さつき、もどってくる
「ところで君はなんでそんなに落ち込んで悲しい思いをしているの」
という声でふっとさつきは立ち止まって、考えました。
「なんで・・・なんでって・・・そりゃあ、わけもわからず、かなしいし、自分でもよくわからないけれど、すべてのことがぐっちゃぐちゃで、どうしていいかわからないのよ。」
「そうか。自分でもわからないんだね。」
「そう、自分でもわからないのよ。
何でこんなことになっちゃったのか。
なにがさつき自身をこんなことにさせちゃっているのか。
自覚は少しはあるけれども、その根っこのところで、いつもいつもいつも、不安を抱いている。」
「不安?なぜ?」
「分からないから不安なの。
自分でもコントロールできないすべてのことがうちゅうにはあまりにも多すぎて。
いや、このうちゅうだけでなく、一番の謎は、この自分自身だったりするのかもしれないの。」
「うん。」
さつきは、しばらく黙って、歩き回ったり、座り込んだり、じっとしていました。
「どうなったら満足?どうなったら嬉しい?」
その声は、さつきに問いかけました。
「安心」
「安心。そうなんだね。」
「そう、安心。
だけど、その安心は何をしたら手に入るのか。
どうしたら手に入るのか。
そして、そのことは、恥ずかしいことだから、知られちゃいけない・・・って思っている。
それは、途方もない、迷宮で、そして誰にもわかってもらえない。
いつも、疲れ果てている。
寂しい。
だれかが欲しい。
でも、自由でありたい。
一人でいたい。
そうした二つの想いの中で、いつも、寂しいって・・・そんな気がしているの。
・・・ところで、あなたは誰?」
さつきは、やっと、自分のそばにいる声に気が付きました。
さつきは、その声の主に、ずっと顔をそむけたまま、うちゅうを彷徨っているんじゃないかとふと思いました。
「どうしたの?」
はっと気が付くと、
そこには明かりがともっていて、
ふりかえると、そら君とうみちゃんのふたりが何事もなかったようにすぐそばにいるじゃないですか。
「え」
とさつきは声を上げました。
「二人とも・・・いたんだ。」
「うん。」
そら君は、そのコバルトブルーのように澄んだ空を映し出すような瞳で、何事もなかったようにさつきの顔をみて、静かな微笑みをたたえています。
「あれ・・・ここは・・・どこ?」
「どこって、ここは、ここよ。
いつだって、ここは、ここじゃないの。」
とうみちゃんは宙に浮かぶふかふかのクッションにすわりながら、微笑みます。
「あれ・・・うちゅうせんの・・・中?
えっと・・・その、さつきは・・・実は、『知恵のアプリ』を開けちゃって、それで、うちゅうせんの外に放り出されて、気が付いたら、ものすごく汚れた星だとか、おおきななまずの中だとか、巨大な図書館だとか、雷神のところだとか・・・いろんなところをふわふわと旅をしていた気がするの。」
二人は静かに話を聞いています。
「それで、あまりにも寂しくて、情けなくて、わんわん泣いちゃってさ。
一人ぼっちで・・・もう、さつきはダメなんじゃないかって、ぐるぐるずっとさまよっていて、どうしようもなかったんだよ?」
うみちゃんは、さつきをふわりと抱きしめました。
ラベンダーの香りがふっとさつきをやさしく包み込みます。
「そっか。つらかったんだね。
えらかったよ。さつきちゃん。
ここまで生きていてくれてありがとう。」
さつきは、うみちゃんの胸の中で、心の中の大きな大きな自分でもどうしようもない氷のような壁が溶けていくのを感じました。
ああ・・・この人たちは、さつきのすべてのすべてを知って、受け入れて、それでもいとおしんでくれる。
いいよって、言ってくれる。
さつきは、もう、何かを取り繕う必要もないし、自分自身を恥に思う必要もなくて、
ただ、ありのままの自分でいればいいんだ。
「そう。そうなのよ。さつきちゃん。
あなたは、そのまんまのあなたで輝けばいいの。
このうちゅうのなかで、あなたはたった一人のかけがえのない存在としてつくられているのだから、そのあなたらしさを一番に発揮することが一番素晴らしいことなのよ。
そして、恐れないこと。
その輝きが、だれかを輝かせるという生き方が一番素晴らしいことなの。」
さつきは、そのとき、小さな子どもに戻りました。
やさしいうみちゃんが、目は見えなくても、さつきの心をしっかり見てくれているおねえちゃんが、自分のほほをなでてくれている。
さつきは、なんだかふわあっとしたすごく安心した気持ちになって、
もう、不安はどこかへと消えてしまったのでした。
「あなたはあなたのままでいいよ。さつきちゃん。」
さつきは、ますます子どもにもどって、あかちゃんにまで戻ってしまいました。
うみちゃんは、さつきのことを愛おしそうに抱っこして、ゆらゆらと揺らしてくれます。
「ああ・・・このかんじ。ふわあ。
このかんじ。
そうこのかんじ。
何にも心配はなくて、何にも考えなくて良くて、ただ、すべてのものが与えられ、ただそこにいるだけで満たされている。」
「ゆび、しゃぶっていてもいいよ。」
さつきを抱っこするそのあたたかいやわらかな人は、そういいました。
「何も恥ずかしいことも、なさけないこともここではないから・・・。」
さつきは、とろんとした表情で、ゆびをちゅぱちゅぱしゃぶります。
「いいよ。いいよそれでも。」
ずっとずっとずっと、こうしていられたらいいのに。
ここは、うちゅう。
なんでも思ったことやねがったことは叶えられるんだっていうこと。
ちいさくなったさつきは、うみちゃんの腕の中ですやすやと眠りについてしまいました。
それでよくて、それでいいんだということを知ったのです。
さつきが、それまでいたうちゅうでは、
たしかものすごい嵐が吹き荒れていましたし、自分ではどうしようもないこともたくさんあり、さつきはすべてを自分で抱え込んで、孤独で、絶望していましたが、
それらのすべては、うみちゃんが赤ちゃんになったさつきをその腕にいだくと、すっかり凪になって、穏やかな光と優しい風になりました。
恐いものはなにもありません。
恐ろしいことはもうなにもありません。




