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「……私の素晴らしい芸術をそんな風に評するなんて。バカ舌になったのかしらねえ」
「ええ、お陰様で。あなたも随分とおバカ舌になったみたいね。こんな変な品質のスイーツを作るなんて。頭に砂糖じゃなくて塩でも詰まっているんじゃない?」
「食べ物を漁るネズミには私の芸術は理解出来ないわ」
マシュマロシルクの袖から覗く白く滑らかな手で、わざとらしく口元を隠してトレンシュワは笑う。
パジャマのフリルから甘い香りが舞い、周囲の空気を甘く重いものに変えていく。
「このスイーツを享受できるのは、選ばれた従順な民だけ……。ネズミに分かち合う慈悲なんて、角砂糖一個分も持ち合わせておりませんのよ」
「……選ばれた従順な民? 笑わせないで」
ルシエラは、口内に残るベタつく甘さを舌先で拭い、軽蔑しきった眼差しを向けた。
「あなたの言う芸術とやらを一口食べて確信したわ。あなたはもう、素材の声を聴くことも、火加減の繊細さを守ることも忘れてしまったのね。魔女の魔法に頼らなければ甘さを維持できないなんて、お菓子職人どころか、ただの魔術の出がらしだわ。アンタこそ、ネズミに相応しいんじゃないの」
「口が減らないネズミね……」
余裕のあったトレンシュワの微笑みが、ピキリと音を立てて歪む。
「お望みならいくらでも詰ってあげるわ。そのマシュマロのパジャマだってそう。見た目は柔らかくて無垢を装っているけれど、その中身は腐った欲にまみれている。ねえ、トレンシュワ。教えてあげましょうか? 砂漠で飲んだ一杯の水のほうが、あなたの作る宝石のようなゴミよりも、ずっと命の味がしたわよ」
「命の味? はっ、笑わせる。そんな抽象的な言葉でお腹は膨れませんことよ」
「そうね。でも、お腹は膨れなくても、心は満たされるものよ。…不思議と…もっとも、今のあなたには心なんて概念、もう理解できないのかもしれないけれど」
ルシエラは冷徹に言い放ち、一歩、また一歩とトレンシュワへ歩み寄った。
マシュマロシルクの甘い香りが強くなる。普通ならうっとりと酔いしれるような芳香だが、ルシエラの鼻腔は、その奥に潜む何かを嗅ぎ取っていた。
「ふん、くだらない」
「…?」
ルシエラの眉が不自然に動く。
目の前の女は、確かにトレンシュワだ。
その傲慢な立ち居振る舞いも、自分を見下す紫水晶の瞳も、憎らしいほど見慣れた彼女自身のもの。
けれど、何かがおかしい。
トレンシュワが嘲笑を浮かべ、肩をすくめた瞬間だった。
彼女の首筋、パジャマの砂糖菓子フリルの隙間から、どす黒い紫色の血管のような筋が、一瞬だけ脈打つのが見えた。
「……、今、何と言ったのかしら?」
ルシエラが問いかける。
「耳まで悪くなったの? 心が満たされるなんて、くだらないって」
「違うわ。アンタの声よ」
「はあ?」
言葉を発するトレンシュワの唇の動きと、実際に聞こえてくる声の残響が、コンマ数秒だけズレている。
まるで、彼女の身体を薄い膜のように覆っている何かが、彼女の意思を代弁しているかのような違和感。
「……トレンシュワ。あなた、自分がお菓子を作っていると思っているみたいだけど……今のその手、自分の意思で動かせるかしら?」
「何を馬鹿なことを――」
トレンシュワが苛立たしげに右手を振り上げた。
だが、その動きはあまりにも機械的で、関節を無視したような、不自然なほど滑らかな旋回だった。
マシュマロシルクの袖が揺れる。その中から漂ってきたのは、バニラの香りでも、砂糖の飽和臭でもない。
凍てつくような、北の地の冷気と、古いカビの匂い。
それは、ルシエラの知らない匂いだ。
「……やっぱりね。そこにいるのは、私の知っているトレンシュワじゃないわ」
ルシエラは目を細め、目の前の器を凝視する。
「魔女の国のエージェントが入り込んでいるっていう噂……。まさか、潜入しているんじゃなくて、トレンシュワ。自身が魔女の依代にされているってわけね……?」
「ふふ、ふふふふっ……!!」
トレンシュワの喉の奥から、複数の女の笑い声が重なって響き渡った。
彼女の瞳から光が消え、代わりに底なしの闇のような黒がじわりと滲み出す。
「鋭いわね、ネズミのくせに。けれど、もう遅いのよ。この女の欲は、私たちの魔法と最高に相性が良かった……。今やこの国の心臓も、王子も、すべて私たちの煮込み鍋の中にあるわ」
トレンシュワの顔の皮膚が、まるでお菓子の細工が溶けるようにわずかに歪んだ。
目の前にいるのは、かつ手のライバルではない。
スイーツランドを内側から腐らせ、捕食しようとする「異形のもの」だった。




