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神々の決断

神殿。


神々が集まる場所。


天空に浮かぶ巨大な円形の神殿は、いつ見ても人の理から外れていた。

大地のどこにも根を下ろさず、雲より高い場所に在りながら、確かな重量をもって空へ君臨している。白くも黒くも見える古い石で築かれた床は、長い歳月の中で無数の神々の足音を受け止めてきた。その周囲には、天を支えるように石の柱が無数に立ち並び、どの柱も人間の城など比べものにならぬほど巨大だった。


空は赤黒い雲に覆われている。


この世界の空は、神々の意思によってたやすく色を変える。

怒りがあれば赤く染まり、死が近づけば黒く沈み、雷の神が声を荒げれば雲の奥で青白い閃光が走る。今日の空は、そのどれもを孕んでいるような色だった。深い赤と黒が混じり合い、今にもどこかが裂けそうな不穏さを神殿の上に重く垂れ込めさせている。


その中央に――

神々が集まっていた。


炎の神。

雷の神。

水の神。

風の神。

そして数多くの古い神。


若い神々のように感情をすぐ表へ出す者ばかりではない。

長い時を生きた古い神々の中には、顔色一つ変えず座している者もいた。

だが、この場にいるすべての神のあいだに共通していたものがある。


空気が、いつもの会議とは違った。


重い。


それは単に深刻な議題があるというだけではない。

もっと直接的で、本能的な緊張だった。


殺気に近い空気。


言葉が交わされる前から、すでに「何かを決めにきた」場であることが分かる。

しかも、それは穏やかな調整や領地の線引きではない。命を断つこと、存在を消すことを前提にした空気だった。


神殿の中央に立つ神が言う。


「確認された」


低い声だった。


それだけで神殿のざわめきが止む。


「闘神の領地」


「人間の騎士見習い」


一語ずつ、重く置くように告げられる。


神々の視線が集まる。


誰もが、その続きを待っていた。

ある程度の予感を持つ者もいる。

だが、名が告げられるまでは口を挟まない。


「名は――」


少し間を置く。


「ホープ」


その名前が落ちた瞬間。


神殿がざわめいた。


低い唸りのようなざわめきだった。

驚き。

嫌悪。

そして、確信した恐怖。


別の神が言う。


「間違いないのか」


その声には、事実を疑うというより、疑いたいという響きが強くあった。


監視の神が前に出る。


細い体。

冷たい目。

訓練場へ降り立ち、ホープの力の覚醒を直接見た神だった。


「この目で見た」


冷たい声で言う。


「時間が止まった」


神々が息を呑む。


それはただの強い神力ではない。

ただ剣が優れているとか、闘神の血ゆえに身体能力が高いとか、そういう話ではない。

“時間が止まった”――その一言は、神々にとって昔の恐怖をそのまま呼び起こす言葉だった。


「時の神の力だ」


監視の神は続ける。


その声には興奮も誇張もない。

だからこそ、事実としての重さが増していた。


そしてさらに言う。


「さらに」


「闘神の神力も確認」


神殿が一瞬、完全に静まった。


誰もすぐには言葉を返せない。


風の音もない。

雲のうなりも、遠く感じるほどの静けさだった。


やがて怒号が上がる。


「ふざけるな!!」


雷の神が立ち上がる。


その怒声だけで、柱の隙間を走るように青白い雷が一筋走った。

気性の激しい神だった。かつてから闘神を快く思ってはおらず、時の神の存在もまた不気味がっていた。


「闘神の血と」


「時の神の血だと!?」


炎の神が唸る。


燃えるような赤い神気が、その肩から揺らめく。


「そんな存在」


「生かしておくわけにはいかん」


水の神が低く言う。


感情をあまり表へ出さぬ神だ。

だが、その声には底冷えするような警戒があった。


「闘神が隠していたのか」


その問いに、監視の神が首を振る。


「恐らく違う」


「少年自身も理解していない」


訓練場で見たホープの顔を思い出していた。

あれは演技ではない。

本当に何が起きたのか分からず、自分自身の力に怯えた顔だった。


だが別の神が言う。


「問題はそこではない」


静かな声だった。


歳経た古い神の一柱。

声を荒げずとも、場を押さえる重みがある。


「問題は」


その神の目が光る。


「その存在だ」


その言葉に、神々は皆、同じ結論へ近づいていく。


闘神の力。


神々の中でも最強の戦神。

剣と神力において、正面から抗える者はほとんどいない。


そして、時の神。


時間を操る神。

神々が最も恐れ、最終的には追い詰めることになった存在。

未来を見、流れを知り、止めることすらできる神。


その二つが混ざれば――


神の支配すら超える。


その可能性を、ここにいる誰もが理解していた。


風の神が言う。


「未来が見えない」


その言葉に、神々の顔が変わる。


時の神がいた頃。

未来は見えていた。


完全ではなくとも、流れはあった。

分岐はあっても、その先に何が待つかを、時の神はどこかで掴んでいた。

だからこそ恐れられた。


だが今は違う。


その力は、散って消えたのではなかった。

あの少年にある。


しかも、闘神の血と結びついた形で。


ある神が低く言う。


「成長すれば」


「神々すら滅ぼす」


沈黙が落ちる。


その沈黙は、否定ではなかった。

誰も「そこまではいかない」と言えなかったからだ。


むしろ、皆がその未来を想像してしまった。


成長したホープ。

闘神の強さを持ち、時の神の力を自由に使う存在。

その前では、神殿も、神々の序列も、古い支配の理も、もはや意味をなさないかもしれない。


やがて、一人の古い神が立ち上がる。


その動きは遅い。

だが、その遅さゆえにかえって場の全員が視線を向けた。


声は重かった。


「結論は一つだ」


神々がその言葉を待つ。


すでに多くの者が同じことを考えている。

だが、誰かが最初に明言しなければならない。


そして古い神は言った。


「今すぐ殺せ」


神殿が震える。


その一言には、ためらいがなかった。

人間の少年かどうかは関係ない。

生まれたばかりの罪なき存在かどうかも、もはや問題ではない。


危険だから殺す。


神々の論理は、そういう形で冷酷だった。


「少年が力を理解する前に」


「成長する前に」


「殺す」


雷の神が頷く。


「賛成だ」


炎の神も言う。


「放置すれば」


「第二の闘神になる」


水の神が低く言う。


「いや」


「それ以上だ」


その言い方には、闘神に対する畏れすら混じっていた。

闘神だけでも十分に危険だ。

だが時の神の力まで乗れば、それはもう“第二の闘神”ではない。

別の災厄だ。


神々は決めた。


神殿の中央で。


古い神が宣言する。


「神々の総意として決定する」


重い声だった。


その一言で、ここは単なる意見の交換の場ではなくなった。

神々の共同意思が、一つの死を定める場になった。


「ホープを処刑する」


「即時」


「神々の刺客を送る」


その宣言に合わせるように、神殿の空気が震えた。


雲の奥で雷が走り、石柱の影が揺れる。

まるで神殿そのものが、その決定の重さを受け止めて低く唸っているようだった。


だがそのとき。


一人の神が小さく言った。


「……闘神はどうする」


その一言で、神殿はまた静かになる。


誰もが分かっている。


その少年は――

闘神の子。


隠されていたかどうかはともかく、その血が事実である以上、闘神が黙って見ているはずがない。


たとえ少年本人がまだ真実を知らずとも、闘神がその存在をどう思っているかは別問題だ。


そのとき、雷の神が笑った。


乾いた、冷たい笑いだった。


「簡単だ」


その声音には、むしろ待っていたとでも言いたげな色があった。

もともと闘神を敵とみなしていた神にとって、この事態は“都合のよい口実”にもなりうる。


「もし闘神が邪魔をするなら」


空気が重くなる。


雷の神は言った。


「闘神ごと殺す」


誰も、すぐには否定しなかった。


それは無謀な言葉だ。

闘神を殺す。

それは神々が長年できなかったことでもある。


だが今、この場にはそれでも踏み切るだけの恐怖があった。


ホープを生かすことはできない。

もし闘神が守るなら、闘神ごと排除するしかない。


炎の神が低く笑う。


「ようやく正面からやる気か」


水の神は黙ったままだが、その沈黙は反対ではない。

風の神は遠い目で、見えなくなった未来の先を探るように空を見ている。


古い神が最後に言う。


「躊躇は許されぬ」


「少年が次に目覚める前に、終わらせる」


その声で、すべてが決定になった。


神々の会議は――

そこで、戦争を決めた。


ただ一人の少年を殺すために。

そして必要なら、闘神という神そのものをも消し去るために。


空の上の神殿で下されたその決定は、まだ地上の誰も知らない。

訓練場で力の覚醒に怯えているホープも。

その異変を見て胸を震わせた妻も。

そしてすでに事態の深刻さを悟り始めている闘神でさえ、この瞬間、神殿でどこまで話が進んだかまでは知らない。


だが、一つだけ確かなことがあった。


もう、引き返せない。


ホープの存在は、ついに神々の恐怖そのものになった。

そしてその恐怖は、必ず刃となって降りてくる。


神殿の上では、赤黒い雲がさらに深く渦を巻いていた。


まるで、世界そのものがこれから始まる戦を予感しているかのように。

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