バムトケロ諸島 ウリノガラゴ港 1「荷揚げ」(1)
「コオ、頼むぜ、ぶつけたりしたらまた粥ぐらしに逆戻りだぞ」
「わかってる!」
まったく、長粒米をとかしただけのおかゆモドキで飢えをしのぐなんて冗談じゃない。借金なんて、誰が望んでするものか。コオは操縦桿を握る手に汗がにじむのを感じた。
視界が塞がれているのはやむを得ない。
人の背丈の二倍以上はあろうかというの立方輸送箱を抱えていては、御士槽正面の映像板も、搭乗口の覗き窓からも機体前方が見えない。
それでも肩の水晶体がとらえた情報が近接戦闘用の補助映像板に映っており、かろうじて周囲を認識できるだけマシ、というものだ。
ただし、困難がそのぐらいであるなら、コオはとっくに今の作業を終えている。
問題は。キイスの持ってきた「最高級の貝路」にあった。
先日、やむを得ず大破させた機体の修理に、出所の怪しいキイスの持ち込んだ「貝路」を組み込んでみたのだが、調子が悪いにも程がある……。
突如、右足の膝関節から蒸気が噴き出した。
といっても、コオ自身の右足には何も異常はない。彼の操る機械仕掛けの人形、それも、人の背丈の3倍を超えるだろう巨人の脚がカクン、と力を失い崩れていく。
「抜けた」と感じた瞬間、コオはとっさに、左足を引き上げ踏操蛇を放し、「左足」も脱力させる。
瞬間的に左右の同調を取ることで、転倒だけは免れる。けれど、それは急激な右側面への転倒を緩慢な前への転倒へと変えたに過ぎない。
積荷を失えば大赤字が待っている。緊急事態に加速される意識の中で、コオの意識が激しく警鐘を鳴らす。
だが優秀すぎる御士であるが故の弊害がコオを襲う。貝路との同調が進みすぎたコオの右足の感覚は、機体の異常とともに失われた。 コオは小さく舌打ちすると、素早く左足を踏み換え、右の踏操蛇に載せた。
ここからが正念場。
肺から息を吐き出す。物言わぬ従機を勇気づけるだけの力強さを秘めつつ、羽毛を吹き飛ばすことのない繊細さで細く、途切れることなく肺から空気を絞り出し続ける。人機一体の境地を求め、じりじりと力を伝える。
抜けていた機体の右膝に力が戻る感触が伝わった。同時に、麻痺していた彼自身の右足にも神経の波長が通い出すのが感じられた。
左足を左の踏操蛇に戻しつつ、息を止め両手の操縦桿をゆっくりと引き揚げる。それにつれ、巨人は崩れかけた両足をかばうように背をそらし全体の重心位置を保った。
やがて、巨人は巨大な輸送箱を抱えたまま、何事もなかったように再び歩き出した。