338 切り札(アンベール王視点)
アンベール国王である私、サルア・サマール・アンベールは、今王城のあるところへと急いでいた。
「ええい! 忌々しい! 反乱軍がよもや浄化魔法を発動させるとは!」
闇の結界はずっと何か月もアンベール城を守ってきた。四大魔法を寄せ付けない最強の結界だったというのに。
――もはや、その結界は跡形もなかった。
「あれだけの規模の浄化魔法は初めて見た」
と後ろを歩く王宮仕えの魔術師たちが慄いている。
先ほど轟音と凄まじい破壊音がアンベール城を襲った。
あまりの激しい土煙に視界を奪われ、事態を把握できるようになった私の目に映ったのは、建物を貫いた白い柱だった。
そして、次の瞬間、白い柱から光り輝く魔術陣が幾重にも立ち上がり、瞬く間にアンベール城を包み込んだのだ。
「くそ! メルドめよくもやってくれたな!」
忌々しいことに、メルドたち反乱軍は浄化魔法を組んで死の結界を消し去ったのだ!
死の結界はガラスのような音を立てて弾け飛んだ。本来魔力は目に見えるものではないため、魔力で作られた結界は視覚で捉えることはできない。
だが、浄化魔法が城を包み込んだ瞬間、誰の目にも浄化魔法の輝きと、これまで王城を包み込んでいた闇色の死の結界が見えたのだ。
そして次の瞬間、死の結界に亀裂が入り、弾け飛んだ。
闇色の破片は虹色の光に溶けるように瞬く間に消えて行った。
これまでどんな攻撃にも、どんな魔法にもびくともしなかった鉄壁の闇の結界がまさかこんなにもあっさりと破られてしまったとは。
「ウルド国にいたと噂されていた闇の魔術師が、アースクリス国のクリスフィア公爵に斬られたという情報から、アースクリス国には光の魔導具があると分かっていたのですが」
後ろをついてくる魔導長官がそう呟く。その表情は驚愕でこわばったままだ。
ウルド国の件は私も知っていた。だが、光を宿す魔導具はそこらへんにホイホイあるわけではない。
各国に国宝として大事にしまわれるくらい大変貴重なものなのだ。
浄化魔法は穢れを払う力を持つ。四大魔法の上位クラスの者たちが浄化の特性を持つ結晶石に力を込めて、浄化の核を作り上げることができるのだ。
だが魔術師が作り出す浄化の核程度では、この強固な死の結界は破ることはできない。だから絶対に外から破ることは不可能だ。――と、そう思っていたというのに、実際に死の結界は破られてしまったのだ。
あの、白く輝く柱が構築した浄化魔法によって。
闇を切り裂くのは光。
誰もが知る不文律だ。
実際に闇の魔術で作られた結界が、消し去られてしまった。
それから推し量れる事実は、あの白い柱自体が強力な光の力を宿しているということなのだ。
「くそ……。よもやアースクリスがあれだけの光の魔導具を隠し持っていたとは!」
どの国にどんな光の魔導具が所持されているかは完全に秘匿されている。それゆえにあんなとんでもない代物がアースクリスにあったことを知らなかったのだ。
そもそも光の魔導具は金で手に入れることはできない。闇の魔術師が作り出した魔導具は闇マーケットを始めとするいろいろなところから入手することができるうえ、誰でも使うことができる代物だ。
だが、光の魔導具は古来からのものばかりで数はとてつもなく少なく、さらには『使う者を選ぶ』とも言われている。それゆえに簡単に手に入れられる代物ではないのだ。
おそらくクリスフィア公爵とやらは光の魔導具が選んだ使い手だったということだろう。アースクリスの四公爵家は王族でもあるのだ。持っていても不思議ではないと推測できる。
そしてそう考えればウルド国で作られた闇の魔術師が葬られたことにも納得がいく。
かつてウルド国は我がアンベールの北の森にいた闇の魔術師の存在を知り、『自分たちも欲しい』と闇の魔術師を作った。
ソレを戦争の兵器として投入したところ、光の権能を宿した剣に斬られたという。
闇の魔術師は四大魔法を遥かにしのぐ力を持っている。それを葬ることができるのは、光の魔力を持つ者か、光の権能を宿すモノだけだ。
だからクリスフィア公爵が持っていた剣が光の権能を宿していたと考えるのが妥当な線だ。
かつて北の森にいた闇の魔術師がアースクリスの砦に忍び込み、光魔法により傷を負ったことがあったが、その時の相手はクリスフィア公爵だったということだろう。
ウルド国の闇の魔術師を葬ったのがクリスフィア公爵だと知った魔導長官が『北の森の魔術師が消えたのはもしやアースクリス国から誰かがきて彼を討ったのでは……』と言っていたが、そんなはずはない。
私は誰よりも闇の魔術師の強さを知っている。命を喰らえば喰らうほど強さを増す力。
見たこともない奇跡を次々と起こす力。
あのとてつもない強大さを知っている以上、決して死んではいない。
死ぬはずがないのだ。
――あれは人の形をした人ならざるモノなのだから。
ただ、あやつは非常に飽きっぽかった。
アンベール国に来るまでも一つ所に留まらず、あちこちの国を放浪していた。アンベール国に十数年もいたこと自体が珍しいことだと本人が言っていたくらいだ。
今までも、気の向くままふらりと出かけては何か月も戻ってこないことが度々あった。
いつ、どこに行ったとしても奴の自由。そもそもあんな規格外の者を引き止めることなどできようもない。
だからこのアンベールから『いつ出て行ってもいい』という条件と引き換えに手に入れたものがあったのだ。
今こそそれを発動させるのだ。そのために執務室へと急いでいた。
その間にも次々と報告が上がってくる。
『西の塔が崩壊しました!』
『北の塔と南の塔が崩れ落ちました!』
『キルア将軍が討たれました!』
『雷撃があり、魔力供給のパイプがすべて破壊されました!』
『すべての門が破られ、反乱軍が中に――――』
どれもこれもこちらの劣勢を示す報告ばかりだ。
「将軍が討たれるとは……」
後ろをついてくる側近どもが揃いもそろって不安そうにざわめく。
「メルドめ、アースクリスと手を組んで我に歯向かうとは!」
あいつはあの北の森でしぶとく生きながらえただけでなく、反乱軍の旗頭になり、この私を玉座から引きずり下ろすと宣言したのだ!
これまでずっとこちらの顔色を窺いながら生きてきた奴が、この国の王になるだと?
直系王族である私を差し置いて、お前ごときがなれるとでも思うのか? ふざけるな!
だがお前のその驕りもそこまでだ。
まだこちらには形勢逆転の切り札があるのだから。
やっと執務室についた。
切り札はここから繋がる隠し部屋に隠してある。それを起動させれば、反乱軍とアースクリス軍を蹴散らせる力が手に入るのだ!
息を切らしながら執務室に入り、奥の壁に手を触れた。
壁の一部を決められた通りに押すとからくりが動いて開く仕組みになっている。
隠し部屋は有事の際に身を隠せる場所として王位継承順位の高い者にのみ教えられる。そして無事に王城を抜け出すことのできる秘密通路にも繋がっているのだ。
大きな書棚が音もなく、部屋の外側へとすっと動く。
「執務室にこんなからくりがあったとは」
「私たちがここに入ってよろしいのでしょうか」
当然だ。これからすることにお前たちが必要なのだから。
側近どもと共に隠し通路を進み部屋に入る。部屋と言っても狭いわけではない。
かつて建造されたが、利用されず封じられた場所だ。
その造りは天井の高い聖堂である。ただ祀られているものはここにはない。
臣下どもが「こんなところが」と言いつつ見回している。
そんな中、隠し部屋のさらに奥にある扉が開いた。
そこは秘密通路に繋がる扉がある部屋ではないか! いったい誰が!
「そこにいるのは誰だ!」
誰何すると、そこから見知った顔の二人が出てきた。
「――――久しぶりだな、サマール」
「北の森で会って以来ですから二年ぶりですか。お久しぶりですな、陛下」
そこにはガイル・メルド、そしてその横には母方の叔父であるゼールランド・カリマー公爵が立っていた。
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