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京都・白川町商店街の魔女   作者: 高瀬 八鳳


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13/23

第13話 運命はなんとなくで決まるらしい

 お店を訪ね、感想文を、本と一緒に師匠へ渡す。


「ありがとうございました。一枚目がまとめで、二枚目と三枚目が一応、細かい感想です。ちゃんとは書けてませんが、正直な気持ちを書きました」


「お疲れさん、おおきに。この感想文、もろてええの?」


「はい、自分用にコピー取ってますから」


「フフッ、そうなんや。楽しみ。じっくり堪能させてもらうわ」


「いや、ほんとに、きちんとした感想文になってなくて」


「ミサキちゃん、私がきちんとした感想文書いてって言うた?」


「……言うてないです」


「やんなあ。別に本を売るための宣伝文書いてるんやないんやし、純粋にミサキちゃんが感じた事を知りたかっただけやから。正直な気持ちを読ませてもらえるんは、何より嬉しい事なんよ」


「……はい。ちゃんとはしてませんが、それが今の私です。えっと、楽しんでください」


「あははは、ありがとう。楽しませてもらいます。ほな、行こか」


 最近の師匠のお気に入りはソフトクリーム。

バニラと抹茶のミックスソフトを食べながら、いつものように2人で商店街を散歩する。


 ソフトクリームは、暑さで大急ぎで食べないとすぐ溶けてしまう。


 ふと、シャーシャーという金属音が聞こえてくる。岩真さんの研ぎの音は、鋭過ぎることはなく軽やかで、楽器の演奏のようにも思える。


 遠くでかしわ屋の女将さんの「お帰りィ、今日は学校どやった?」と子供達にかける声がする。


 人々の話し声、車のエンジン音、蝉の声、額から流れ落ちる汗、通路から立ち登るムワッとした熱気。


 埃だらけのシャッターが閉まった、閉店して年月が経った店の姿。

 そして「……あそこも近々閉めはるらしいで」「跡継ぎさん、いはらへんもんなあ。寂しいなるなぁ」「ほんまになあ」と話す地元のおばあさん達の会話……。


 何ともいえない、懐かしさと切なさが同時に胸に迫る。

 師匠が話しかけてきた。


「残りもあとひと月やね。今、どんな気持ち?」


「あっという間の二月でした。ありがとうございます。正直、今の生活は楽しいです。でも、真剣に次の仕事をどうするかを決めていかないと、という焦りもあります」


「そやねえ。それを考えつつ、最後の課題もがんばってや。今こうして過ごしている時間は唯一無二の、大事な時間やもん」


「唯一無二……」


「そう。よく言うやん、過ぎた時間は戻らない。ほんまに時間が流れて過ぎ去るものなのか、未来へと戻るものなのかはわからんけど、二度と通れない一度きりの道、みたいなもんやと思う。だから、大切に味わいましょ」


 ほんまに時間が流れて過ぎ去るものなのか、未来へと戻るものなのかはわからない。いや、何言ってるのか、本当にわからない。


 でも、時間やこの瞬間が大事なのはわかる。


 ずっとこうしていたいような気持になるけれど。

 残りはあと一月なのだ。


「はい、大切に、しっかり味わいます。ところで、最後の課題って、なんですか?」


「フフフフッツ、有終の日を飾るのに相応しい、最高にスペシャルなものを考えたわよ」


 師匠は、例のニヤッとした悪役顔を見せた。

 ちょっと怖い。


「スペシャルって、何か怖いです」


「怖い事に挑戦するのって、ある意味、冒険に飛び出すって事と同じでしょ? ええやんか。お手軽に冒険できるなんて幸せじゃない」


「冒険……」


「そうそう、勇者気分でトライしてみて」


 商店街のアーケードが終わり、もうしばらく歩き続けて、白川に行き着いた。


 一つだけあるベンチに腰掛ける。

 太陽がギラギラと照りつける。

 

「ミサキちゃん、一つだけ質問受け付けるわ。暑いし、手短にね」


「質問……あ、じゃあ、聞きたいです。なぜ、私を弟子にしてくれたんですか? なぜ、無償で色々お世話してくださるんですか?」


 師匠はしばらく無言で川の流れを見つめてから、急に顔を私の方へ向けた。


「ミサキちゃん、運命を信じる?」


 静かで、でも力強い声と瞳だ。

 突然だったので、うまく返事ができない。


「え、あ、そうですね。……まあ、なんとなくは……」


「そう、それ。なんとなくよ。私もなんとなく、あなたを弟子にしたの」


「ええっ? どういう事ですか?」


 つい、大きな声を出してしまった。


「だから、明確な理由なんてないの。弟子が欲しかった訳でもない。あの日、あなたに出会って、話をして、手を握って。フッと思ったの。この子を弟子として、しばらく一緒にいられたら、面白そうだなって」


「そんな理由で……? そんな事あります?」


 なんとなくで、突然私を弟子にしたの?

 何のメリットもないのに?

 何故?


 全然訳がわからない。という私を気にもせず、師匠は続ける。


「他の人は知らんけど、私はたまに、そういう事あるねん。その瞬間に生まれる、確信めいた強い感情。そして、感じる未来の姿。私は、ミサキちゃんとこうして、2人で白川にいる情景が見えた」


「ええっ! それって、予知能力ですか?」


「そんなたいそうなもんやあらへん。ただ、多分そうなるんやろうなって、感じるだけ。だから、まあ理屈じゃない。そういう事もある。そう覚えておいて」


「理屈じゃなくて、そういう事もある……。師匠の言葉で、こんなにびっくりしたのは、久しぶりです」


「びっくりしたん? アハハハ、それは良かった」


「どうして良かったんですか?」


「びっくりするのは、未知との遭遇だから。ミサキちゃんは、また一つ世界を知れた。その手伝いができて私も嬉しい」


 そう言って笑った師匠は、いつもの無垢な笑顔でもなく、悪人顔でもなく、少し悲しげな、私を通して遠くをみているような、見た事のない表情をしていた。


 私はつい、師匠の手をつかんだ。

 どこかへ、連れて行かれてしまうように感じたから。


 セミの声や白川のせせらぎの音が、一瞬止まった気がした。

 しばらく、私たちは無言で見つめあった。


 それから、師匠はニヤッといつもの笑いを見せた。


「そろそろ、戻ろか。夏好きの私でも、さすがに暑い」


 音が、感覚が、フッと戻ってきた。

 私はつかんでいた手を、そっと離した。


「はい、私も熱中症になりそうです」


 そう言って、2人でお店へと戻った。


 言葉でははっきり言えないけれど、今日、私はとても大切なことを学んだのだと思う。


 そして、季節ってこうして移り変わるんだと、肌で感じた。

 常に何かが、私達が気づいていてもいなくても、少しずつ変わっているのだと。


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