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第九話 『買い物とカレー』

 数日後、夏休みに突入した。

 太陽が少しずつ日本に近づいてきているのか、毎日のように今年の最高気温を叩き出している。


 アダチ青年は花火大会に着ていく服をどうしようかと悩んでいた。

 ハルは浴衣で来るのだろうか、そしたら甚平とか着た方がいのだろうか。

 昼飯のヤキソバをほお張りながら、ジュンに聞いてみる。


 「花火大会って浴衣とか着るんですか?」


 「えー着ないでしょ、めんどいし」


 着ないのか。じゃあ、甚平じゃなくていいな。それにしても服は買いたいな。


 「ハルの浴衣姿見たかったなーとか思ってるでしょ」


 「お、思ってないですよ」


 口ではそう言ったものの、やはり見れるものなら見てみたいのは言うまでもなかった。


 「浴衣着るなら甚平とか買った方がいいのかなって思っただけですよ、どうせ服は買う予定でしたから」


 「おぉー、やる気だね、どこに買いに行くの?」


 「えーっと、どこでしょうね」


 「普段どこで買ってるの?」


 「えーっと、どこでしょうね、ははは」


 「え、どういうこと?」


 「いや、興味がないのでいつどこで買ったのか、覚えてないんですよ」


 「なにそれ、すごいね」


 ヤキソバを食べ終わると、じゃあ買い物行くぞと電車で片道40分の大型ショッピングモールに行く事になった。


 「急に買い物だなんて、心の準備が出来てません」


 「そんな心の準備は必要ない」


 「そもそも、買い物に行く服がありません」


 「そんな事、気にしなくていい」


 「人混みに行かなくても、ネットで買えるでしょ」


 「試着してみなきゃ、サイズ感とかわからないでしょ」


 「とりあえず、食後のデザート買ってきますよ」


 「買い物終わったら、何か奢ってね」


 色々抵抗してみたが、まったく聞き入れられず身支度をしたらサッサと連れ出されてしまった。


 「ちょっとサッサと歩いてよ、電車に乗ればそこそこ涼しいんだからさー」


 気が進まないアダチ青年がダラダラ歩いているのが気に入らないらしく、手をとって引っ張りだした。

 お手手つないでデートにも見えなくはないが、登校拒否の子を学校に連れて行く母親のような状況だ。


 電車に乗ると、そこそこ空いていて二人並んで座った。

 大型ショッピングモールの最寄駅に近づくにつれ、若者が増え、車内は賑やかになった。

 最寄り駅に着くと、オシャレな若者たちがキャピキャピしながら大勢降りる。

 その中にジュンに引っ張られながら、ダルそうなアダチ青年もいた。


 モールに入るとジュンが入り口付近の店を見だした。


 「近いからちょっと先に私の見ていい?」


 店の外でボーっとしているとアダチ青年に店内から声がかかる。


 「ねーねー、ちょっとこれとこれどっちがいい?」


 ジュンが手に持っているTシャツはどっちも同じように見えた。


 「どっちもいいと思いますよ」


 「それ、どっちでもいいってやつでしょ?」


 「ち、違いますよ」


 危ない危ない、たまたまどっちもいいって言葉が出たが、完全にどっちでもよかった。

 ジュンは両方レジに持って行き買っていた。買い物開始からほんの5分程度だろうか。


 戻ってきたジュンについて歩く。どこに向かっているのかもわからない。


 「あ、ここちょっとだけ見ていいー?」


 靴屋でサンダルを見るジュン。

 アダチ青年の返答はとくに待たずに、店内へ入っていく。またも店先にボーっと待つアダチ青年。


 通り過ぎていくオシャレさんたちは、カップルだったり女子グループだったり様々だが

 みんな楽しそうにキラキラしていた。そんな中でアダチ青年だけは死んだ魚なような目をしていた。


 「ねーねー、アダチー」


 声がして振り向くと、サンダルを二つ持ったジュンがあの質問を投げかけてくる。


 「どっちがいいかなー?」


 アダチ青年から見るとほぼデザインの差はない、白か黒の色で悩んでるように見える。

 完璧どっちでもよかったのだが、考える。夏は暑いのにわざわざ熱を吸収する黒を身につける事もなかろう。


 「こっちがいいと思いますよ」


 白のサンダルを指差し答える。


 「うーん、そうかそうか」


 頷いていたジュンだったが、結果黒いサンダルを買っていた。

 さっきのやり取りはいったい何だったのか、とアダチ青年は困惑した。


 この後、何店舗かメンズショップを巡る。

 店に入って良さそうなのがあると手に取って、アダチの体に当ててみる。

 おーいいね、とか、これは違うか、とか言いながら選んでいるジュンは楽しそうだ。

 ジュン一人ならいいのだが、店によってはそこに店員が混ざる。

 お似合いですよなどと無駄にホメられるので、むず痒い思いをするアダチ青年であった。


 そんな流れで良さそうなモノを選んだら、着ておいでと試着室へ押し込まれる。

 最終的に、財布と相談しながら試着した中から気に入ったモノを何点か買った。


 一通り買い物も済んだので休憩する事にした。


 「ねーねー、おいしいケーキ屋があるんだけどそこにしない?」


 「ジュンさんの好きな所でいいですよ」


 「やったー、アダチの奢りでいーんだよね?」


 「ま、まさか超絶高級なところじゃないでしょうね」


 「値段は普通くらいだけど、内装が女子女子しいけどいい?」


 「高くなければいいですよー」


 店内は若い女の子で賑わっており、内装は花をモチーフにしたメルヘン仕様である。

 メニューを見ると『森の妖精の~』とか『天使の羽の~』とか、とても口にできるフレーズではない。

 ジュンと同じケーキセットにして、注文はメニューを指さして「これ二つ」とだけ言った。

 食べたケーキの味もわからないくらい雰囲気にのまれ、休憩に来たのに逆に疲れてしまった。


 そんなアダチ青年をみて心配するジュン。


 「ごめんごめん、やっぱり女子過ぎたね」


 「いい経験になりましたよ、ははは」


 笑ったが、もう二度と入りたくないなと思うアダチ青年であった。


 そのあとは、もう少し見たいモノがあると言うジュンの買い物に付き合った。

 雑貨屋でブラブラ小物を見たり、本屋で参考書を探したり、薬局で歯ブラシを買ったり。

 ジュンは買い物が好きなのか、どの店に入っても目を輝かせて、いいなーかわいいなーと言っている。

 買い物に慣れていないアダチ青年の魂が抜けかけているのに気付いたのは1時間後くらいだった。


 「ちょ、アダチ、魂が出ちゃってるよ」


 「え、あぁ、出ちゃってました?」


 「疲れたなら言ってよー」


 「なんか、ジュンさんがすごく楽しそうだったので」


 「そんな幽体離脱しそうな顔で言われてもね」


 「もう見ていくとこないですか?」


 「もういいよ、帰ろう」


 帰りの電車で顔が死んでいるアダチ青年に、気を使ったジュンが聞く。


 「昼はヤキソバだったけど、夜食べたいモノある?」


 「え、作ってくれるんですか?」


 「うん、作れそうなのなら」


 「じゃあ、カレー食べたいです」


 「ほんとカレー好きだね」


 「ジュンさんのカレー美味しいので」


 「褒めても何もでないぞ!」


 バシッ――


 「うぐぅ」


 照れ隠しに叩いてみたが疲れきっていたアダチ青年からは、唸り声みたいのしか出てこなかった。



 ようやく自宅の最寄駅についた。


 「ちょっと足りない材料だけ買って行くから先に帰ってて」


 電車で少し休めたアダチ青年は、よく見たらジュンも手荷物をいっぱい持っているのに気付いた。


 「じゃあ、荷物は僕が持って帰りますよ」


 ジュンが持っていた荷物を引き受ける。

 ジュンから渡された荷物は、思っていた以上に重たかった。

 こんな重たいのずっと持ってたら、ジュンさんもさぞ疲れているだろうに。

 僕のために料理まで作ってくれようとしているのか。とアダチ青年は申し訳ない気持ちになった。


 「じゃあ、またあとでね」


 「あの、僕もついていきます」


 「え、材料買うだけだよ?」


 「はい」


 「じゃあ、荷物は自分で持つよ」


 「いえ、大丈夫ですから」


 急について来ると言い出すし、荷物も持ってくれるらしい。

 この数秒でアダチ青年に何があったのだろうかと、戸惑うジュンであった。


 家に帰るとジュンはカレーを作りだした。

 アダチ青年は米をといで、炊飯器のスイッチを押した。

 待っている間に今日買ったモノを改めて着てみる。


 試着せずに買っていた頃は、小さくて着れない事がないようにサイズはLを選んでいた。

 だいたい大きくて長いこと着ていたから、裾、首周りはダルンダルンだった。

 それがなんということでしょう。


 どれも少し小さいんじゃなかろうかと思うモノばかりだったが

 合わせて着てみると全体的にまとまっていて、すっきりして見えた。

 まるで自分ではないようで、照れくさい気持ちもあったが若者っぽい格好に少し浮かれるアダチ青年。


 その格好のままカレーを食べ、おニューの白いTシャツにカレーを飛ばし涙目になるのはそれから30分後の事である。

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