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スキルが生えてくる異世界に転生したっぽい話  作者: 明和里苳
第5章 航海編

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第53話 イアサント・イルマシェ教授の研究室

「紹介するよ、フィーレンス教授。俺の同僚だよ」


「フェベでいい」


 イアサント様の隣で俺たちを迎え入れたのは、容姿端麗な美少女。腰のあたりまでストンと伸びたストレートの金糸、エメラルドを嵌め込んだような瞳。まるでビスクドールのような、完璧な造形。これがまた塩対応にぴったりとハマって、無愛想なのに愛らしさが三割り増しだ。しかし特筆すべきはそこじゃない。彼女の耳は、長く尖っている。


 ———エルフだ。エルフがおる。




「…して、お主。あのデタラメな偽書から、いかに魔法陣を読み取ったのか?」


「え、えーと…たまたま魔力を注いだら、出来ちゃった、みたいな?☆」


 尋問だ。紛れも無い尋問である。雑多なモノとゴミに囲まれたソファーセットで厳しく追求を受けるアレクシス様の前に、うっかりカツ丼を幻視しそうだ。


 フェベ・フィーレンス教授、年齢非公表。外見はJCかJKのようだが、相手はエルフだ。当てにならない。現に、コルネリウスの大学院に代々引き継がれていた偽書の存在をご存じだった。あれは確か、歴代の教授たちの手に渡ってきた年代物だったはず。


 アレクシス様を問い詰めても無駄だ。だって、読み解いたのは俺だもの。もちろん、アレクシス様は読み解いた経緯も魔法陣の成り立ちもご存じだ。しかし、彼の鑑定レベルは俺のそれに遠く及ばない。同じことをしろったって無理なのだ。


「しかもお主が持ち込んだ魔法陣。これは偽書のものとは似ても似つかぬ。なにしろ我らがあずかり知らぬ記号に置き換えられ、我とて読み取れぬ。もちろん、発動させてみれば大体の効果は類推できるし、時間を掛ければ解読も不可能ではないがな…」


「ヒエッ」


 アレクシス様がカタカタと震えながら視線を泳がせ、時折チラッチラッと俺を振り返る。やめろ、こっち見んな。そして彼のそんな姿を、イアサント様は面白そうに見ている。


「ははっ、アレクのあの慌てよう。いつも飄々とした男が、楽しいねぇ」


「え、えっと…?」


「クラウス君だったかな。アレクが結婚前に猶子ゆうしを取ったっていうからどんな子かと思ったけど、存外普通だね」


「はぁ…」


「ああ、悪気があって言ったんじゃないんだ。何事も、普通オーディネルって大事だよ。普通、素晴らしいじゃないか」


 大仰おおぎょうなジェスチャーと共に、にこやかなイアサント様。だけど絶対小馬鹿にされてる。まあいいけどね。無駄に警戒されて手の内を探られるより、侮られるほうがずっといい。しかし、アレクシス様がフィーレンス教授から解放される様子が一向に見られない。どうしたもんだろうか。


「あのう、大変申し上げにくいのですが、私たちはコルネリウスからの外交特使ということで出国し、途中こうしてウダールに立ち寄らせていただいたわけでございますが、今のところ目的地は秋津国でして」


「うん、それは聞いたよ。それで?」


「ウダールで無駄に足止めされた上、コルネリウスでアレクシス様が上げられた研究成果を、どうしてこちらで洗いざらい披露しなければならないのでしょう?」


 イアサント様の笑顔が凍りついた。そしてフィーレンス教授の詰問もだ。かつてご学友だったか何だか知らんが、何でお前らに逐一教えてやらにゃならんのだ。アレクシス様は、これまでのお付き合いを勘案すると無下にあしらえなかったり、国家間の揉め事を起こしたくないという思惑があるかもしれないけど、俺は猶子とはいえ部外者だ。無知を装って言わせてもらうぞ。




「———すまんな。魔術スキルは、我らエルフ族が他種族にもたらした秘術。我らはそれらが悪用されんか、常に監視しておるのだ」


 多少冷静さを取り戻したフィーレンス教授が、済まなさそうにお茶をすする。表情筋が仕事をしないようなので分かりにくいが、彼女はちょっとテンパっていたようだ。なお、テーブルの上を片付けたのは俺とアレクシス様。彼らはこの研究室の惨状を何とも思わないばかりか、不用品を捨てたり掃除したりといった基本的なスキルが欠如しているらしい。「一旦片付けましょうか」と声をかけると、テーブルの上に乗っていた書類や小物などザザーッと床に払い落とした。信じられない。しかもフィーレンス教授の研究室は、この何倍も凄いんだそうだ。何が。


 とりあえず、書類は書類で固めてデスクに積み上げ、謎の紙屑はゴミ箱に投げ入れ…ようとしたが満杯でそうもいかず、俺は研究室とゴミ捨て場を三往復した。ゴミ捨て場、建物のすぐ外なんだけど。それからコップを集めて謎の液体を捨て、クリーンの魔法陣で洗浄。同様にテーブルやソファーも綺麗にしたら、人類の生存可能領域が爆誕した。


「しかし、君が作った魔法陣はすごいね。自動で水を生成して湯を沸かす。こんなの、どこでもお茶が汲めちゃうじゃないか」


 言葉の内容は、純粋な賞賛。だけどイアサント様の表情は冴えない。なんとなく理解した。彼はアレクシス様に嫉妬してたんだろう。しかしアレクシス様は、曖昧な笑みを浮かべて黙っている。余計な一言が命取りになるって、昨日今日で痛いほど学んだようだ。


「お主らが作ったという魔法陣。これらは実によく出来ている。こちらの陣の上に湯呑みを置けば湯で満たされ、こちらは泡の出る水。そしてこちらを使えばたちどころに汚れが落ち、民草たみくさの暮らしぶりも良くなろう。だがな…」


 言いたいことは分かる。軍事転用されないか心配なんだろう。俺だって、最初は軍事転用出来ない鉄を作りたくて、錬金術を生やしたんだ。結局、どんな鉄でも鋳溶かしてしまえば武器になっちゃうから、錬金術を広く公表するのはお蔵入りになってるんだけど。魔法陣だってそうだ。悪用されないように敢えて複雑な形にして、基本的な構造をブラックボックスにして公表しているが、誰かがそれを読み解いて好きなように改造していたら、そりゃ慌てるだろう。フィーレンス教授の気持ちも分かる。


 だけどなぁ。魔術スキルがエルフ族の秘術とか、ちょっと言い過ぎじゃね?生活魔法なんて口伝で伝わってるし、繰り返し使ってれば属性魔法としてレベルも上がっていく。この世界は、そういう仕組みで成り立ってるっぽい。それを「我々の秘術ですが何か」とか、ちょっと図々し過ぎないか。


「ちょっ、クラウス!!」


 アレクシス様の慌てた声で我に帰ると、三人の視線が俺に集まっている。


「ずっ…図々し…」


 さっきまで表情筋が存在しないと思われたフィーレンス教授が、一転してものすごい形相に。わあ、そんな表情も出来たんだぁ。


「仕組み、って言ったよね。それ、何?」


 一方、イアサント様は満面の笑みで、手をワキワキさせている。ヤバい、なぜなに坊やのベクトルが俺に?!


「あのっ、えっと俺、普通ですから!普通!!」


 しかしこうかがなかった。

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