第47話:時限爆弾
約束の19時。
シャワーを浴びて身支度を整えた三人は、迎賓館の一階、**ダイニングルーム『天の川』**の前に集った。
重厚な扉の前に立ち、要が一度だけごくりと喉を鳴らす。これから告げられるであろう審判の時を前に、三人の間には緊張と、しかしそれ以上に、確かな希望に満ちた沈黙が流れていた。
やがて扉が、まるで三人を迎え入れるかのように、音もなく内側へと開かれる。
その先に広がっていたのは、燃えるような赤の世界だった。
床の絨毯も、壁も、部屋の全てが鮮やかな深紅に染め上げられている。そして、その長方形の空間でひときわ異彩を放っているのが、頭上に広がる巨大な楕円形の天井だった。白い格子が複雑に組み上げられたその天井は、それ自体がアート作品のようであり、その隙間から放たれる柔らかな間接照明が、赤い部屋全体を幻想的な光で満たしていた。
その中央に、たった一つだけ置かれた円卓と、四つの椅子。テーブルの上には、純白のクロスと、磨き上げられた銀のカトラリーだけが、静かにその時を待っていた。
そして、そのテーブルの奥に、星影燈が一人、静かに立っていた。いつもの純白の仕事着ではなく、夜空の色を思わせる、深い紺色のドレスに身を包んでいる。
「――ようこそ、『天の川』へ。あなたたちのための、ささやかな祝宴の席です」
燈は、親鳥のような優しい笑みを浮かべ、三人をテーブルへと導いた。
席に着くと、どこからともなく現れた給仕ロボットが、寸分の狂いもない動きで三人の前に前菜を並べていく。
「さあ、まずは乾杯しましょう。あなたたちの勇気と、素晴らしい才能に」
燈がグラスを掲げる。三人も、少しだけ戸惑いながら、オレンジジュースの入ったグラスを合わせた。
カチン、と澄んだ音が、赤い部屋に小さく響く。
しかし、誰も料理に手をつけようとはしなかった。逸る気持ちを抑えきれず、最初に沈黙を破ったのは璃奈だった。
「あの……星影さん。シミュレーションの結果は……」
その問いに、燈はにっこりと微笑むと、手元のタブレット端末を操作し、一枚のデータをテーブルの中央にホログラムとして投影した。そこには、複雑な螺旋を描く、一本の鎖のような図形が映し出されている。
「ええ。単刀直入に、結果からお伝えします。――第一段階は、成功です」
「……!」
「璃奈さんの遺伝子情報から、ALSの直接的な原因となっている異常遺伝子の活動を、完全に特定しました。そして、その活動だけをピンポイントで停止させるための、完璧なRNAi配列の設計が完了しました。……これが、その『鍵』です」
その言葉を聞いた瞬間、璃奈の瞳から、大粒の涙がはらはらとこぼれ落ちた。喜びと、安堵と、これまでずっと胸の内に溜め込んできた全ての想いが、涙となって溢れ出す。
「……よかった……本当によかった……!」
要とアイラも、顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。やったね、と、互いの健闘を讃え合うように。
だが、燈は静かに、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。
「ですが、これで全てが解決したわけではありません。AIによる、さらに詳細なシミュレーションの結果、もう一つの……厳しい事実が判明しています」
燈が再びタブレットを操作すると、ホログラムのRNAi配列の横に、一つのグラフが表示される。最初は100%を示していた効果が、時間の経過と共に、緩やかに下降していくグラフ。
「このRNAi治療の効果は、残念ながら、永続的なものではありません。AIのシミュレーションによれば、効果が持続するのは、もって3年から5年。それが限界です」
「……え……?」
璃奈の顔から、さっと血の気が引いていく。
「な、なんで……?どうして……?」
「理由はまだ完全には解明されていません。ですがAIの予測では、璃奈さんの特殊な遺伝子タイプが、RNAiを異物として認識し、徐々にその効果を減衰させてしまう、と。……つまり、私たちに残された時間は、あまりにも短い」
希望の光が見えたと思った、その直後に突きつけられた、時限爆弾という名の絶望。ダイニングルームの燃えるような赤色が、まるで残酷な運命の炎のように、三人をあざ笑っているかのようだった。
沈黙を破ったのは、アイラだった。
「……いいえ、まだよ。まだ道はあるはず。第二段階が残っているわ」
その力強い声に、燈は静かに頷いた。
「ええ、その通りです。だからこそ、明日、君たちには**『最後の試練』**に挑んでもらいます」
燈は、最後の宣告を下す。
「失われた神経を再構築するための、第二段階治療。そのために必要な、泉屋翁の言っていた**『最高の素材』**。それを手に入れるための試練です。……厳しい一日になるでしょう。ですが、これを乗り越えなければ、璃奈さんの未来はありません」
三人は、言葉もなく、ただ正面のホログラムを見つめていた。
希望と絶望が交錯する、最後の晩餐。
次なる嵐は、もうすぐそこまで迫っていた。




