40話 新たな接触者
マジックバッグの奥から、しばらく使っていなかった装備を取り出す。
それは、30階層台で使っていた剣だ。
(懐かしいな...)
これを持って、必死に30階層台を突破していた頃を思い出す。
当時はこれでも十分強い装備だと思っていたし、実際かなり世話にもなった。
だが当然、今のままでは90階層で通用しない。
『巨大爬虫類特攻』という特殊効果が本当にヤマタノオロチに効くのだとしても、その効果だけで勝てるほど甘い相手ではない。少し掠るだけで首を斬り落とせたりするならともかく、そんなに強力な訳がないからな。
現在付与されているのは、30階層台で使っていた時のもの。この付与を、深層用にする必要がある。
だが30階層台の剣は、付与が二つしかできない。この二つを何にするかだが...。
「さて、どうしようかな...」
そもそも付与が減るのなら、巨大爬虫類特攻が効いたとしても、深層用の剣と大差ないのではないかとも思う。だが試しもせずに決めつけるのはよくない。
かと言って、特殊効果が効くかどうかを確かめるためにとりあえずこのまま行ったとしても、付与が弱いのでまともな戦いにならないのは目に見えている。なので、ヤマタノオロチ相手にちゃんと戦える付与にしなければならない。
候補はいくつかある。
まず単純に考えるなら、『切れ味上昇』や『重量軽減』のような使いやすい付与。
これなら扱いやすく、普段の戦闘感覚に近いまま戦える。
だがそれだと技はなくなる。特殊効果が効くなら、威力は技に頼らなくてもいいのか?
ならば、威力ではなく素早さ。『瞬迅斬』のような付与をするべきだろうか。重量軽減があるから素早く触れるとはいえ、やはり一瞬の隙で攻撃したりするのならば瞬迅斬は欲しい。
特殊効果が効く前提で付与での威力を捨てるなら、『切れ味上昇』はナシでいいか?そうなると、瞬迅斬と重量軽減か。
しかし30階層台の剣は、深層の剣と比べると耐久力が低い。折れないために『頑丈』をつけた方がいいかもしれない。
いや、剣で攻撃を受けなければいい話だし、もしその場面になったとしても『瞬間装備』のスキルで別の剣に持ち替えればいい話だ。
「うーん...」
二つとなるとなかなか決まらないが、とりあえず一つは『瞬迅斬』確定でいいだろう。
ひとまずその付与素材を手に入れるために、俺は準備をしてダンジョンに向かった。
そしてダンジョン前に到着。
瞬迅斬の付与素材は、75階層の中ボスから入手できる。なので75階層の転移石を持って、ダンジョンに入る魔法陣まで行こうとしたところで...
何か妙な感じがした。
「...?」
言葉にするのは難しい。だが、とにかくわずかな違和感があった。
ダンジョン周辺は人がたくさん行き来しているし、多くの建物がある。どれもいつもと変わらない風景のはずだ。
しかし、この中に何かがいるというのが直感でわかった。
『気配感知』を広げるが、それだけでは特に異常は見当たらない。ならばと思い、俺は『看破』を創造し、辺りを見渡す。
そして...見つけた。
ダンジョンに入る魔法陣の横で、携帯ゲーム機で遊んでいる男。こいつが違和感の正体だ。
見た目は少年のように見えるその男は、注意して見なければ認識できないほど『薄い』存在だった。
そんな場所でゲームをしているのも妙だが、何よりその存在感のなさが異様だった。なにせはっきりと認識した今ならわかるが、この男は相当に強い。強いのに、気配が薄い。...おそらく、隠密系のスキルか?
変なやつだと思いながら見ていると、俺の視線に気づいたのか相手は顔を上げた。
そして目が合うと、嬉しそうな笑顔をして手招きをしてきた。
俺のことか?と思い自分を指さしてみると、コクコクと頷く。どうやら俺をお呼びらしい。
一応『危険感知』を創造して警戒しながら近づくと、相手はゲーム機をしまい話しかけてきた。
「こんにちは。とりあえずちょっと移動しようか」
「...ああ」
魔法陣の横は人通りが多くて話すには不向きなので、場所を変えるのには賛成だ。
少し歩き人通りが少ないところまで来たところで、相手はおもむろに杖を出してきた。
「ちょっと君にも隠蔽の魔法をかけさせてもらうね。周りに見つかると騒がれるかもしれないからさ。」
「...わかった。」
危険感知に反応はないので、そう言って実は騙し討ち、ということはないだろう。
相手が魔法を放つと、言葉通り俺にも隠蔽の効果がかけられた。
「さて、改めまして。いきなりの来訪ごめんね。僕は『天譚九曜』のメンバーの一人、影山さ。」
「天譚九曜...」
あまり探索者に詳しくない俺でも、その名は聞いたことがある。なんせ日本のトップチームだ。ダンジョンアプリのトップニュースにもしょっちゅう乗っている。
ただ、メンバーの顔や名前までは詳しく把握していなかった。探索初期の頃に調べたことはあるが、さすがに忘れている。覚えているのはせいぜいリーダーの名前くらいだ。
トップチームのメンバーがなぜこんなところに?
黙っている俺を見て、影山は慌てたように言葉を続ける。
「あ、知ってるって決めつけて話しちゃったけど、天譚九曜って言うのはね...」
「日本のトップチームだろ。さすがにそれくらいは知っている。」
「なんだ、知ってるんじゃん。まあ今はもうトップじゃないけどね。君がいるからさ」
影山は愉快そうにケラケラと笑う。
「それで、なんでこんなところに?天譚九曜は東北が拠点だろ?」
そう、天譚九曜は関東のチームではない。たしか東北で活動していたはずだ。だからこれまで会うことはなかった。
それがわざわざ関東のダンジョンにまで来るなんて...。いや、そういや以前に関西から来たやつがいたな。もしかして同じ理由か?
「それはもちろん、君に会いに来たのさ」
同じ理由だった。
「俺に会うために関東まで来たのか。」
「そりゃそうさ。今や君は、探索者の中では知らない人がいないほどだからね。」
「...それは光栄なことだな。」
なんと返事すればいいのかわからなかったので、とりあえず肯定っぽく返しておく。
「ただ、探索者への接触って厳しいからさ。普通はメールとか事務所に連絡してアポを取るんだけど、君は個人だし連絡先もない。だからマナー違反ではあるけど、ああして周囲から見えないようにして待ってたってわけ。」
なるほどな。俺は他の探索者に会おうとしたことがないから知らないが、探索者への接触というのはそんなに厳しく見られているのか。
「というか、よく見つけられたね。さすがだよ。気づかずにダンジョンに入ろうとしたら、後ろから驚かしてやろうと思ったのに。」
「一瞬見逃しかけたけどな。というか、俺が来るってわかっていたのか?」
「君は大体このくらいの時間に配信しているからね。潜るならこの時間かなとアタリをつけていただけだよ。まぁ今日は探索休みの可能性もあったから、数時間ゲームで時間潰して来なかったら帰るつもりだったよ。」
なんとも気の長いことである。
「俺に会うまで毎日続けるつもりだったのか?」
「1週間くらいはやるつもりだったよ」
「探索は?そんなにチームを離れていいのか。特に今は、70階層攻略中だろ?」
以前ダンジョンアプリのニュースで、69階層を突破したと書いてあった。つまり今は70階層のボスに挑んでいるはずだ。それなのに1週間も離れて平気なのか。
「平気だよ。見ての通り僕は隠密・斥候担当で、戦闘は得意じゃないからね。全く戦えないってわけじゃないけど、まだ突破していないボスのチームメンバーに入るほどじゃない。」
「それでも、人手はあったほうがいいんじゃないか?」
戦闘が苦手でも、ポーションを渡したりなどのサポートはできるはずだ。
「あー、僕らのこと、名前だけ知ってる感じかな?僕らは全員で9人いるんだよ。だから全員でボスに挑むわけにはいかない。いや、ダメってわけじゃないけどね。」
「...連携の問題か?」
9人というのは少し多いので、連携を取るのは少し難しいかもしれない。だが70階層まで来たチームが、ボス戦とはいえ連携でつまずくだろうか?
すると影山は、キョトンとした顔をした。
「いや、そうじゃなくて...。ボスの人数制限の法則だよ。もしかして70階層は制限なかったりする?」
「人数制限?」
なんだそれは。初めて聞いたぞ。
「もしかしてずっとソロでやってたから知らないのかな?ボスは規定人数を超えて挑もうとすると、強化されるんだよ。」
「...そうなのか?知らなかったな。」
初耳だ。だがたしかに、少し考えればわかることか。
人数が無制限なら、100人くらいで挑めば死傷者は出れども深層を突破できるだろう。
そしてそれができるなら、どこかの金持ちが大量のチームを雇ってとっくに90階層まで来ていてもおかしくない。
それがされていないのは、その法則があったからか。
「まあその話が広まってきたのは最近だけどね。浅層は制限も緩いし強化もそれほどされないから、今までは『個体差だろう』って言われていたんだよ。でも中層以降は如実に差が出てくるよ。」
話を聞いてみると、どうやら10階層は制限なし。
20階層は10人まで、30階層は9人まで、40階層は8人まで...となっているらしい。
つまり70階層は5人までで、6人以上になると強化されてしまうということだ。
「前線のチームは大体知っているんだけどね。実際、この前彩風三花と烈煌四雅が60階層を突破したんだけど、その時も1人抜いて挑んでいたからね。ほら、その二つのチームって合わせて7人だからさ。」
「そうなのか。」
「まあ、君が知らないのも無理ないか。ずっとソロだもんね」
影山はそう言って笑う。
「そういえば、普通に話してくれるんだね。なんとなくの印象だけど、『他とはできるだけ関わらないぜ』みたいなスタンスかと思ってたよ。」
「別にそんなことはないぞ。情報交換とかできるならしたいと思っているし。ただ、深層の素材を求めてきたりチームへの勧誘がたくさん来たりするのに時間を取られたくないだけだ。」
「ふーん。それならよかったよ。出会って即帰らされるっていうのもあり得ると思ってたからさ。」
そう思っていたのによく東北から来たな。
「で、君と会って話したかった事なんだけど、まずはお礼を言いたくてさ。君の解説、かなり助かってるんだ。おかげで65階層を突破できて、そのまま69階層突破までいけたからね。」
「...そうか。参考になったのならよかった。そのまま70階層、80階層と来て、新しい素材や情報を見つけてくれると俺も助かるな。」
「気が早いね。でももちろんそのつもりだよ。20階層離されているとはいえ、僕らにも長い間トップを張ってきた意地があるからね。90階層はとんでもなくきつそうだけど、追いつくどころか追い越すつもりさ。」
随分頼もしいことだ。しかも、それを言えるってことは...
「ヤマタノオロチを超える気もあるんだな。」
「当然。あの戦いを見て、いくつかのチームは深層に行くのを尻込みしちゃってるみたいだけどね。僕らはやる気さ。追い越したら、今度は僕らが君に情報提供してあげるよ。」
こちらを見てニヤリと笑いながらそう言った。
「その時は頼む。期待してるぞ。」
次回は3月23日(木)更新です




