52 病室にて
ダンジョン1階層に戻った俺は、配信を終了するとそのまま足早にダンジョンから出て外へ向かった。
向かう先は、歌が入院している病院だ。
霊薬なら四肢欠損を修復できる可能性が高い。管理者空間でそう聞いた。
だがあくまで可能性が高いというだけで、絶対に治るとは言われていない。
もしこれで治らなかったら、その時はエリクサーを作るしかない。そうなるとエリクサーの素材を探す必要があるし、またさらに時間がかかってしまう。
そう考えると、自然と足が速くなる。
病院に入ると、受付の職員がすぐにこちらに気づいた。
探索者である俺のことを覚えていたのか、それとも配信を見ていたのかはわからない。
「花歌さんぽ...、いや、花咲歌のところに行きたいんですが」
「はい、少々お待ちください。...確認できました。面会可能です」
案内されるまま病室へ向かう。
道中、マジックバッグに手を入れて選択のオーブを何度も確かめた。
大丈夫だ、ちゃんとある。問題は、本当にこれが歌に効くかどうかだけだ。
病室に着き扉を開けると、そこにはベッドに座る歌とその傍にいる三羽つばきの姿があった。
「...あれ?もう来たんですか?」
「早いわね。さっき配信終わったばかりでしょ?」
二人の言葉に答える前に、マジックバッグへ手を入れ選択のオーブを取り出す。
そして使うと念じると、オーブに何を選択するかの文字が浮かび上がった。
俺は迷わず霊薬を選択。するとオーブは光り輝き、光が収まると俺の手には液体が入った瓶があった。
「なに今の?」
「100階層のドロップアイテムだ。歌、これを使ってくれ」
差し出した瓶に二人の視線が向く。
「これって...?」
「霊薬だ。四肢欠損にも効く可能性が高いらしい」
「...聞いたことないわね。100階層で初めて手に入れたもの?」
「そうだ」
それを聞き、三羽つばきは少し訝しんだような顔をした。
「今さっき初めて手に入れたものなのに効力がわかるの?」
「そういうスキルを持っている」
「そう...。可能性が高いってことは、絶対じゃないのね?」
「ああ。だが、普通の治療よりはずっと可能性が高い」
少しの沈黙。それから歌は、ゆっくりと頷いた。
「...ありがとうございます。使わせてもらいます。」
「これって飲むのか?それとも傷口に...」
「スキルでわからないの?」
「さすがにそこまではわからないな」
「多分、飲むんじゃないんですかね?ポーション系は基本そうですし」
少しだけ迷ったあと、歌は意を決したように瓶の蓋を開けた。
中の液体は透明だが淡く光っていて、見ているだけで普通の薬ではないことが分かる。
「じゃあ...いきます」
歌は瓶に口をつけ、そのまま一気に飲み干した。
直後は何も起こらない。
だが、数秒遅れて歌の表情が強張った。
「っ...!」
「歌!?」
「どうしたの!?」
傷口の断面が淡く光り始める。
そこから、何かが伸びるように形を成していった。
骨。
筋肉。
血管。
皮膚。
失われたはずの右腕が少しずつ、しかし確かに再生していく。
「うそ...」
「ほんとに...治るのか...」
三羽つばきが呆然と呟く。
俺も何度も見てきた回復とはまるで違う光景に、言葉を失っていた。
やがて光が収まった時。
歌の肩から先には、元通りの腕があった。
「はあ、はあ...」
歌が息を荒げて、そのままベッドに倒れこむ。
「だ、大丈夫!?」
三羽つばきが慌てたように声をかける。回復したはずなのにそれだけ息が乱れるなんて...。
副作用はなかったはずだが...。
「なんか...すごいエネルギーを持っていかれたというか...そんな感じがする...」
「...腕を生やすわけだからな。もしかしたらその分カロリーとか栄養を使うのかもしれない。」
「カロリーとかで腕が生やせるの?」
「わからん。だが薬の力だけではなく、本人の力も必要な感じはするな。」
探索者で、レベル70前後の歌がこれほど消耗するんだ。一般人が使えば気絶してしまうかもしれないし、老人とかが使えば治ると同時に命を落とすかもしれないな。
...手に入れたとしても、気軽に使うものではないかもしれない。
「歌、大丈夫?腕は動かせる?」
「ちょっと...待ってね」
三羽つばきが歌の生えてきた手を握る。
すると歌は、弱弱しくもその手を握り返した。
「よかった...動いてる...」
「動きはするけど、ちょっと力が入りにくい...。すぐに元通りってわけにはいかないのかも...。」
「さすがにそこまで都合のいいものではなかったか」
元には戻せたが、リハビリのようなものが必要になるかもしれない。
だが、ちゃんと戻ったという事実を確認できたことで、肩の荷が少し降りたような気がした。
「でも、本当に元に戻るなんて...!ありがとうございます!えーと...例の探索者さん?」
「そういえば、あなたのことなんて呼べばいいの?別に本名を教えろとは言わないけど、呼び方くらいは教えてほしいわね」
そう言われて、少しだけ考える。
影山にも同じようなことを言われたし、配信でも少し話題になったことがある。
正直、名前なんてなくても困らないと思っていた。だがこうして何度も聞かれるなら、さすがに決めた方がいいのかもしれない。
「...じゃあ、レイでいい。」
「レイ?」
「例の探索者、から。呼びやすいだろ」
「あはは、なにそれ。適当ですね」
「でも覚えやすいわね」
本名に掠りもしていないが、言いやすいし覚えやすいしこれでいいだろう。名乗る機会はそんなにないかもしれないけどな。
「では改めまして。ありがとう...と言ったらお礼の言い合いになるかもしれませんが、それでもありがとうございます、レイさん。」
「ああ。こちらこそ助けてくれてありがとう、歌。」
「レイ、ね。探せばたくさんいそうな名前だけど...まあいいんじゃない?あなたは名前被りなんて気にしなさそうだし」
三羽つばきの言う通り、他にレイという名前がいても特に気にはしない。
もし被った相手が気にしているのなら、別に変えてもいいくらい拘りはないからな。
「さて、歌の腕も治ってめでたしめでたし、といったところで。どうせなら100階層や101階層の話を聞かせてほしいわね?」
「あ、よければ私も聞きたいです。もちろんレイさんが話したくないなら断っても大丈夫ですよ」
腕も治り名前も決まりひと段落ついたところで、話はダンジョンの話題へと移った。
100階層や101階層か...。そこの話はいいんだが、管理者空間について話すかどうかだな。
...彩風三花になら話してもいいかもな。同じ深層探索者だし、いずれ俺と同じように管理者空間に行くかもしれない。
それに、下手に情報を漏らすようなチームでもないだろう。
「そうだな...。じゃあまずは100階層のドラゴンから...」
管理者空間の話をする前に、まずは100階層のドラゴン、アシュファンについての話しをする。
歌の腕も治ったので、彩風三花はこのまま探索を続けるだろう。となると、いずれはアシュファンとも戦うことになる。
その手助けのためにも、情報は渡しておこう。とは言っても...
「戦うほどに強くなる...?」
「どうしてそれがわかるんですか?」
アシュファンは戦うほどに強くなる、らしい。なので情報を渡したところで、それほど役に立たないかもしれない。
そしてその情報を渡すと、当然何故知っているのかという話になる。
「実は、101階層に行こうとしたところで異変が起きたんだ」
「少しだけ配信が途切れたこと?」
「ああ。実はその時に...」
そこから管理者空間の話を伝えた。
ダンジョンには管理者がいること、補佐システムや自動システムがあること、現在管理者はいないこと、そしてダンジョンは最終的に216階層まで続くこと。
それを聞いた二人は、しばらく呆然としたままだった。
「...嘘を言っているとは思わないけど、それでもなかなかに信じがたい話ね」
「うん...。レイさんが言うなら本当なんだろうけど、それでも、ね...」
さすがにすぐには信じられないらしい。
当然のことだな。俺だって他の人からこの話を聞いたとしたら、信じないと思う。
「話せた段階でちょっとスッキリしたし、無理に信じる必要はないぞ。俺一人で抱えるには、ちょっと重い情報だと思っただけだ」
「ああいや、疑っているわけじゃないわ。ただなんというか、整理しきれていないだけよ」
「そうそう、信じられないっていうのは言葉の綾で、実際は理解が追い付いていない、みたいな感じ?」
俺の言葉に二人は慌てて訂正をしてきた。
「この話、もちろん一般には出さないけど、ふーちゃんには教えていい?」
「ああ、もちろんいいぞ。...というか、風雅れんげはどこに行ったんだ?」
「さあ?さすがにプライベートのことまでは知らないわ。別に私たちも常日頃から一緒ってわけじゃないし」
それは当然と言えば当然だが、三人セットみたいな印象があったからな...。
「今の話を聞くに、知れないことは多いけど、逆に言えば権限を得たらそれらの情報は知ることができる、ってことね」
「そういうことだろうな」
「気になるのは、外部からの干渉?ってやつだよね。もちろんダンジョンの構造を変えたりできるっぽいのも気になるけどさ」
そこから俺たちは、限定的に公開された情報を基にダンジョンについて話し合った。
だが結局はどれも推察の域を出ないもので、はっきりとした答えは出なかった。
ちなみに後日このことを知った風雅れんげは、仲間外れにされた、と言ってしばらくムスっとしていたらしい。
ついでに病院の先生にも怒られました。勝手に治療したらそりゃ怒られますよね




