追憶
あれは確か、寒い冬のことだった。
人の行き交いは疎らで、居ても酔っ払って寝ている者や、何かの訳あって裏路地に入っていく子供や女の浮浪者。そして、違法行為を取り締まる治安維持隊の兵士が夜間のうちに数人程行き交う程度には閑散としている深夜の事。
そんな街の中に、アイツは僕達を捨てるためだけに来たのだ。
子供と女が入っていった路地とは別の路地に入り、アイツは私達の入っている籠を置き去りにしあの言葉を言って一人足軽に帰って行った。
私達双子は、まだ自分たちの置かれている状況について、あまり理解はできていなかったが、女の人の喘ぎ声や野犬の鳴き声、そして冬の寒さから、二人で抱き合うことで何とか恐怖と寒さを耐えることができた。
そして、そんな肉欲と寒さのみが支配する街で、娼館の人間等ではなく,あの夫婦に見つけられたことが何よりの私達の幸運だっただろう。
「おい!こんなところに幼い子供がいるぞ!」
「あら!?本当だわ!」
焦った二人の男女の声に、幼いながらも僕達は深い安堵感を覚えたことをよく覚えている。
先程まで聞こえていた、不純な嬌声等ではなく普通な女性の声。
女性を馬鹿にしたり貶したりする声ではなく、単純に呼び寄せるための大声を出す普通の男性。
あの時の私達にとって、夫婦はとても特別な存在に感じたのだ。
「二人共体が冷え切っていやがる。…しょうがない、連れて帰るぞ。」
私達が入っている籠に、黒茶色の皮手袋を外した男の硬い腕が入ってきた。
そして、その腕で私達の肌を触り温度を確かめたのだろう。男は、先程よりも焦った表情で隣に来た女に語り掛けている。
「ええ!」
そんな男の問いかけに、女が返事をすると、男は籠を両手で抱えるように持ち、その場を走って後にする。
そして、一時間も経たない程度で彼らの家に着いた。
あの時は、まだ目が開かず見えなかったが、仄かに香る炭の匂いや薪を投げ入れる音から、きっと暖炉の近くに私達を置いてくれていたと思う。
人肌よりも暖かく、心強いその温度に私達の頬も自然と綻んだ。
そんな私達の表情を見つめ、夫婦はまるで実の子供を見るかのように、優しく微笑んでいたことが視線からでも分かった。
「よかったわ~。二人共元気そうで~。」
鍋でミルクでも温めているのだろう。
少し離れたところから、パチパチと枝木が燃える音と、優しくて甘い良い匂いが漂ってきた。
「ああ。きっとそれ程長くは放置されていなかったんだろう。それでも、後数分でも見つけるのが遅ければ、どうなっていたかはわからんが…」
女性より近い距離から、男性の声もした。
きっと、私達に火の粉が飛んできても大丈夫なように、近くで見守っていてくれているのだろう。
「今時、物騒な世の中になっているわね~。昔だったら、子供を捨てようとする親なんて…」
「いや、一定数はいた。それでも、今の現状は異常だがな。」
女性の声にも、男性の声にも微かな怒りを感じる。
しかし、僕たちの体力は既に限界で、徐々に瞼が下がり、意識が夢の世界へと移っていくのを感じる。
「あらあら、二人共とても眠そうだわ~。本当の子供みたいでとても可愛いわね~。」
「俺たちにも娘がいればこんな感じだったのかもな。」
優しく、暖かな夫婦の声。
きっと寝てしまっても、この二人は僕達に危害を加えることはないだろう。
だが、先程の事もあり自分だけは寝てしまわないように必死に瞼を開こうとする。
そんな僕の様子に気づいたのか、それとも何となく察していたのか、男が僕に先程よりも幾分か優しい声で語り掛ける。
「安心して寝てろ。別に獲って食おうってわけじゃねぇんだ。」
優しく頭を撫でられ、意識が遠のいていくのを感じる。
「よ………し。よく、頑…っ…な…」
思考が、意識が夢の中へと、徐々に溶けていくのを感じながら、僕は眠りについた。




