第89話 懐柔
時は遡って、秋津京の大内裏でのこと。
「なるほど、植物魔法はそうやって会得したのか」
週に二回、午前中。アレクシス様を交え、フェベ教授との対談が始まった。とはいえ詳しい情報交換は、アレクシス様と彼らとで毎日活発に行われている。俺が面会に応じるのは、ちょっとした確認のようなものにすぎない。スキルの取得のくだりについても、既におおまかな部分はアレクシス様から説明済みだ。しかし実際に習得した状況やエピソードは、やはり本人が説明した方が分かりやすい。
彼らが知りたかったのは、俺たちがどうやって魔法陣の仕組みを解読し、オリジナルを生み出したかだ。そしてそれは、俺が鑑定を使って偽書(古代エルフのノート)を読み解いたからだと答えた。そこから、新しい魔法陣を開発するにあたって、じゃあスキルはどのくらい覚えたの、えっ植物魔法? それってエルフの固有属性なんだけどどうやって会得したの、って話になった。今ここ。
魔法陣の仕組み自体は、ごく単純なものだ。これをよくもまぁ「我らが秘術」とか言ってたなぁと思うんだけど、単純だからこそ盲点っていうか——隠しときたいから「秘術」って呼ぶのは、まあアリかもしれない。
「だけど自分が習得してないスキルは発動しないんですから、そんな危険なものではないんじゃ?」
「しかしクラウス殿。貴殿とて生活魔法を組み合わせて、クリーンを習得しただろう」
あれも結構な秘伝なのに、だそうだ。別にクリーンくらい秘密にしなくたって、みんなで使えばよくね?
「それでもだ! いかに初歩的なスキルとはいえ、組み合わせればとんでもないことになる。貴殿らも実感しておろう」
確かに、卓上コンロや湯沸かしポット、炭酸水メーカーくらいならともかく、転移陣なんかはヤバいかもな。めっちゃ叱られたし。そしてスキルを組み合わせて使っているうちに、植物魔法を生やしてツボ農法を会得してしまった。これも隠蔽に頭を悩ませたところだ。誰でも好きなだけ農作物を作れるとバレたら、経済の混乱どころか国家の仕組みまで揺るがしかねない。
——だがしかし。
「魔法陣の基礎を築いたのは我らエルフ族。いかに貴殿らが仕組みを読み解き、新しい陣を編み出したとて、我らの叡智の一端であることに変わりはない」
「だから我々、魔術の番人たるエルフ族が監視を怠るわけには行かんのだ」
やはり言葉の端々に、「魔術はワシらの専売特許」という姿勢が見え隠れする。そして、クリーンはともかく他の魔法陣も、あわよくば自分たちの功績にしたそうな雰囲気も。
そうか、そんなに自分の功績にしたいんですか。俺はアレクシス様と顔を見合わせ、ニヤリと嗤った。
最近開発した魔法陣を、是非教授に監修していただきたい。そう申し出た時、フェベ教授の声が上擦った。
「なん……だと……」
「最初から申し上げている通り、私たちは魔法陣を秘匿しようとは思っていません。出来れば、混乱が少ない形で広く公開していきたい。そのためには、フェベ教授に監督していただき、出来れば教授の名前で発表していただきたい」
「ね、僕の申し上げた通りでしょう。クラウスには野心などなく、自由に研究出来ればそれでいいんです。僕も下手に目立ちたくない。お互いに利のあるご提案だと思うのですが」
「いやしかし……いいのか?」
遠慮した風で、しかしチラチラと見え隠れする名誉欲。彼女はおだてられるのに弱いらしい。よろしい、ならば戦争だ。
「いやあ、平民の小倅や魔導伯がたまたま発見したというよりも、エルフの賢姫がもたらしたという方が、広く民衆に受け入れられるというものです」
「けっ、賢姫」
「共同研究者のセルバンテス魔導伯も、研究に難航しておりまして。教授から教えを乞えるなら是非とも」
「うむ、しかし私はウダール大学に籍が」
「そこはイルマシェ侯爵に許可をいただいて、イアサント様も研究に加わっていただきましょう」
「うぇっ?!」
教授にとっては破格の条件。まさかここまで配慮されるとは思っていなかったのだろう。しかし彼女は、ここで怪しんで断るべきだった。美味い話には裏がある。「なら、ちょっとコルネリウスまで行っちゃおっかな〜」なんて欲をかいたのが敗因だ。
結果として、俺たちはその日のうちに秋津を発った。
「むふぅ。これが我らの切り札よ!」
内裏の裏手、蟲力飛行船のドックの隣。一回り小ぶりのドックの中に、それはあった。植物の蔓で編んだ、大きなバスケット。縁からはたくさんの紐が伸びており、その先には夥しい数の鳩が繋がれている。
「驚いて言葉も出まい。船旅の貴殿らを先回りしたのは我らが叡智の結晶。その名もグレートポッポーズ三号!」
キメポーズの教授。沈黙する俺たち。そしてドックの中に響く鳩の鳴き声。この時ほどツッコミ役のディートリント様を切望したことはない。




