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追いかける

全六話で完結します。

        創世の刻


 始め、そこには何も存在しなかった。わずかのチリと虚無のほかには・・・、しかし長久の時の流れが奇跡を呼ぶ。

 チリが集まり、一個の生命へと変化した。

 だが、その生命『巨人』は孤独だった。

 彼の友となるべき者はなく、浮遊し漂流するチリと、無だけが空間を支配していたのだ。 巨人は孤独を哀しみ、そして叫んだ。

 ヒカリ、あれっ! と。



       追いかける


         1


 「好きです。付き合ってください」

 自分でも月並みかな、と思いながら羽音鈴音は声をかけた。

 学校へと通う通学路で、後ろ姿を見送るだけだった憧れの彼に・・・・・・。

紅の差した頬が愛らしい。

 声をかけられた、その彼は驚いた表情で鈴音をまじまじとと見つめていたが、静かに首を左右に振り「やめといたほうがいい」と言った。「君くらい可愛い娘なら僕なんかよりいい男がいくらでも見つかるだろう」。とも、そしてもう一言、鈴音にというよりも自分自身に言い聞かせるように呟くのを鈴音は聞いた。

 「どうせ永くは続かないんだから・・・」

 その言葉を口にした途端、彼はハッとしたような顔になり、慌てた様子で走り去ってしまった。

 「・・・・・・なによ。長く続かないって、どういうこと? あたしとじゃまともに付き合えないってこと? それとも、あたしが貴方と付き合いたいって気持ちが遊びだろうとでも思ったの? そんなこと付き合ってみなきゃ判らないことじゃないよ!」

 走り去る彼の後ろ姿を目で追いかけながら鈴音が叫ぶ、叫びながらも鈴音は、しばらくしたらもう一度アタックすることをすでに決めていた。

 一度フラれたぐらいで諦めたのでは女がすたると言うものだ。

 だが、アタックする機会は遠ざかる運命にあった。

 その日の翌々日から世界中で未曾有の異常気象が発生したのだ。突然わきあがった黒雲が太陽の光を遮り、地球上から光が失われた。

 暗黒に沈んだ世界で人々はただ狼狽えるばかりであった。

 七日七晩、光の差さない世界でパニックに陥る余裕すらなく、恐怖と不安にさいなまれながら人々は、ただひたすらに待ち続けた。

 なにを。

奇跡を。

 そして、それは八日目に起こった。

 突然、稲光の数千倍はあろうかという閃光が天上を縦横無尽に駆け回り、次いで大小十三の光が現れ、闇を切り裂いていく。

 人々はその様を呆然と見つめていたが、彼らは悟らざるを得なかった。

 闇を切り裂く十二の光が聖書に描かれた天の御使いであり、中央に輝く巨大な光こそがほかならぬ神そのものであることを。

 天の御使いたちは闇を完全に払いのけると地上へ舞い降りた。

 

その姿は光り輝く翼を持った少女たちで、彼女らは世界各地に降り立つと双手を天高く差し上げ、それに呼応するように十三番目の光もまた、地上を目指し降下する。

 その光もまた少女の姿をしていたが、ほかの御使いとの格の違いを示すかのように翼を二対、四枚持っていた。

 十三番目の光、四枚の翼持つ御使いは、地上に降り立つと何かを招き寄せるかのような仕種をし、右腕を前方に差し出し、左手では何かを受けようとするように掌を上にして、その中心を見つめている。

 と、次第に掌に光の珠が現れる。

 その状況は他の御使いを介して天空に投影され、人々はそろってその様を凝視する。そんな中、珠は次第に小さくなり、変わりに一人の少年の姿が現れた。

 「瀬戸君!!」

 その姿を見た途端、他の人々同様に固唾を呑んで見守っていた少女が小さく叫んだ。

鈴音だ。

 叫んだ後、鈴音は走り出しかけた。

 何が起こっているのか、起ころうとしているのかは判らなかったが、なぜか今を逃すと二度と逢えなくなる。そんな気がしたのだ。

 だが、彼女は思い留まった。

 自分が行ってしまったら、今まで男手一つで育ててくれた父が独りぼっちになってしまう。そう思うと踏ん切りがつかなかったのだ。

 「何を迷っているんだ。早く行きなさい」

 逡巡する鈴音の耳に穏やかな声が届いた。

父だった。

 「でも・・・・・・」

 と、言いかける鈴音を制して父は静かに、しかし力強く諭す。

 「自分の心にウソをつくのはやめなさい。父さんは、おまえに一つだけ約束してもらえば、それでいいんだ」

 「約束?」

 「たとえどんな場所にいても、どんな状況でも、必ず幸せになる。とね」

 「父さん!」

 その厚い胸板に紅涙に濡れた頬を押しつけ、鈴音は一生分の想いを込めて父に抱きついた。 数秒後、潤んだ瞳のまま顔を上げた鈴音は、最後の微笑みを父に向けた。

 その顔に、もう迷いの色はない。

 そして、鈴音は燕のような身軽さで身を翻し、勢いよく駆け出した。

 振り返ることなく。

 あの十三番目の御使いの姿は肉眼でも確認できた。自転車を使えば、二十分で足元までは行けるだろう。

 「やっぱり、あの子は君の娘だったな」

 自転車にまたがり、元気よくペダルをこぐ娘を見送りながら、鈴音の父は亡き妻に語りかける。

 鈴音の母親は生まれたときから心臓に障害があり、鈴音を身籠もったときも、担当の医師たちは堕ろすよう勧めた。命の保障はできないと言って、しかし、新しい生命のために命を賭けることを鈴音の母は選び、鈴音の出産に挑み、命を落とした。

 だが、その時の妻の死に顔は偉大な責任を達成した満足感で輝いてさえ見えた。

 その死に顔を見て、誓ったのだ。お前が産んでくれた、この娘にも死の瞬間、そんな安らかな顔で逝けるような人生を、後悔のない人生を歩ませてみせる、と。

 「恐らく、あいつは、わたしらなどには想像もできないような苦悩を背負うことになるだろう。だけど、これだけは確信を持っていえる。あいつはきっと幸せになれる。お前や、わたしと同様に・・・」


 「なんだ、おまえか」

 光る珠に包まれ、閉じていた瞳を開けたとき、自分を見下ろしている巨大な翼ある少女の姿を発見し、彼【瀬戸義人】は、そう呟いていた。

 都庁並のスケールで眼前にいる女神に動じる様子もなく、どちらかといえば嘲るような色が、その声にはあった。

女神の登場という異常事態も、義人にとっては異常ではなかったから。

 「フィアンナ。いや、女神ラファエラと呼ぶべきなんだな、この場合」

義人の呟きに表情一つ動かさずに無言の頷きで応えつつ、女神は右手を高々と掲げる。と、空をスクリーンにして何かの映像が映し出された。

 「相変わらず、愛想のない奴だな」

 嫌みっぽく言う義人の眼前でボヤケていた映像が像を結ぶ。途端に義人の顔から余裕の色が消えた。

 それは、黒い影のようなものと人間との闘いの様子であった。

 義人には、その黒いものが何であるかが判っていた。

映像とともに太古の神話が脳裏を過る。

 かつて、この世界を創造したのは独りの巨人であった。

 彼は孤独を悲しみ、その悲しみゆえに命を絶った。やがて、その肉体を苗床として幾つかの世界が生成された。

 喜びや楽しみなどの浮き立つ気持ちが天界を、純粋に仲間を求める寂しさが人間界を、その仲間達の暮らしを助けたいと願う心が精霊界を、そして、その全ての世界が共存できるよう祈る気持ちが妖精界を産みだしたのである。

 しかし、巨人の肉体が産みだしたのはそればかりではなかった。

 自分が生まれながらに孤独であったことへの怒りや、妬み、憎悪などの感情もまた、一つとなり地界を造り出した。

天界、精霊界は精神を基盤として造られ、人間界と妖精界は巨人の手足と首、感覚器官と表皮などで形成され、地界は内蔵、血管、骨によって形作られている。

当然、そこに住む者たちにも、それは影響していた。

 天界、精霊界の住人は肉体を持たないエーテル体で、基本的に不死。人間界、妖精界の住人は肉体を持ち、定命に縛られる宿命を負う。地界の住人は肉体を持ちつつも闇の者ならではの再生力によって、不滅であった。

 定命の妖精。不死ではあっても不滅ならざる神と精霊。そして、それらに護られるだけの人間。どれも、不滅の肉体を持つ地界の者の敵ではありえなかった。

 地界の住人たちは瞬く間に勢力を増し、神々の座すらも脅かすまでになっていく。

 むろん、それをただ見逃すようなものに神を名乗る資格などありはしない。

 彼らは、その存在意義の全てを賭けて地界を封じるために、地界と人間界の間に地上界を置き、神に連なる一族を住まわせ、その者たちに封印の監視と管理を任せたのだ。

 そして、今見せられている闘いの場こそが、その地上界であり、戦っている者たちの一方は間違いなく、その一族であった。

 「なるほど、封印が破れたわけだ。せっかく千人の戦士と五人の勇者を犠牲にしてまで完成させたものなのにな」

 呑気そうに言う義人だが、その足下が微かに震えている。この事態が現出させるであろう未来の結果を知り尽くしているが故の、恐怖に襲われていたのだ。

 三年ほど前、地界の民はオルゲスと呼ばれる一族から出た時の王に率いられ、全世界の制圧に動き出した。

 そうと知り、各世界から選りすぐりの戦士が徴収され、これと戦ったのである。

 その戦士の中に、義人もいた。

 別に戦士としての力があったからと言うのではない。千年もの昔にオルゲスと戦った魔導師マーリンが持っていた、石版の破片を偶然持っていたため、石版の持つ魔力に引きずられただけである。

 つまり、単なる間違いなのだが、戻ろうにも一度世界の境界を越えると自力で戻るのは困難だった。もともと義人は石版の力で迷い込んだのだからよけいに難しい。

 やむなく、義人は必死になって知識を得、力をつけ、技を磨いた。

 そしてオルゲスの封印に力を尽くし、封印による力の揺り返しによって生じた次元の隙間から元の世界に帰ってきた。

 あの時、戦場となった地上界の情景は、今でも義人の心に鉛のような重みをもって刻まれている。

 一口に言ってしまえば世界中の都市という都市が原子爆弾を投下された長崎、広島と同様の姿に変わり果て、人々の生活は難民キャンプより酷いものだった。

 いかに神々がついているとは言え、そこからの復興は容易なことではない。

 まして、戦いを得意とする者の多くは先の戦いで命を落としていて、現実的に見てオルゲスとまともに戦える戦士は皆無と言って良い。

 と、なれば三世界人間界も含めた四つの世界の存続は風前の灯火と言うしかない。

 そう想い、義人は全身の血が凍りつくような恐怖に囚われたのだったが、事態はその予測すらも超えて悪かった。

 義人の問いには応えず、女神は差し上げたままの右手を軽く振った。場面が変わり違う光景が現れる。

 それは人型の黒い影が、集まってくる小さな影を吸収して、より完全な形へと成長しょうとしている姿だった。

 「これは・・・・・・」

 義人には、その人型に見覚えがあった。魔法の書を読みに行った時に見た、神殿の広間にかけられていたレリーフに酷似していたのである。

 「魔蟲ウォルヅァル!! オルゲスの力を神の域にまで昂めさせた元凶? 一万年前の神魔戦争のとき滅んだんじゃないのか!! 『神々はその肉体を切り裂き、叩き潰して、これを投げ捨てた。他の者どもへの見せしめとするために』 確か伝説ではそうなっていたよな・・・まさか! 奴は肉片になってもなお生きていたと? 消滅したわけではなかったということか? だから蘇ると?」

 義人の問いに、女神はまたも無言で応じた。

 それは、実質的な肯定の態度だった。同時に、更に別の意図を暗に伝えるものでもあり、義人には女神の沈黙が何を意味するかを明確に理解できていた。

 地界の封印を強化すると同時に、魔蟲の完全復活阻止に全力を注がなくてはならない神々、自分たちの世界の復興で手一杯の精霊、妖精に代わって、義人に地上界、地界の上にある人間界とは異なる種族の住む世界、を席巻するオルゲスの軍勢と闘かえというのに違いない。

 むろん、ただの人間にすぎない義人が一人で戦ったところで勝てるものではないが、オルゲスと正面きって戦ったもので生き残った四人のうちの一人という肩書きは、地上界の者たちを束ねるに充分な効力を発揮する。

女神の狙いはそれだった。

 身勝手と言えば、これ以上身勝手な話はない。

心の中で毒突く義人。

しかし・・・・・・。

 たとえ拒否したとしても、強制的に転移させられれば、戦わざるおえなくなるのは必定である。義人は、このとき逃れられない運命を感じていた。

 「おかしなことになっちまったな」

 呟く義人、その諦めにも似た心情を汲んだのか、義人を乗せている女神の左手が再び光を発する。

 その光に包まれ、義人の脳裏には十日前の出来事が鮮明に浮かび上がっていた。生まれて初めての、女の子からの告白、その気持ちに答えられなかった自分。

 途中で逃げちゃったこと、謝るつもりだったんだが、その暇はないな。

 そう想い、自嘲気味に薄く笑い、空を見上げる。

 その視界に十二階建てのビルの屋上があり、そこに人影を見つけて物好きな人もいるものだ、と苦笑した義人だったが、視点があい逆行に慣れてシルエットだった人影がハッキリ見えるようになると、その笑みは凍りついた。

 その人影は誰あろう、あの彼女、羽音鈴音だったのだ。

 そうと知って驚いた義人だったが、鈴音が次の瞬間にとった行動は、驚くというのではなく、義人を驚愕させるのに充分すぎるものだった。

 義人のいる位置から見ても十メートルはあるであろう高さの屋上から義人めがけて飛び降りたのである。

 「ダメ。行っちゃ、だめぇ~!!」

 受けとめようと反射的に伸ばした義人の腕が、鈴音の身体に触れたのと、女神の左腕の光が最高潮に達したのと、ほとんど同時だった。


        2


 「ん、う~ん。・・・どこ? ここは」

 目を覚ますとき、枕元で心配そうにのぞき込む義人の姿を鈴音は少なからず期待していたが、その淡い期待が叶うことはなく、誰一人いない八畳はあろうかという石造りの部屋で、粗末な石造りのベットに鈴音は寝かされていた。

 「どこなの? ここは・・・」

 もう一度呟き、周囲をもっとよく見ようと上体を起こした鈴音だったが、その拍子に身体に掛けられていた毛布が落ち、自分が今その毛布以外には一糸も纏わぬ生まれたままの姿であることに気付かされ、慌てて身体を隠そうと毛布をたぐっていた。

 いつのまに脱がされたのか、なぜ裸なのかと考えるより先に、無防備の身体を覆い隠そうとする若い年頃の女の子の本能のような意識が働いたのだ。

 「目が覚めたみたいね」

 不意に若い女性の声が話しかけてきた。

 反射的に声のしたほうへと顔を向けた鈴音、その目には同性から見ても目のやり場に困るような姿をした肉付きのよい闊達そうな、恐らくは十六・七歳であろう女性が立っていた。 戦士か何かなのだろうか、剣を腰に吊るしている。

 剣、本当なら鈴音とは何の縁もないものである。

しかし、なぜか気にならない。

むしろ当然のように受け入れている自分に、鈴音は気づいていなかった。

 「スープを持ってきてあげたわ。身体が温まるわよ」

 その女は、そう言って木をくり貫いて作ったものらしい器を差し出す、中身は赤みがかったオレンジ色のドロドロした液体だった。

 すすめられるまま、一さじ口に運ぶ。

 見た目の割に、あっさりとした甘味があって、意外なほどおいしい。鈴音の喉は知らず知らずのうちに恥じらいも忘れて、音を立てて飲み干してしまっていた。

 空になった器を自分でも驚いて見つめてしまった鈴音だったが、その様子をジッと見つめる視線があることを思い出して羞恥で赤面してしまう。

 「あ、あんまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいなぁ、もう」

 スープを飲み干す間も、鈴音の一挙手一投足をマジマジと見ている女性に鈴音が言う。 

「あ、ごめんなさい。なんか信じられなくて、貴女みたいな娘が女神の選んだ勇者だなんてね」

 彼女の答えは、見事に鈴音の意表を衝いていた。

突飛としか思えないほどに…。

 「あら、知らなかったの?」

 呆れたように言って、彼女は鈴音がこの村に現れたときの状況を説明してくれた。

 この村はもともと千年以上も昔に女神ラファエラと共に邪悪なものどもと戦った使徒の末裔と、その一族が代々住み着いてきた土地で三年前の戦いでも中心的な役割を果たしている。

 村の中央には十二メートルほどの高さの女神像まであるほど女神との結びつきの強い土地柄なのだ。

 そして今日、その女神像の地面に対し平行に突き出された女神の手が光を発っし始め、村人全員が女神の起こす奇跡をジッと見つめる中、その光は地上に静かに降下したのだ。その場には失神したままの鈴音が横たわっていたのだ。

 そして、村人たちは長年親しんできた女神の声を、三年ぶりに耳にしたのである。

 《この世界に今また大いなる災厄が迫っています。この娘と共に、その災厄の到来を阻止するのです。我が使徒たるあなたたちの手をもって》

 村人たちは、その言葉を忠実に守ることを決め、鈴音が目覚めるのを待っていたのだ。

 一方、その話を聞いた鈴音は始め、あまりのことに声もなかった。

 なぜなら、自分が勇者などでないことを彼女はよく知っていたし、もし勇者なるものがいるとすれば、それは義人に違いないと考えたからだった。

 あの時、義人は確かに女神の手によって、何処かへ転移するところであった。

 そうと知って鈴音は危険を承知で義人のもとに飛び降りたのだ。

その時になんらかの手違いで義人の代わりに自分が飛ばされたのだとすれば・・・そう考えると背筋が寒くなるのを感じていた。

 「どうしたの?」

 青ざめ、黙り込んでしまった鈴音を訝しみ、女が尋ねる。

 「ご、ごめんなさい。あたし、勇者なんかじゃないんです」

 隠し通せるものでも、隠し通していいものでもない。

鈴音は本当のことを話すしかなかった。

 「……」

 その女は、ただ黙って鈴音の話を聞いている。が、話が終わると同時に笑い出した。

 「クックックッ、アハハハハッ。そんなこと関係ないわよ。だって、女神様は間違いなくこの娘って言ったのよ。娘って事は女の子でしょ? ならあんたのことじゃない。とにかく、わたしたちにとっては女神様の言葉が絶対なの。あんたがなんだろうと、わたしたちにはあんたを勇者として守り立てる義務と責任があるのよ」

 「でも! ・・・・・・キャッ!!」

 反論、それも少し強めの、をするために思わずベットの上で身を乗り出すようにした鈴音。その途端下から押し上げられるような感覚を発育途上の胸に感じ、声を上げる。

 驚いて下げた視線の先に、満ちた月のような柔らかな微笑みを浮かべた女性がいた。

 わざわざ床に膝をつき、ベットの下から腕を伸ばしていたのだ。

 「・・・八十、二ってとこね」

 あまりに唐突な出来事に目を白黒させている鈴音にはかまわず、その女性はつぶやきを漏らして持ってきた荷物を選り分けている。

 「はい、勇者様。着替えをどうぞ」

 選り分けるのが終わると、何枚かの服を鈴音に差し出す。

 「・・・・・・・・・、あっ!」

 先ほどの数字が自分のバストのサイズだったことに思い至り、面差を真赤に染めてうつむいてしまう鈴音だった。

 「失礼じゃないか。少しはデリカシーってものを考えなよ。セスタ姉」

 「あら、まるで自分は心得ているとでも言いたそうね。リカートちゃん」

 この二人、どうやら姉妹らしいが、鈴音のことはそっち退けで言い合いを始めてしまった。

 だが、これは鈴音にとっては好都合だった。

裸体を人にさらさずに着替えられる。

すでに見られているではないかとも思うが、気を失っているときに見られるのと、自分から毛布を取って見せるのとでは気持ちの持ちようが全然違う。

 これ幸いと、鈴音は着替えを始めた。

 幸運なことに、と言っても身体的特徴は同じ人間なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、鈴音がこれまでに着たことのある服と大差ないデザインのものが多かった。

 その中でも一番動きやすそうで、露出度が少なく、通気性の良さそうな服を選んで着込んでいく。

結果的に男の子っぽい格好になるが、場合が場合だ。お洒落にキメるわけにいかないいじょう、妥当なところだろう。

 ただ服は普通なのだが、その上からマントを羽織る。それが、この世界の常識であるらしい。リカートやセスタもつけていて、着替えの中にも何枚か入っていた。

 コートも嫌いな鈴音としては、そんなのを着るのは趣味ではなかったが郷に入っては郷に従え、とりあえず着けてみることにする。 

「うん、結構似合ってるよ」

 マントを着けて振り返った瞬間、リカートが言ってくれた。

 二人とも、いつのまにか言い合いをやめて鈴音を見ていたらしい。

 「見てたんですか、ずっと?」

 耳まで真赤にして鈴音が問う。

 「途中からですよ。・・・じゃ、行きましょうか? みんな待ってますから」

 みんな待ってる。その言葉に多少ためらいを覚えた鈴音だったが躊躇はせず、先に歩き始めたセスタの後を追った。

リカートがその後に続く。


 部屋を出ると、薄暗い通路が横たわっていた。

右側が明るいとこを見るとそれが外への出口で、左が建物の奥へと通じているようだ。

 ヒタヒタと夜に人気のない学校や病院の廊下を歩いているような足音だけを聞きながら、三人は奥へ奥へと歩いていく。

 鈴音の感覚でものを見れば百メートルほど歩いた頃、通路は一枚のドアに行き当たる。 セスタは無言でドアを開け、瞬間、どよめきが三人を出迎えた。

 もうすでに声を個人ごとに判別することができないほど、声が圧力となって左右から襲いかかってくる。

 ファンに追われるアイドルの気持ちって、こんななのかな。

などと一瞬うれしさが込み上げた鈴音だが、直後殺人的な音量と好奇や敬意に満ちた視線の矢に神経を射貫かれ、顔を引き釣らせて絶句してしまった。

 「はい、どいてどいて、ちょっと通してね」

 混乱の中、ただ一人セスタだけが冷静に鈴音を誘導していく。

 リカートは興奮のるつぼと化しているヤジ馬どもを軽蔑と嘲りを含んだ目で見つめ、呆れてものも言えないといいたそうな表情でセスタが開けた道を、鈴音の後ろについて歩いている。

 少し落ち着いて辺りを観察してみたいところだが、我知らず足早になる自分を鈴音は感じていた。

 なんにしても、今はセスタの後ろについていくのみ。

 やがてセスタは、反対側の扉の前で立ち止まる。

 扉の左右にリカート同様に剣を腰に吊るした女性が一人づついる。

服を崩した形で着ているリカートからは気づかなかったが、どうやら彼女らはいわゆる神官戦士、と言うものらしい。

 「お連れしました」

 セスタの一言に、神官戦士の片方が扉を開けた。

 迷わず扉をくぐるセスタに続き、鈴音とリカートも部屋に足を踏み入れる。

 中は割と広く、教会の礼拝堂ほどはあった。

中央には幅広く、不必要なほど長いテーブルと同じくらい不必要なほどの椅子が並んでいて、そこにはすでに老若取り混ぜ二人の男と一人の女がついている。

 「セスタ、ご苦労でした。下がっていなさい」

 ねぎらいの言葉とともに退去を命じたのは年配の女性。着ている服や飾りの多さから見て神官と言うより司祭とか上級の位にあるものなのだろう。

 セスタは退去を命じられたことに不満の色も見せず、一同に向かって一礼すると開け放たれたままになっていた扉から出ていった。

 背中で扉の閉まる音を聞きながら、鈴音は自分を見つめる人々を真正面から見つめ返していた。

 腹が据わった。腹をくくった。どちらにしても自分の運命に。あるいは義人が従うはずだった運命に。立ち向かっていく覚悟を決めた事を、自分自身の心に刻み込むつもりで・・・。

その視線の先をリカートが横切った。

 三人の人物の中心、一番の年長者らしい老人の前まで進み出ると小声で何か囁いた。

 リカートの言葉に鷹揚にうなずいてみせる老人。恐らく、いや、疑いなく村の長老であろう老人はリカートの話がすむと、鈴音に注意を戻すと梢がそよぐような声を白い髭に隠れた口から発した。

 「勇者様」

 この言葉が出ることは予想できていたが、自分の祖父・曽祖父ぐらいの歳の人に勇者呼ばわりされて平然としていられるほど鈴音は豪胆ではない。

 「あ、あの、あたし鈴音っていいます。そう呼んでください、勇者なんて言われてもピンとこないもので・・・」

 テレを含んだ声がそう告げると、老人は静かに微笑んで言葉の表現を変えた。

 「では、鈴音殿。すでに承知のこととは思いますが、わしらの村は女神と共にある。常に女神様の先兵として戦ってきた。今回もそうしたい、じゃが先の戦いで戦士は全滅状態でな、村を挙げての支援はできかねます」

 そう前振りをして、老人は現在の状態について話を始めた。

 その内容は何も知らない鈴音には少々理解の及ばないものであったが、大方の状況だけは知ることができた。

 ある邪悪な種族が全世界を強大なる力を持って支配すべく、全世界に宣戦を布告した。そして、この地上界こそがその最前線として熾烈な戦場と化していることなどだ。

 そしてもう一つ、鈴音にとっては最も重要なことが知らされた。

 すなわち、鈴音に科せられた使命について。

 手違いによるものかどうかは別にして、現在神々に名指しされた勇者は鈴音をおいてほかになく。

地上界に住むものらに希望の炎を点せる唯一の存在であること。

ゆえに、何がなんでも生きて生き抜いて闘い抜く姿勢を見せ続けることが鈴音の使命だと言うのである。

むろん、こんな抽象的な物言いをするのは後で如何様にでも解釈を変えうるからで、長老としては鈴音を信用しつつも万一のための保険を利かせた形をとったのだった。

 だが、鈴音にはそうと知るだけの知識も経験も不足していた。結局なにをすべきなのかは判らずじまいという不安だけが増大しただけである。

 「とりあえず、アーシェラ山はティアット神殿にあるヴァルナ聖典を手に入れ、その導きに従うが良かろう」

 長老のとなりに座っていた三十代の男が助言してくれた。いかにも怪しげな風体と、周囲の関係からいって預言者や賢者あるいは魔導師といったところだろう。

 「ヴァルナ聖典?」

 露骨に不審そうな声でリカートがつぶやいた。少なくとも彼女にとってはさほど重要視すべきものではないらしい。

 「リカート、あなたが不審に思うのも当然ですが、女神様の神託でもそうするよう示されています。黙って従いなさい」

 神託、神のお告げ。

女神との関わりによって存在するような、この村の者にとってはなによりも尊ぶべきもの。確固たる理由もなく逆らうことなどできようはずがなかった。

 「・・・わかりました。じゃ、とりあえず行くだけは行ってみます。女神様のおっしゃることなら、たぶん間違いないんでしょう」

 小さな溜め息を一つ漏らして、リカートが言う。その表情にはあきらめと、なによりも疲労感があった。

 まだ旅立ってもいないというのに・・・。


        3


 鈴音とリカートの二人はすでに旅立っている。

もともと女神の使徒として神託があればどこにでも行く者たちの住む村だ。いつでも旅に出る用意はしてあった。

 二・三枚の衣類と薬、わずかばかりの保存食に武器。

リカートは俗にレイピアなどと呼ばれる細身の剣、鈴音には攻撃というよりも防御のためと長旅の補助として金属性の杖、その他には主に狩猟用に用いられるダガーナイフと小型の弓。

それが荷物の全てである。

 衣類と薬は鈴音が、ほかの重くかさばるものはリカートが、それぞれ分担して背負いアーシェラー山ティアット神殿への道をただただ黙々と歩いていた。

 「ティアット神殿て、そんなに遠いの?」

 ティアット神殿へ行くことが決まったとき、リカートが妙に疲れた表情をしたことをずっと気にしていた鈴音が恐る恐る尋ねている。

 「・・・別に遠くはないのよ。ゆっくり歩いても今日中に着くくらいだから。ただね、ちょっと時間がかかって、かなり疲れるだけ」

 なんとも意味深なことを言って、再び黙り込むリカート。鈴音もそれ以上追求したりはせず、口をつぐんだ。

 別に機嫌が悪いとか、そういうことではない。

話題がないのだ。

 年齢的に二人はかなり近いはずだが、かたや敵を打倒することと女神に臣従することを基本に育てられたもの、かたや戦いなど映画や歴史の教科書の中のことしか受けとめたことのない無宗教社会に育ったものである。

 共通の話などありはしなかったのだ。

 最初にそのことに気がつき、このままではいけないと感じたのは鈴音だった。

このまま右も左もわからず、リカートの後を追うだけでは旅する意味がない。

 あくまでも自分の立場は義人の代役と考えている鈴音としては、受動的立場に甘えてばかりはいられなかった。

 万が一リカートとはぐれたりしても、一人で旅が続けられるようでなくては、とても勇者の代役などつとまりはしないだろう。

それではいけないのだ。

 「・・・・・・。三年前の戦いって、どんなだったの?」

 なんとか会話の取っ掛かりを掴みたい一心で、この世界についての少なすぎる知識を探った鈴音が、ふと思いついて尋ねた。

 長老が言った言葉の中で、なんの気なしに聞き流してしまった一言だったが、考えてみればそれこそが義人に関わりのあることに違いないと思えた。

 鈴音ばかりでなく、おおかたの人間にとって神とは崇拝の対象として存在するだけの、なんら現実性のないものだ。

少なくとも実際に神を見た、確認したと言うものは一人としていない。

 にもかかわらず女神が姿を現したとき、義人だけは慌てることなく、平然としていた。それは神の存在を信じるのではなく、知っていたためだったからではないだろうか。

 と、すれば知るきっかけとなったものは長老の言う三年前の戦い以外にない。

平時に異世界へと迷い込むはずはないのだから・・・。

 ならば、三年前にあったという戦いを知ること。

それこそが義人を知ること、そして自分がなすべきことが何かを知ることの鍵となることだろう。

 「三年前の戦い。『封魔戦争』、のことね。あたしも詳しくは知らないんだけど、事の始めから全てを話すとなると・・・長いわよ」

 そう言ってリカートが口にしたのは、古い古い伝承、地界とその他の世界との戦いの記録であった。


 この世界の創造は数がその意味を無くすほどの太古に、独りの巨人の死によって行なわれ五つの世界、天界、精霊界、妖精界、人間界、地界が産み出された。

 以来何億、何十億もの歳月を通して、互いの対極に位置する天界と地界は対立し続けてきた。

 その戦いは両者とも母体となるものが、力の質がプラスかマイナスかという違いはあっても、基本的に同じものであったが為、常に痛み分けで終わっていた。

 しかし、一万年前地界に発生した異質なるもの、『オルゲス』が参戦してきたことで、それまでかろうじて支えられていた天地のバランスが崩れ、天界の敗色が濃くなっていく。 一方、永年の宿敵である天界を追いつめ始めた地界も、歓喜に浸っている余裕はなかった。地界もまた危機に直面していたのだ。

 新たに誕生した一族、オルゲスの猛威によって地界の住人たちはその支配権をオルゲスらの王、魔蟲ウォルヅァルに奪われつつあったのだ。

 やがて地界を統べていた魔王の奮闘も虚しく、魔蟲ウォルヅァルは地界を制圧、その矛先を他の世界へと向けた。

 かつてない強力な力の前に、天界を含む各世界はなす術もなくウォルヅァルの足下に平伏していった。が、強大で強力な恐怖としての支配者は、常に敵のみならず味方からも疎まれ、恐れられるもの。

 もとより力でねじ伏せてできた支配体系である。一枚岩のように堅固な、とはとてもいえないものだった。

 ウォルヅァルと刻まれた石碑に入った閥は拡大の一途をたどり、支配権の奪回を企図する地界原住の民と、あまりに強力な力に驚異と不安を駆り立てられていた一部のオルゲスらが結託。

 一か八かの捨て身の戦いを挑む天、精、妖、人、四世界の連合軍の攻撃に呼応し、内部からウォルヅァルの支配体系を切り崩した。

 これにはさしもの魔蟲ウォルヅァルも対抗し切れずに敗退、神々の手で肉体を切り刻まれ、地界全域にまき散らされた。

 その上で、地界全体に封印が施され、その管理と監視のため神々は地界と人間界のあいだに地上界を創り、各世界の住人を移住させたのだった。

 その後、ほぼ千年周期で新たな魔王の元に地界は天界との戦いを続けることになるのだが、その魔王も四代目までは神々が選んだ勇者によってすべて倒された。

 しかし四千年後、鈴音らにとっては六千年前、その倒された四魔王の憎念が一つとなり、大魔王サンディムーアとなったとき、神々は気がついた。

 地界の者は不滅である。たとえ倒したとしても蘇るのだ。しかも共通の目的、意志があれば複数が融合し、より強大な力を持って復活する。

 それでは倒せば倒すほどに強力な魔王の誕生に手を貸す結果を生じてしまう。そこで、神々は魔王を倒すのではなく封印することを思いつき、実行した。

 むろん、実際に行動するのは勇者と呼ばれる戦士たちだったが、それいらい六千年のあいだ五度に渡る魔王との戦いにおいて、勇者たちは剣によって斬り捨てるのではなく、地界のいずこかに封印することを、定められたのだった。

 しかし、封印という消極的な対処には限界があった。

封印の効力は永遠ではなく。

いずれは解けるものだったのだ。

 三年前、その時が来た。

 はじめ大魔王サンディムーアの封印が解け、六千年のあいだ積もりに積もっていたサンディムーアの瘴気が地界を吹き抜けると、その余波によって他の五魔王の封印までが解けてしまった。

 危機に気づいた神々は、かつてない大規模な戦いに向けて各世界から戦士を召集した。過去一万年に及ぶ戦いの歴史で名を馳せた勇者たちの末裔や各教会の神官、ギルドに加盟している魔導師たち、思いつく限りに声をかけ魔王の封印を依頼したのだ。

 結局、集まったのは魔導師、神官を含む千人の戦士と、過去の戦いにおいて魔王を封じた勇者の末裔五人。

 彼らは力を結集して事にあたり、魔王を一人一人確実に封印していった。

 封印の効力が少しでも長続きするよう、封印の地や方法に気を使い。

慎重の上にも慎重を重ねて。

 多大な犠牲を払いながら・・・。

 かくして五大魔王は封印され最後に残った大魔王サンディムーアも、五大魔王の封印によって生じた五芒星の中心に封印される事となったのである。

 五大魔王にかけられた封印が五芒星の一つ一つの星となり、その効力は五芒魔方陣の魔力によって増幅される。

いかに大魔王サディムーアでも確実に封印される。

 勇者五人の生命と引き換えにして・・・・・・。

 熾烈を極めたこの戦いにあって、生き延びたのはわずかに四人。だが、彼らは勝利を告げた後、歓喜に沸き返る人々を残し何処かへ姿を消した。

 その後、彼らの姿を見たものはいない。


 「・・・と、まぁ、これが一万年。わかっているだけで一万年を超える天界と地界の戦いに関する伝承よ。結局のところ魔王や勇者がどんな戦い方をしたか、封印のやり方とか詳細な真実は誰も知らないわ。たぶん、神々でさえもね」

 それはそうかも知れない。

鈴音は心の中で相槌を打った。

しょせん戦いの真実とは、実際に武器を取り敵と相まみえたものにしか見えないものなのかも知れない。

 映画や小説で見る分には勇気ある英雄的行動に見えても、現実に目の前で行なわれていると無謀、自分勝手、残酷な凶悪犯、サディストとそしりたくなる。

 実際に戦ったことのないものにとってそれが、戦いというものなのかも知れなかった。

 「その四人の中に、もしかしたら義人君もいたのかな。だとしたら、女神様がわざわざ迎えに来た理由もわかる気がするんだけど・・・」

 可能性としてはかなり低いだろうな、と思いつつも控え目につぶやく鈴音。そのつぶやきにリカートは形のいい眉を寄せて、不快感をあらわにした。

 「いまさら女神様が誰を何の理由で迎えに行ったかなんて考えてないでよ。もうすでにあなたを中心にして事態は動いているんだから、後戻りはできないんだから」

 怒ったように言ってリカートは道の先を指さした。

そこには小高い丘と言うよりも山があり、頂上には古代ギリシャの建築様式そっくりの建物があった。

 これがアーシェラー山、そしてティアット神殿だろう。

 鈴音は自分を導くというヴァルナ聖典のある神殿を見つめ、悟らざるおえなかった。

 使命の重さを、苦難の旅路を・・・。

 「なるほどね。ちょっと時間がかかって、かなり疲れるのね」

 感情のこもらない声が先刻のリカートの言葉をなぞり、目は目前にそびえる山を下から上へと嘗めるように動いていた。

 そこには万里の長城をそのまま階段に変えたかのように延々と続く石段があり、一気に駆け上がったりすれば天国まで直通で昇天しそうな錯覚を起こさせた。

 見ているだけで息切れしそうな高さと長さなのだ。

 「見てると嫌になるわ、行きましょう。たわわな稲も鋤の一撃からって言うでしょう」

 千里の道も一歩から、というようなことを言いたかったらしい。

まぁ意味は通じたのだから、いちいち確認しようとは思わない鈴音である。

 小さく深呼吸をして、石段の一段目に足をかけた。

これが鈴音にとって本当の意味で冒険の旅路への始めの一歩となる。



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