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入学試験

 リーングラード魔術学校には入学試験がある。

 基礎教養、魔術知識、歴史や数学、礼節、各国の言語。


 それらのペーパーテストは、帝都の官僚育成大学付属幼年学校よりも難しい、ともっぱらの評判だった。


 ただし、フィオナはなんなくそれも通過する。

 彼女の試験結果は大したもので、

 


 基礎教養87点、

 魔術知識96点、

 歴史95点、

 礼節78点、

 数学99点、

 言語98点、



 と、ほぼ首席に近い点数だった。


 礼節は平民の俺に育てられたから身につかなかったのは仕方ないにしても、それ以外の教科はほぼパーフェクトである。


 100点を取れなかったのは、単にスペルミスをしたりとか、方程式は完璧でもかけ算レベルでミスをおかしていたりとかその程度のレベルであった。 


 詰めが甘いといわれればその通りなのだが、そもそも生まれてから2年の子供だ。 

 しかも試験官の前で試験を受けるなど初めてのことなので緊張したのだろう。


「もしももっと時間があれば、オール一〇〇点、学院創設以来の天才児として入学したかもしれないぞ。さすがは我が娘だ。天使の容姿に、天才的な頭脳を併せ持っている」


 俺は興奮気味に言うが、クロエは相対的に冷静だった。


 たぶん、彼女は俺に「親馬鹿」というレッテルを貼っているのだろうが、そんなものいくらでも貼って貰ってかまわなかった。


 事実、俺は親馬鹿であったし、フィオナは天使なのだから。


 試験結果は文句なしの合格点で、娘は次の段階に進んだ。

 ペーパーテストの後は魔術適正試験だ。

 あるいはこちらの方が本命なのかもしれない。

 この魔術学校で筆記試験で落ちて魔術試験に合格したものはいても、その逆のパターンはない。

 筆記試験の成績が多少悪くても、魔術試験で補って合格した例は無数にある。


 逆に筆記試験で最高の成績を収めても、魔術試験で不適格の烙印を押され、入学できなかった生徒は無数にいる。


 この伝統あるリーングラード魔術学院は、魔術師の学校なのだ。

 魔術の素養のないものを学ばせるほど暇ではない。

 また、コネだけで入学できるほど甘い学院ではなかった。

 ここからは完全に娘の実力次第である。

 俺は試験会場の片隅で、娘の様子をうかがう。

 彼女は緊張の面持ちでいた。

 あるいは筆記試験のときよりも緊張しているのかもしれない。

 試験会場に現れるときも、両手両足が同時に前に出て、できの悪いゴーレムのようだ。

 その姿を見て、クロエは心配そうに吐息を漏らす。


「フィオナ様は大変緊張されていますね」


「だな。我が娘ながらあれほど緊張に弱いとは思わなかった」


「しかたないですよ。フィオナ様はずっとお屋敷で暮らしていました。他者と関わることなく暮らしてきたのです。人見知りもされましょう」


「そう思って学院に入学させようとしたのだけど、それ以前に、街の私塾にでも通わせて、同年代の子供たちと交流を持たせるべきだったかな」


 後悔をしてしまう。


「クロエとシーモア様はそれを勧めたんですけどね。どこぞのどなたが猛烈に反対なさいましたから……」


「だって、街の私塾なんて、礼儀のなっていないはな垂れ小僧の巣窟だろう。そんな下品な環境に娘はやれない。うちで教育した方がましだ」


 その言葉を聞くと、クロエは大きくため息をつく。なにか言いたそうな顔をしている。


「あるじ様、フィオナ様を可愛がるのは結構ですが、過保護も度が過ぎればフィオナ様のためになりませんよ」


「…………」


 正論なので反論できないでいたが、クロエはすぐに指をさす。そしてこう言った。


「あ、あるじ様、フィオナ様の実技試験が始まるようですよ」


 クロエがそう言うと、俺は彼女の指の先を見つめる。

 たしかに試験が始まるようだ。

 俺はその光景を見守る。



 リーングラード魔術学院の魔術試験は実技試験である。

 無論、魔術師としての素養も測定されるが、入学の時点である程度魔術を操る力が要求される。

 ちなみに我が娘、フィオナの魔術師としての素養はいかほどであろうか。 

 思わずどきどきしてしまう。

 その姿を見てクロエは尋ねてくる。


「魔術師としての素養はなかなかだとシーモア様はおっしゃっていましたが」


「まあ、素養はあるよ。だが、正確な数値は分からない。魔術師の適正を判断するには、大がかりな装置がいるんだ。それはさすがに師匠の家にもない」


 それでもおおよその判断はできるけど。

 と、俺が漏らすと、フィオナは、装置の中に入り、魔力を測定している。

 魔力測定魔導装置だ。

 その中に入り、マナを解放させれば、入った人物のおおよその魔力値を測定できる。

 娘が装置に入った数秒後、装置は輝き始める。

 中でフィオナが魔力を解放させたのだろう。

 魔導装置は青白く輝き始めた。

 測定されるフィオナの魔力値。

 彼女の魔力判定は、Cだった。

 その文字を見て、クロエはこちらを見てくる。


「どれくらいの成績なのでしょうか?」


 そんな表情だ。

 俺は冷静に解説する。


「中の上といったところかな。リーングラード魔術学校に入るには、最低でもF判定がいる。中にはAランクのポテンシャルを最初から見せる生徒もいる」


「ちなみにあるじ様はいくつだったのですか? あるじ様はこの学院出身なのですよね?」


 クロエは無遠慮に尋ねてくるが、正直に答える。


「当時はこんな機械はなかったが、当時の教師陣が手動で測定した結果はAランクだったよ」


「結構平凡ですね」


「平凡が一番だよ。ちなみに我が師匠は、Sランクを叩きだし、学院創設以来の天才ともてはやされたらしい」


「す、すごい」


「素養がAでも卒業する頃にはトップクラスの成績を収めたけどな」


「それもすごいですね。『昔』は頑張り屋さんだったのですね」


「まあな。リーングラードの麒麟児とは俺のことだ」


 と、軽く格好つけるが、クロエは余計な一言を言う。


「その後、魔術の才を生かすことなく、山奥に引き籠もっていた、とシーモア様はおっしゃっていましたが」


「うるさい。俺は実戦よりも研究の方が好きなんだよ」


 そう言い切ると、疑問をくちにした。


「てゆうか、Cか意外と低いな。最低でもBは出すと思ってたけど」


「緊張されているのでしょうか」


「それもあるかもしれないし、あるいはフィオナの魔術適正が偏っているのかもしれない」


「と、申しますと?」


 クロエは首をかしげる。


「魔術には色々な分野があるんだよ。たとえば風魔法の特性がSでも他の魔法の適正がFならば、平均値として産出されてE判定になってしまうこともある」


「なるほど、そんなこともあるんですね」


「測定には限界がある。だからあの機械は目安にしか過ぎないよ。それに今は凡庸な素養しかなくても、後に大成することもある」


 魔力の才とはいつ開花するか分からないから、と続ける。


俺も初めて素養テストを受けたときは、Aランクの判定を受けたが、卒業間近にはSランクとなっていた。


 首席に近い成績で学院を卒業し、卒業論文も評価され、通常、第一階級の魔術師として魔術師ギルドに派遣されるところを特例として第二階級の魔術師として、魔術師人生をスタートさせた。


 その後、その才能を買われ、帝国で宮仕えをしていた時期もある。

 ほんの一時期であるが。

 まあ、俺のようなケースは希なので、娘にそれを望んではないが。

 そもそも俺は彼女に魔術師になって欲しくはない。


 この学院で勉学にいそしんで貰いたいとは思っていたが、卒業後、魔術師ではなく、平凡な職業について貰いたいと思っている。


 だから落第しない程度に頑張って貰って、卒業後、師匠のコネを活用して、どこかの公的機関の公務員にでもなって貰うつもりだった。


 錬金術師の助手になるのもいい。

 あるいは王立図書館の司書なども彼女には似合っているだろう。


 錬金術師の助手になれば、のんびりマンドゴラを栽培したり、ベラドンナの花を育てたりできる。我が娘は、土の手入れをしながら花々を愛でる姿が似合うだろう。――どっちも物騒な植物だが。


 それに王立図書館の司書もよく似合う。


 本の手入れをしながら、書架の整理をする娘。王立図書館は学者や魔術師などしか足を寄せない退屈な施設だ。忙しなく働き回る必要もなく、自分の時間もたっぷり持てるだろう。


 どちらも給料は決して良くないが、しかし、それでも魔術師として宮廷に仕えるよりは実りある人生が送れる。


 以前、とある魔術師に言われたことがある。

 彼は才能があったが、子供のために宮廷魔術師をやめた変人だった。


 ――少なくとも当時の俺はそう思っていた。


 彼は宮廷魔術師をやめる当時、こう言っていた。

 親が子供に願うのは、たったふたつ。

 幸せな人生を歩んで貰うことと、自分より長生きして貰うこと。このたったふたつだけだよ、と。

 今ではその気持ちがよく分かる。

 是非、フィオナには凡庸な人生を歩んで貰いたかった。

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