するか!」


 武器も構えずに舞台に上がっていく。

 次にサヴァルマーナが父親に「今です!」と声を掛けて立ち上がる。

 それからわざとらしい大きな声を上げる。


「そうだ、テセラスタ殿に手を出すなど許されんぞ!」


 魔王は喜色満面といった顔で裏腹な言葉を紡ぎ、舞台に上がる。


「お前!これは名誉ある戦いだぞ!」


 さすがに気付いた本戦参加者全員が舞台に上がっていく。


 そうは言っても、ジャック・オー・ランタンは大鎌を構えているものの、攻撃の意志はなく、必然的にテセラスタを全員で止める形になる。


「離せ!奴は俺の獲物だ!

 舐めた顔した女も、それを邪魔するやつも全員ぶち殺すぞ!」


「ほう……全員相手に啖呵をきるのはいいが、さすがに死に急ぎすぎだの」


 槍を抑え込んだ鬼王シュズクラキが言う。


「ははっ!本当にできるなら、全ての魔族はお前に従うだろうて……楽しみじゃのぅ」


 百腕でテセラスタの全身各部を抑えるギャリンファロンが楽しそうに言う。


「おい、早くサブナクを使って姫様をお癒やしするのだ!」


「お館様がやるべきです。

 俺は次に試合がありますから……」


「あ……い、いいから早く渡さんか!」


 トノルジンバとジャセルジュが話している近くで、サヴァルマーナがリオラディッタを介抱している。


 その傍では魔王がジャック・オー・ランタンの近くでボソボソと独り言を呟いている。


「あー、その、息子に続いて、娘まで助けてもらうことになるなんてな……。

 褒美が欲しいって訳でもなさそうだし……どう、報いればいいのか分からんが、その、助かったよ……ありがとう。

 何かあるなら、言ってくれよな。

 何でもする。

 あ〜、まだ名前すら知らないんだよな……」


 もじもじとする魔王は、反応を窺うように、チラチラと横目で黒マントの盟友だと思っている相手を見る。


「ジャック……ジャック・オー・ランタン」


「それが名か?

 うん、ジャックか、覚えた。忘れねぇ……」


 魔王が心にその名を刻み込んだ時、命を操るという魔剣サブナクを構えたトノルジンバが、その柄の後ろにはめ込まれた宝石をリオラディッタに向ける。


「サブナクに宿りし生命のマナよ。

 我が魔法力を糧に癒やしの力を!」


 気絶しながら痛みに歪むリオラディッタの表情から次第に険が取れていく。


 その時、ジャック・オー・ランタンは初めて生命のマナを見た。

 朝焼けのようなオレンジの光の粒。

 普段、生命体の中で活動しているため、見えないのだ。

 だが、魔剣サブナクの柄にはめ込まれた宝石の中に生命のマナが封じられているため、そこから見えるのだ。


「くっ……限界だ……こんなもの儂の魔法力で扱えるかぁ!」


 トノルジンバは衰弱したように目の下に隈を作って、息が荒くなっていた。

 リオラディッタから痛みは取り除かれたようだが、まだ危険な域を脱していないように見える。


「お館様、それでも中級の魂の器ですか?」


「うるさい!(ストーン)級にも色々あるのだ!

 上級の魂の器があるんだから、お前がやれ!」


「いいですが、次の試合で負けても恨まないで下さいよ」


 言いながらジャセルジュがトノルジンバの魔剣に手を伸ばす。

 だが、先に魔剣を取ったのはサヴァルマーナだ。


「トノルジンバ伯爵、私にやらせて下さい」


「しかし……王子様もまだ試合が控えているのでは?」


 トノルジンバは躊躇する。

 それに笑顔を向けてサヴァルマーナは言う。


「妹の命には代えられません」


 トノルジンバは魔剣サブナクを握る力を緩める。

 サヴァルマーナは魔剣を引き取り、その柄を妹であるリオラディッタに向ける。


 しかし、そのサヴァルマーナの手をそっと止めたのは、ジャック・オー・ランタンだ。

 ジャック・オー・ランタンはそのかぼちゃ頭に穿たれた眼窩をサヴァルマーナに向ける。


 向かい合うサヴァルマーナとジャック・オー・ランタン。

 ジャック・オー・ランタンは何も言わず、魔剣サブナクを取る。

 サヴァルマーナも何も言わずに魔剣を渡す。


 それから、ジャック・オー・ランタンは魔剣サブナクに魔法力を込め始める。

 思念で生命のマナに、姉を癒やして欲しいと願いながら。


「わっ、わっ、わっ……糧がこんな……せいれ……なれ……」


 生命のマナが驚きに声を上げていた。

 見る見るうちにリオラディッタの傷が消え、顔色が良くなっていく。


「わあ!精霊になれちゃった!

 ここに閉じ込められてから、もう無理だと思ってたのに……。

 ありがとう!それで、狂気の宝珠(ルナティック・オーブ)に付いていけばいいの?って、ボク出られないや……。

 うわーん、出してよー!」


 生命の精霊が泣いていた。



「えっと……ぼくでは出してあげられないです。

 ごめん、です」


 ジャック・オー・ランタンは思念で謝罪する。


「うー……狂気の宝珠(ルナティック・オーブ)についていきたかったのに……」


 生命の精霊は宝石の中で半袖半ズボンの子供の格好になっていた。

 だが、その姿は少年ではなく、少女だ。

 そのふくよかでふくよかな胸元が、性別を表現していた。


「ご、ごめんです……」


 思念同士の会話なので、誰かに聞こえる訳でもないが、妙にどぎまぎしながら返事をするジャック・オー・ランタンだった。


「名前……名前ちょーだいよ!

 そしたら、とりあえず我慢するからっ」


 ふくれっ面で生命の精霊が言う。

 何故だか、精霊は皆、名前を欲しがる。

 それは真名を持つことで、精霊が自由意志を持てるようになることを指しているのだが、そのことをウイングは知らない。

 だから、言われるままに名前を与えてしまうのだ。


「じゃあ、魔剣サブナクだから、サブ……」


「ダメー!

 サブナクって名前にしたら全員に真名を知られることになるから、ダメだからねっ」


「あうっ……えと……サ、サブリナ……から取って、リーナとか……」


「リーナ……リーナ……うん、いい名前!

 いつか会いに行くから!

 名前、忘れないでね!」


「わ、分かったです」


 勢いに圧されて、頷くのだった。


「おお!姫様の傷が!」


 トノルジンバが喜びを口にする。

 ジャック・オー・ランタンは魔剣サブナクをジャセルジュに渡して、遠く空を見る。


 前世の記憶が、秘密のヒーローは空を見上げて飛び去るべきだと告げていた。


 敏感に気配を感じとったテセラスタが叫ぶ。


「貴様!覚えてろよ!探し出して、絶対に潰してやる!」


 ジャック・オー・ランタンはそれには答えず、飛び去る。


「全員、潰してやる……誰が魔王に相応しいか分からせてやるからなぁっ!」


 テセラスタがさらに叫んだ。

 その正面に立った近衛騎士団長バルディラントが厳しい目を向ける。


「テセラスタだったか?

 魔王様を害する意志を表明するなら、それを許す訳にはいかんな。

 例え候補者と言えども今の魔王はエリュセイグド様だ。

 大口は魔王になってから叩くんだな」


 言われたテセラスタは、バルディラントを睨む。


「ふん!近衛騎士風情が……次で逆らえないようにしてやるよ……」


 静かに宣言する。

 その姿は、倒すべき敵を前にした途端、逆上した自分を抑え込んだ姿は、狂犬のようでありながら、一種異様な雰囲気でもあった。


 かくして、第四戦はテセラスタの判定勝ちとなった。



これ読んで下さってる皆様に伝わるんだろうか……なんか客観的に自分の作品が読めないのですよ。

意味分からん!とかありましたら、教えて頂けると幸いです。

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