第62話 航海術
長居をしてしまったが、そろそろ龍眼から出発しようと思う。竜人たちからは散々引き留められたが、「また帰りに立ち寄るので」と説得して離脱に成功した。秋津国到着以降はノープランなので、本当に足を運ぶかどうかは分からないが。
最後まで抵抗したのは、お爺様とベルント様。とりあえず何でもイヤイヤしないと気が済まない58歳児に、一つのものにのめり込んだらしつこい厨二病末期患者だ。とはいえ、彼らがブートキャンプに勤しんでいる間に俺たちが舞空じゅ…同化からの飛行を習得したと知ると、地団駄踏んで悔しがった。
「「そんな面白いモン、ワシ(私)らだけ置いてズルい!!!」」
だそうだ。竜人と共に稽古を積んで「竜人拳」を会得して俺たちにリードしたつもりが、こっちはこっちで面白そうなスキルを開拓してて気に食わんらしい。知らんがな。しかしともかく、これで無事に秋津へ出航できるというものだ。
———しかし。
ズオオオオオオオ!!
先々代ジェラルド様専用船、グローリア号がうなりを上げて海原を走破する。そう、俺たちは新たな操船術を編み出したのだ。
このたびレベル7の同化を覚え、空を自由に飛行する術を体得した俺。しかし、同化は俺しか使えない。もちろん俺がスキルを使ってあげればいいんだけど、自力で飛びたい負けず嫌いなディートリント様。そこで、今持ち合わせているスキルで空を飛べないか、アレクシス様と実験が始まった。
いろいろ繰り返した末にひねり出したのが、レベル3の風壁を足裏に展開すること。地面からほんの少しだけ浮くことによって、摩擦がほとんどゼロに。そこへレベル1のウィンドカッターを射出することで、すすすーっと滑るように移動出来るようになった。もちろん飛行とはほど遠く、ちょっとした障害物も避けられない。しかし少ないMP消費で、多少なりとも飛行の雰囲気は味わえる。また、遊んでいるうちに風属性でMP消費が出来て、レベルアップに貢献するのも魅力だ。
そして、ご夫妻とアロイス様と俺でキャッキャウフフ遊んでいる間に、ふと思い当たったのだ。
イクバールから龍眼までの間、俺たちは風属性スキルと水属性スキルを使って航海をしてきたわけだけど、雨風は防げても姿勢制御がままならなかった。この時、俺たちは船を嵐から守るためにウィンドオフセットとウォータードレインを船の周りに展開したわけだが、船底にスキルを展開することにまったく意識が向かなかった。
船、風で浮かしたら、めっちゃ速くね?
というわけで、俺は早速龍眼に停泊していたグローリア号を浮かせ…ようとしてディートリント様にこめかみを抉られ、アイテムボックスで上陸用の小型ボートを持ち出して、人目の少ない海岸で実験を始めた。
結論から言うと、めっちゃスピード出た。まるでボートレースのようだ。なんせ水の抵抗がない。文字通り、海面を滑るように進む。しかし一方で、姿勢制御という点ではダメだ。地上での飛行実験同様、海面のうねりを避けることができず、そのまま衝撃を拾ってしまう。
風壁は、風の壁を作るスキルだ。風の力で外側からの攻撃を押し返す。相手が風属性のスキルなら、ほとんど防ぐことができる(ただしレベル5のウィンドオフセットで相殺、更に上位スキルで力押し可能)。優性属性の水相手ならほぼ完封。親和属性の火属性だと80パーセントくらい、火は防ぐが風の力で火の勢いも大きくなる。劣性属性の土相手だと効果は50パーセント以下。物理にもちょっと弱い。
じゃあ、風壁じゃなくて水壁なら?
最適解はこれだった。船底に水壁を張って常に平らにしておくことで、姿勢制御は呆気なく叶った。どうしてこれに思い当たらなかったのか。なんなら船の周りに展開するスキルだって、わざわざ相殺なんて高度なスキルでなくとも風壁でよかった。
しかし当然ながら、水壁は水だ。水面は凪いだが水には抵抗がある。俺たちは、風で浮かせるあの速さを知ってしまった。ならば、海面を水壁で均し、その上を風壁で浮かせればいんじゃね?と。そしてそれは、呆気なく実現してしまった。たったレベル3の壁スキルを船底に二重に展開するだけで、姿勢制御とスピードアップが叶うなんて。
そして推進力は、風じゃなくて水にした。やっぱり物理的に重いもののほうが、生み出すエネルギーは大きい。もちろん風属性スキルを補助に使えば、もっと速くなるけども。
そういうわけで、グローリア号は新幹線よりも速いスピードでの高速航行が可能となった。しかも、相殺スキルを二重展開していた時よりも格段に燃費がいい。この新たな航海術で試運転をしていたところ、アロイス様が「びゅんびゅん」とお喜びになって、新スキル「びゅんびゅん」が爆誕した。
ところが。
「お館様…俺ァ、お暇を頂きたく…」
ジャチント船長が、何度目かの退職願い。彼は「こんなの航海じゃない」とすっかり自信をなくしてしまったようだ。
しかし当のお館様ことジェラルド様は、「そんな些細なことはどうでもよろしい」と彼の依願を一蹴。イクバールのお姉様たちとパーフパフ…もとい、和やかな交流に余念がない。ジゼッラ様はもっとストレートに「邪魔しないでちょうだい」とけんもほろろだったという。
彼らはもう、アリバイ作りのためにニェッキに帰るのも億劫となり、「ちょっと娘夫婦んとこに遊びに行くわ」ということでデルブリュックに向けて出発された。当然、馬車の中は空っぽ。デルブリュック公爵家は「こっち側」なので、「委細承知」ということで彼らのアリバイ工作を引き受けてくれた。エデルガルト夫人は頭痛の種の舅ディートヘルム様が不在なことと、ディートリント様やギルベルタ様が持ち込んだ龍眼の扇やチャイナドレスがいたくお気に召したとのこと。また現公爵ディートフリート様は、竜人拳に興味津々だそうだ。やっぱお前もバトルジャンキーかよ。
なお、新しい航海術は速度が速すぎたため、現役の船員さんが船の位置を割り出すことが出来ずにお蔵入り。これまでのように大陸伝いに航海するんじゃなくて、離れた島国に航行するのに、船の向きがちょっとでもズレたらどこに着くか分からないからだそうだ。残念。これはもう、GPSのようなスキルを編み出すか、飛行で行って転移陣を置いて来るしかないのでは。
「ははっ、クラウス。じーぴーえすとは何かな?☆」
「どうせロクなものではありませんわ。ああ、忌々しいですこと」
「しゅるしゅるー」
俺の独り言を拾って、新しい研究にワクワクするアレクシス様。そして呆れた顔をしつつ、風壁で甲板を飛び回って風属性を伸ばすディートリント様。そして「しゅるしゅる」と言いつつ真似をされるアロイス様。もちろん、風壁で飛行するスキルは「しゅるしゅる」で登録された。今後新しく登場するスキルのほとんどは、彼が命名することになるかもしれない。




