第5話:最初の脱落者
案内ロボに連れられて、二人が最初に足を踏み入れたのは、西ゲートからさらに西に進んだ『未来の都市』パビリオンだった。他の参加者たちも、それぞれのバスで到着し、最初にここに集められているようだ。そこには、2050年の社会インフラを支える最新技術が、静かな威圧感を放ちながら展示されている。
パビリオンの中央には、要と悟を含め、選ばれし10組20名の参加者とその同伴者が、わずかな緊張と好奇心を滲ませながら集っていた。その顔ぶれは、まさに多種多様だ。年齢制限ギリギリであろう、20代半ばの風格ある青年ペアもいれば、どう見ても小学生にしか見えない、利発そうな少女とお父さん(?)の親子連れもいる。そして、ひときわ目を引くのは、美しい銀髪を長く伸ばし、澄んだ青い瞳を持つ姉妹の姿だった。国籍も、年齢も、背景もバラバラな彼らが、ただ一つの『金のたこ焼き』という奇妙な共通点だけで、今この場所に集っているのだ。
しかし、参加者の一人である伊集院カケル(いじゅういんかける)は、パビリオンにある最新技術たちを見て鼻で笑った。
「なんだ、つまらない。あそこの自律型重機は、ウチの会社がとっくに導入済みだ。あっちの共通キャビン『アリスシステム』とやらも、毎日の通勤で使っている。どれもこれも、俺が既に手に入れているものばかりじゃないか。何か新しいものはないのか、新しいものは!」
彼の不満げな声がパビリオンに響く。父親が国内有数の大企業の役員であり、何不自由なく育った彼にとって、ここに展示されているものの多くは日常の延長でしかなかった。
その、カケルの目が一点に釘付けになった。
パビリオンの中央、栄光の台座に鎮座する、一台のマシン。馬のしなやかさと、ライオンの力強さを併せ持つ、四本足のビーストマシン。そのボディには、KAWASAKI "CORLEO" の名が刻まれている。
それは、25年前の万博で、まだ動かないモックアップとして展示されながらも、その斬新なコンセプトで人々を熱狂させた伝説のマシンだった。四半世紀の時を経て、いわく付きの「水エンジン」――真水から無限のエネルギーを生み出す禁断の技術――を心臓部に搭載し、今、完成形として目の前にある。
「ほう……」
カケルは、展示台の手前に張られたチェーンをいとも簡単に、そして躊躇なく跨いだ。周囲の制止も聞こえないかのようにコルレオに歩み寄り、その背にまたがる。
「なかなかいい乗り心地じゃないか。これは気に入った。おい、案内ロボ!これはいくら出せば買えるんだ?」
カケルがそう言い放った、その瞬間だった。
それまで生命を宿した森のように、穏やかなカワサキグリーンに光っていたコルレオのボディが、瞬時に警告の赤へと変色する。刹那、ハンドル、ステップ、そしてカケルの胴回りに、金属製のベルトが音もなく出現し、彼をマシンに完全にロックした。本来は乗り手の安全を守るための保護機構が、今は拘束具と化している。
『GGuuRRRRoOOOAAAAARRRRRッ!』
真っ赤なボディのコルレオは、カケルをロックしたまま、獰猛な獣のように後ろ脚で立ち上がり、巨大な咆哮を上げた。それは、神聖な領域を侵した愚か者への怒りの声だった。
次の瞬間、コルレオは展示台から飛び降りると、恐るべき速度でパビリオンの外へ疾走。そのまま西ゲートの屋根をも軽々と飛び越え、地下万博の闇の中へと走り去ってしまった。
あっけにとられる参加者たち。
誰かが呟く。
「……今のは……なんだったんだ?」
こうして、最初の脱落者が決まった。
* * *
伊集院カケルを乗せたコルレオが闇に消え、パビリオンには呆然とした沈黙だけが残された。何人かの参加者は、今のが現実の出来事だったのかと、互いに顔を見合わせている。
その時、だった。
何もない空間に、すぅっと光の粒子が集まり、一枚のバーチャルモニターが音もなく姿を現した。画面には、今回の参加者である10人の顔写真が、整然とグリッド状に並んでいる。
次の瞬間、伊集院カケルの写真が中央で大きくクローズアップされ、その上に無慈悲なほどの極太のバツ印が、音もなく重ねられた。
『伊集院カケル様、退場』
写真と文字が淡く消えると、今度はスピーカーから、穏やかで、しかし感情の読めない合成音声が流れ始めた。地下万博の主催者の声だ。
「参加者の皆様。今回の地下万博ツアーでは、皆様の発言、動作、生体反応をリアルタイムでモニタリングさせていただいていることは、事前にお知らせし、ご承諾いただいたとおりです」
その丁寧な口調は、まるでホテルの案内係のようだ。
「モニタリングの結果、『特別な人』に選ばれる可能性がゼロになった方は、一週間という期間終了を待たずに即時退場していただくことになります。また、展示物には触れていただいても構いませんが、くれぐれも節度ある行動を心がけてくださいませ」
そこで言葉は途切れ、モニターは再び光の粒子となって、跡形もなく消え去った。まるで、最初から何もなかったかのように。
「……なるほどな」
最初に沈黙を破ったのは、悟だった。彼は腕を組み、皮肉ではなく、純粋な分析として呟く。
「先ほどの彼は少々騒がしかったし、基準に満たないと判断され次第、即時退場というのは、運営側にとっては極めて効率的だ」
「そうだね。あの人はずっと自分語りがすごかったしね」
やれやれ、と肩をすくめながら要もうなずく。恐怖よりも先に、厄介者がいなくなったことへの安堵が来た。
だが、父子の冷静な反応とは裏腹に、他の参加者たちの間には、明らかに緊張と疑心暗鬼の空気が走り始めていた。




