ウリノガラゴ港 2「起重腕」
「ほら、コオ、お疲れさん。まあ、こっちにきなって!」
袖を肩までまくり上げ、そこらの男の倍近い腕をむき出しにした女傑がコオ達を迎え入れる。その横には眼鏡をかけた優男のキイスがちゃっかりと腰をかけて、飯にありついている。
卓上には、荷揚げ屋が集う簡易食堂にしてはやけに豪勢な皿が並べられていた。
「見ろよ、コオ。螺星貝の壺焼きに、若鶏の香草焼きだってよ。とんだごちそうじゃないか、やったな!」
にんまりとした笑顔で相棒が笑いかけてきた。螺星貝のフタ裏に金串を突き立てると、器用にクルクルと回しその身をほぐしとってはパクついていく。
全く、節操がないというか、図々しいというか。
「待てよ、キイス。おかしいだろ、これ」
指の先ほどの肉が浮いていた粥があれば満足せざるを得ないという、さびしい食生活が続いた身には、油のしたたる肉料理の誘惑はあまりに魅力的すぎた。若く健康な肉体は、目の前のタンパク質の群れに否応なく惹かれている。
だからこそ、締まり屋のモウラが用意するご馳走は警戒しなければいけないのだ。
「コオ、堅いこと言うなよ、モウラが日頃の俺たちの働きに感謝したい、って言うんだから、素直に甘えようぜ」
「そうそう、あんたらががんばってるのは、ウチの港で知らない者はないって。ほらよ、キイス、まあ、まずはあんたが飲みなさいな」
コオの警戒心などどこ吹く風、相棒はヘラヘラと笑いながら、モウラに勧められるままに杯を空けた。
眼鏡をかけた優男と、筋肉美あふれる巻髪の女傑のとりあわせは
かなり奇妙なのだが、意外なことにウチの相棒とモウラは結構仲が良かったりする。誰もが一目おき、敬すれど近づかず、のモウラに対して無防備に踏み込んでいくキイスの姿は、ある種の才能を感じさせる。この港町界隈では、キイスをさして「恐れ知らずの眼鏡」「筋金入りの優男」などという変な称号をつける者も居るぐらいだ。
「いいか、キイス。わかっていると思うけどな、世の中ただで飯が食えるなんてうまい話はないんだ」
「わかってるって、だから、これから仕事で返していけばいいんだって、モウラ、そうだよな?」
わかってない。絶対にわかってない。いや、実際に苦労するのがキイスではなくコオの方だということをよくわかっているからこその言動か。
「そうそう、あんた達なら大丈夫だから、ほら、コオ、まあ、とりあえず座りなよ」
警戒して席に着かないコオに業を煮やしたモウラが立ち上がった。
でかい。
上背はコオを遙かに上回り、目を合わせるには見上げる形となる。おまけに、コオの肩に回されたモウラの腕は、腕よりも足と比べるべき太さに達している。その豪腕に肩をがっちりと抱え込まれたコオは、なすすべもなく席に座らされる。
確かに、従機の中の狭い御士槽で働く者の特徴として、コオの体つきはそれほど大きくはない。だが、少しばかり上背にかけるとはいえ、荒事にも耐える鍛えたコオの体は良く引き締まり、ひ弱さは感じられないはずなのだ。隣に、こんな筋肉ダルマの女傑がいなければ。
もっとも、そんな豪快な体格にも関わらず、モウラは意外なことに若い女性特有の愛らしい顔立ちをしていたりする。だから、こうやって体を触れあわせているのは悪い気がしなかったりする。
相棒のキイスなどは、そのあたりが上手で、わざとと思えるほどモウラににらまれては、つまみ上げられ体を触れあわせているようだ。
「モウラ、このご馳走どういうことだよ? わかってると思うが、俺たちは今あまり手持ちがないんだ」
「わかってるって、取って食いやしないから安心しなって。いやね、ただちょっと、あんたらに頼みたいことがあるだけさね。悪い話しじゃないって」
でた。
「ちょっと頼みが」「悪い話じゃないから」
そう言われた頼みが「ちょっと」ですむ簡単な仕事であったためしがない。もちろん、「悪い話」じゃないのは相手にとってであり、コオ達にとっては「都合の・運の悪い話し」でほぼ確定だ。おまけに、一度や二度断ったところで、はいそうですか、と引き下がってくれるわけではない「あきらめの悪い話」でもある。
「……モウラ。それで、俺に何をさせたいんだ?」
「やだね、コオ。そんなに怖い顔しないどくれよ。いやね、うちの従機が一台いかれちまってね、あんたにちょっと代わりを務めてほしいんだよ」
「代わり?」
「いやさ、いかれたのが、起重腕もちの奴でね、間の悪いことに、大きな荷揚げを約束しちまってるのさ」
起重腕か。これは、確かに他に持って行きにくい話しだな、とは思う。
起重腕付き従機は、かなり、相当、思い切り扱いにくい。
通常の港では、起重機として大型の三脚を組んだ据え置きの固定装置があり、そこに従機を動力源としてあてがって運用する。もちろん、ここガラゴ港にも一機そなえつけてある。
ただ、動力として従機を使うのであれば、専用の起重機従機を作ろう、という考え方だって生まれる。そういうわけで、背中に巨大な柱を背負い、両手足で地面に這いつくばって作業する起重従機というものも存在する。ただし、その重機は起重機としての動きしかできない。自立移動出来る起重機である以上、利便性は高い。しかし、重機として考えると、専用設計で汎用性には乏しく、低速移動、専用部品の上に、それなりに高出力の制御核を持った機体でなければつとまらないので、維持費がかなり高くつく。
そこで、起重腕という発想がでてくる。起重腕従機であれば、基本装備は通常の重機と変わらない。むろん、据え置きの固定型はもとより、専用機よりも大幅に起重性能は落ちるが、いざとなれば取り外してしまえば普通の従機としても運用できる。起重腕以外の部品は通常の重機と同じなので、維持費も安くつく。
専用の起重従機が持てない場合、小回りのきく簡易起重機としては重宝される存在だ。
欠点は、結局のところ従機が一台専属になるということと、起重性能が低く大型の荷物には使えないこと。その上、操作が非常に繊細だということだ。なにせ、起重従機であれば、「移動形態」と四つん這いの「起重機形態」とで切り替えて操作すればいいので安定性がある。一方、起重腕装備機は、通常の従機の足で機体の平行を保ちながらの作業だ。
それなりになれた御士出ない限りはまともに扱えない。
「俺に代わりって、ギミイが怪我をしたのかい?」
コオはモウラのところで起重腕を操っていた御士の名をあげた。声に心配そうな響きが出ているところが、人の良さの表れであろう。
「いや、ギミイは問題ないさね。従機の肺がやられちまってねぇ、うんともすんともいわないのさ」
「じゃあ、問題ないだろ、ギミイが乗れる従機に腕を付け替えちまえばそれで終わりじゃないか」
そう返しつつ、コオは「お前も何とか言えよ」、という目線を相棒に向けるが、キイスは無心に肉をほおばっている。
「いや、それがね、ウチにある残りの機体で起重腕つけれるほど格の高い核持ちがいなくてね。コオ、あんたの核、遺跡級だろ? 起重腕の一本や二本、ちょいちょい、ってどうだい?」
「どうだい?ってどういうことだよ! あのポンコツに起重腕をつける気か? 正気の沙汰じゃないぞ」
起重腕を取り付ける? 重心が極度に狂うあのデカ物を? 冗談じゃない。コオの信条は軽量化と重心の最適化による機体の高機動化だ。それさえ出来ていれば、どんな状況でも対応できる自信があるし、最適化された機体は気の伝導効率も高く、最大出力も補える。不格好な起重腕を取り付けるなんて、悪夢でしかない。
「コオ、自分の機体だからって、そこまで悪く言っちゃいけないよ。あんたなら調整も、操縦も任せて安心、問題なしさね!」
モウラが朗らかな笑顔で肩をたたいてくる。大柄な手で遠慮なくバシバシたたかれると、ちょっと、いや、かなり痛い。たたかれる左肩を守りながら、このままでは押し切られると感じたコオは危機感を強めた。
「問題が大ありだから言ってるんだよ。そもそも、今日の有様を見ただろ? キイスの持ってきた部品のせいで、右足がまともに動きやしないんだ、あんなのに起重腕を積めっていうのか?」
コオとしては、一番の切り札となる正論をたたきつけたはずだった。だが、その言葉こそモウラとキイスが待っていたセリフだったようだ。今まで食事に専念していたキイスが顔を上げ、モウラと目を合わせる。その口元は「ニタリ」と笑っていた。
「コオ君、そうなんだよ、俺も悪いことをした、心苦しいと思っていたんだ」
「キイス、『思ってる』じゃない、悪いことをしたんだよ」
「いや、だからさ。ちゃんとした部品を手に入れる目処が立ったんだよ」
そう言って、キイスはゆっくりと立ち上がる。どういうわけだか、こういうときだけこの優男の眼鏡は光を反射して、独特の雰囲気が生まれる。
「コオ君、君も言ってただろ? 従渠で手入れしたいって。知っての通り、従渠は高いんだよ。けれどね、」
そう言って、キイスはもったいつけながら、コオに近づく。
「我々に投資してくれる人が現れたんだよ」
投資だって? また胡散臭い話じゃないだろうな、と言おうとした先に、モウラのたくましい腕がコオの肩に回される。
「コオ、そういうわけで、うちの従渠を好きに使っていい。部品も、取り放題で分けてあげよう。だから、ね、取引成立と行こうじゃないか!」
「そ、そ、コオ、この料理も契約がてらの報酬の一部らしいぜ、しっかり食って、明日に備えよう!」
経理担当が裏切り、雇用主と手を組んでいる以上、コオに選択肢はない。
勧められるままに酒を飲むうちに、気づけば自棄酒をあおっていた。
設定に迷いがでて、更新が遅れています。
もう少し軽い文体で気楽に読める方がいいですね。