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ハーモニアのたくらみ †

 フィオナの部屋に三人の少女が集まる。

 部屋の主であるフィオナ。

 その友人であるハーモニア・プレンツェル。

 それにイスマイール・フォン・グラニッツ。


 ひとりだけ少女に分類されないものがいたが、その見た目は少女そのものなので誰も違和感を覚えない。


 三人が三人とも可愛らしいネグリジェを着ているのが、いかにも『パジャマパーティー』らしかったが、彼女たちの間で交わされる会話内容は至って真面目なものであった。


「明日、授業が終わったら、みんなで公都に行ってリッテンのお父さんとお母さんを探すの」


 フィオナがそう口火を切ると、ハーモニアが指摘する。


「闇雲に探すの? 公都は広いわよ」


「ううん、ちゃんと考えがあるよ。まずは魔術師さんのおうちに行って、一軒一軒、リッテンのことを尋ねるの」


「リッテンを連れて行くの?」


 イスマは尋ねるが、フィオナは首を横に振る。


「リッテンはまだ赤ちゃんだし、連れて行けないよ。絵を描いてそれを見せよう」


 と、フィオナは画用紙と色鉛筆を少女たちに渡す。


「これは?」


「みんなで絵を描くんだよ。一番上手い人のを採用するの」


「私、絵が下手なんだけど……」


 と、言ったものの、ハーモニアはフィオナのやる気に押され、鉛筆を取る。

 三人が同時に絵を描いたが、ハーモニアが一番時間が掛かった。

 絵は同時に公開される。


 フィオナの、

「せーの!」

 という声とともに公開された三枚の絵。


 それらは控えめに言っても『下手くそ』であった。


「…………」


 無言になる三人。

 フィオナの絵は幼児が書き殴ったような絵だった。稚拙で幼稚である。


 それでも父親に見せれば「上手い」「天才」と褒め称えてくれるであろうが、自身で採点をほどこせば20点ほどか。かろうじて赤子と分かる形容の絵だった。


 一方、イスマの絵はなかなかに上手かった。フィオナのように赤鉛筆や白鉛筆を塗り重ねて無理矢理肌色を作ったりはせず、黒炭の鉛筆だけで陰影を付け、リッテンを表現している。


 一番絵心があるかもしれない。


「イスマはすごいね」


「子供のころから絵が好きだったんだ」


「将来、絵描きになれるかも」


「まさか、ボクにそんな才能はないよ」


 と、照れ笑いを浮かべるが、その笑みもすぐ固まる。

 イスマは隣の少女の絵、ハーモニアの絵を見てしまったからだ。


「…………」


 言葉にしがたい絵である。

 これは同じ題材を描いた絵なのだろうか?

 まるで邪教徒が復活を望む異形の神のような――。


 好意的な意見を述べれば前衛的で独創的であるが、正直に評するならば下手くそを通り越して、狂気を感じる絵である。


 それを証拠になにごとにも美点を見いだすフィオナの表情が固まり、言葉を選ぶのに時間が掛かっている。


 フィオナは3分ほどその絵を褒める点を探したが、結局、見つけることはできず、こう口にした。


「うーんと、あ、そうだ。やっぱり手書きだと限界があるから、あとでお父さんに《模写》の魔法で画用紙にリッテンの絵を描いて貰うの」


「……それがいいね」

   

 イスマも同意するが、ハーモニアは自分の絵の下手さを熟知しているようだ。

 少しだけへそを曲げながら言った。


「だから言ったでしょ。私は絵が下手だって」


 もう、二度とみんなの前で書かないからね。

 顔を真っ赤にし、続ける。


 そんなことないよ、とフォローできないほどハーモニアの絵は下手だったし、フォローすればさらに機嫌を損ねるだろう、とフィオナとイスマが黙っていると、丁度いいタイミングでフィオナの部屋の扉をノックする人物が現れた。


 クロエが夜食を持って現れたのである。


 この家のメイドであるクロエは、銀のトレイにホットミルクとクッキーの上に焼いたマシュマロを乗せた菓子を持ってきた。


 作戦会議でお腹が減った女子たちには夢のようなご馳走である。


「クロエありがとう!」


 フィオナが最初に礼を述べると、ハーモニアとイスマも礼を述べる。


「いえいえ、お嬢様方の作戦会議も長引きそうでしたからね。良案は浮かびましたか?」


「ひみつだよ」


 と、フィオナはにこにこと人差し指を己の唇にあてる。

 その姿はとても可愛らしかった。


「あらあら、クロエにも秘密でしたか。まあ、かまいませんが、あまり夜更かししないでくださいましね。子供には夢を見る時間が必要なのですから」


「うん、分かった。これを食べたら寝るね」


「はい。それと寝る前に歯磨きはかかさないでくださいね」


「分かってるよ」


「でも、この前はサボっておられましたが」


 ふふ、と笑うクロエ。


「あれは忘れちゃっただけなの。サボったわけじゃないよ。今日は、一人前のレディが3人もいるから忘れるわけないの」


「……ボクはレディじゃないけどね」


 とは、イスマの主張だったが、クロエは引き下がった。

 これ以上、少女たちの時間を邪魔するのは無粋だと思ったのだ。

 クロエは軽く頭を下げると、その場をあとにした。


 少女たちのリッテンの保護者捜索会議はその後、小一時間ほど続けられると終わりを告げた。


 フィオナが、

「ふぁ~あ……」

 と、あくびをしたからだ。


 見れば柱時計が10時を指していた。


 ハーモニアの寮は10時消灯、10時就寝であるが、ハーモニアはこっそり夜更かしをし、勉強をしたり、恋愛小説を読んだりする。


 ただ、フィオナは9時にはいつも寝ているそうだ。


 眠くて仕方ないのだろう。

 ならば少女たちのパジャマパーティーもここまで。

 そう思ったハーモニア、年長者としてこの会議の終わりを告げた。

 全会一致でそれが決まると、少女たちは歯磨きをし、ベッドに潜り込んだ。


 フィオナのベッドは大きかったので、少女三人が同じベッドで寝ることができた。

フィオナが真ん中、

 イスマが窓際、

 ハーモニアがその反対側。


 三者は仲良く手を繋いで寝た。疲れていたのだろう。三者ともすぐに眠気がやってきた。


 すぅすぅ、と可愛らしい寝息が聞こえる。

 それを最後まで聞いていたのはハーモニア。

 ハーモニアは全員が寝静まったことを確認すると、むくりと起き上がる。


 ふたりを起こさないようにそうっとベッドから抜け出すと、フィオナの部屋を出て隣の部屋に向かった。


 その部屋のドアの隙間からは光りが漏れている。


 ちなみにその部屋の主は、フィオナの父親であり、ハーモニアの未来の旦那である。


 今は一方的な婚約者宣言であるが、それを既成事実とするため、今夜、意を決してこの扉の前に立ったのだ。


「ふう……」


 と深呼吸をするハーモニア。


 これからハーモニアが行う行為は大胆にして不敵、淑女にあるまじき行為であるが、ハーモニアは先日読んだ恋愛小説の主人公の発した台詞をそらんじる。



「恋愛と戦争は同じである。勝利を掴むためならばなにをしてもかまわない」


 

 ハーモニアはその主人公の真似をするべく、カイトの部屋の扉に手を掛けドアノブを回した。


 ――しかし、ハーモニアの乙女の決意は無為に終わる。

 いくら扉を回してもなんの反応もなかったのだ。

 扉には鍵が掛けられ、魔法によって厳重に施錠されていた。

 これではカイト先生の部屋に侵入して情けをかけてもらえないではないか!

 ハーモニアは計画は事前に露見し、すべて見透かされていたわけである。

 ハーモニアは何度もドアノブを回したが、やがて諦めると大きなため息をついた。

 落胆はしたが、それでも絶望はしなかった。

 ハーモニアは扉の前で宣言する。


「私、絶対に諦めませんからね! ぜったい、先生のお嫁さんになってみせます! フィオナのお母さんになってみせます!」


 さて、その宣言はカイトの耳に届いたであろうか。


 研究の邪魔をされたくないカイトは《防音》の魔法も掛けていたので、物理的には届かなかったはずであるが、千年のときを生きた賢者は同時刻、


「へっくしょん」


 と、くしゃみをしていた。

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