どう?
「で、どうやって作るつもりなんだ? その究極のお菓子とやらを」
濡れた肩に無造作に少し煤けたタオルが投げ掛けられる。
「キッチンはどこ? さっそく――」
「ないぞ」
「えっ?」
はりきるルシエラの言葉を、エリオットが即座に断ち切る。
「俺たちはあくまで旅人だ。自動人形たちが厨房を貸してくれるわけないだろう」
「そ、そうなの……あ、じゃあ、焚き火でもして、そこで煮炊きすればいいじゃないっ!」
ルシエラは拳を握り、びしょ濡れのまま意気揚々と提案した。
だが、エリオットは即座に首を振った。
「却下だ。そんなことしてみろ、さっきの排除レベルじゃ済まないぞ。この国には街の至る所にセンサーがある。許可のない火気は、即座に火災と認識されて、四方八方から自動人形が飛んできて消火液まみれにされるのがオチだ」
「じゃあ、どうすればいいのよ?」
キッチンもない、火も使えない。
「お菓子も作れないなんて、おかしいじゃない」
「ここは鉄の国だって言ってるだろ。国にはその国のルールがあるんだ。お嬢さんだって苦いから追い出されたんだろう?」
「それとこれとはっ…」
「関係ある」
エリオットが強い口調で言い放つ。
「お嬢さん、旅の目的はなんだ? 世界中に甘さを強制して回ることなのか?」
その言葉に、ルシエラは弾かれたように首を横に振った。
「強制だなんて、人聞きが悪いわ。私は、みんなが知らない幸せを教えてあげたいだけで……!」
「相手がそれを求めてないなら、それはただの押し付けだ。昨日のサプリメントと同じだよ。効率を求める連中に、あんたの言う心の栄養とやらは、ただの不純物でしかないんだ」
エリオットの言葉は、冷たく、そして昨日飲まされた下剤よりも苦く、ルシエラの胸に突き刺さっていく。
「……そ、そうなのかしら…」
小さく溢れた呟きは、重たい灰色の空に吸い込まれて消えた。
クリーム色の髪からはまだ雫が落ち、石畳を小さく濡らしている。。
「間違ってるかどうかは知らねえが、少なくとも、お嬢さんがしようとしていることは苦さを味わせるのと同じだってことだよ」
皮肉を込めて笑うエリオットの瞳には、突き放すような冷たさだけではなく、どこか試すような色が混じっていた。
「お嬢さんにとっての甘さはなんだ?」
「私にとっての、甘さ……?」
至極当たり前のことを聞かれ、ルシエラは虚をつかれたように、すぐに答えることは出来なかった。
「甘さは……甘さは、甘さよっ!」
ルシエラは戸惑いながら答えた。
あまりにも当たり前すぎて、言葉にするのが難しかった。
「幸せになって、心がふわっと軽くなって……。身体が溶けちゃうような……それが甘さよっ!」
「それは結果だ。俺が聞いてるのは、甘さそのもののことだ」
ルシエラの脳裏に浮かぶのは、キャンディー王国の眩いばかりの光景だ。宝石のように輝くゼリー、焼きたてのパイが放つ香ばしい湯気、そしてそれらを囲んで幸せそうに微笑み合う人々。
ルシエラは自分の濡れた手のひらを見つめた。
キャンディー王国では、自分が何かをしなくても、世界が最初から甘かった。
「強制して教えるもんじゃない。甘さは、欲するもんだろう。行き倒れていたお嬢さんなら覚えがあるんじゃないか?」
エリオットは、ルシエラの前に一歩踏み出し、その視線を逃さぬよう見据えた。
「……相手の都合も、言葉も無視して与えるのはただの暴力だ」
「ぼ、暴力…っ…!? 私が、暴力を振るってるっていうの?」
ショックに目を見開くルシエラに、エリオットは短く鼻で笑った。
「まあ、無自覚な分、性質が悪いがな」
ルシエラは黙り込んだ。
相手のことを理解しようともせず、ただ自分の知っている正解を押し付けている――。
自動人形に感じた怒りは、実は自分の無知に向けられるべきものだったのかもしれない。
「……本当に食わせたいなら、まずここの理屈を理解しろ。お嬢さんの国のやり方が通用しない場所で、どうやって甘さを届けるのか……。それを考えるのが、研究ってやつじゃないのか?」
ルシエラは顔を上げ、濡れた前髪をかき上げた。
悔しいが、今の自分はただの常識知らずの歩行者Aにしか過ぎない。
「……そうね。理解してあげるわよ、この鉄の塊たちの理屈を。その上で、逃げ道がないくらいの甘さで包囲してやるんだから!」
湿ったタオルを力強く握り直し、ルシエラは再び前を向いた。
独りよがりな熱から、少しだけ静かな知的好奇心へと色を変えていた。
「なら、理解してあげるわ、この国の理屈を! つまり、食事の代わりを分析すればいいんでしょう?」
ルシエラは鼻息荒く、先ほどの自動人形が立っていた壁際の金属柱――充電器へと歩み寄った。
それは街灯のような形をしており、表面にはいくつかの端子と、複雑な紋様のような回路が刻まれている。
「お、おい、触るなよ。それはお嬢さんが触れていい代物じゃ……」
「黙っててエリオット! 敵を知るにはまず懐からよ!」
「フンッ」と気合を入れ、充電器の表面に這う太いケーブルや、エネルギーが循環していると思わしき接続部に手を伸ばしていく。
ルシエラの論理では、これがお人形さんにとっての特製ディナーなのだ。ならば、その味を確かめるのが手っ取り早い。
「むむっ、ここが口、なのかしら?それとも、この光っている部分が……」
今まさに青白く明滅している端子の隙間に、興味津々で指を差し込んだ――。
バチィィィィィィィッ!!
「ほぎゃあああああああああああっ……!?」
凄まじい衝撃と共に、ルシエラの視界が真っ白に弾けていく。
全身を突き抜けるような痺れ。
指先から脳天まで、目に見えない無数の針で刺されたような衝撃が走り、身体がビクビクと震えている。
ドサッ、という鈍い音を立てて、ルシエラは地面に崩れ落ちていた。
その髪は、先ほどの水濡れでしんなりしていたのが嘘のように、静電気で四方八方に逆立ち、綿菓子の成れの果てのような惨状になっている。
「おい、生きてるか!? だから、言っただろが……」
「……あ……あう……あうう……」
ルシエラの口から、弱々しい煙と共に意味をなさない声が漏れる。瞳の焦点は右と左で別々の方向を向き、指先はまだ小刻みにピクピクと痙攣していた。
「それはな、高圧電流が流れてる充電端子だって。水に濡れたまま触れば、そりゃあ感電するだろうよ」
エリオットが呆れ果てて、横たわるルシエラを見下ろす。
そこへ、一帯の異常を察知したのか、自動人形がウィーンと無機質な音を立てて近づいてきた。
『警告。歩行者Aによるエネルギー奪取試行を検知。過負荷による強制切断を実行しました。……対象、歩行者A。状態、気絶に近い軽微な損傷を確認。治療を推奨します』
「……う、うう……。電気が……甘いわ……?」
朦朧とした意識の中で、うわ言が漏れていく。
「……スパークが……舌の上で……パチパチキャンディー……みたいに……」
「完全に脳まで焼けてるな、これ。甘いもんの幻覚見てやがる」
エリオットは何度目かも分からない深く長い溜め息をつく。
「……全く、お菓子を作る前に、この国で命を落とす気かよ。お嬢さんの究極のお菓子は、天国で振る舞う予定なのか?」
「……天国……? いいえ……私はまだ……。あの、鉄クズを……膝から……崩れさせ……るまでは……」
逆立った髪の隙間から、ルシエラが執念で片目を開ける。
感電してもなお、ルシエラの中のスイーツ魂はまだ消えていなかった。




