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わたしの優しいけど、やっぱり意地悪な弟

 携帯のアラームが鳴る。わたしは気づきながらも、布団に体を任せたまま身動きしない。また五分後にアラームが鳴るはずだ。だが、なかなか鳴りやまない。


 わたしはそれを止めようと手を伸ばした。だが、その手が何かに捕まれる。変に思ったわたしが目を開ける前に、まだ高さの残る、聞き馴染みのある声がわたしの耳をくすぐった。


「千波、そろそろ起きろよ」


 ゆっくりと体を起こしたわたしに、影がかかる。

 目をあけると至近距離に樹の顔があった。


「おはよう」


 その言葉と同時に樹が唇を重ねてきた。

 わたしの動揺が落ち着く前に、樹が唇を離す。


 彼氏彼女になって、お互いの部屋には比較的自由に行き来できるようになったが、今のは完全な不意打ちだ。


 わたしは唇を右手で隠し、思わず後退する。


「早く起きないと始業式に遅刻するよ」

「寝起きって雑菌がたくさんいて汚いんだよ。何考えているのよ」


 わたしは慌てる気持ちが先行して、樹の言葉を聞いてはいなかった。


「千波相手なら汚くないよ」


 彼はわたしの耳に唇を寄せると、そう告げる。


 その言葉のせいか、耳元で囁かれたためか、わたしの顔は絵の具の赤で塗りたくったように真っ赤に染まっていたような気がする。


 既に高校の制服を着た樹はわたしの前髪部分を軽く押さえ、目を細めた。


「昨日、遅くまで起きていたんだよな。学校始まったんだから無理するなよ」

「分かっているよ」


 わたしは苦笑いを浮かべた。

 わたしは樹に決意を伝えた日から有言実行をしていた。樹がわたしの決意を理解してくれるのがすごく大きかったのだろう。

 冬休みは二度ほど遊びに行っただけで、今までぼーっとしたりタブレットを触っていた時間もがくんと減った。


「寝過ごしてもこれから毎朝起こしてやるよ」


 そう彼は悪戯っぽく笑う。


「明日からは自分で起きるから」


 彼はわたしの言葉に笑い、下で待つと言い残し、部屋を出て行く。


 今日からまた学校に行く日々が始まる。

 明日からは樹に起こされないように起きよう。

 これは心臓に悪すぎた。


 わたしはベッドから体を起こすと、深呼吸をして制服に手を伸ばした。

 高校一年のときは普通に過ごして、樹が同じ学校に入ってきて、彼と仲良くなって、ずっと彼のいい姉になりたかった。

 だが、その願いはもう半分は叶わないものになった。わたしと樹は恋人同士になったのだから。

 それには、これから先もずっと恋人でいたいというわたしの願望も入っているだろう。


 後ろ指をさされるかもしれない。

 嫌な思いをすることもあるだろう。

 それでも、わたしは樹ともっと一緒にいたい。

 わたしは樹と一緒にいることでいろいろ頑張れるし、幸せになれると親に分かってもらうためにも。


 わたしはリビングに行くと、お母さんの準備してくれた朝食を食べる。

 すでにお父さんと樹、日和がいて、ちょうどお父さんは食べ終わったところだ。

 彼はわたしと樹を見ると、言ってくると声をかけ、家を後にした。

 お父さんもお母さんもあれから何も言ってくることはない。

 日和曰く、今は様子見の期間なのではないかということだ。

 逆をただせば、わたしたちの頑張る期間でもある。

 少しでもわたしたちの関係を認めてもらうために。


 朝食をとると、樹と一緒に家を出た。

 恵美の件はあれで収まったのかは分からない。

 恵美は翌日以降は普通に学校に来ていたようだが、二学期を終えるまで、彼女は何も樹にリアクションを取ってこなかったようだ。写真をばらまかれた形跡もなかった。

 だからといってもう迷うことも、気持ちを偽るつもりはないけれど、不安は少なからずある。


「そのうち、学校に広まっていたりするのかな」

「広まっていても、板橋先輩もいるし、大丈夫だと思うけどね。それに、俺もいるから」


 囁くような甘い言葉にわたしの顔が赤くなるのは必然だ。


「何を言っているのよ」

「何って、俺は普通のことしか言っていないけど」


 そう。過剰に反応したのはわたしで、樹の言葉はいるといっただけで第三者的に見れば何もおかしいことはない。

 わたしは文句を飲み込み、頬を膨らませ樹を睨む。

 そんなわたしを見て、樹は優しいながらもどことなく意地悪に微笑んでいた。


                                   終

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