第29話:生まれ変わった私
「――うん、そうやねん。だから、環さんも来えへんかなぁ? と思って」
「分かった。じゃあ、リニアのチケットを取ってそっちに向かうね。今からなら十時くらいには着けるかな。夜は奈良の実家に泊まろうと思うけど、それでいいかしら」
「オッケー! ほんなら主催者の人に国民IDを伝えとくわ。気をつけてくるんやで〜」
「はーい」
悟は、昨夜の星影燈の言葉を、一言一句聞き逃してはいなかった。国民IDを伝えれば、家族をこの地下万博へ招待できると、彼女は確かに言っていた。
二〇二五年の万博会場で出会い、結ばれた妻の環。彼女をこの場所へ呼ばないという選択肢が、悟にあるはずもなかった。Day3の朝、要が一人で出掛けていくのを見送ると、彼はすぐに環へ連絡を入れたのだ。
「十時ごろ到着か。それまでにランチの場所を考えとかなあかんな。二五年の時は関係者食堂ばっかりやったから、どのレストランも初体験や。うーん、サウジのレストランも美味しそうやし、セルビアとかポルトガルも評判良かったような……もう忘れたわ(笑)。うわ、めっちゃ悩む!」
会場マップを眺めながら、悟は子供のように心を躍らせる。あっという間に約束の二時間が過ぎ、彼は環を迎えに、地下の夢洲駅へ向かった。
やがて貸切列車から、環が降りてくる。
「環さーん! こっちこっち! お疲れさん!」
「もう! この地下鉄なんなん!? ジェットコースターみたいに、めっちゃ落ちていったんやけど!」
「そやろー? あれ、度肝抜かれるよなぁ(笑)」
「ほんまに! 一瞬、USJの新しいアトラクションに乗ってるんかと思ったわ!」
二十五年経っても変わらない夫婦の軽快なやり取り。悟は環を伴って大階段を上り切ると、待機していたEVバスへ乗り込んだ。
「ジャジャーン! 奥様、本日は私が、この秘密の未来をご案内いたします」
「なんなん、そのキャラ(笑)」
「二五年の時は働いてばっかりで、あんまり会場内を楽しまれへんかったからな。今日は色々なところを巡ろうと思ってます」
「うん、分かった。楽しみにしてるね」
バスが到着したのは『eMover 西ゲート北ターミナル』。そこから、横になって腕を上げているミャクミャク像の前を通り、二人が向かった先は――『万博サウナ 太陽のつぼみ』だった。
「あーっ! いきなりサウナ!?」
「そやで! 当時は忙しくて行けんかったし、そもそも一日七十人くらいしか入れんかった、めちゃくちゃレアな施設やったからな」
「でも、私、水着なんて持ってきてないで?」
「おー……。いや、大丈夫! ショップで売ってるはずや。受け付けの案内ロボに聞いてみよ」
* * *
「では、まずこちらでシャワーを浴びていただきます」
ショップで無事に水着を購入した環と悟(あんたも水着なかったんかい、と環にツッコまれた)は、ついでにサウナハットも揃え、案内ロボに導かれていた。
シャワー、サウナ、シャワー、水風呂、休憩。これを繰り返して、整うのを超えて「REBORN(生まれ変わる)」するのが目標らしい。水着着用のため、男女一緒に体験する混浴形式だ。
「白を基調にしてて綺麗。万博会場の中とは思えないくらい、落ち着いた場所なのね」
「ほんまやな。当時の話やと、万博でサウナを設置したんは世界初やったらしいで」
案内ロボに促され、二人はサウナ室へ足を踏み入れた。中央にサウナストーンを抱いたストーブが鎮座し、それを囲むように座席が配置されている。案内ロボの「上段がおすすめですよ」という言葉に従い、二人は一番高い場所に腰を下ろした。
「目を閉じて、耳を澄ませてください」
ロボットの落ち着いた声が室内に響く。そよそよとした風の音、チチチ、という鳥の声、雨だれの音、そして寄せては返す波の音。薄目を開けると、案内ロボが大きなザルを左右に揺らし、小豆で波の音を立てているのが見えた。
壁の温度計は七十度を指している。サウナとしてはかなり低い温度設定だ。しかし、湿度が抑えられているせいか、肌がチクチクするような、心地よい熱を感じる。
「今から、サウナストーンに水を掛けていきます」
案内ロボは腕をビヨーンと伸ばし、柄杓のアロマウォーターをサウナストーンに掛けていく。ロウリュだ。ジュワッという音とともに、熱を帯びた蒸気が立ち昇る。熱い。目を開けていられない。二人は思わずサウナハットを前後逆に被り、顔を覆った。
「まだまだ掛けていきますね〜。皆様が生まれ変わるための儀式は、これからが本番です」
ロボットは絶え間なく、次から次へと、遠慮なくロウリュを繰り返す。耐えられるか、耐えられないか。そのギリギリの熱波に、二人は歯を食いしばる。「苦しくなったらサウナ室から出てくださいね〜」というロボットの声が、どうにも「まだいけますよね?」という煽りに聞こえて、負けてなるものかと耐える。
目を閉じて耐えていると、さらに強力な熱風が体を包んだ。何を思ったか、案内ロボが巨大なうちわを取り出し、強烈に、ぶんぶんと二人を扇いでいる。
「最後に、恵みの雨を降らせますね〜」
もう限界だ、と思ったそのとき、二人は救われた気がした。が、甘かった。ロボットがピチャピチャと撒いてくれる「雨」は、サウナ室の熱気に晒され、一瞬で熱湯と化して肌を叩く。冷たい雨を期待していたところに、まさかの熱湯シャワー。
……もう、限界か……。
そう思った、そのとき。
『おめでとうございます! 皆様は、今、生まれ変わりました』
案内ロボの声が、天啓のように響いた。
その後の水風呂は、天国だった。よくある温浴施設の水風呂より明らかに水温が低い。キン、と肌を刺すような冷たさと、熱を奪われる心地よさ。そのギリギリを狙った絶妙な温度だ。促されるまま頭の先まで沈むと、水中からクーン、ギュルルというイルカの鳴き声が聞こえる。REBORNした二人を、祝福してくれているようだった。
屋外休憩室のベッドに横になって目を瞑ると、海沿いのそよ風(を地下で再現したもの)が、火照った体を優しく撫でていく。穏やかな波の音のBGMとも相まって、自然との一体感を強く感じる。起きているのか、寝ているのかも分からない、ただただ心地よい浮遊感に、二人の意識は溶けていった。
サウナ体験後、ポカリスエットとオロナミンCを混ぜた特製ドリンクを飲みながら、二人は生まれ変わった感想を述べ合う。
「いやー、なかなか良かったんちゃうか、これ」
「うん、そうね。私、本当に生まれ変わったかもしれない(笑)」
「ああ。自然と一つになって、またこの世に生まれ出た、みたいな感じやったな」
二人は顔を見合わせ、満足そうに笑った。




