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フォーチュン・クッキー

 リーングラード魔術学院には多くの課外授業がある。

 そのひとつに校外販売というものがある。


 校外販売とは生徒が魔術学院の技能によって作った魔法アイテムを校外で売り、利益を上げる、というものだ。


 毎年のように行われている大事な授業である。


 魔術学校は魔術を教える場所でもあるが、卒業後の身の振り方を考える場所でもあった。


 すべての生徒が、宮廷魔術師を目指したり、従軍魔術師を目指すわけではない。

 多くの生徒が卒業後、生産職やサービス業に就く。


 錬金術が得意なものは、ポーションを生産する工房に就職したり、土魔法を極めたものは建設会社に就職したりする。


 むしろそちらの方が手堅い人生が送れると、生徒の過半がそちらを選択する、というのが学院の実情であった。


 なので当然、学院の授業はそちらの方面にも力を入れる。

 将来、食うに困らないように生徒に商売の基本を教えるのだ。


「それが今度行われる校外販売授業なんだね」


 と、娘は言った。


「そうだな。来週にはみんな、それぞれ作ったものをもって、公都に売りに行くんだ。一番、お金を稼いだ生徒はA判定が貰えるぞ」


「じゃあ、がんばらないといけないね」


 娘は闘志を燃やしているようだ。


 ちなみに娘の成績はクラスでも上位である。この成績を維持していけば、飛び級をし、9年かからずに学院を卒業できるかもしれない。


 フィオナには楽しい学院生活を送って貰いたいから、万事、卒業を急がなくてもいいのだが、娘は生来の頑張り屋さん。どのような授業も手を抜くことはなかった。


「ちなみにフィオナたちは何を売るつもりなんだ?」


 たち、と聞いたのは、校外販売授業はグループ制で、複数の生徒がチームを組んでよいことになっているからである。


 クラスでも人望篤く人気者の我が娘、きっと引く手あまたであろう。


 その可愛らしい容姿は売り子としても有意だ。もしもフィオナが可愛らしいエプロンドレスを身にまとって売り子をしていれば、どんながらくたでも飛ぶように売れていくだろう。


 また、娘が開発に加われば千人力。その頭脳と魔力でとんでもない製品を開発してしまうに違いない。きっと公都の金相場に影響が出るほどの売り上げをたたき出すだろう。


 そんなふうに思っていると、フィオナは自分の売り物を教えてくれた。


 フィオナは自分のおしりのあたりで手を組むと、「うふふ♪」と上機嫌な笑顔で答えてくれた。


「フォーチュン・クッキーだよ」


「フォーチュン・クッキー?」


 なんだそれは? という顔をしていると横にいたメイドが説明してくれた。


「あるじ様は食べ物のことにはあまり詳しくありませんよね。昔から」


「まあな、食べ物なんて腹がふくれて栄養を摂取できればいいと思っている節がある」


「おかげでクロエの料理スキルを持て余し気味でした。あるじ様にどんな上手い料理を作っても感想は、美味しい、か、まあまあ、しか言わないのですから」


「好き嫌いしない模範的なご主人さまだろう」


「クロエの愛読書、メイドの友の先月号に書かれていた、あるじから言われて困る言葉ベスト3をご存じですか?」


「しらん」


「2位以下をぶっちぎりに離して1位に輝いたのが、夕飯はなにがよいでしょう? と尋ねて、なんでもいい、と言われることです」


「なんでもいいのなら別に困らないのだろう」


「なんでもいいが一番困るのです。我々メイドはあるじに満足を覚えてもらうことで快楽を得るのですから。それに毎日、なんでもいいだと、こちらとしてもレパートリーに困ります」


「……なるほど、今後は気をつけよう」


 と、その場では言っておくが、たぶん、改めることはないだろう。実際、千年も生きると食に対するこだわりもなくなるし、元々、好き嫌いがほとんどない。


 それに今は娘がいる身、フィオナが喜んでくれる料理ならばなんでもよかった。


「今後は食に興味を持つようにするが、フォーチュン・クッキーとはなんなのだ?」


 俺の素朴な問いに答えてくれたのは、フィオナであった。

 娘はテーブルの上に置かれている小さな包みを俺に渡す。


「これがフォーチュン・クッキーだよ」


 と、にこやかに実物を見せてくれた。


 がさごさと包みを開けると、なかには焼き菓子――、奇妙な形のクッキーが入っていた。


「見たところ貝みたいな形のクッキーだけど?」


 と、俺がそのまま口に放り込もうとすると、娘は慌ててとめる。


「だめだよ、お父さん、そのまま食べちゃ!」


 娘にとめられ、娘の説明を聞き、やっとフォーチュン・クッキーなる食べ物の趣旨が分かった。


「フォーチュン・クッキーというのは、中におみくじが入っているクッキーのことだよ。だからクッキーを割ってからそのおみくじを見て。そのあとに食べるの」


 面倒な上に綺麗な食べ方じゃないな、そう思ったが、口にはしない。


「ちなみにこれは公都で一番有名なお店で買ってきたサンプルだよ」


「なんだ、フィオナの手作りじゃないのか」


 しかし、それでも娘が買ってきてきてくれたもの。あたら粗末にはできない。

 娘に説明されるがままにクッキーを割ると、中にあるおみくじを見てみた。


 そこには大きく、


「大凶」


 と、書かれていた。


「…………」


 沈黙する娘。


「…………」


 クロエも神妙な面持ちになっている。


「普通、売り物に大凶なんていれるか?」


 俺の問いにクロエは答える。


「普通ならばいれませんし、そうそう引くものではないですが、あるじ様は逆ベクトルに運がいいですからね。引いてしまったのでしょう」


「まったく、なんて店だ――」


 と、言いかけた言葉を飲み込む。フィオナが申し訳なさそうな表情をしていたからだ。


 娘とて悪意があってこのクッキーを買ってきたわけではあるまい。

 そう思った俺はフォローする。


「クロエの言うとおりだな。大凶は大吉よりも遙かに少ない。そう考えれば俺は運がいいぞ」


 そう言うとおみくじの裏に書かれた注意事項を読み上げる。


「それにおみくじは裏に書かれた注意事項を見るためにあるのだ。それに気をつければ災いは降りかからない。ある意味、とても助かる」


 ありがとう、フィオナ。そう礼を言うと俺は文章を読み上げる。


「なになに、禍福は糾える縄の如し……、いやな出だしだな。まあいい。それでなにに気をつければいいんだ」


 核心部分を読み上げる。


「数年来にない女難の相あり。とにかく女性に気をつけよ。一歩間違えばその身を持ち崩し、破滅の坂を転がるがごとし」


「女難の相ですか」


 ひょこり、とクロエがおみくじをのぞき見る。

 彼女は論評する。


「あるじ様らしい災いですね」


「どういう意味だ」


「あるじ様の回りには綺麗な女性があふれていますから」


「別にどの女も俺に災いをもたらしているわけじゃ――」


 と、言いかけてやめた。よくよく考えれば。俺の周りにいる女はすべてトラブルメーカーだ。


 我が師匠にして鮮血の魔女と呼ばれる大賢者も常日頃からトラブルを持ち込んでくるし、フィオナの友人であるハーモニアもそうだ。


 さらにいえば先日の一連の誘拐事件も、始まりは見知らぬ女が俺に赤子を押しつけてきたことに始まり、終幕もミリエルなる異端審問官が出てきて、今後の厄介ごとを約束させられた。


「さらにいえば、大賢者コンラッドさんの弟子のアルルさんも女性でした。その占いはあるじ様の未来を的確に予言しているとしか思えません」


 クロエは意地悪く言うが、我が娘はフォローしてくれる。


「で、でも、お父さんはいつも華麗に事件を解決してきたよ。たぶん、今回も大丈夫」


 うん、とフィオナは真剣な表情で握り拳を作る。

 フィオナもクロエももはや俺に女難の相が降りかかること前提でいるようだ。


 乙女二人に太鼓判を押されたからにはその通りになりそうであったが、まあ、今までもなんとかなったのだ。


 今後もなんとかなるだろう。

 そんな軽い気持ちでフォーチュン・クッキーの本体を食べた。

 娘が買ってきてくれたフォーチュン・クッキーはあまり美味しくなかった。


 ただ、数日後には娘が焼いてくれた美味しいフォーチュン・クッキーが食べられるだろう。


 女難の相が確定している俺にとってそれが唯一の慰めであった。

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