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はじめての味

 中は意外と広かった。薄暗いランプの明かりの下、木のテーブルが何卓か並び、数人の旅人や商人たちが酒やスープをすすっている。空気には砂埃と汗と、どこか刺激的な香りが混じっていた。甘さは、微塵もない。

「戻ったぜ」

 エリオットが気さくにカウンターへと声を掛ける。

「あれ? どうしたのさいきなり帰ってきて」

 エリオットと同じ肌色をした女性が、カウンターの奥から顔を出してきた。

「ああ、ちょっとな。砂漠で拾いものしてな」

「拾いもの?」

 女主人がエリオットの視線を追うように、ルシエラのボロボロになったドレスを上から下まで眺め、面白そうに目を細めた。

「奴隷……ではなさそうだけど、迷子?」

「まあ近しい所だな。なんでも追放されて放浪して干からびそうになってたんだ」

「追放? よくわかんないけど大変だったんだね……」

「とりあえず、なんか作って出してくれ」

「ん、奥のテーブル使って。わたしはピムよ。よろしくね」

 ルシエラは黙って二人のやり取りを聞いていた。知らない土地、知らない場所。今この場にいるルシエラは令嬢でも何者でもないただの放浪者だ。

 ――ああ、私…本当に追放されたんだ……。

 息苦しい現実だ。

 木の椅子に腰を下ろす。硬い木である。キャンディ王国の椅子はすべてクッション性の高いマシュマロソファか、滑らかな飴細工の椅子だった。

 そうして、粗末な木の皿が運ばれてくる。

 茶色いドロドロとしたスープにゴロゴロとした肉の塊と、色褪せた根菜らしきものが入っている。ついでのように見るからに硬そうな、灰色のパン。

 最後に、水。 

 ルシエラは皿をじっと見つめたまま、動かない。

「なによこれ…泥?」

「文句言うな。砂漠じゃこれが上等だ」 

 エリオットはすでにスープをすくい、パンを囓っていた。

 慣れた様子で口に運んでいく。

「どうした? 死ぬか生きるかの二択だぞ?」

「うぅっ…! 分かったよっ! 食べるわッ! こんな所で野垂れ死ぬは私には似合わないからっ!!」

 高らかに宣言するように、ルシエラはスプーンらしき木の棒を手に取り、スープを掬う。甘い香りは一切しない。代わりに、鼻を突くようなツンとした刺激的な香りと、嗅いだことのない野性味溢れる匂いがする。

「そう緊張するなって。ただのメシだ」

 エリオットの声を合図に、スープを飲み込んだ。

 次の瞬間、ルシエラの目が大きく見開かれた。

「うっ……! これ、食べ物なの!? 舌が引きつるわ!」

 幼いころ、興味本位で涙や汗を舐めてみたことがあったが、その時に感じた刺激が、舌の上に走ったのだ。

「……普通の味だろ。甘党過ぎて舌が麻痺してんだよ、お嬢さんは」 エリオットが苦笑しながら水を差し出してきた。

 ルシエラは慌てて水を飲んだが、水に味がないことにまた顔をしかめる。

「また変な水…っ。どうして……どうして何もかもがこんな…変な味ばっかで…」 

 声が震える。

 追放されたショック、砂漠での渇き、初めて味わう甘くない食事。

 すべてが一気に押し寄せてきて、ルシエラの瞳にうっすらと涙の膜が浮かんでいく。

「……私、こんなところで死ぬよりマシだと思ってたのに……。甘くない世界なんて、地獄じゃない……」

 甘さしかなかった世界が、音を立てて崩れていく。

「うぅっ……」

 と、言いつつもルシエラはスープとパンを口に入れていく。美味しいからではない。お腹が空いているから、仕方なく口にしている状態だ。

 熱い。痛い。舌がビリビリと痺れる。キャンディ王国では刺激といえば炭酸のパチパチキャンディ程度だったのに、これは暴力的なまでの熱量だ。

「味もしないし、硬いし、こんなの、食べ物じゃないわ……」

「おっ、ちゃんと全部食べたんだな。我が儘なお嬢さんかと思ってたが、案外タフなんだな」 空になった皿を見て、エリオットが感心したように口笛を吹く。

「お腹が空いてただけよッ! こんなの、私のお菓子に比べれば家畜の餌同然なんだからぁ!」

 ルシエラは顔を真っ赤にして、口元を乱暴に拭った。

「へえ、そこまで言うなら作ってもらいたいなあ」

 様子を見ていたピムが口を挟んできた。

「その『甘さの世界』ってやつを」

「おお、そりゃいいな。お嬢さん、どうだ?」

「いいわよ……。見せてあげるわ。あなた達が、いかに貧相な舌をしているか、私が分からせてあげる! ……そのためには、まず材料よ。エリオット! 砂糖や蜂蜜はあるんでしょうねっ!?」

「厨房にあるから必要なものは使っていいよ〜」

 ピムが代わりに答えた。

 ルシエラの瞳には、王国を追放された時とは違う、強い光が宿っていた。


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