1.王子妃になりました。
「ファラリアンナ、私は君をこの国一番の妻にすると約束するよ。だから結婚して欲しい。」
「そんな…まさか本当に?嬉しいわ…ウィルフレッド本当に本当に嬉しい…!まるで、夢みたいよ」
嬉しさが込み上げて両手で口元を覆い震えながら感激した。
だって夢みたいなのだ。
祖国では王太子の婚約者でありながら王太子の淡い恋を迫害し貶めた悪役公爵令嬢だと謗られ断罪的に国外追放された私が、こんなに幸せになれるなんて夢みたいな出来事だと信じられない。
「まさか。ちゃんと、現実だよ。愛おしいファラリアンナ、返事を聞かせてくれないか?もしかして、私は振られてしまうのかな。」
「うれしい…嬉しいに決まってるわ!断るなんてしない!わたしも貴方を愛しているわウィルフレッド」
膝まづいて花束を手に求婚してくれた隣国グリンベル王国の王子、ウィルフレッドのドラマチックな愛の告白に花束を抱き抱えて応えた。
祖国イエンナ王国とグリンベル王国との歴史文化はそう大差ない。信仰する神だって同じだ。だから王太子妃教育は終了している私はそう問題なくグリンベル王室に受け入れられた。
むしろ次期王妃として国内貴族や内情に精通していたから歓迎されたくらいで、王太子の婚約者として6年に及ぶ研鑽はウィルフレッドのためではなかったにしろ嬉しい誤算となった。
「なんだかまだ夢みたいだわ。」
婚姻式のドレスに身を包みクルリと鏡の前で回るとふわりと裾が広がった。
こんなに素敵なウェディングドレスに身を包む日が来るなんて。
…つい半年前には国外追放され、希望もないまま隣国との境を彷徨うばかりだったのに、だ。
とはいえ絶望はしていなかった。
私は公爵令嬢で王太子の婚約者でもあったけれど、他にも前世の記憶があったからこそ、この世界が予定されたシナリオを辿るのだと覚悟も決めていたので、国外追放になってもさもありなんと、悲しくも何とも無かった。
そう。実は私、ファラリアンナは転生者だったりするのだ。
前世は平凡な一般庶民。短大を卒業してよくいる普通のOLになって趣味はアニメとゲームとアイドル声優の追っかけがメインのヲタ活推し活。漫画や小説も好きではあるけど声が付いてる方がやっぱりリアルな感じでどっぷり萌え萌えに沼嵌っていた喪女である。
だもんで、自分が転生したと気が付いたのも、婚約者やその周辺の人物の声から「ぅわ!え?声優の〇〇〇様じゃん!?はわゎ~ぁ!!」と内心感激感動大大大興奮したからに決まってる。
んで、キャラの名前と声からこの世界が【恋する乙女の正義~追放された悪役令嬢は無自覚にザマァする~】っていう、なんかどっかで聞いたことがあるようなタイトルで内容も似たり寄ったりの量産型『悪役令嬢の逆転ざまぁ系』ジャンル作品だったという訳。あ、ちなみにアニメね。多分原作の小説か漫画もあったのかもしれないけどそっちは見てないから知らない。
そういえばアニメでは冒頭10分で悪役令嬢の断罪劇に至ったわけだけど、実際に転生した身では記憶を取り戻してからでも3年も掛かっていたので案外大変だった。
(まー、転生あるあるでファラリアンナとしての記憶もあったからなんとかなったけどさ~。)
そうじゃなかったら公爵令嬢としてのなんたるかもわからない一般庶民喪女がパニクリながらストーリーぶっ壊してそれこそ転生にありがちな溺愛ハーレムになってたのかも…?なんてね。別にそんなの望んでないから何もしなかったですよ。本当になーんもしなかった。元婚約者の密かな恋のお相手ヒロインこと義理の妹を虐めてもないし。でもアニメ通りに断罪されちゃったよねー?まぁそもそも逆転ザマァ系なんだし、アニメでも最推しは隣国の王子だったし。その王子様の声優が…担当推しだったもんで。ぇへへっ♪願ったりかなったりですんでぇ~♪フフフぅ!
…おっと!いかんいかん。推し…いや王子様は慎ましく健気な頑張り屋さんな元悪役令嬢と恋してるんだから本性は隠さないとね。
ニヤケそうになった顔を澄まして鏡の中の自分の姿を見やる。前世みたいなパッとしない女は映っていない。
うん、やっぱり転生した私って美人だなあ。華奢だしウエストなんて内臓ちゃんとある?ってくらい細いし。自分で言うのもなんだけど、元婚約者って見る目ないよね~っておもっちゃう。
だって確かに王太子が恋したイエンナ王国のヒロインは可愛いかったけど、美人ってタイプじゃなかったし。ぶりっ子が好みだったってんなら仕方ないけど女目線だと可愛いより美人のが憧れるし。ま、これも個人の好みだけどさ。私はそうなの。
(あぁでもいちばん好いのは宝〇歌劇団の娘役みたいな可愛い美人が最強だけど~。あんなん反則レベルで神ってるし。)
まぁまぁなんにせよ、婚約破棄断罪してもらえたからこその現在の幸福とおもう。感謝しかないので恨み言はひとつもない。
だってシナリオ通りに無自覚ザマァをしたし。なんかよくわからん間に元婚約者は後悔して隣国まで追っかけて来るしヒロインこと義理の妹の過去の策略なんかもあれもこれも明るみになってイエンナ王国はてんやわんやらしいけどもう関係ないしね~♪
兎も角、来月には結婚式だ。
そうすればアニメのエンディングを迎える。
そう、あの『結婚して幸せになりました。めでたしめでたし。』になるのだ。
正直エンディングのその後ってどうなるんだろう?っておもってる。
元の世界に戻れるのかもしれないし、戻れないまま生きていくのかどうかもわからない。
でも!もしそうなってもどっちでも大丈夫でしょっ!
だって元の世界、日本に戻ったとしたらオタ活再開すればいいし、残留決定でも王妃として安泰だもん。
いやも~マジでその辺はさ、モブ転生じゃなくて助かったっていうかっ!
アニメでもゲームでも物語を見る側だったらそりゃあモブ転生とかドアマットヒロインとかの方が庶民感情的には親近感湧くし恵まれた環境のおひめさまとかチートな主人公とかちっとも感情移入できなかったりとかあるけどね、転生するなら貴族でよかった~ホッ、ってなるでしょ。
発達した文明社会から突然中世の庶民って…落差あり過ぎだしハードル高いよ。
し・か・も!
王子妃として生きるってことはだよ、旦那さんは推し声優の声ってことになるから~…デッヘッヘッ!楽園天国かよ!
と。浮かれまくったままに迎えた結婚式はそれはそれは盛大で豪華絢爛でありました。
ほんと、アニメの通りの衣装だったし。ってかさ、ドレスは軽い素材で~だったんだけど装飾品の重さヤベーことなってたんだけど。
前世庶民だったし侯爵令嬢の頃も華美な装いはうんたらかんたらで控えめなものだったっていうのもあるんだけどさー…本物の金ってあんなに重たいんだね?純金の宝石キラキラのティアラずっしりくるねー。首が曲がりそうなの耐え抜いたわ。
そして嬉恥ずかしの初夜。
前世が喪女だったのもあってそういう経験が無かったせいとやっぱり恥ずかしさが勝ってしまって…………お酒を飲み過ぎてダウンしてしまった。
翌日は気合を入れてみたものの、やはり照れてしまいアワアワ言い訳を管撒いてムードもへったくれもなくしてしまった…。
今夜こそはと息巻いた三日目は…ずっと緊張していたせいか、夕食後に風呂に入って身支度を整えて部屋に連れていかれたまでは覚えているがベッドに腰かけた途端に眠気が襲ってきて記憶はそれっきり。
――――目覚めた新婚四日目の朝は、広いベッドにひとりきりだった。
(しまったっ!やらかしたっ!!)
慌てて侍女を呼び夫であるウィルフレッドの所在を確かめれば「殿下は早朝から公務にお行きになられました。」と。それなら昨夜の詫びも兼ねて挨拶に行きたいと言ったんだけど「本日より辺境にての国境会議がございますので半月はお戻りになられません。」だって。え聞いてないんだけど?って驚いたら、っ結婚式の前より年間予定で決まっていたことで、婚約した時点で伝えられていたはずだと不思議そうに逆に尋ねられた。というか、年間行事表は各貴族にも配られているし市民すらも知っていることらしい。そういえばそうか、公務だってさいしょにゆってたし…公の行事だから、公務なんだし…
寝ぼけた頭では、それくらいしか理解できなかったけど納得するしかなくて。
自分の中に僅かに残っていた公爵家令嬢のファラリアンナが納得して、素の自分は「そうなんだ…っけ?」って疑問を浮かべてた。