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プロローグ

 騎士団の訓練場での今朝の訓練を終えた私――アレッサ・プリーメルは、いつもと同じ通い慣れた王城の回廊を少し足速に歩を進めていた。


 火急でもないというのに回廊を走るのは流石に王城警備の騎士達に何事かと見咎められるだろうし、騎士としての品格にも関わってくる。それも皆の手本となるべき第1騎士団副団長であるこの私が、だ。


 それゆえに早歩きに留めてはいるものの、気持ちの上では今すぐにでも走り出したくて堪らなかった。


 それは何も、私が剣を捧げた主であり護衛対象であるこのロルベーア王国の王女、ライナ・ケルヒ・ロルベーア殿下の私室に遅れそうだからという訳ではない。


 護衛の交代時間にはまだかなりの余裕があるのだけれども、私にはどうしても朝の時間帯にこの回廊を通りたい目的があったのだ。


「はぁ……こんな時間だと、もう間に合わなかったかしら……」


 つい漏らしてしまった溜息と共に、私の足は力無くゆるゆると速度が落ちていく。頬に滴り落ちてくる汗を拭えば、また一つ溜息が溢れた。


 いつもならもう少し早く早朝訓練が終わっていた筈なのだけれど、今日はまだ朝とはいえ、いつもよりもかなり遅い時間だ。


 そもそもの元凶は、連日のこの異常なまでの暑さだろう。この時期は毎年暑くはなるのだが、今年は例年と比べても雨が少なく、気温が異常に高い。日照り続きで農作物にも影響が出始めてしまっている状態なのだ。


 例年に無いこの暑さの原因と対策を、王城務めの文官達が連日対応に追われているという話だけれど、未だにどうしてなのかの原因は解らないままらしい。


 私達騎士には気候をどうにかする術はなく、出来ることといえば日々鍛錬に励み、王国の治安を維持して困っている民達を助ける事くらいだ。


 だが、いくら鍛えている騎士達とはいえ、暑いものは暑い。早朝は日中よりは幾分か暑さが和らいでいるとはいえ、体温よりも暑い中での訓練は気が滅入るというものだろう。


 日に日に騎士達の士気が下がっていく中、流石に一度気を引き締める必要があると判断した各騎士団長達が、普段は参加していない早朝訓練に今朝はこぞって来ていたのだ。


 騎士団長達と直接手合わせできるだなんて、一般の騎士達にとっては滅多にない機会だ。これに心が躍らない騎士は、一人としていないだろう。


 かくいう私も嬉々として剣を交えてしまったのだけれども、大盛り上がりとなった早朝訓練は、大幅に予定時間を超過してしまっていたのだ。


 結果、各騎士団長達を含め、早朝訓練に参加していた全ての騎士達は、慌てて各自の持ち場へと向かう羽目になったという訳である。


「はぁぁぁ……でもあれを途中で抜けるだなんて、そんな勿体ない事できないわよ……」


 私はまた一つ大きな溜息を漏らすと、熱風のせいで顔にかかる前髪をくしゃりとかきあげた。


 見ているだけで余計に暑くなりそうな長くて癖の強い私のこの赤毛は、上で一つに纏めてはいるのだけれど、歩くたびに汗ばんだ首筋に髪の毛が張り付くものだからつい眉間に皺が寄ってしまう。


 とぼとぼと力無く項垂れながら歩を進めていれば、回廊の先からこちらへとやってくる足音に気付き、私はまさかと思いながらも期待を込めた瞳で顔をあげる。


 どれだけ急いでいたとしてもそれを全く感じさせない気品さのある足音は、さながら天の御使いが微笑みかけているような軽やかさだ。王城に勤めている人はそれこそ数えきれないくらいいるのだけれど、この私が彼の足音を間違える筈もない。


 そう、彼こそが私がこの時間にこの場所を通りたい目的であり、毎日一目でもいいから会いたい大好きな人なのだ。


 (くだん)の人は私の方をちらりとも見ずに手元の書類を見ているのだけれども、それでも私はぱぁっと顔を綻ばせた。


「おはようございます、キルシュ宰相様!今日は訓練が長引いてしまったのでお会いできないかと思いましたが、キルシュ宰相様もいつもより少し遅いだなんて、偶然でも嬉しいです!本当に今日も変わらずお美しいですね!」

「…………」


 びしっと敬礼をしながら満面の笑顔を向けるものの、彼――ライノア・キルシュ宰相様は無言で私を一瞥するだけだ。


 その氷のように涼しげな色をした瞳は、私の燃えるような赤毛とは違って見ているだけで体感温度を下げてくれる気がするのだから、特にこんな暑い時期にはずっと見ていたいものだといつも思う。


 ……いや、できれば寒い時期でも、何ならいつでも見ていたいというのが本音ではあるのだけれども。


 しかもこの暑さだというのに、少し深みのある瑠璃色をした文官の制服は首元まできっちりと締められていて、露出が殆ど見当たらないような格好だ。それでも彼は汗一つかいておらず、流れるように美しい薄氷色の髪はさらっさらで艶めいているのだ。


 それに加えて、女性にしては高めの身長である私よりも少しだけ高い体躯は、細身ではあるものの程よく筋肉がついていて均整がとれている。文官なのだから筋肉は必須ではないというのに、おそらくはしっかりと節制して鍛えているに違いない。


 けれど何よりも目をひくのはその芸術品のような顔立ちだろう。


 繊細な美しさというよりは、圧倒的な美とでも言えばいいのか、これ程に整った御尊顔を目の前にすると、人はただその美を前にして拝み、平伏すことしかできなくなってしまうのだという事を私は彼に会う度にまざまざと実感していた。


 そんな彼を初めて見たのは、忘れもしないアカデミーに入学した15歳の時だ。


 入学式で新入生に向けた挨拶をしたのが当時2つ上の上級生で首席だった彼なのだけれど、その時からかれこれ10年は経っているというのにこの美貌は衰えるどころか更に色気が増しているのだから本当に凄いとしか言いようがない。


 キルシュ宰相様の姿を拝むたびに、私はこの美しい人をこの世に生み出してくださった彼のご両親であるキルシュ公爵夫妻に心の中で何度感謝した事だろうか。


 今この瞬間も心の中で御二人に感謝を述べていれば、キルシュ宰相様は眉根を寄せながら小さく溜息を漏らした。


「プリーメル卿はこの暑さでも変わらず元気が有り余っているようですね。それに、男の私に対して『美しい』という言葉はどうかと毎回申し上げていると思うのですが?そもそも美しいとは――」

「あっ、申し訳ありません!『大変』お美しいの間違いでしたね!むしろ美しいという言葉でしか表現できない私の語彙の無さが恨めしいですよ。できる事なら永遠に見詰めていたいくらいですから!」


 父であり王立騎士団全てを統括する立場であるガーラン・プリーメル総騎士団長直々に幼い頃からみっちりと仕込まれた剣の扱いならともかく、座学は自慢じゃないけれどからきしだ。


 魔術は難しい理論はよく解らなくても、数をこなすうちに感覚で覚えられたのだけれど、座学はそういう訳にもいかない。


 本当はキルシュ宰相様のお美しさをもっと上手く讃えたいとは思うものの、そもそもこの圧倒的な美を前に美しい以外でどう表現できるというのだろうか。


 ふぅと悩ましげに溜息を漏らしていれば、当のキルシュ宰相様は私の横を足速にすり抜けてしまっていた。これもいつもの事だったし、今日は無視されずに言葉をかけてくれたのだからきっと機嫌が良かったに違いない。


 うんうんと私は頷くと、すぅっと大きく息を吸い込む。彼が横を通り抜けた後は、いつだってシトラスの爽やかな香りが漂っていた。


「キルシュ宰相様ー!今日も大好きでーす!お仕事頑張ってくださーい!いつも心の中で応援していまーす!」


 絶対に聞こえているとは思うのだけれど、彼はぴくりとも反応する事はなく、こちらを振り返る事もない。それでも私はこの上ない幸福感でいっぱいだった。


「……よし!今日もいい日になりそうだわ!」


 心なしか先程までのうだるような暑さによる不快感は無くなっていたし、朝から彼の美しい姿を見られて気分も晴れやかだ。


 私はぐっと拳を握り締めると、うきうきとした足取りでライナ王女殿下のもとへと踵を返した。






ここ最近は某水星の2次創作絵と漫画を描くのに忙しくしていたんですが、最終回で推しが報われなさすぎてこちらに戻ってきました…


本当は短編にするつもりでしたが、短編にしては長くなったので連載形式にしました。

全10話で、月〜金曜日の朝6時更新です。


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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