最強賢者、師匠の分までボコる
娘の試験結果は上々だった。
筆記テストは首席、魔力測定はCランク。
総合すればB+といったところだろうか。
総合首席にはなれないが、それでも上位から数えた方が早い成績である。
ただ、教師陣は落胆しているようだ。
あの鮮血の魔女の紹介者ということで期待値が高まっていたのだろう。
とてつもない才能を秘めた少女か、あるいはコネだけの少女であって欲しかったようだ。
特に後者であれば、学院を追い出す口実になる。
そう考えていた教師も多いらしい。
フィオナの成績が発表されると落胆の顔色を浮かべる教師が何人かいた。
その表情を見て、俺は師匠の言葉を思い出す。
「私はリーングラード魔術学院の理事を務めている。そのコネでいくらでも紹介状を書けるが、困ったことがあってね」
師匠が紹介状を書いてくれたとき、そんな台詞を言いながら俺に問いかけてきたのを思い出す。
「ちなみにどんな問題だと思う?」
師匠はそのとき、そう尋ねてきたが、俺は即答しなかった。
理由が分からなかったからではない。逆にすぐに推察できたから黙っていたのだ。
あまりにも早く答えると彼女はこんな皮肉を言うだろう。
「お前は私をそんな目で見ていたのか?」
――と。
実際、そんな目でいたのでその後、答えるのだが。
俺は下記のようにできるだけ遠回しに答えた。
「師匠は敵が多いですからね。損な性分をしていますから」
彼女はその回答に満足したわけではないだろうが、苦笑いで学院内の事情を教えてくれた。
「今、伝統あるリーングラード校は複数のグループに分裂している。学院の改革を望む改革派と保守派だ。ちなみに私は改革派だな。ゆえに保守派に恨まれている」
「つまり、その保守派の嫌がらせを受ける可能性があると」
「そうだな。それくらいは覚悟しておいて欲しい」
ただし、とそのとき師匠は付け加えた。
「ことフィオナに関しては害が及ばないよう取り計らっておく。なにせ可愛い姪っ子だからな」
「可愛い愛弟子の方は取り計らってくれないのですか?」
「そちらの方は自分で何とかしろ」
師匠はすました顔でそういうと俺たちを学院に送り出した。
教師陣の反応を見て、師匠とのやりとりを思い出すが、早速、師匠の杞憂は的中したようだ。
ただ、師匠の取り計らいも成功したようだ。
保守派の教師陣の嫌がらせは娘ではなく、俺の方に向いた。
いかにも陰気で性格が悪そうな教師が、無遠慮に話しかけてきた。
「なかなか優秀な娘さんをお持ちですな」
男は俺の隣に立つとそう言った。
「鳶が鷹を産んだ、ですよ」
そう謙遜して答えると、男は俺の言葉の揚げ足を取る。
「ほう、と言うと、貴殿は自分が鳶であることを認めるのですか」
訂正、この男は陰気で性格が悪そう、ではなく、陰気で性格が悪い。
そう断定していいだろう。
それを証明するかのように言葉を続ける。
「ご息女は我が学院に相応しい人材のようですが、鮮血の魔女の紹介で教師となる貴殿はどうでしょうか。なんでも貴殿の魔術師としての階梯は第四階級であるとか」
「らしいですね」
他人事のように言う。
一応、俺の実力は少なく見積もっても第八階級はあるだろう。魔術師の実力も、錬金術師としての実績も。
ただ、ここ数百年、引き籠もって研究ばかりしていたから、魔術師としての腕前は第七階級まで落ちているかもしれない。
そう思ったが、俺は沈黙によって答える。
その態度が気にくわなかったのだろうか、男は言葉を付け加える。
「私は貴方の階級を指摘したのですが」
「指摘されましたな」
「貴方は第四階級の魔術師ですよ。その点についてなにかコメントはないのですか」
「身に余る階級かと」
多くの魔術師は、魔術学校を卒業して魔術師になり、魔術師組合に登録した時点で、第一階級の魔術師となる。全魔術師の半分がその階級のまま生を終えるらしいから、第四階級でも立派な魔術師といえるだろう。
ただ、目の前の魔術師はそう思っていないようだ。
「たしかに第四階級にまで上り詰められる魔術師は少ない。しかし、それは一般的な魔術師の話であって、この学院においては例外だ。非常勤の講師ならともかく、常勤の教師で第四階級の教師など前代未聞だ」
「この学院の規定には教師になるものの資格などなかったはずですが」
たしかそのはずである。千年ほど前にこの学院に在籍していたころから、そんな規定など聞いたことがない。
入学時に受取った校則にもそんなことは書かれていなかったはずである。
「たしかにそのような規定はないが、不文律はある。この数十年、第五階級以下の魔術師が常勤教師になった例などない」
「逆にいうと数十年前はあったのですね。なら、それでいいではありませんか」
務めてのんきな口調で言った。その態度が彼の逆鱗に触れてしまったようだ。
その言葉で彼は苛立ちを完全に表面に出した。
彼の名前はマッキャオという。
なんでも魔術の名門一家に生まれた三男坊で、その階梯は第五階級らしい。
その歳でその階級は立派なものであった。
増長する気持ちも分かる。
しかし、だからと言って、理不尽な暴言を吐く資格は彼にはない。
「ふん、あの魔女にしてこの弟子ありだな。遠回しに言っても駄目か。ならばはっきりと言ってやる。お前のような実力のともなっていない魔術師は我が伝統ある学院には相応しくないと言っているのだよ。悪いことは言わない。さっさと辞表をしたためたまえ、その実力では恥をかくことになるぞ」
その言葉を聞いてもなにも響かない。
暖簾に腕押しだった。
そもそも千年も生きてくると彼のような噛ませ犬と何度も接する機会がある。
己の力量や他者の力量も図ることもできない。
さらに他人の気持ちを思い計ることもできない。
噛ませ犬と呼称するのさえ惜しい低能。
その生きた実例が目の前にいた。今さらなにを言われても腹は立たない。
千年も生きてくると、そんな低能と舌戦を交えるのも面倒になる。
この手の馬鹿は相手にしない方がいい。
それが俺の出した結論だった。
俺は無視をするかのように彼の横を通り抜けようとするが、彼、いや、やつはそれでも言葉をとめない。俺を罵ってくる。
「ふん、やはり俺の実力が恐ろしいか。所詮、第四階級だな。俺ならばここまで言われて黙ってはいないぞ。決闘を申し込む」
「決闘か、懐かしいな」
学生時代、よくやったものだ。
魔術師同士がいざこざになったとき、決闘を申し込む。
よくあることだった。
騎士ならばその手袋を相手に投げつけることによって決闘を申し込むことになるが、魔術師は手袋をしない。
相手を指さし、決闘を申し込む、そう宣言すればいい。
そして相手がそれを受ければ決闘開始になる。
無論、俺はそんなことはしないが。
マッキャオといっただろうか。この程度の男ならば、片手だけで勝てる自信があったが、だからこそ勝負はしない。
一応、俺は身分を偽ってこの学院の教師になるのだ。
この男をねじ伏せれば、俺が第四階級の魔術師でないことがばれてしまうかもしれない。
(まあ、雑魚には吠えさせておけばいい)
俺が無視を決め込むだけで皆が幸せになるのだ。
そう思った俺はマッキャオを完全に無視しようと思ったが、目の前の男はとんでもない低能だった。
正直、この程度の男になにを言われようが腹は立たない。
師匠をあしざまに罵られても涼しい顔をしていた。
実際に彼女は魔女であったし、困った性格をした悪魔のような女であった。
本人も否定しないし、その弟子も否定できない事実である。
しかし、この男は娘の悪口を言った。
娘の名を辱めた。
俺と師への暴言が通用しないと思うと、マッキャオは矛先を変えた。
その言葉を聞いた瞬間、俺はマッキャオに勝負を挑み、やつを完全敗北させた。
魔術師同士の決闘は、《衝撃》などの呪文を使い、相手を負傷させないように気を配るものだが、俺はその慣例を無視し、どちらかが気を失うまでの勝負を指定した。
やつは愚かにもその勝負を受けた。
そして俺はマッキャオが気絶しないよう上手く魔力を調整しながら、相手の骨を一本一本へし折っていった。
人体にある骨の数はおよそ200本、そのうち30本ほど折るとマッキャオはついに泣き出し、命乞いをしてきた。
無論、俺は命を奪うつもりはない。
《衝撃》の威力を調整し、気絶しないようにはしたが。
《気付け》の魔法で気絶してもすぐに目覚めさせたが。
《回復》の魔法で骨を再生させ、繰り返し何本も骨を折ったが。
一方的な決闘は、やつが辞表を書き、二度と俺たち親子の前に現れない、という誓約書を書くまで続けられた。
もちろん、魔術師同士でかわされる契約書は、『呪い』が掛けられるのが通例である。
もしも約束を破れば、破った方に不幸が訪れる仕組みである。
俺はその契約書にマッキャオが約束を破った際に、今味わった痛みが再び訪れるように書き込む。
これで二度とこの不快な顔を見ないで済むことだろう。
事実、マッキャオは翌日には辞表を提出し、帝国の実家へと逃げ帰った。
一連のやりとりを陰から見ていたメイドはぼつりと皮肉を漏らす。
「少しやり過ぎではないでしょうか」
「そんなことはない。俺が現役の頃ならば、やつの命はなかったよ」
「そうですね。出会った頃のあるじ様ならば、間違いなく命も取られたことでしょう」
彼女はそう明言をすると、最後にこう尋ねてきた。
「ちなみにあの間抜けな魔術師は、どんな悪口を口にされたのですか? あの温和で慎重なあるじ様をどうやってあそこまで怒らせたのでしょうか?」
「…………」
俺は沈黙する。再び口にするのもはばかられたし、考えただけでむかむかするからだ。
ただ、銀髪の機械人形の少女は回答を求めているようだ。
渋々とやつが先ほど発した言葉を繰り返す。
「お前の娘は父親に似ずなかなか優秀だな」
「褒め言葉ではないですか」
「問題なのはそのあとだ」
「あとですか?」
「やつの台詞には続きがある。あいつは言ったんだ。このままこの学院で研鑽を積めば、お前の師のような魔女になれるかもしれないぞ、って」
「あの男は魔女と書いてビッチと読みやがったのですね」
クロエはそう言うと、憤慨し、俺の憤りを共感してくれる。
「あの男は、フィオナ様を辱めると同時に、シーモア様も侮辱したのですね。ならばあのような顛末を迎えるのも当然です」
ただ、と言葉を続ける。
「それにしてもやはり過剰攻撃なのではないでしょうか? 今後は慎まれた方がいいかと」
「分かっている。一応、身分を偽っている身だしな。気をつけるよ」
一応、その場ではそう言ったが、その場だけのことだった。
マッキャオのような腐った男がこの学院に何人いるのかは知らないが、同じような言葉を発してくればまた切れる自信があった。
30本ほどは骨をへし折る自信があった。
そのことをクロエも熟知しているのだろう。
「せめて10本程度におまけしてあげてください」
彼女はそう言うと最後に意地の悪い質問をしてきた。
「さて、あるじ様。最後に尋ねたいのですが、あのクズの骨を30本ほど折られましたが、うち何本はシーモア様のために折られたのですか? 端から見ていると、10本ほどだと察したのですが」
「…………」
俺は沈黙によって答える。
たしかに娘を侮辱されたことも腹立たしかったが、師匠をビッチ呼ばわりされたことも腹立たしかったのだ。
無論、そんなことは気恥ずかしいので正直には答えない。
「さてね、2、3本じゃないかな」
そう誤魔化すと、俺はクロエに命令を下した。
「そんなことより、今日は晴れの日だ。こんなことにかまけていないで、さっさと家に帰って祝いの席でも開こう」
「そうですね、今日はフィオナ様が学院に合格された晴れの日です。それにあるじ様が数百年ぶりに無職を卒業される門出でもあります。美味しいものをたくさん用意します」
メイド服をまとった少女は、そう言うとにこやかに口元をほころばせた。




