第11話:銀髪の天才少女
午前6時過ぎ、台湾からの深夜便が、朝焼けに染まる関西国際空港の滑走路に静かに着陸した。
やがてボーディングブリッジが接続され、扉が開く。他の乗客に続いて、銀髪の少女――日向璃奈が姿を現した。
彼女もまた、全世界でわずか10名しか選ばれなかった「金のたこ焼き」の発見者の一人である。大阪出身の日本人の父と、ロシア人の母を持つ彼女は、普段からこの『めちゃうま大阪たこ焼き』にも親しんでいた。彼女は、しっかりと父親の影響を受け、たこ焼きをはじめとする粉もん全般をこよなく愛す次世代の若者なのである。
今回、幸運をもたらした一袋は、台湾の高級スーパーで母親が買ってきたものだという。しかし、その幸運は、単なる偶然では片付けられないかもしれない。
彼女は16歳だが、中学生の時に飛び級していることもあって、すでに高校三年生であり、来年には台湾最高学府への進学が確実視されているほどの頭脳の持ち主。特に数学的才覚に秀でており、自宅の個人向けワークステーションの中には、自身が設計し、カリカリにチューニングしたAIシステムが複数構築されているほどだ。このあと、この関西国際空港に姉の万里奈が迎えに来てくれることになっている。
仲の良い姉は――姉の万里奈も相当優秀な頭脳ではあるのだが――そんな天才的な妹のことを、愛情と畏敬の念を込めて「(頭が良すぎる)バケモノ」と密かに呼んでいた。もちろん、それは万里奈だけの秘密である。
* * *
株式会社オーケービーが手配してくれたチケットは、お昼前の時間帯に関西国際空港に到着する便だったが、ある目的のためにそれをキャンセルして、台湾を深夜に出発する便に変更したのだ。そのため、今は猛烈に眠い。わずか2時間半ほどのフライトでは、ぐっすり眠るわけにもいかず、頭がぼんやりと霞がかっている。
しかし、そんな眠気も霞むほどの、強い目的意識が彼女を突き動かしていた。璃奈は到着ゲートを抜けるやいなや、案内に従って第1ターミナルビルのほうへと、きびきびとした足取りで向かう。
小さなバックパック一つという身軽な荷物なのは、滞在中に必要なものは姉と合流してから現地で調達する予定だからだ。そもそも、一ヶ月分の荷物を持っていくのは現実的ではない、というのが璃奈の意見だ。つまり、彼女もまた、『特別な人』に選ばれるつもりでここに降り立ったのである。
早朝の閑散とした空港ターミナルを、美しい銀髪を揺らしながら小走りで駆け抜けていく璃奈の姿は、否が応でも人々の目を引いた。華奢だが手足が長く顔が小さいスタイル、若さの象徴である透明な肌、美しく伸びた銀髪、透き通るような青い瞳。すれ違う空港職員や、他の乗客たちが、その人間離れした美しさに、はっと息を呑んで振り返る。
(もうすぐ……もうすぐ会える……!)
璃奈の目的はただ一つ。
関西近郊でしか手に入らない、至高の豚まん「551蓬莱の豚まん」を、今すぐにでも食べたいのだ!
551蓬莱。その名を、璃奈は台湾で何度心の中で反芻したことだろう。彼らが関西圏にしか店舗を構えないのには、明確な理由がある。豚まんの命である発酵生地の品質を保つため、「大阪市浪速区の工場から配送時間150分圏内」という、鉄の掟を自らに課しているのだ。だからこそ、その場で蒸し上げられた熱々の豚まんは、そこでしか味わえない、まさしく至高の逸品なのだった。
その時、ポケットのスマホが震えた。姉の万里奈からだ。
万里奈: 『どこにいるの?』
璃奈: 『第1ターミナルビルの二階でーす』
万里奈: 『オッケー!向かうわ〜』
ほどなくして、後方から聞き慣れた明るい声がした。
「りーなー!こっちこっち!」
姉の日向万里奈が、手を振りながら近づいてくる。
妹と同じ銀髪と青い瞳でありながら、どこか近寄りがたい神秘性を放つ璃奈とは対照的に、万里奈の纏う空気はどこまでも明るく、親しみやすい。「美人」というよりは「可愛い」という言葉がしっくりくる、柔らかな笑顔が印象的だ。大阪の国立大学に通う20歳の彼女は、流行のファッションに身を包み、父親譲りである北摂寄りの優しい関西弁と人懐っこい性格で、誰とでもすぐに打ち解けられるのが特技。そんな彼女が密かに抱いている将来の夢は、「困っている人がいたら、すっと駆け寄って『どしたん?飴ちゃん食べる?』と声をかけられるような、人情味あふれる大阪のおばちゃんになること」である。
「璃奈、移動おつかれさま。……って、こんなとこで何してるん?なんで国内線?」
しかし、璃奈は少しだけ不機嫌そうに、唇を尖らせていた。そして、店のショーケースを指差しながら、悲痛な声で訴える。
「……万里姉ちゃん。豚まんが……豚まんが……チルドしか売ってない!熱々のを今すぐ食べたかったのに……!」
その言葉に、万里奈は「ああ」と納得したように、優しく笑った。
「あらあら、朝の10時ごろまではチルド販売だけなんよ。知らんかった?まあ、待ってる時間はないから、私の部屋に寄って、買った豚まんは冷凍室に入れとき。また後で食べたらええやん」
「うわーん……このために早い便に変更したのにぃ……わたしの蒸したて551蓬莱の豚まんんん……」
天才ハッカー少女、日向璃奈。16歳。
この旅、最初の敗北は、あまりにも身近な食欲との戦いであった。




