第33話:現在と未来と
三人は一階に降り、人間洗濯機の横を通りかかる。モブロボたちが人間洗濯機のデモをしていて、なんと!モブロボは人間洗濯機で洗ってもらっている!その様子を見て、璃奈は「洗ってる!大丈夫なのかな……試してみようかな……」と小さな声で呟きながら、『未来の食と文化のゾーン』へと足を踏み入れた。
「へぇぇ、色々な料理があるのね!うーん、究極の塩おにぎりにするか、お好み焼きにするか……ワンハンドBENTOっていうのもお手軽でいいわね」
「僕は『究極の塩おにぎり』にしてみようかな。究極ってつけているくらいだから、さぞ美味しいんじゃないかな?」
「私はワンハンドBENTOにするわ。ポークたまごが美味しそう。これなら、歩きながらでも食べられそうね」
食べ歩きの楽しさを覚えたアイラが、もう一度その体験を狙っているようだ。
要とアイラがメニューを決める中、璃奈はまだショーケースの前でうんうんと唸っている。
「お肉を使っていない植物性のメンチカツかぁ〜気になるなぁ……あっちはロボットが作るミックスドリンク?私が自分で作れば同じものができるわね……ふふっ……食後のデザートはあそこのソフトクリームで決まってるし……」
「璃奈さん、決まらないの?少し多くなってもいいから、気になるものを全部注文したらどうかな。僕はおにぎりだけだから、もし璃奈さんが食べきれなくなったら、手伝うよ」
「え、いいの?ナイスアシスト!じゃあ、買ってくる!」
璃奈は嬉しそうな足取りで、ワンハンドBENTOの店へと向かっていった。数分後。彼女はワンハンドBENTOのベジカレーと、さらに、ほかほかの湯気が立つお好み焼きまで、両手に抱えて満足そうに戻ってきた。
「お待たせ!じゃあ、行きましょう!」
「璃奈、もしかして、それってお好み焼きよね?歩きながら食べるつもりなの?」
「えっ!もしかしてアイラ、食べ歩きが良かった?」
「いや、そういうわけではないんだけど……お行儀が悪いし……」
「ははぁーん、なるほどね。じゃあ、アイラと私は歩きながらワンハンドBENTO、要くんはおにぎりを食べる。食べ終わった頃に、どこかベンチを見つけて、みんなでお好み焼きをシェアする、というのはどうかしら?」
「「うん、それで!」」
三人は、次の目的地である住友館へ向かって歩きながら、それぞれの昼食を味わい始めた。
* * *
食べ歩きの道中、自然と璃奈への質問大会が始まっていた。要は、あまり細かいことを聞くと彼女の気を悪くするのではないかと遠慮していたが、アイラはそんなことお構いなしに、純粋な好奇心から次々と質問を投げかける。
「ねぇ、璃奈の本当の年齢はいくつなの?」
「16歳よ。最初の自己紹介のとおり。飛び級してるから高校三年生で、来年には大学生になってるはず」
璃奈が、少しだけドヤ顔で答える。
「性別は、女の子なのよね?」
その問いに、璃奈は思わず大笑いした。
「うん、見た目どおり、歴とした女の子よ。この姿は、かなり実物に近いと思う。でも、性別が違うアンドロイドっていうのも、面白いかもしれないわね。次の機会があったら、男の子になってみようかしら」
璃奈とアイラが、きゃっきゃと笑い合う。
「そうね、じゃあ……彼氏はいるの?」
アイラが、何の気なしに、しかし極めてナイーブな質問を投げかけた。その瞬間、要の瞳孔がわずかに開き、耳の感覚が最大限に研ぎ澄まされる。
「いないよ。病院にいることが多いし、こんな面倒な子を好きになってくれる人なんて、そうそういないでしょ」
「そうなのね。綺麗で可愛いのに。でも、これからの出会いの中で、そういう人も現れるかもしれないわ。例えば、今回のこの地下万博だって、可能性のタマゴの一つよね」
そう言うと、アイラは要のほうを、意味ありげにチラリと見た。
* * *
ワンハンドBENTOとおにぎりを食べ終えた三人は、大屋根リングの下にあるベンチに腰掛け、お好み焼きの箱を開けた。
「やっぱり大阪と言えばお好み焼き!粉もんよね!」
璃奈は、店でもらった割り箸を器用に使って、お好み焼きを格子状に切り分けていく。
「あっ、ピザ切りじゃなくて格子切りなんだ!うちのお父さんが大阪出身で、家でお好み焼きを焼いて食べる時、ピザ切りにすると『そんな切りかたしたら食べにくいからアカン』っていつも怒られるんだよね。確かに、三角形だと、重さで先っぽがだらんと垂れて食べにくいもんね」
「ふっふっふ。私のうちでもよくお好み焼きを焼いてたから、承知の上よ。ちなみに、うちのお父さんも大阪出身なの」
「え、そうなの!?すごい偶然だ。……これは、何かの縁を感じるなぁ」
自分で言った言葉が、いかにも「これをきっかけにお近づきになりたいです」と下心が見え透いた響きに聞こえてしまい、要は一人で顔を赤くする。……と、思ったら、なぜか隣にいる璃奈も、少しだけ頬を赤らめていた。
「はいはい。そこ、イチャイチャしなーい。さっさと食べて、住友館へ行きますよ?」
アイラが、呆れたような、それでいて楽しそうな声で二人にツッコミを入れる。
「「うぅっ……」」
気まずそうに、しかしどこか嬉しそうにお好み焼きを頬張っていた、その時だった。
璃奈が、突然、天を仰いで叫んだ。
「ああーっ!忘れてた忘れてた忘れてた!私は忘れてた!忘れてた忘れてた!ソフトクリームを買うのを忘れてた〜〜〜っ!」
そのあまりの絶叫に、アイラと要は思わず大笑いする。
「璃奈さんは、本当によく食べるなぁ」
「ね」
「ソフトクリームは、住友館の後で買いに行こうよ」
「うぇーん、私の『ニックン』と『セイチャン』が作ってくれる、乳・卵フリーソフトクリームぅぅぅ〜」
* * *
「……ねぇ、二人とも」
ふと、要が真剣な表情で切り出した。
「パソナ館のロボットに言われたこと、覚えてる?『今と未来の自分について意見交換しろ』って」
その言葉に、璃奈とアイラもこくりと頷く。楽しい食事の後で、少しだけ空気が引き締まった。
「僕から話してもいいかな」と、要は続ける。
「僕は、今、すごく幸せなんだ。家族もいるし、学校も楽しい。そして、こんなすごい冒険もできてる。でも、将来は、ただ楽しいだけじゃなくて、勉強してもっと色々なことを知って、誰かの役に立てるようになりたいって思ってる。……あと、気になる人もできたから、その人のことも、もっと知りたいな」
そう言うと、要はちらりと璃奈のほうを見て、少しだけ顔を赤らめた。
「僕はまだまだ知らないことだらけだ。だから、未来は、もっとたくさんのことを体験したい。」
要が、少しだけ照れくさそうに、しかし真っ直ぐな瞳で二人を見つめる。
その言葉を受け、璃奈が、まず優しく微笑んだ。
「『誰かの役に立ちたい』、か。……すごく、要くんらしいね。素敵だと思う」
「ええ」と、アイラも静かに、しかし力強く頷く。
「自己の幸福と、社会貢献、そして特定の他者への興味。人間の成長過程における、極めて標準的で、健全な目標設定ね。私は、支持するわ」
「あ、ありがとう……」
二人からの、あまりにも真摯で温かい肯定の言葉に、要の顔が耳まで真っ赤に染まった。
「……さて、と。……アイラは、どう?」
要は、その照れくささを隠すように、少しだけ慌ててアイラに話を振った。
要から話を振られ、アイラは少しだけ考え込むと、はっきりとした口調で答えた。
「私は、今が悠々自適で気に入っているわ。過去に色々あったけれど、それはもう消化したこと。でも、この地下万博に来て、璃奈や要と話をして……未来は、こうして誰かと関わりを持つ人生も、悪くないかもしれないって、少しだけ思ったわ」
アイラは、照れ隠しのように「璃奈と要は、嫌いじゃないわ」と付け加えた。その言葉に、要と璃奈は顔を見合わせて、優しく微笑む。
「アイラは、すごく可愛いのに、時々大人びすぎるところがあるよね。もっと子供みたいに、自由奔放でもいいと思うよ」
そう要が言うと、璃奈も頷いた。
「うんうん。本当に可愛い。私、アイラのお姉ちゃんになろうかな?」
「……じゃあ、最後は私ね」
璃奈は、ふぅ、と一つ息を吸い込むと、穏やかに語り始めた。
「私も、不幸だとは思ってない。もちろん、病気で不便なことはたくさんあるけど、家族もいるし、大好きなこともあるし、こうして二人みたいな素敵な友達もできた。だから、今は幸せよ」
彼女は、自分の義体の手をぎゅっと握りしめる。
「でも、未来は、この病気を克服したい。治して、もっと便利になりたい。行きたい場所に、自分の足で行けるようになりたい。……そして、私も……気になる人ができたから、その人の隣に、ちゃんと立っていたい」
その真摯な告白に、要もアイラも、ただ黙って聞き入っていた。
璃奈は、二人のそんな優しい沈黙に、ふふ、と笑いかけた。
「……私の感想はそんな感じかな。二人からは、どう見えてる?」
「自分の状況をちゃんと受け止めた上で、未来の話をそんな風にできるのは……すごいと思う。なんていうか……簡単そうに見えて、誰にでもできることじゃないよ」と、要が言う。
「そうね。それに、未知のものへの探究心がすごいわ。万能細胞や遺伝子治療の知識は専門家にも迫るくらいなんじゃないかしら?……あと、特に、食に対しての探究心!」
と、アイラが続ける。
「「「あははは!」」」
重くなりかけた空気が、三人の笑い声で、一瞬にして和らいだ。
「よし!じゃあ、意見交換も済んだことだし、住友館へ行こうか!」
「「はーい!」」
三人は立ち上がり、未来を開くための、次の目的地へと歩き出した。




