第12話:ウサギさんの閃き
関西国際空港の駅で、二人は主催者から送られたチケットを使い、南海電鉄の特急に乗り込んだ。
「この路線、昔は『ラピート』っていう、鉄人28号みたいな顔した、めっちゃ変わったデザインの特急が走ってたんよ」
車窓を流れる景色を眺めながら、万里奈が大阪ナレッジを披露する。
「へえ、そうなの。見てみたかったな。(鉄人28号ってなんだろう)……あ、それより万里姉ちゃん、私の豚まんどうしよう? このまま会場に持っていくわけにもいかないし、かといって、一旦お姉ちゃんのお家に寄ったら、すごい遠回りになっちゃうよね?」
璃奈が心配そうに足元の紙袋を見つめる。中には、悲願の551蓬莱の豚まん(チルド)の赤い箱が鎮座している。
「ふふ、大丈夫。特急の終点の『なんば駅』で、最新式のスマートロッカーに預けていこ」
「スマートロッカー! 話には聞いたことあるけど、使ったことない! 楽しみ!」
二〇五〇年の日本におけるスマートロッカーは、単なる荷物預かりの箱ではない。各鉄道路線に沿って手荷物移送用の真空チューブが張り巡らされ、預けた荷物を指定した別の駅へ高速で転送する、通称「ステーション・ラゲッジ・トランスファー(SLT)」へと進化していた。
特急をなんば駅で降りた二人は、さっそくSLTのターミナルへ向かう。万里奈は慣れた手つきで、行き先の駅(自身の大学の最寄り駅だ)と「冷凍保管」を選択。決済を終えると、小さなポッドが開いた。
「はい、璃奈。この中に入れて」
「うん!」
豚まんの紙袋を収めると扉が閉まり、「シューッ!」という小気味よい音とともに、ポッドがチューブへ吸い込まれていった。
「これでよし! じゃあ、次は大阪メトロを乗り継いで、なんばから本町、そんで夢洲方面やね。行こ行こ!」
万里奈に手を引かれ、璃奈は再び地下鉄へ乗り込む。
そして、コスモスクエア駅を発車し、夢洲へ向かう最後の海底トンネルを走行中、それは起こった。
本来なら右へ曲がるはずの列車が、ありえないことに左へ急カーブし、さらに猛烈な角度で下へと進み出したのだ。
「「きゃっ!?」」
ジェットコースターのような急降下に、二人の可愛らしい悲鳴が、貸切の車内に小さく響いた。
* * *
スリリングな急降下を経て、日向姉妹は地下万博の地に足を踏み入れた。要たちと同じく、案内ロボによる送迎とブリーフィングを受け、最初の集合場所である『未来の都市』パビリオンへ。そこで伊集院カケルの衝撃的な退場劇と、主催者の冷徹なアナウンス、そしてミャクミャクからの最初の試験を、他の参加者たちと目の当たりにした。
多くの参加者が「現場百回」を信じ、すぐさまバルト館へ殺到する。
* * *
「『おい! この豚まんはいくら出せば買えるんだ!』」
「「あははは!」」
「コルレオに捕まって飛んで行ってしまうわ」
「「あははは!」」
軽口を叩きながら、万里奈と璃奈はバルト館へ足を踏み入れた。
館内には、ふわりと心地よいハーブの香りが満ちている。入り口を入ってすぐ、他の案内ロボより少し背の高い、青緑色の髪をした青年型のロボットが、穏やかな表情で立っていた。親指と人差し指で『L』の形をつくり、右手と左手で長方形になるような構えをしている。
「ようこそ、バルト館へ。……ああ、今ここには、このバラビちゃんしかいないのですが、本当はミャクミャクと二人で、皆様をお迎えするはずだったのです」
青緑髪のロボットは、傍らの可愛らしいキノコの人形を指し示した。
「この子はバラビちゃん。ポルチーニ茸をモチーフにしているんですよ。かわいいでしょう?」
(ポルチーニは美味しいよね……)
璃奈が食いしん坊らしい感想を心に浮かべていると、一行は館内の見学へと促された。壁には様々なハーブの標本が美しく展示されている。
さらに奥へ進むと、壁一面の緑色のパネル――「KIZUNA(絆)の壁」があった。表面はしっとり濡れ、触れるとひんやりする。この結露した面に、指で文字や絵を自由に書けるらしい。書いたものは五分ほどで消えてしまうが、だからこそ美しいという、侘び寂びのようなものを表現しているという。
「へえ、面白いね」
万里奈が感心して壁に触れている横で、璃奈は、まだ頭を離れない豚まんへの執着からか、無意識に指を動かし、壁に三つの数字を書きつけた。
『551』
指を離した、その瞬間。
書いた数字の周りの水滴が、意志を持ったように動き出し、一瞬だけ、数枚の寿司皿が並んだような模様に変わって、すぐにただの水滴へ戻った。
「……え?」
「……今の、見た?」
「うん、見た……」
姉妹だけが、その奇妙な現象を目撃した。
館内をひととおり見て出口に戻ると、薄緑髪のロボットはもういない。カウンターには、バラビちゃんだけが残っていた。璃奈が代表して話しかける。
「あの、ミャクミャクさんのことなんですけど、彼はどこに……」
そう尋ねると、バラビちゃんの口の下、お腹のあたりにあるもう一つの顔の目が、ぎょろりと璃奈のほうを向き、小さな口がパクパクと動いた。
「ミャクミャク様は、美味しいものが大好きだっちーに。特に、アツアツで、まぁるいものが好きだったっちーに……」
(あら、そっちの顔で喋るんだね……可愛い!)
バラビちゃんは一度だけそう言うと、あとはプログラムされた定型の案内を繰り返すのみだった。
「そうなんだね、ありがとう」
璃奈はお礼を言って、バラビちゃんの頭、ポルチーニ茸の傘の部分をぽんぽんと撫でる。
* * *
バルト館を出て、二人は目の前のベンチに座った。
「……万里姉ちゃん、ちょっとおかしくない?」
森を思わせる薄緑のタイルと、パタパタ切り替わる白いタイルで構成された美しい外観のバルト館を眺めながら(『LATVIA | LITHUANIA WE ARE ONE』……あれ、バルト三国じゃないのね、とも思いながら)、璃奈が切り出した。
「うん、確かにおかしい。違和感がすごい」
万里奈も深く頷く。
「バラビちゃんのヒントは、熱くて丸い食べ物。これはまあ、大阪名物たこ焼きやんね、ミャクミャクだし。でも、あの壁は一体何なん?」
「そう。なんで、私が書いた『551』っていう豚まんの数字にだけ反応したんだろ。しかも、出てきた絵は……お寿司だった」
「うん、お寿司の画像やったね……。ミャクミャクは美味しいものが大好き……」
そこで、璃奈がハッとした。
「……分かったかも。万里姉ちゃん、この試験、ひっかけ問題なんじゃない?」
「ひっかけ?」
「たぶん、本当のヒントはバルト館そのものには無くて、バラビちゃんのヒントと……あの壁の反応は、私たちを、次のヒントが隠された別の場所へ誘導するためのものなんじゃないかな。バラビちゃんのヒントだけじゃ、次に進む道が見えない。この違和感が大きいよね。ミャクミャクが最初に言っていた『現場百回』は、バラビちゃんが明確なヒントを出すまで、バルト館にお百度参りしないとダメだよ、っていう意味。そういう意味でのひっかけ問題ね。私がこの問題を作るなら、そう設計する。……で、壁の反応は、お百度を踏まなくても、次の場所を教えてくれる隠しヒント。万博会場でお寿司が食べられる有名なお店……」
「「――くら寿司!」」
二人の声が、綺麗に重なった。
他の誰よりも早く、日向姉妹は試験の本当の構造を見抜いていたのである。
* * *
【リアルタイム観察AI:ログ記録】
対象:日向璃奈
行動:KIZUNAの壁に非公式な文字列『551』を入力。隠されたインターフェースを作動させ、秘匿ヒント『SUSHI』を自力で導出。極めて高い観察眼、仮説思考能力、遊び心を確認。評価ポイント+5。
行動:AI『バラビちゃん』との対話後、情報収集という目的を離れた利他的な物理的接触(頭を撫でる)を実行。自然な共感性と本質的な優しさを確認。評価ポイント+4。
生体反応:ドーパミン、オキシトシンの分泌を検知。脳内における支配的感情は「好奇心」および「親愛」。
結論:対象は、課題の表層と深層を一度の試行で見抜く、卓越した問題解決能力を示す。AIを対等な存在として扱う高い倫理観も併せ持つ。最有力候補の一人として、監視レベルを引き上げます。




