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口裂け女は整形したい  作者: 一ノ瀬 このは


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第1話 私、綺麗?

九月初旬。夕方の通学路は、いつもなら友達と駄弁りながら帰る道だった。


その日、桜庭(さくらば)ユキはひとりだった。

部活仲間が早退して、ひとりで帰る羽目になったのだ。


近道の路地に入った瞬間、ふと、人影があることに気づく。

夕陽が建物に遮られ、路地はひんやりと薄暗い。湿ったコンクリートの匂いが鼻をかすめた。


そして、その路地のちょうど真ん中に、女が立っていた。


長い黒髪。

季節外れの薄いコート。

口元を大きなマスクで覆っている。


ユキの足が止まる。


女がゆっくりとこちらを向いた。


「ねえ」


声が、やけに近くで聞こえた気がした。


「……私、綺麗?」


その瞬間、ユキの背筋がぞっと凍った。

頭によぎるのは、かの有名な都市伝説——


口裂け女。


たしか……たしか、あの呪文を言えば助かるんだ。

えっと、えっと、なんだっけ。ポ……ポマ、ポマ……


「ポ、ポマ……」


出てこない。頭が真っ白で、心臓がうるさい。

女がゆっくりと一歩、距離を詰めてくる。


「ねえ。私、綺麗?」


二度目の問いに、ユキはとっさに答えた。


「き、綺麗、です」


違う、そうじゃない。

呪文を言わなきゃ、でも、でも出てこない。

だめだ。今日、私はここで死ぬんだ。


女の手が、マスクの端にかかる。


「これでも……?」


マスクが、外された。

口が、耳まで裂けていた。

ぱっくりと、両端が頬の奥まで切り上がって——


口角が、下がっていた。


両端がきゅっと下側に引かれて、泣くのを必死にこらえる子どもみたいに歪んでいる。

よく見ると、眉も困ったように下がって、大きく見開かれた目の奥が、ほんの少し潤んでいるように見えた。


怖い。怖いのに。

気づいたら、口が動いていた。


「……ど、どうしたんですか……?」


言ってから、自分でぎょっとした。何を聞いているんだ私は。

いやでも、あまりにも悲しそうで。


女の表情が、ぐにゃりと崩れた。

さっとマスクを掴んで口元を覆い隠す。肩が小さく震えていた。


「……っ」


何か言いかけて、そのまま女はくるりと背を向けると、もつれそうな足取りで路地の奥へと駆けていった。

コートの裾が暗がりに溶け、足音だけが遠ざかっていった。


しん、と静まり返った路地で、ユキはしばらく動けなかった。

膝が笑っている。心臓はまだ早鐘のようだった。


「……なに……今の……」


私、生きてる。


◇◇


その夜、ユキは自分の部屋でベッドに突っ伏していた。


ネットで「口裂け女 助かる方法」を調べると、出てくるのは「ポマードと唱える」「曖昧に答える」「べっこう飴をあげる」――そんな胡散臭い対処法ばかり。

「綺麗ですと答えたら殺される」とまで書いてあるサイトもあった。


「……じゃあ、なんで私、無事なの」


思い出されるのは、マスクの下の、悲しそうな裂けた口。

あの泣きそうな表情が頭から離れなかった。


「どうしたんですか、って……いや、聞くなし……」


枕に顔をうずめてじたばたする。


ぐるぐると考えているうちに、ユキはようやく、もっと差し迫った事実に気づいてしまう。


「……明日も、あの路地、通るんだけど」


あの路地は通学路なのだ。

あそこを抜けるのが、いちばんの近道。

遠回りする道もあるにはあるけど、朝はギリギリだし……


そもそもあの人、また居るんだろうか。

居たら、どうすればいいんだろう。


ユキは枕を抱えたまま、天井を見上げてうめいた。


「……どうしよ」


その夜は、なかなか寝つけなかった。

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