第五話「海底基地」
海底基地は、思ったより普通だった。
巨大な岩盤に張り付くような形で建てられた、灰色の施設。照明が等間隔に並んでいる。搬入口と思われるハッチが三つ。守衛らしき機体が二機、入口の前に立っていた。
「……思ったより普通」
「言おうとしてたのに」
ケンジと声が重なった。
『外見は普通ですが、内部は違います』とマリアが言った。『コードは最深部の金庫に保管されています。守衛は表の二機だけではありません』
「何機いるの」
『把握している限り、二十三機』
「さっきより多い!」
『海底基地ですから』
「そういう問題じゃない!」
ケンジが計器を見ながら言った。
「正面から突っ込んだら終わりだ。別のルートは?」
『搬入口Cが、十分後に定期メンテナンスで無人になります』
「十分待てる状況なの今」
『後ろを見てください』
アイコはモニターで後方を確認した。
白鳥機関の索敵艇が、また来ていた。今度は二十機以上。
「……挟まれてる」
『はい』
「最悪」
『はい』
「どうするの」
『十分間、引きつけてください』
「二十機を!?」
『できます』
「なんで言い切れるの」
『アイコさんなら』
アイコは深呼吸した。
「ケンジ、誘導弾残り何発」
「六発」
「大事に使って」
「分かった」
「マリアさん、引きつけながら搬入口Cに近づける?」
『できます。やりますか』
「やる」
推進器が唸った。
十分間は、長かった。
索敵艇二十機相手に、逃げて、かわして、たまに反撃して、また逃げて。アイコの手が痺れてきた。額に汗が流れた。ケンジが計器を読み続けた。マリアが指示を出し続けた。
「左!」
「見えてる!」
「上から三機!」
「分かってる!」
「誘導弾、二発使う!」
「使って!」
爆発。閃光。二機が沈んだ。
「残り十八機!」
「減ってる!」
「減り方が遅い!」
「文句言わない!」
マリアの声が割って入った。
『搬入口C、無人になりました。今です』
「ケンジ、煙幕ある!?」
「ある!一発だけ!」
「使って!そのまま搬入口に突っ込む!」
「了解!」
煙幕が広がった。白い霧が海底に広がる。索敵艇の動きが乱れた。
アイコは操縦桿を一気に前に倒した。
機体が加速した。搬入口Cに向かって一直線。ハッチが見えた。閉まりかけていた。
「間に合う!?」
『ギリギリです』
「ギリギリって何パーセント!?」
『五十一パーセント』
「それをギリギリって言わない!!」
機体がハッチに突っ込んだ。
ガキィンッ。金属が悲鳴を上げた。でも通った。
ハッチが閉まった。外の索敵艇の音が消えた。
搬入通路は薄暗かった。
機体が通れるギリギリの幅。天井が低い。ケーブルが壁を這っている。
「……入れた」
「入れた」
『音を立てないでください。内部に守衛がいます』
二人は声を落とした。
「最深部まで、どうやって行くの」とアイコがささやいた。
『この機体のまま進むのは難しいです。ここからは——』
「歩き?」
『はい』
「二人で?」
『はい』
「武器は?」
『機体の中にあります。確認してください』
アイコとケンジはシートから立ち上がった。機体の内部を探した。コンソールの下に、小さな引き出しがあった。
中に拳銃が二丁と、小型の通信機が二つ。
「……本物?」
『本物です』
「中学生に持たせるもの?」
『状況が状況です』
ケンジが拳銃を手に取った。慎重に確認した。
「安全装置、かかってる」
「理系だから分かるの?」
「父親が警察官だから」
「それは初耳」
アイコも拳銃を手に取った。重かった。冷たかった。
「マリアさん、通信機はどうやって使うの」
『イヤホンを耳に入れてください。私と話せます』
二人はイヤホンをつけた。
『聞こえますか』
「聞こえる」
「聞こえる」
『では行ってください。右の通路を三百メートル、突き当たりを左、エレベーターで最下層です』
「守衛は」
『今は右通路に一機。三十秒後に巡回で離れます』
「三十秒待つ」
二人はハッチから外に出た。
海底基地の内部。白い壁。蛍光灯。どこかの施設みたいに普通だった。でも、遠くに守衛機の足音が聞こえた。
三十秒後、足音が遠くなった。
「行こう」
アイコはケンジの袖を掴んだ。走った。
エレベーターは古かった。
二人が乗り込んで最下層のボタンを押した。ゆっくりと降りていく。
ケンジが小さく言った。
「……君、怖くないの」
「怖い」
「そう見えない」
「そう見えないように怖がってるの」
ケンジは少し黙った。
「……賢いね」
「褒めてる?」
「褒めてる」
アイコはケンジを横目で見た。眼鏡がないと、少し違って見えた。さえないのは変わらないけど、目が真剣だった。
「ケンジって、なんでそんな落ち着いてるの」
「落ち着いてない。計算してるだけ」
「何を計算してるの」
「生存確率」
「やめて」
「今は六十三パーセント」
「やめてって言った」
「さっきより上がった」
「……そう」
エレベーターが止まった。
扉が開いた。
最下層。廊下の突き当たりに、巨大な金庫扉があった。
そして金庫扉の前に、人が立っていた。
白衣を着た、白髪の老人。
老人はアイコを見て、静かに言った。
「——来ると思っていたよ。長谷川アイコさん」
アイコの全身の毛が逆立った。
「……誰ですか」
「私はグラハム。白鳥機関の創設者だ」
老人は微笑んだ。穏やかな笑顔だった。だからこそ、怖かった。
「君のお母さんを、ここに連れてきた人間でもある」
アイコの手が、拳銃を握り締めた。
「——お母さんに、何をしたんですか」
老人は答えなかった。
ただ、金庫扉に手を置いた。
「中に入りなさい。全部、話そう」
つづく




