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いのちの続きを、この地下で ~地下1,000mの大阪万博で出会った君は、アンドロイドの体で僕に微笑んだ~  作者: 春凪一
第三部

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第49話:いのちの代償

▼Day6:ドナーと鍵、そして宝物



Day6、午前9時。


三人は、星影燈に導かれて、再び大阪ヘルスケアパビリオンの前に立っていた。Day4に璃奈が告白をした、因縁の場所。三人の間には、言葉にならない緊張感が漂っていた。


燈は、Day4に立ち入った展示エリアには目もくれず、三人をスタッフ専用通路の奥にある、何の変哲もない壁の前へと導く。彼女が壁にそっと手を触れると、音もなく隠し扉が開き、柔らかな光が三人を誘った。


その先にあったのは、豪華なVIPルームだった。


柔らかなソファと美しい観葉植物が置かれた、落ち着いたラウンジのような空間。燈は三人にソファを勧めると、サイドテーブルに用意されていたグラスを手に取った。


「まずは、少し落ち着きましょう。……昨夜は、希望と同時に、厳しい現実を突きつけてしまいましたね」


燈の声は、どこか苦しそうに震えているように聞こえた。彼女もまた、これから始まる試練の重さを、三人と共に背負っているかのようだ。


「第一段階のRNAi治療は、確かに成功するとシミュレーションで示されました。ですが、その効果は永続ではない。私たちに残された時間は、3年から5年。だからこそ、私たちは第二段階へ進まなければならない。失われた神経を再生させるための、『最高の素材』を手に入れなければならないのです。……これから、そのための、長くて……少し、難しい説明をします」


差し出された冷たいジュースを、三人は言われるがままに受け取る。緊張で乾いた喉を潤したのを見計らい、燈は部屋の中央にあるテーブルに、ホログラム・ディスプレイを起動させた。


「『最後の試練』は、ここから始まります」


ディスプレイに、一つの問いが浮かび上がる。


第一条件:HLA完全適合ドナーを特定せよ


「HLAの完全適合って……たしか兄弟でも適合するのは四分の一の確率じゃなかったでしたっけ?万里奈さんでさえ、その確率ということですよね?それなのに、他人で完全適合する人を見つけるなんて……。HLAのデータベースがあれば検索してみたいのですが、ここにそれはありますか?」


要が、すがるような思いで尋ねる。しかし、燈は静かに、そして申し訳なさそうに首を横に振った。


「人類の大部分をカバーするようなデータベースは、残念ながら、ここにはありません」


「そんな……じゃあ、どうやって……」


希望が断たれ、要が絶望の声を漏らした、その時だった。


「……待って」


静寂を破ったのは、アイラだった。


「昨夜、アルスラーンから報告があったわ。万里奈との調査で、私と璃奈の間に、天文学的な確率で一致する稀少遺伝子マーカーが見つかった、と」


「その稀少遺伝子マーカーっていうのは、今回のHLAとは違うものなの?」


「ええ、そうね。HLA領域とは別の場所にあるマーカーだから、この稀少遺伝子マーカーが一致していても、ドナーになれるわけではないわ。……だけど」


アイラはそう言うと、コンソールを操作し、そのマーカーを手がかりに、自身と璃奈のHLA型を照合させる。数秒の解析の後、システムは一つの答えを弾き出した。


適合率:100%

ドナー:アイラ・アスラーン


「……やっぱり、私だったのね」


アイラが静かに呟いた、その瞬間。


『警告。警告』


静かな、しかし抗いがたい警告音が部屋に響き、ディスプレイの文字が全て、血のような赤色に染まった。


警告:Archetypeとの親和性不一致。このままでは拒絶反応により失敗します


「そんな……!」


璃奈の顔が、絶望に曇る。だが、燈は静かに次の問いを提示した。


第二条件:Archetype親和性問題を解決する『鍵』を特定せよ


ディスプレイには、鍵となる人工遺伝子マーカーの配列と、比較対象として要、璃奈、アイラ三名の遺伝子情報が並べて表示された。


「このマーカーを持つ人間が、『鍵』……。でも、こんなもの、どうやって……」


要が呻くように言った。誰もが、あまりに複雑なその配列を前に、なす術もなく立ち尽くす。


一分ほどの時間が、永遠のように感じられた。三人がそれぞれの頭脳をフル回転させ、別の解決策を探そうと思考を巡らせる、重い沈黙。


その静寂を、破ったのはアイラの、喘ぐような声だった。


ディスプレイを凝視する彼女の瞳孔は、信じられないものを見つけたように極限まで開かれ、額には玉のような汗が滲んでいる。


震える指で、彼女はディスプレイに映る要の遺伝子情報を指差した。


「……要」


信じられないものを見るような目で、要の顔とディスプレイを交互に見比べている。


「このマーカー……あなたの遺伝子配列の中に……あるわ」


「えっ……?」


アイラに促されるまま、要がディスプレイに表示された自身の遺伝子情報と、マーカーの配列を照らし合わせる。――そこには、全く同じ配列が、確かに、静かに存在していた。


要は、何かに導かれるように、自身の国民IDをシステムに入力する。


認証完了

親和性問題解決キー:咲良要


ドナーと、鍵。二つの条件が、揃ってしまった。


VIPルームの穏やかな空気が、張り詰めていく。


そして、運命の瞬間。


ディスプレイに、最後の答えが、無慈悲なまでにクリアな文字列となって表示された。


最終治療法:IVG技術を用い、ドナー(アイラ)の細胞から生成した卵子と、鍵(要)の細胞から生成した精子による胚を作成。これをES細胞の『最高の素材』とする


時が、止まった。


文字列が意味する、あまりにも残酷な結論。


その意味に、誰よりも早く気づいてしまったのは、璃奈だった。


「……二人の……」


血の気の引いた、真っ白な顔。


「……子ども……?」


か細い声が、静かな部屋に震える。


次の瞬間、璃奈の体から力が抜け、彼女はその場に、ゆっくりと崩れ落ちた。


「璃奈さんっ!」


「璃奈!」


要とアイラが、咄嗟にその華奢な体を支える。腕の中で、璃奈はか細い声で、しかし何度も何度も、同じ言葉を繰り返していた。


「……いや……ダメ……そんなの、ダメだよ……」


まるで悪夢にうなされるように、首を横に振り続ける璃奈。そのあまりに痛切な拒絶に、要もアイラも、かけるべき言葉を見つけられずに立ち尽くす。


その様子を、星影燈は、ぎゅっと唇を噛み締めながら見つめていた。やがて彼女は、そっと三人の元へ歩み寄ると、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。


「……一度、お部屋に戻りましょう。今日のところは、もうお休みください」


燈に支えられ、ほとんど放心したようになった璃奈が、VIPルームから力なく連れ出されていく。その後ろを、要とアイラは、ただ黙ってついていくことしかできなかった。


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